手紙の送り主を探し回り、漸く見つけ出したと思えばその人物は魚人に苦しめられていた。そんなナミを救う形になったのは結果論だ。
それでも、名目上は俺が助けたからと戦利品よろしくナミを奪って来た。今ではナミも、モビーで楽しそうに過ごしてくれている。
エースもナミに言われれば従い、結果的にサッチがティーチに襲われた後も飛び出したりしなかった訳だ。ナミの事を苦しめていた魚人は、親分経由で監獄に入れられた筈であり、俺としては心配事ももう特にない日々が過ぎている。
そんな中で先日漸く俺の想いが通じて恋人となり、身も心もナミは俺に向けてくれるようになった。まァ……エースは五月蝿いが、そこは仕方ねェよなぃ。
ガキの頃から惚れてたと言っていたのに、それを俺が奪ったんだ、多少は話も聞いてやろうとは思える。……返すつもりも、手放すつもりもねェがな。
そうは思っても、やはり幼馴染な上に弟としてでも溺愛されているエースに対する嫉妬が、俺の中にも確かにある訳で……。だからこそ、たまには2人でのんびり過ごしたいと思う気持ちが間違いなくある。
そんな時エースが言った。酒の飲み比べを挑んで来て、勝手に潰れながら。
「ナミはさ、誕生日……祝わせてくれた事ねェんだよ……」
「どう言う、事だよぃ?」
「酒に睡眠薬混ぜて、ガキの頃呑ませて、それでやっと吐かせたんだけどさ……ナミは、自分が存在する事が罪だと思ってるらしいんだ」
「……そうか」
他に、言葉を紡げなくなったのはエースがガキの頃にやった事が理由か、それともそう迄されなければ何も言わない頑固なナミの為か。はたまたエースと同じように、自分の存在を否定している現実が理由だろうか。
……いや、エースは存在していいと言ってくれる場所と相手を探して、求めている。それに対して、ナミは自らそれを否定して生きてきたんだから違ェよなぃ。
「ナミは、戦災孤児らしくて……誕生日は、多分その頃って言う事で、海に関係する日を誕生日に決められたって聞いてる」
「海に関係する日?」
「波で……7月3日なんだって」
……安直な。まァ覚えやすいけどなぃ。
ん?
7月3日!?
「もうすぐじゃねェかよぃ!!」
「俺、祝おうとしたら、悲鳴みたいな声で辞めてって言われたんだ。何も、目出度くなんかねェって……!」
俺の叫びは聞こえなかったのか、そう言って酔い過ぎた様子で眠っちまったエースの頭を撫でてやりながら、ナミの誕生日はどうするかなと考える。やはり……何処かに連れて行くかねぃ。
それにより思い浮かぶのは、やはり故郷だ。ナミにとって何よりも大切な相手であり場所なのは、ナミを知る誰もが知っている。
毎年同じじゃ意味はねェだろうからあれだが、誕生日の存在を知ったばかりの今年は1度帰らせてやるかねぃ。ナミの願いはいつも変わらず、大切な人の笑顔だ。
ならば、その笑顔を見せてやればいい。そうして、その大切な人に祝われて、産まれてきた事が罪ではないのだと教えてやる必要があるだろう。
いつの間にか完全に寝入っているエースをどうするかなと考えて、仕方なく肩に担いで部屋に連れ帰る。エースを部屋に運び込んだ所で、廊下に人の気配を感じて振り向くと風呂上がりらしいナミが居た。
「今出たのか?」
「うん」
「……髪から雫が落ちてねェなぃ」
驚いて声に出せばナミは可笑しそうに笑ってから、少し恥ずかしそうに目元を赤く染めた。その様子は、俺の理性を砕こうとしてるようにしか思えない。
「今日は、ナースのお姉様達と入ったから……」
「あァ、部屋の風呂使ったんなら、ここにいねェもんな」
言いながらそっと腰を抱けばナミがヒャッと言うから、本当に敏感な子だと思う。本人の気性を考えれば、不運でしかないだろうが、俺には嬉しい反応だよぃ。
「……今夜はもう遅い。早めに寝ようなぃ」
「えぇ……。あ、マルコあのね……」
そう言ってナミは楽しそうに今日ナースと何を話したのかとか、蜜柑の花が咲いたとか、そんな事を口にする。そうして、部屋に到着する頃、エースの事いつもありがとうと言って微笑んだ。
その笑顔が明らかに姉で無ければ、何をするか自分でも自信がねェとは情けない。それにしても、恋人が寝ようと言って腰を抱いてるのに、眠る気満々なナミに内心で多少呆れる。
そんなナミだからこそ、守らなければと思わされるんだがなぃ。ナミは俺の事を何も知らないが、俺が求めればいくらでもそれを叶えようとするだろう。
だから無理をさせないように、俺が見張る必要があるのだ。俺が本意ではなくとも、殺しちまったりしないように。
当然の事としてナミを抱き締めてベッドに共に転がると、ナミは俺の頬にその手を撫でるように触れさせた。その流れで、触れるだけのキスをしてお休みと囁く。
それに俺が動揺してる間に、本当に寝ちまう猫に思わず自らの目元を覆ったのは不可抗力だろう。ここで襲いかからない自分の精神力を内心で褒めながら。
……まァ、今夜は許してやるかねぃ。無邪気に眠る恋人の額にそっとキスを落として、優しくその体を抱き締めて俺も眠りに落ちた。
朝になり、腕の中にある筈の温もりが消えている事に僅かな不快感を抱く。のそりと起きて様子を伺えば、シャワーではなさそうだ。
ならばどこにと思い部屋を出れば、歌声が聞こえて来たのでそちらへ足を向ける。蜜柑に妬きそうだとこっそり自嘲して、俺は愛しげに歌うそれにそっと近づいて行く。
故郷を想うその歌に、もしかして俺のやろうとしている事はある意味残酷な事なのかもしれないと思っちまう。……ナミ、本当にお前ェは俺の恋人でいる事に迷いはねェのかよぃ?
声に出せない問いが胸中を渦巻き、だが迷われようともう逃がせねェと自覚して笑う。歌声が止むのを待ち、そっと腕に閉じ込めれば、蜜柑本体よりも美味そうな香りを放つその細い体に凶暴な自分が頭を擡げる。
だが当然のように甘えてくる愛しい温もりが、その狂暴な意識を沈ませる。俺を簡単に翻弄する愛しい猫。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
意味が分からないと言わんばかりの顔で、俺を見上げる無防備なその瞳。だからこそ、そっとその唇を塞ぎたくなりその衝動に逆らえず重ねればその甘さに目眩さえしそうだ。
たっぷりと蜜を味わう為に舌を絡めとって、だが苦しみは与えるつもりは無いと快楽に落とすよう、尽くしてやる。その時ナミからあえかな甘い声が漏れると僅かに隙間を開けてやり様子を伺った。
それにナミは妖艶な笑みを浮かべ、それからそっと囁くように言う。悪戯を叱る親のような言い方でありながら、色気を多大に含んで。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
……このままこの場で犯したくなる程の色気に、誰にも見せたくないと強くその身を抱き締めればまたエロい吐息と共にその表情を変える。苦しんでるのだと分かるが、それが夜の事を思い起こさせるのだから損だなと思う。
そしてその状態でそっと囁くように言葉を落とす。出掛けようかと。
「良いけど、何処に?」
「それは、着いてからのお楽しみだよぃ」
そう言って鳥に姿を変えればナミはそっと俺に抱き着くので、落ちるなよぃと笑って飛び立つ。それによりナミが嬉しそうな声を上げるのを聞きながら、目的地へと向えばナミは楽しそうに下を見ている。
これで高いのが楽しいと楽しんでるだけでなく、見える島や海の簡易的な測量等を済ませちまってるんだから恐ろしい物がある。そのナミがふと声を失う。
どうやら目的地が近い事に気付いたらしい。微かに震えるその体が、きっとナミの心だろう。
「マルコ……!」
「誕生日プレゼントに、家族と会わせてやろうかと思ってねぃ」
「……マルコ……」
それからは何も言わず、ただ微かに背中でその身を震わせ続けるナミに、俺もまた何も言わずに飛び続けていた。ナミの実家近くにある岬へと降り立てば、ナミが妙な言葉を口にした。
「ここにお墓が無いのが、私が産まれて良かったと思える唯一の現実だわ」
「……どう言う意味だよぃ?」
「……大切な人を喪っていたら、きっとここにお墓建てたと思うから、そう言う意味よ」
そう言ってナミは苦しそうな瞳で笑顔を作り、俺の頬に軽く口付けを残す。それから羽でも生えてるのかと言いたくなる勢いで、駆け出して行った。
家族に再会し喜ぶその姿にホッとするが、甘えていない事に気付く。寧ろ、少しキリッとして守ろうとしているのだと。
……そうか、守るべき相手であり、ナミが甘えられる相手じゃねェのか。盲目的と言うか、猛進的に愛して溺れているが、それが即ち甘えられる所ではないと言う事に少しばかり驚く。
その為に軽く家族に挨拶してから、誕生日を祝ってやりたくてと言えば何故か村をあげての盛大な祭りになってしまい、ナミは顔を真っ赤にして戸惑っている。だから俺は、そっとその頭を撫でて視線を合わせてみた。
「皆、ナミの誕生日を祝いたかったんだよぃ」
「え?」
「大切な人の誕生日だ。ナミが生まれてきてくれた事と、今生きていてくれる事に、感謝したいと思い願って、当然だろぃ」
「あ……」
「俺は、ナミが産まれてくれた事を感謝してるし、こうして傍に居られて幸せだよぃ。ナミ、生き抜いてくれてありがとうなぃ」
「マルコっ!」
そう言って俺に飛び付いてきたナミの瞳から涙がこぼれ落ちるのを、俺は見なかった事にしてその頭を撫でながらそっとその体を抱き締める。俺に甘えてくれると言うなら、いくらでも甘やかしてやるから、少しは自分を認めて欲しいと願いながら。
Happy Birthday ナミ。その後村中から盛大に愛を受けたナミが、幼い笑顔を見せるようになるのにそう時間はかからなかった。