大切な存在が増える事は、喪うリスクを増やす事になる。その事は誰が説明する必要もない程に、わかり切った現実だ。
それ故に、サッチが命を喪わずに済んだ時に、俺達はその恩人を探す事を迷う事無く決めた。その時無謀にも1人で飛び出そうとしていたエースが、俺達に取り囲まれた状態でその恩人もついでに探すと言った。
だが、ならば手掛かりをとの話で手紙を見た事で、エースの幼馴染だと言う事が判明する。エースの姉貴分だったと言う、優しい少女という事が手掛かりだ。
そこからは怒涛の勢いで情報収集を行い、やっとこさ見つけ出した恩人はエースの言う通りに美しい少女だった。それは、容姿だけの話ではなくその心が美しくて、目眩がしそうな程。
村人達は、誰もがその少女を信じていた。だからこそ、彼等は何も知らないふりをしていたのだ。
そんな中で、そんな事とは知らない少女は多くの命をその細く小さな体に1人で背負い込み、溢れんばかりの優しさと愛情を押し殺して戦っていた。壊れそうで壊れないその儚くも強い心に魅せられた俺は、気付けば少女が欲しいと手を出してしまっていて……。
エースが惚れてるとか、サッチの命の恩人だとか、マルコが恋焦がれてたとか、全てが吹き飛んだ。本人は望まないだろうが、男好きするその容姿と高過ぎる能力が汚い者達に狙われる要因となる。
それを守りたいと手を伸ばせば、優しいを超えて甘いその心と、矛盾する程に気高く誇り高い精神が、俺の心を縛る。気の強い瞳と賢いその頭が、狂暴な生き方をする男達には甘美だ。
それなのに無防備に微笑むその姿に劣情を覚えぬ筈も無く、傷付けないように気を付けつつ触れた温もりに溺れた俺が、全力で篭絡した結果今腕の中にいる訳だが……。何処を見ているのか分からない瞳が、時折切なそうに揺れる。
「ナミは何歳なんだ?」
「エースから聞いてるでしょ?18歳よ」
「……歳下だったのか」
「へ?」
イゾウより歳上なのは有り得ないでしょなんて頓珍漢な言葉を口にした美しい恋人に、そっと口付けてから答え合わせだ。長い髪を邪魔そうにしながらも、俺が切るなと言う為に切らないと言う律儀さ。
「エースからは、2つ違いとだけ聞いていたからな。22歳かと思っていた」
「あら、そんなに大人に見えた?嬉しいわ」
クスクスと笑うナミを抱き締めて、エースでさえ知らないと言うナミの誕生日を聞き出そうと言葉を重ねる。重ねられた言葉は、いつの間にやら睦言へと変わり互いの熱に溺れる事になるが……そこは不可抗力だろう。
漸く答えを得る頃にはナミは意識を保って等居なくて、寝台に散らばる長い髪を手にしてそっと口付ける。指を絡めて欲しいと言わんばかりにうねるその髪が、甘えるように指に絡み付く。
「本人もこの位甘えてくれると、嬉しいんだがね」
思わず落とした呟きが眠姫に届く事は無いだろう。その位には、激しくした自覚がある。
売り物の女なら、壊れちまうレベルで扱ったからな。……それを、良くもまァ意識を失う程度で済ませているものだ。
その身を清めて、整え直した寝台に寝かせてから親父の部屋へと向かう。傍を離れたくはないが、四六時中共にいる訳にもいかねェからな。
「起きてるかい?」
「ん?……イゾウか、どうした」
「馬鹿な子猫が居てな。……産まれた事が罪で、存在する事は本来許されないのだと信じてる様子なんだよ。……その猫の誕生日が来週でね。どうしたらいいだろうかと思ってな」
「……そりゃァお前ェ……盛大に祝ってやらなきゃな」
そう言って悪戯に笑うと親父は何も教えるなよと言って、計画を立ててくれる。悪戯を楽しむ子供のような顔で、けれども瞳は優しく微笑む親父に、小さくありがとうと呟けば驚いたような瞳が俺を捕らえた。
直後そっとその腕に俺を抱き締めて、笑う。温かなその声に、この船を選んで良かったと心から思えた。
「愛しい息子と、その嫁だ。可能な範囲で何とかしてやるのは当然だ」
「まだ結婚した覚えはねェぞ、親父」
「まだって事ァ、その気はあるんだろうが!自分の気持ちからのらりくらりと逃げてんじゃねェよ、アホンダラァ」
そう言ってグラララララと笑うと、気を付けねェと横からカッ攫われるぞと言って俺を解放する。それには確かにと思うから、早く指輪の1つ位用意してやらないとと思わされた。
喪ってからじゃ、手も伸ばせねェと呟く親父は誰を思い浮かべたのか。……敵だった筈の男か、その男が愛していた女性か、それとも全く別な誰かだろうか。
それを聞く勇気はなく、聞く権利もない。ただ今はありがとうと笑って、そうだなと言う他に言葉を持たずに部屋を後にした。
それからの日々はスムーズに過ぎる。何せナミは元々忙しくそれに追加で何かを頼んだり、夜は俺が抱き潰せばそれだけで何かに気付く余裕がある筈もない。
そうして迎えた当日。サッチ達は料理を用意して、隊長達は贈物を用意して、ナース達は何やらナミを連れて来いと殺気立っている。
他のクルー達もオレンジ色の猫が可愛いらしく、それぞれ祝うつもりで居てくれている。本当に、いつ他の男に奪われるか気が気じゃねェな。
ナースに言われるままにナミを迎えに行けば、部屋にその姿がない。だとするなら蜜柑畑かと、モビーの1角に作られた小さな蜜柑畑へと足を進める。
近付くにつれて大きく聞こえ始める歌声に、自然と頬が緩む。楽しそうに歌うそれが、故郷を想う歌である事は明白だが、それくらいは許すべきだろう。
歌が終わるのと同時に抱き締めれば、驚きさえせずにその身を預けて来る無防備な様子。その旋毛にそっと唇を落としながら、さり気なさを装い問い掛ける。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
振り向く為に動いたナミから、蜜柑の香りがする。喰ってくれと言わんばかりのそれに加えて、表情は意味がわかりませんと言わんばかりだ。
その幼い表情と、無垢な瞳に誘われるように唇を降らせればナミの方からもそれが返される。感じる場所なんてのは既に知り尽くしてる俺に立ち向かうように、だが正確には受け入れる為だろうそれに、俺はまたも甘やかされちまいそうだ。
恍惚の中でその甘味を楽しんでいると、その舌使いにん?と思う。初めてキスした時も上手かったが……こんな舌使いは教えた覚えは無い。
問い正そうと唇を離した隙間でナミが笑う。その笑みにゾクリとした物を感じて、息を飲まされる。
どちらが狩る側なのか、もう分からなくなる。下手をすれば、俺の方がのまれるだろう。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
もうこの場で蜜柑の皮を剥いても良いだろうかと思う程、艶やかなそれに、けれども理性が待ったをかけるから仕方なく抱き締めるだけで耐える。その分、力加減なんてする余裕は無くなっちまったが。
苦しそうに喘ぐそれにさえ劣情を刺激され、そっとその素肌に指を這わせようとしたところで、エースの声が聞こえて来てその場でナミを背に庇いつつそれを防ぐ。避ければ蜜柑の樹が燃えちまうから、ナミを抱いて避けるのは悪手だ。
「エース……樹を燃やす気か?」
「あ……ごめん」
「謝るならナミにな」
そんなやり取りの中で、ナミは背後から俺に自ら抱き着いてきて、ありがとうと掠れた声で言う。だからこそ素直に、守って良かったと思わされる。
ナミにとってこの樹が、どれ程大切かは知ってるつもりだからな。そっとナミの手に自らの手を重ねると、エースが困ったように頬をかいた。
「呼びに来たらなんか、イチャついてたから、ごめん」
「なら、準備が出来たのか」
「あァ!だから早く来いよ!」
言われた言葉にナミが小首を傾げるので、そっとナミの腰紐を解き、ササッと縛り上げるとナースの元へ連れて行く。慌てて抵抗するナミに、可愛がってもらえと言えば悲鳴が上がったが、ナースの着せ替え人形になるのはそんなに嫌か。
そう思って笑いながら待つ。暫くして出て来たナミは、美しいマーメイドドレス姿で、元々人魚っぽいのもあり似合いすぎるなと思う。
「俺の人魚姫、どうか手を」
そっと膝をついて手を差し出せば、サッと頬を染めたナミが震える指先を俺の手に触れさせたのでそれを優しく握り、連れて行く。主役の登場に沸き立つメンバーは優しい顔をしていた。
突然始まったバースデーソングに、ナミはその瞳を白黒させながら縋るように俺を見るから、皆が見ていると分かっていてその唇を重ねる。恥ずかしさからか珍しく抵抗するナミに、唇の隙間で答えてやる。
「今日はナミの産まれた特別な日だ。産まれて、俺の女になってくれてありがとう。俺の姫となる為にナミが美しく育ってくれた事は知っているさね」
「なっ……!」
「髪の1筋さえ、ナミの全ては俺のモノだよ。粗末に扱う事は許さない。ナミには存在して貰わないと困るんだ」
俺の素直な想いだ。俺はナミと共に生きて行きたい。
ナミには俺の傍で笑っていて欲しい。だから幾度でも伝えよう。
Happy Birthday ナミ。お前が産まれて来た事が俺にとっての喜びだ。
家族中から贈物を押し付けられ、産まれた事を祝された恋人が微笑みながら静かに涙を落としたのは、それから間もなくの事だった。その直後男に部屋に連れ込まれて、数日姿を見せる事は無かったが、それは誰にも咎められないだろう。