出逢ったその瞬間に気に入った。自分のモノにしたいと、いや、寧ろすると言う未来しか考えられなかった程に。
何もかもがつまらなかった中で、ナミだけが光り輝いて見えて、楽しいと思わされた。善良であり、それでいてただ脆弱な訳でも無い。
確かに肉体はこの海で生きるには弱く、甘いとさえ言えるその心により戦闘能力も本来のそれより落ちる。それでも、芯が強いのだと見ていて気付かされた。
俺の全てが落とされるのに時間はかからず、だがナミが俺の女となるのには時間がかかった。漸く手にしたその心に舞い上がり、声が出なくなっていて既に身体を自力で起こしても居られなくなっているナミを見上げる。
俺の動きに合わせるようにナミの髪が動き、汗が散る。その肌を滑るように落ちる汗さえ、最早甘美な密にしか既に思えない。
その時ドアの前が騒がしくなり、そっとナミに俺のマント代わりのそれを被せた時、キングとクイーンに突き飛ばされる形でジャックが入室して来た。何のつもりだと威圧すれば、怯えを隠せなくなるそれに、クイーンが騒ぎ出す。
「ほら早く状態を確認しろ!!」
「あ、兄貴達がやった方が……」
「手遅れになったらどうするつもりだ」
そんな会話が繰り返されていた中で、ジャックが俺の前に進み出た直後にキングが俺を抑え込み、クイーンがナミを俺から奪って行く。何をしやがるといきり立つ俺にジャックがこのままだとナミが死ぬと言い出し……そういや声も出せなくなってたと思い出す。
その後スピードにより医者の元へと運ばれたらしいナミは、数時間後に意識を取り戻したと連絡が入った。その報告を受けるまで落ち着かない気持ちを慰める為にと酒を呑んでいた俺が、泣きながら止めてくれてありがとうと言えば、泣き上戸かと呟く声が聞こえた気がする。
だが、いつもはある諌める声が無いのが苦しくなり、身体は勝手に歩き出す。こうなると既に夢遊病の域かも知れないと思いながらも、その衝動には逆らえずフラリと飛び出して行く。
俺の寝室でナミを治療したらしく、ベッドの端で点滴に繋がれる姿を見て、改めて小せェなと思って壊さねェよう注意してその頬を指先で撫でる。それにより瞼を痙攣させたナミが目覚めると、俺を見てその瞳を悲しげに揺らす。
「どうした?」
「私、初めてで……」
「そうだな」
初めてじゃなけりゃ、相手を聞き出して文字通り血祭りにしてる。俺のナミに触れるなんざ許す筈がねェだろう。
そんな事を考えてるとも知らずに、ナミは真っ赤な顔で俺を睨み上げる。これには、中々の胆力だと言う他ねェだろう。
「よくわかんないけど、多分、もう無理って、何度も……!なのに、カイドウ、辞めてくれなくて……!!」
「悪かった。つい、な」
弱りきったその姿で、泣くのを耐えて震えながら言うナミに、オロオロしちまうのは嫌われたくないと思った相手だからか。それともこれ迄他にナミと近しい立ち位置にいた存在が居なくて、扱い方が分からないからなのだろうか?
どちらにしても、動揺を抑えきれない時点で結果は同じだ。慌てて言葉を返せば、部屋の外からあんな状態にさせられるのはナミだけだとか言う声が聞こえて来たが、そこは無視しておく。
ナミが悲しむから……今回はな。本来なら……分かるだろう?
「カイドウは、私の事、本当は好きじゃないのよ!!」
「……そうだな。好きじゃねェ」
答えた瞬間、ナミの瞳が絶望に染まる。それを見て、当然だろと言った瞬間顔から血の気まで引いているのが分かる程。
何を今更言ってるのか。好きなんて、そんな軽い感情ならこんなに振り回されたりしねェよ。
「俺はナミを、愛してる。溺れてる勢いでな。……だから、犯り殺しそうになったんだろ。分かれ」
俺の言葉に大粒の涙を落としたナミは、そのまま暫く泣き続けたので、その間ずっとナミを抱き締めて狼狽えるしか出来ない俺がいた。俺は、ナミに弱い。
百獣海賊団において、俺の弱点であり逆鱗がナミである事を知らない者はいない。ナミに何かがあれば、それこそ当然として世界の破滅を目論むのは誰の目にも明らかだ。
……当人たるナミを除いて。だからこそ、狼狽えてなんでもしてやるからと言った俺に、1人でワノ国じゃない所で買い物したいなんて、そんな事を言い出したのだろう。
躊躇ったし、叶うなら辞めさせたいが……睨み付けてくるナミの眼差しに俺は負けた。仕方なく明日ならと猶予を貰い、治安が良くて海軍が近くにいない島を部下達に探させた俺は、その日1日ナミを休ませておく。
部屋で休ませていれば当然のように執筆したり、小さな声で歌ったりし始めるナミに、今日襲えば色々台無しになるからと静かにその様子を見守る。そんな俺にナミが微笑むから、気恥ずかしくなって酒に手を伸ばすとお茶にしましょうなんて言われて、結局酒も呑めないままに時を過ごす事になった。
翌朝、龍の姿となり窓の外からナミを呼べば、身軽な姿で現れて浮いている筈の俺の背に迷い無く飛び乗る。これは恐らく、最近では見慣れた者もいるくらいの光景だろう。
俺の鬣を撫でながら、ナミは俺を信じて身を任せる。それが何だか行為中のそれと重なりまたもや求めそうになるのを必死で耐えながら進んだ先に、ナミを買物に行かせられそうな島があった。
そっと島の外れでナミを降ろしてから、気を付けるようにと散々言い聞かせて送り出す。その背が遠のくのを見て、人の姿でそっと後を追ったのは……もう無意識の事だ。
買物を楽しむその姿に癒されつつも、買っている物が大半を食料で占めていると気付けば首を傾げるのも無理のない話だろう。そのまま様子見を続ければ、買っている物から統一性を見つけ出した。
……ふゥむ、節分か。ワノ国で買うのは確かに食材その物に危険がある上に、ナミは顔が知られていて単なるたかりになっちまうもんな。
お人好しのナミが、俺が寝ている時にそっとおこぼれ町を回っては水を生み出して配って回ってるのを、俺は黙認している。本当なら辞めさせるべきだろうが、子供や老人に囲まれたナミが、いつになく穏やかな顔をするのでそのままにさせているのが現状だ。
根本的な解決にならないと嘆くナミに、俺はそれでもやり方を変えてやるつもりは無ェ。だから余計に、ナミの行動を咎める事も俺には出来ないのだろう。
その後待ち合わせ場所へ帰るナミを見て、俺は先回りして転がって待つ事にした。それにより到着したナミが俺の姿に優しく笑ってから、そっと手を伸ばすその仕草が本当に愛しいのだ。
「カイドウ、起きて……」
「ん?……ナミか」
「買物、終わったから。待たせてごめんね」
風が吹き抜け、ナミから蜜柑の香りを、海から潮の香りを運んで来る。揺れる蜜柑色の髪が、ナミを現実に生きる人間とは思えなくするんだよな。
「……詫びだからな。だが……あまり喜ばしい事じゃねェからこんな事は少ない方が嬉しい」
「そ、それはカイドウが加減してくれたいい事でしょ!?」
頬を赤く染めてそんな事を言うナミに、本当に可愛いなと言いつつ頭を撫でてやり、そのままそっと唇を降らせれば熱い吐息が肌を掠める。このままここで襲えば、それこそ泣きながらどこかへ飛びさりそうで、仕方なくワノ国へと帰る事にした。
ワノ国へ帰ると、ナミが購入した物が届けられておりナミの指示のもと、調理された豆料理や太巻きが並んだ。それをナミが是非食べてと笑えば、俺も含めて珍しく穏やかな気持ちでそれらを口に運ぶ。
俺の膝の上で、皆に健康でいて欲しくてなんて呟くナミにニヤけるのは俺ばかりではない。嫌われ者の代表である俺達は、こんな風に気遣われる事に慣れてないのだ。
それでも、この生き方を今更変えようなんて誰も思えないのも知っている。ただ俺は……いや、俺達は、だからこそナミを喪う訳にもいかないのだ。
こんな甘やかな温もりが、いらない訳では無い。無くてもそれを当然と思い、そういうものとして生きて来ただけだ。
だが、知っちまった今、もう手放せねェし喪えねェ。だからこそ、俺はナミに提案する。
「最強の鬼を豆で退治しなくて良いのか?」
「私、カイドウを傷付けられないもの」
「そりゃ、俺は強「そうじゃなくて……好きな人を、攻撃なんか出来ないわ」」
……これは何の修行だ。俺は坊主じゃねェし、我慢しない為に海賊やってるってのに。
そんな俺にナミは可愛らしく笑うから、なら遊び感覚でやらせてみるかと思う。その後、悪戯な猫を食っちまうのは当然の権利だろうからな。
「……ナミが俺を〝タタセる〟事が出来たら……ご褒美をやろう」
俺の言葉にナミはその瞳を輝かせると、男に二言はないわね?なんて勝気に笑うが、さて俺の言葉の意味をちゃんと理解出来ているのか。
あえて分かりにくいように発音したが、分かった奴らは酒を吹き出したり噎せたりしている。その様子に笑う俺に、ナミを応援したり俺を応援したりと自由に楽しみ始めたそれを眺めていたら、ナミが巨大な升を抱えて中にある大量の豆を投げ付け始めた。
必死で投げながら、でも鬼は外福は内と言えずに福は内だけ繰り返すから、それに気付いた外野が余計に騒がしくなる。本当に、どうしてこいつはこう……可愛いのだろうか。
「まだまだ、たちそうにねェな?」
「こ、これからよ!!負けないんだから!!」
「ウォロロロロロ!!頑張ってみろ!!」
「鬼は内!福も内!!」
ナミの掛け声に俺は分かったと1人で頷き、ちゃんと内にいてやろうと立ち上がる。ナミに俺からのご褒美を与えねェとな。
立ち上がった俺に無邪気な笑顔を向けたナミは、鬼を虜にした事実の重さに気付かない。今宵もまた、大看板や真打達が総督から蜜柑を1粒、助け出す算段を開始する事になるのだろう。