花の手入れをしていたら、ニュースクーが飛び立つのが見えた。どうやらナミの所に来ていたらしいと知り、それなら小休止に飲み物でも持って行こうかと様子を見に向かう。
歩き出したその瞬間、聞こえてきたのは儚い声。花を恋しがるかのようにも聞こえるその歌声に、私の身体はドアノブに手をかけたまま動きを止めてしまった。
声は震えても掠れてもいないのに、なんでかしらね。ナミが、泣いてるように聞こえたのは。
歌が終わって、漸く金縛りから解けたような心持ちでドアを開けると、ルフィに抱き着いてるナミが見えた。いつもの光景なのに、少し違うのはナミが〝抱き締めてる〟のでは無くて〝抱き着いている〟のが分かったから。
……珍しい、甘えているのだわ。ルフィには、ちゃんと甘えられるのね。
ホッとしたのも束の間、ルフィがそのままナミを押し倒そうとしてるのがわかり、咄嗟にそれを阻止すればルフィに睨まれてしまう。ナミに気付かれないように唇だけ動かして、駄目よと伝えればムスッとした顔をするルフィは本当に幼い。
それでも素直にナミを解放したルフィに良い子ねと笑い、私はナミに声を掛けて蜜柑の樹へと誘う。それに素直に従うナミは、蜜柑を優しく撫でるけど何処か寂しそうな顔をしてると気付く。
「何かあった?」
「……海賊一番くじが当たったんだけど……食器が5人分しかないし、予定と随分変わってしまって魚人島迄のそれが遠いから、寄り道してる場合でもないでしょ。だから、使えなくて残念に思ってたの」
「あら、ナミったら、何言ってるの?」
「え?」
キョトンとした顔をするナミに、変な所でお馬鹿よねと思う。それに、ルフィは宴なら何時でもどこでも、何度でも喜ぶに決まってるわ。
それを望んだのがナミだと言うなら、きっと世界を敵に回しても宴を開くに違いない。ルフィは仲間が言うならと言って、それを全力で叶えようとする男なのだから、恋人の願いを叶えない筈がないわ。
「ルフィは冒険を〝寄り道〟だなんて思わないでしょ。皆でピクニックしたり、宴を楽しむのは彼にとって充分〝冒険〟だと思うわよ」
「ルフィも、やろうって……言ってはくれたけど、食器も足りないし……」
「似たような物があるかも知れないから、サンジに確認しましょう。それに、重箱1つじゃどちらにしても足りないから追加されるわ。だから、気にしないのよ」
この責任感が強くて自分にだけ厳しい少女はどうやら、病気や怪我で身動きが取れなかったからと、気にしているらしい。急ぐ旅でもなければ期間の定められた仕事でも無いのに、遊ぶ事を罪だと思っているらしいと気付いてしまう。
もっと気楽に、楽しんで生きるべきだと思うのは、私が貴女達にそう教えられたから。だから私はナミをそっとお姫様抱っこの形で抱き上げて、サンジの元へと向かう。
「ちょっ!?ロビン!?」
「ナミは私の可愛いお姫様だと、しっかり自覚して欲しいわ。私は、ナミと沢山遊んでみたい」
「ロビン……」
「私にとって、ナミは生まれて初めての〝友達〟だから」
「ロビン!!」
泣きそうなのを耐えながらも、抱き着いてくれる柔らかな温もりに、私は小さく笑みを零しながらそっと足を進める。可愛い可愛いお姫様が、いつもの様に微笑んでくれるようにと願って。
サンジの所でお花見について説明をすれば、ゾロは酒が呑めるならなんでも歓迎だと言い、サンジは何を作ろうかと楽しそうに笑う。チョッパーは宴かと喜び、ウソップは何を歌おうかと本を広げ始める。
ブルックもなんでも演奏しますと笑いながら、ウソップが広げてる本を共に覗き込む。そんな所にルフィが顔を出した。
そんな状況の中で、ナミは早速地図を広げて頭を悩ませている。皆が喜ぶように、楽しめるように、自分の事は二の次三の次で航海士としての顔をするのだ。
そんなに1人で抱え込まないで欲しい。そんな事を思った時、ブルックがそっと声を出す。
「ナミさん、私の考えではこの近くに春島がありますよ。地図に載ってない筈なので、行けるかは運次第ですが」
「どういう事?」
「先日、シキと共に降ってきた島には……春島が含まれていましたよね?少し戻る事にはなりますが、如何でしょう?」
ブルックの発言で全員が顔を見合せて頷き合う。そうしてバタバタと動き出した皆に笑いながら、私も手を貸していたら突然フランキーに腕を掴まれた。
「どうしたの?」
「……たまには俺の事も、可愛いとか言ってみたいと思わねェか?」
「思わないわ」
明らかに可愛くないもの。ナミとチョッパーの可愛さは次元が違うとしても、ルフィやウソップにあるような可愛さも、ツンツンとしているゾロに対して突っつきたくなるような可愛さもフランキーには無い。
「……可愛いより、手が掛かるとか、面倒で変な人って印象よね」
頼りになるし、優しい人なのは知ってるけど、それは今は言ってあげない。ただ、大きなその体を丸めて、落ち込んだ様子を見せるそれは少しだけ可愛く見えたから……特別よ?
そっと背伸びをして、その首に抱き着くと掠める程度のキスをして即座に離れる。そうしないと、その場で押し倒されると知ってるから。
サッと逃げた私に、フランキーはヤり逃げかよと低く唸るけど、その顔がニヤけてるのだから迫力は無い。それにクスッと笑いながら、目的の島を目指してサニーを進めて行く。
目的地に到着すると同時にビリーと遊び始めたルフィを見て、素直に凄いわと感心しつつ宴の準備を手伝っていたら、ルフィに声を掛けられた。振り向けば不愉快ですって顔に書いてある始末。
「それにしてもよ、ロビン!」
「あら、何かしら?」
「どうしていつも邪魔すんだよ?」
普通ならなんの事か分からないだろう言い方をしておきながら、絶対に通じると思ってる所は凄いと思うわ。それにしても、寧ろなんで分からないのかしら。
「まだ、病み上がりでしょう」
私の言葉にルフィは首を傾げるから、誰がルフィが病み上がりだと言ってるかと言いたくなるのを抑えつつ、追加するようにナミがと言葉にする。すると何かを考える様子を見せるから、何となく考えてる事がわかってしまう。
……無駄とわかってても、時々クラッチしたくなるのよね。まったく……困った船長だわ。
「……ナミは、自分の体調が悪くてもルフィに求められたら拒んだりしないわ。だからこそ、ルフィが気を付けないと、ルフィがナミを壊してしまうわよ」
「ンなもん、小娘と麦藁の判断だろ。横から口出してんじゃねェよ」
「「フランキー!!」」
私とルフィの声が重なる。けれども、その声の持つ色は正反対。
私は咎めるように声を尖らせ、ルフィは歓喜でその名を呼ぶとフランキーは大人の顔で笑う。そんな中でフランキーは、明らかに私に向けて言う。
「壊したら戻らず、後悔しても遅いって気付いた時には手遅れ。それは言葉じゃ伝わらねェんだから、好きにやらせて喪う事を知ればいいだろ」
「……貴方は、ナミを犠牲にするつもりなの?」
私の可愛いナミを傷付ける事を容認するなら、フランキーでも許さないわ。これ以上、あの子を傷付けさせはしない。
抑えきれない、いや……抑える気のない怒りを纏いながらフランキーに詰め寄った時、ルフィが突然妙な動きをした。その直後、私もその相手に驚き動きを止める。
話には聞いていたけど、まさか、本当に革命軍の参謀総長とルフィは兄弟なの!?隙の無い動きと、油断出来ない瞳の色を持つ男は、けれどもルフィやナミにはただの子供のような反応を見せる。
ただひたすらに、ルフィを可愛がりナミに甘える姿に、本当に兄弟として生きて来たのだと伝わって来る。ナミに愛されているそれが、何だか羨ましくて……。
「ロビン……」
呼ばれて顔を上げると降ってきた唇。そのまま押し倒してこようとするフランキーに、何盛ってるのとその頬を叩いて逃げ出せば寂しそうに瞳を揺らされてしまう。
私を愛してくれる存在なんて、もう何も無いと思っていたけど、ちゃんとあったわ。ナミだけじゃない。
仲間達も勿論そうだけど、そうじゃなくて……。少し放置しただけで悲しんでくれる位、面倒で、でも、愛しい存在が私をいつも愛してくれてる。
「花よりも、花の如く美しい。……初めて会った時、素直にそう思ったが」
「フランキー?」
「ここに咲いてる桜より、ロビンの方が俺には華として見える。それに、最高の団子でもあるから、俺はこの宴よりロビンを楽しみてェ」
珍しく口説いてるらしいフランキーに笑った時、ナミが皆を紹介している声が聞こえて来た。それに対応してから、ルフィとナミ、そして、その兄と少女が奥にある桜の森へと突き進むのを見送る。
「……後で、アクアリウムでね」
「アクアリウムには、桜はねェから花見は出来ねェぞ」
「あら?……花が1輪だけでは不満なのかしら?」
クスッと笑いながら小首を傾げたら、真っ赤になったフランキーが小さく充分過ぎる……なんて言いながら照れるから、その照れが伝染する。大人の女を気取りたいのに、フランキーの前だと少女になってしまう。
舞い散る桜の中、楽しむ皆の声を聞きながら能力で私とフランキーを包み数枚の桜と共に姿を隠す。刺激の強いそれを、子供達には見せられないから。
夜桜なんて待てない。悪い大人の、秘密の時間。
楽しい宴の音を聞く余裕は、最早ないだろう。その事だけは、間違いない。
花より団子?いいえ、花より鉄人。