エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~   作:しとしと

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第十話

 

 

 師との同棲──違う。共同生活も数日が過ぎた。

 

 体も以前より軽くなり、戦えるほどではないだろうが武器を持つだけの体力は戻った筈だ。入浴できないこともあり、師のいない間に行う運動は軽いものに留めているが、少し動くだけで酷い筋肉痛が襲うことの繰り返しであった。

 

「暇ね……」

 

 そして、日が経てば経つほど、師は私と共にいる時間が短くなっていった。きっと、闇に蠢く者の本拠地を叩く作戦をクロード共に立てているのだろう。

 それ故か、暇であることを除けば些か平穏無事に過ごすことができた。まあ、師とのドキドキハプニング事象に見えることも時々あったが。

 

 しかし、私の生存を知りながらまだ会っていない者も多く、未だ訪問者は限られていた。ただ師の言によれば、ペトラなど会いたいと申している者もいるが、あまり多くの人間を関わらせると後々誤魔化しが効かなくなることを恐れたからだと言う。

 師はそのことに対して不満を持ちながらも、クロードから言われて納得している手前何も言えないのだろう。ただ謝罪の言葉があった。

 

「すまない」

「いいのよ、師。それに、フェルディナントやカスパル達とは私も何を話せばいいかわからないもの」

 

 そう、特にフェルディナントやカスパルの二人とは顔を合わせにくい。

 フェルディナントの父エーギル公を左遷したことだけでなく、実権を奪った後も戦時中は叔父であるアランデル公の策謀によってエーギル公の悪名が知れ渡り民衆に討たれたと聞く。

 また師は教えてくれなかったが、クロードに聞けばカスパルの父である軍務郷ベルグリーズ伯は、私が敗北した後帝国の全将兵の責を問わないことを条件に首を差しだしたと言う。

 ベルグリーズ伯は帝国貴族の中でも有数の有能な将であり、帝国のため身を粉にして常勝を齎した彼が責任を負って死に、皇帝である私がこうしてのうのうと生きてしまっていることを思えば、どんな罵詈雑言が並べられることだろうか。

 カスパルの義理の叔父であるランドルフを戦死させてしまったことも含め、彼らは帝国の重要派閥の人間でありながら師の下で私と真っ向から戦ったのだ。

 彼らの言葉に耳を貸さず戦いを始めたことからも、今更何の話をすればいいかわからないというのは本音であった。

 

 ただ、訪問者が限られていく中でも、マヌエラ殿、ベルナデッタ、ドロテア達との会話は楽しく、私一人の寂しさを埋める一助となっていた。まあ、クロードがたまに私と師の仲を揶揄ってくるのが忌々しいがそれを今は言うまい。

 

 そして、闇に蠢く者討伐隊編成と具体的な遠征手段が決まったと聞き、計画実行まで幾数日となった頃のことだ。

 師は一人の女性を連れ立って部屋にやって来た。

 

「久しぶり、エーデルガルト……いえ、今はエーデルと呼んだらいいかしら?」

「リシテア……!」

 

 小柄な体と長い銀髪の容姿、クロードの学級であるリシテアだ。

 ふわりと寝台の傍の椅子に腰を下ろすと、ややきつめの視線でもって私を見つめる。師は睨み合う私達を扉の前から眺めたまま、リシテアを呼んだ訳を話した。

 

「……控えるようには言っていたんだが、リシテアがどうしても伝えたいことがあるというのでね」

「そう……」

「我儘を聞いて下さってありがとうございます、先生。後は私達で」

「ああ、暫く席を外すからね」

「はい」

 

 そう言って、師は外に出て扉を閉めた。

 後は気まずい二人の空間が出来上がった。何を話すつもりで来たのだろうか。

 

 リシテアの表情は憮然としているようであるが、両の手をぎゅっとして膝元に置いていることから緊張しているようにも見える。

 やがて意を決したように話を始めた。

 

「覚えているかしら? 昔、あんたが私の体力をよく心配して気にかけてくれていたこと」

「……ええ」

「そして……私が紋章を二つ宿していること、そのせいで短命を宣告されていることを話したわよね」

 

 まだ三つの学級が共にあった頃、五年前の話だ。

 当時の帝国において大紋章を宿すための実験、血の改造の儀式は珍しいものでは無かった。私を最高傑作とすることを目標に、成功度を上げるため数多の実験が繰り返され犠牲者が出た。コーデリア家伯爵の娘であるリシテアもその実験の犠牲者の内の一人であることは知っていた。

 故に、リシテアに対して菓子や紅茶を持て成し、体調を心配する態度を示したことも多かった。自然に振る舞ったつもりが、リシテアの中でそれが違和感となって残ってしまったためかそういう話に発展したことは覚えている。

 

「……そう、ね」

「なら、これから私達が討滅する──闇に蠢く者に何をされたかも知っているでしょ?」

「……人為的に血の改造を施された、そういうことでしょう?」

「ええ」

 

 リシテアは何て事のないように言うが、あれは地獄だ。体が作り変わっていく絶え間ない恐怖と苦痛に耐えることは並大抵のことではない。同じく血の改造を施された身としては、リシテアはなぜこんな昔の暗部を持ちだすような話を始めたのか疑問に思ってしまう。

 

「話しておきたかったことは、それだけかしら?」

「いいえ、これからが本題。あんたと闇に蠢く者との関係について」

 

 意図がつかめなかったが、そういえばと思いだす。

 

 師は言っていた。リシテアは師に対して、私の幼少期に闇に蠢く者との関わりがあることを示唆したと。深くは考えていなかったが、なぜそれをリシテアが知り得たのだろうか。

 

「そういえば……あなたが私と闇に蠢く者との関係性について師に伝えたらしいわね」

「ええ、そうよ」

「なぜ幼少期の私と彼らに関係があったのか……あなたが知っていることと、今回の話が繋がるのかしら?」

 

 その疑問を呈すると、リシテアは淡々と答える。

 

「そうね。前々から、あんたが闇に蠢く者に血の儀式をされていることは当たりをつけていたから」

「……なぜかしら?」

「髪の色よ。その色が抜け落ちたみたいな色……綺麗だって言う人もいるけど、私は勘付いた」

 

 確かに、元の髪色は薄い茶髪であり今とは違う。

 血の儀式によって強大な紋章を得る代わりに、髪色が白化してしまったのだ。それはリシテアも同じだったのだろう、リシテアの髪も実験によって同様白化したというのだ。

 

「そして、二つの紋章を持つこと、血の儀式の代償についてリンハルトやハンネマン先生と話している内に、あんたのことが話題に上ったのよ」

「……なるほどね」

 

 聡い彼らのことだ。

 リシテアとの共通点を探りながら、闇に蠢く者による儀式、帝国の中枢に蔓延る紋章主義から仮説が導き出されたのだろう。

 

「あんた以外のフレスベルグの継承者がいないことからも、あんただけが儀式に耐えられたんだってことは何となくわかったの。継承者は沢山いた筈なのに、あんた一人だけまともに生きているなんて裏があるに決まっているし。闇に蠢く者の影響だろうってことを、先生に伝えただけ」

「……そう」

「それに、私もあんたと一緒で、紋章主義なんて無くなってほしいと思っていたからね。あんたの発想は、元々強い紋章を持っている人間のものじゃないとは思っていたわ」

 

 強大な皇帝には強大な紋章を、という意識は帝国には根深く存在している。

 私は強大な紋章を持ちながら紋章主義を無くすために教団と戦いを始めたのだ。聡いリシテアであれば、その関連性も導きだされて当然だったか。

 

 なるほど、このリシテアの言葉を受けたために、師は闇に蠢く者と私の関係に気付いたのか。

 以前より帝国の権力を握っている闇に蠢く者にとっては、私との共闘ではなく、あくまで私を血の儀式で縛り利用しているだけだと。まあ、こちらも利用していただけで、教団を倒した暁にはいずれは敵になる間柄ではあったが。

 

「リシテア、あなたの言う通り認めるわ……私は血の儀式を受けた。そして、生き残ったのは私だけ──他の兄妹は皆死ぬか精神を病んでしまったわ」

「そう……」

「そして、それをルーツにしているからこそ、私は戦いを始めたのよ」

 

 皇帝エーデルガルトの覇道は、そこから始まったのだ。

 闇に蠢く者の討滅だけではない。フォドラに蔓延る紋章主義による歪な貴族主義と腐敗を破壊し、二度と私のような者を生まないため──そう決意したのだ。

 そう聞いたリシテアは、静かな怒りに震えるように声をあげた。

 

「やっぱりね。だから私は、奴らを許さない……今度の作戦で、尽く討ち滅ぼす。二度と私達のようなものを生まないように」

「……」

「その志は、あんたと一緒だと思うけど?」

 

 挑戦するような瞳。しかしその唇は僅かに震えていた。

 彼女は、エーデルガルトである私にこれを伝えたくて来たのだろう。ならば、私もエーデルガルトとしての意見を返さなければならないだろう。

 

「そうね……でも、やり方は違うわ」

「変えられない?」

「……レアとそれに殉じる者を討たねば、闇に蠢く者を滅ぼしたとしても、紋章を軸にした犠牲は生まれ続ける」

「そうじゃないかもしれない」

「いいえ、そうよ」

「……私達のような存在がいることを知った先生が、そんなことさせると思う?」

「……」

「……まあ、いいわ」

 

 リシテアも、この話題は平行線だと思ったのだろう。

 やれやれといったように話題を変えた。ただ、糾弾するような口調はそのままで。

 

「……それで?」

「えっ?」

「あんたは皇帝に戻るの?」

「……今は、わからないわ」

 

 それは、本心だった。

 先程リシテアにああ答えたものの、今更ながら不安が胸を襲っているのも事実なのだ。

 

 あれだけ覇道を進むことが正義であると信じて疑わなかった。

 しかし今、私が感じているのは、私の信じる道への不信、揺らぎ。全てを切り捨てて辿り着いた先が、エーデルガルトの死。あれだけ尽くしてくれたヒューベルトですら私は切り捨ててしまったのに、何も成し得ることができなかった。

 ベルグリーズ伯含め、私の覇道の道に死んでいった者は多い。腐敗貴族粛清を想っていたのに、死んでいくのは私を信じてくれた有能な将ばかり。そんな私が皇帝に戻ったとしても、師やクロードを倒した上で再び覇道を進めるのか、果てしない不安が胸を襲っているのが現状だった。

 

「なら、闇に蠢く者を倒した後……先生が聞くより先に私が聞くわ」

「……その答えが貴女の意にそぐわないものだったら、私を討つと言いたいのね」

「……そうね。でも、見逃すかもしれない」

「なぜ?」

「同じ苦しみを……知っている者だから」

 

 リシテアは、僅かに震える声でそう言った。

 その感情に秘めたるは何だろうか。同情、悲哀、いや苦しみを分かち合える仲間と出会った安堵だろうか。

 リシテアは苦し気な表情をふっと緩めると、穏やかな笑みを浮かべた。

 

「私は残り少ない命に焦って、はやく大人になろうとして──こんな社会への復讐のために紋章の力を使おうと思ってた……」

「……今は違うのかしら?」

「ええ、先生のおかげで、こんな苦しみなんて捨てていいと思えた。だから今は、両親のためにも紋章を無くして少しでも長く生きられるような方法を探そうと思ってる。先生だけじゃなくて、リンハルトやハンネマン先生も協力してくれているし」

「……」

「あんたも……過去の苦しみなんて捨てて、できれば協力してほしい。それだけ……今日は言いたかった」

「……考えて、おくわ」

 

 リシテアの言いたいことというのはこのことだったのだろう。部屋に沈黙が訪れる。

 

 ──協力してほしい、か。

 

 それは同じ痛みを知る同族と見ているからなのだろうか。それとも、仲間として私の道が覇道だけでないことを示してくれているのか。

 この数週間、部屋に籠って過去を振り返ってばかりな身にとっては、リシテアが何を想って言ったのか、明瞭な認識は難しかった。かといって、その意味を問うことも失礼な気がする。リシテアは、師の意見に反してまでここに来て協力を申してくれたのだ。

 

 ──リシテアの純粋な好意、なのかしらね。

 

 かつて、私がリシテアを気にかけていたように、今度はリシテアが私を気にかけてくれているのかもしれない。全てを失い、歩むべき道に靄がかかって進む先のわからない私の手を取ろうとしてくれているのだろう。

 そう思えば、リシテアの言もすっと心の中に入ってきた。紋章を無くすための研究、か。

 

「……」

 

 自分の心に一段落つけると、部屋を支配する沈黙が気になり始めた。

 そういえば、師はいつ帰ってくるのだろうか。リシテアから話すこともなくなり、手持無沙汰になる。

 リシテアも気まずい雰囲気を察したのだろう。何か話題は無いかと、私の瞳から視線を外し寝台の上にあるものに目を向けた。その瞳が羨まし気に瞬いた。

 

「それにしても──随分、色々貰っているみたいね?」

「あ……こ、これね」

 

 私を囲むように置かれている沢山の人形や本のことを言っているのだろう。

 師はあれから何かあるたびに手土産を持参するようになった。持ちきれないものは机に飾るほどの物量だ。

 リシテアがそれを羨ましそうに見ながら、ピンク色をしたクマの人形を手に取る。初めて先生から貰ったお気に入りだ。

 

「これ、私が選んであげたやつ」

「……そう、らしいわね」

「てっきり私にくれるのかと思ったのに……あんたが羨ましいわ」

「……?」

 

 思わず聞き返そうとしたが、リシテアの頬がぷくりと膨れて怒りを表していたので、聞くととんでもないものが掘り出されるように感じ、憚られる。

 リシテア自身も何を言っているんだと思ったのだろう。赤くなった頬を誤魔化すように話題を変えた。

 

「お茶会」

「え?」

「昔、あんたがくれたお菓子、美味しかったし……また、あの時みたいにお茶会しない?」

「……」

 

 あの時のように、か。

 食が細い彼女が心配だったのと、一人では食べ切れないのもあり、リシテアにはよく贈呈品などで貰った菓子を渡していたように思う。

 リシテアにとっては、こんなふうに道が分かれるとは思ってなかったから、もう一度やり直したい気分なのかもしれない。

 

「……ええ、いいわよ」

「ほんと?」

「お菓子は残念ながらあげられないけど」

「そんなのいいわよ。私が持ってくる」

 

 そんな答えが口をついて出ていた。

 紋章によって同じ苦しみを受け、同じ志を持ち、それでも道は違えた。しかし、もう一度交わりたいと歩み寄ってくれたのだ。リシテアとは、もう一度昔のようにやり直したいと、思わないわけではなかった。

 

「そういえば、あんたが好きな紅茶はある?」

「そうね──」

 

 それから訪れた和やかな雰囲気は、師による控えめなノックの音が響くまで続いたのだった。

 

 




リシテアは癒し(確信)
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