エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
優し気な微笑とともに挨拶する師が、そこには居た。特徴的な緑髪が朝日に反射してきらきらと光り、とても綺麗で眩しかった。
「具合はどうだい、エル」
「はい? ええと、その……」
私をエーデルガルトではなくエルと愛称で呼ぶ。私が枕を濡らしながら何度も妄想してきた光景が、今目の前にあった。私は、地獄ではなく天国に辿り着いたのだろうか。
「それより、ここは……? 私は師に殺されたんじゃ?」
「君は生きている」
その言葉に衝撃を受ける。師にとどめを請い、剣を振り下ろされた光景が焼き付いているというのに、私は生き伸びたのか。
「……なぜなの?」
「生きていてほしかった」
師はそう呟いた。その瞳は熱っぽく、まるで求愛されているかのようだった。思わず頬が熱くなる。
「冗談はやめて。なぜ私を生かしたの? 私を殺さなければ戦乱は終わらないと、そう言った筈よ」
私を殺さずに生かしておきたいという言葉自体は嬉しいものだが、しかし一方で冷静な部分が感情に待ったをかける。
私の命があるということは、戦争の火種を残したということ。未だ残留している帝国の勢力を思えば、再び戦乱の世が訪れることは想像に難くない。師が生かしたいという願いだけで、私を生かすことはクロードが許さないだろう。
「君の言う通りだ。だからエーデルガルトはあの時死んだ。今ここに居るのは、ただのエルだ」
「……正気なの?」
「ああ」
強く穏やかな瞳だった。吸い込まれそうな魅力的な瞳。恋い焦がれた、意志の塊のような瞳が、真っ直ぐ私を射抜いた。
ここまで強い意志を向けられては、今この現状が正しいものに思えてくる。しかし、まだ聞かねばならないことはある。
「師……以外に、私が生きているのを知っているのは?」
「クロードと、元黒鷲の学級の生徒達と他数名だけだよ」
「そう……なら、まだ間に合う」
「?」
「もう一度言うわ。私が生きていることをこれ以上知られてはいけない。特にレアやそれに殉じる者達に。だから──殺して」
折れぬ意思をもって視線をぶつけた。
しかし、そう言われることは師も想定していたのだろう。私が死ななくても良いことを順番に話し始めた。
曰く、師自らエーデルガルトそっくりの死体を用意してすり替えたこと。帝国はそれを信じ、同盟軍傘下に入り抵抗の意思は無いこと。クロード、リシテア、そして元黒鷲の学級生徒、ハンネマン先生とマヌエラ先生にはエーデルガルトの生存を納得、もしくは希望されたこと。
そして──
「クロードの願いは、フォドラの中と外を壊すこと。フォドラの民だけでなく人種も種族も関係なく共に生きること──だからエルが生きていても、構わない」
「……でも、レア達や帝国に見つかれば」
「そうだね。だから暫くの間、ここに隠れていてほしい。闇に蠢く者を討伐し、私がクロード共に人の上に立つまで」
「っ! 師、それは」
「ヒューベルトからの手紙に、全て書いてあった」
師は懐から一枚の手紙を取りだす。見覚えのある字、確かにヒューベルトのものだ。必ず勝つと信じる私には知らせぬまま、彼は全てを検討して死ぬ前にこれを将兵に預けたのだろう。彼は最後まで、たとえ私が敗北した時でも、私の理想がほんの少しでも成就するべく動いてくれていたのだ。
「ヒューベルト……」
「彼からの手紙には、フォドラの安寧のためにとある。これに従うつもりだ」
そう言って、師は再び手紙を懐に仕舞った。
「リシテアからも少し話は聞いている。エル、君の幼少期の精神に多大な影響を及ぼしたのは彼ら闇に蠢く者だそうだね」
「……そうね」
「私は彼らを許さない。クロードと共に、彼らを尽く討ち滅ぼす」
「……」
「君の死を偽装したことで、君は帝国から解放された。そして次に闇に蠢く者を滅ぼし、彼らから君を解放する。そうすれば──」
ぎゅっと力強く、それでいて壊れ者を扱うかの如く優しく、師は私の掌を握る。
「君はただの少女に戻れる」
「……とんだお節介ね。私の生き方を無かったことにするの?」
「いいや、エーデルガルトの遺志は、私達が継ぐ。だから、君はただの少女として生きればいい」
「……そんなこと考えられないわ」
それは本心だ。
私が生きてきたのは全て理想のフォドラのため。全てを投げうち、全てを犠牲にする覚悟で前に進むと決めたのだ。私の命ある限り、それは変わらない。ただの少女の生き方など、考えられるはずもない。
「そうか……まあ、時間はある。ゆっくり考えてほしい」
「師……いくら考えようとも、私の答えは変わらないわ。私の言葉と理想に全てを賭けて死んでいった者達にこのままでは顔向けできない。全ての重荷を投げ捨てれば、私は地獄に落ちる」
命ある限り、戦うことが私の道。
部屋の中に武器はない。それに、随分寝ていたのだろう、筋力の衰えも感じていたが、いざとなれば師に挑むつもりだった。
そんな様子を見てとったのだろう。師は苦笑しながら、ただ事実を言うように優しく諭す様に言葉を発する。
「君はもうエーデルガルトじゃない。だからもう、戦わなくていい」
「……私はエーデルガルトよ」
「エーデルガルトは私に討たれて死んだ。今ここにいるのは、エルだ」
「頑固ね」
「お互いさまだ」
くすりと、二人で微笑が漏れた。
何だか、懐かしい感覚だったのだ。剣を持たずに会話するのは、随分久しぶりだから。
「まあ、いいわ。それよりも、何故師は私のためにそこまでするの?」
これは大きな疑問だった。
私を生かすことは、師に一つとしてメリットはない。私を生かしたことが露見すれば、レア達が許すはずもない。悪くて処刑、良くても立場を追われることは確実であろう。
師はその問いに少し困ったような表情を浮かべた後、観念したようにぽつりとつぶやいた。
「今でも思い出す。あの時、あの学級を選んでいればどうなったのか」
「?」
「……クロードでなく、君を選んでいたかもしれない。どこまでも高潔で真っ直ぐで、理想に殉じ覇道を往く……正直、惹かれていた」
「っ……」
「だからかな」
師は事も無げに言うが、私にはそれがまるで愛の告白のようにも感じられてしまった。思わず頬が赤くなり、師のまっすぐな視線から目を逸らす。
上擦る声を抑え乍ら、まだあるのではないかと期待を胸に聞く。
「そ、それだけかしら」
「それに、私達が勝ちはしたが、私達が正しく、敗北した君が間違っているとは思えないんだ」
「……」
「だから、君に勝った後のフォドラが、確かに良い方向に向かったのだと君に認めてもらいたかった……だから、生きていて欲しかった」
「……師らしいわ」
「お節介といえば、それまでだけれど」
「そうね。でも、何故かしら……何だかそのお節介が懐かしくて、心地いいわ」
懐かしい部屋にいるせいかもしれない。武器も持たず、二人並んで話しているだけだからかもしれない。敵ではなく、共に学ぶ仲間として場所を共にしていたあの時代を思い出す。
「君がエーデルガルトとしての道を再び歩むというのなら、私は再び止めよう。だが、今はまだ答えを出す時じゃないとも思っている。君は長く眠っていたから、戦う力も落ちているだろう」
「……」
戦えない状態であることを見抜かれている。
「ゆっくり安んで、それから答えを出してほしい」
「……わかったわ。多分、答えは変わらないけれど」
「ああ」
部屋に沈黙が訪れる。
会話は終わったのに、師は外に出ることをしない。ここは私の部屋ではなかったのか。
「あの、師」
「なんだい」
「まだ、話があるのかしら?」
「いや」
ならなぜここにいるのだろうか。師は本棚に向かい本を取りだすと、私の傍で読み始めようとした。
「ちょ、ちょっと」
「なんだい」
「師はやることがある筈じゃないかしら」
「今日は休暇だよ。だから自分の部屋で過ごす」
「そ、そう。なるほど、そういうこと」
ちょっと待て。今聞き捨てならないことを言わなかっただろうか。
「……自分の部屋?」
「そうだ」
「……ここは私の部屋でしょう?」
「そうだ」
「……師の部屋は?」
「ここだ」
言っている意味がわからず、蟀谷を指先で揉みながら思考を巡らせる。辿り着いた結論は──
「──ここは、師と私の部屋?」
「そうだ」
「なぜ?」
「? バレたらまずいからだよ。だから私の目の届くところで生活してもらおうと思って」
「……」
「……私と一緒は嫌か?」
悲しそうに聞く師。そういう問題じゃない。そういう問題じゃないが──。
──それってもう同棲じゃない!
このルートは、エルちゃんと一緒に住めます。
自室に帰ると、ベッドで寝ています。