エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
──それってもう同棲じゃない!
思考がピンク一色に染まり、他のそれらしい言葉が出てこない。動悸は激しいし、顔は茹蛸みたいに真っ赤になっていることだろう。一度は想い焦がれた師と共に生活するなど、心臓がいくらあっても足りない。
「師、わ、私も年頃の……お、女なのよ。さすがにそれは」
「そうだね。だが、我慢してほしい。私の部屋であれば誰も無断で入れはしない。どこよりも安全だ」
「師以外にも私が存命なのは知っているのでしょう? その中で頼れる女性はいないのかしら?」
かつての同性級友である、ベルナデッタやドロテア、ペトラの顔が思い浮かぶ。
「何かあった時に、彼らでは庇いきれない。万が一見つかった際に私の独断ということで処理するためにも、ここが一番なのだ。わかってくれ、エル」
「……わかったわ」
感情は理解していないが、師の立場を思えば理解はできる。危険な綱渡りの状態であることは、私が一番良く分かっていることでもあるのだから。
「……では、今日からここで一緒に寝るというのね」
「そうだ。不自由をかけるとは思うが、許してくれ」
「……」
ふと目線を下にやり、そのベッドの狭さに目を見張る。間違いなくシングルベッドだ。
「……私が目覚めていない間も、ずっとここで寝泊まりを?」
「いつもは床で寝ている」
「……」
二人で横になれば、否応にも触れてしまう距離である。師がそう言うのであれば、気を使って本当に床で寝ていたのだろう。
しかし、その際もずっと寝顔を見られていたかと思うと──あまり想像すると思考に靄がかかったように鈍く影響するので、あまり考えないようにしながら現状を確認することにした。
「そういえば、私はどれくらい眠っていたのかしら」
「一週間ほどかな。看病や女性的な問題については、医者でもあるマヌエラ先生に世話になっている。ああ大丈夫、その時は外に出ているように言われたから。後でマヌエラ先生にも確認してくれ」
「そ、そう……」
意識のない間に色々世話をされていると考えると、羞恥でまた頬が熱くなる。
「最初の頃は、色々魘されていたよ。エルという名も、その時に聞いた」
「ああ……そういうことだったのね」
先程から呼ばれていたエルという呼称。なぜ師が知っているのか確かに疑問であった。もはや私以外に知りようの無い幼少期の頃の呼称である。魘されているということは、夢の中で昔のことを思い出していたのだろう。
「何て言っていたのかしら」
「……私を、エルを置いていかないで、と」
「……そう」
心当たりのある寝言だ。牢に繋がれ、死と生を行き交う地獄。今でも思い出す、私のルーツ。私の最も深く暗い思い出。私が、私だけが生き残ったからこそ、成さねばならないと誓ったのだ。
「エーデルガルトと呼ぶわけにはいかなかったから、エルと呼ばせてもらっていた。変えた方がよいのであれば、遠慮なく言ってくれ」
「師……いえ、大丈夫よ。師なら、そうね。エルと呼んでも構わないわ」
「そうか……嬉しいよ。ありがとう、エル」
普段、師の表情はそう変わらないことが多い。しかし今の師の表情には、心底嬉しそうにうっすらと笑みが見えた。
「……なぜ師が礼を言うの?」
「ん、エルというのは、多分昔の愛称だろう?」
「そうね」
「君と仲の良かった人だけがそう呼んでいたんだろう。その輪に私も加われたことが、君に受け入れてもらえたようで嬉しかったんだ」
その言葉がじんわりと心に届く頃には、師の顔を見られなくなっていた。
思わずそっぽを向いて、甘い師に釘を刺しておいた。
「……べ、別に私がエーデルガルトであることまで捨てたわけじゃないわ。勘違いしないで」
「ああ、わかっている」
師から、くすりと苦笑が漏れる。
それから、しん、と会話が無くなり部屋の中に穏やかな空気が流れていると感じた頃、コンコンとノックの音が唐突に響いた。
「っ」
思わずシーツの端を掴んで、警戒してしまう。
しかし師は慣れたように扉の傍へと歩いて行った。
「はい、どちらさまかな」
「センセ、あたくしよ」
聞き覚えのある艶っぽい女性の声に、扉の前の人物が誰であるか気づき、ほっと一息をついた。
「マヌエラ先生ですか?」
「そう、定期診察に来たわ」
「人は」
「あたくしだけよ。センセイ」
師はその言葉を聞くと、そっと扉を開いてマヌエラ先生を中へ招いた。
「あら? あらあらまあまあ、起きたのね」
「え、ええ、マヌエラ殿。つい先程ですが」
「どう? 具合の悪い部分とかあるかしら?」
マヌエラ殿は起き上がった私を見ると、喜色満面となって近づいてきて、ぺたぺたと体のあちこちを触り始める。
その光景を横目に、師はすっと部屋の外へと出ていた。
「……マヌエラ先生、では私は外に」
「あ、ごめんなさいね、センセイ。合図はいつも通りね」
「はい」
ぱたんと扉が閉まり、部屋の中には私とマヌエラ殿だけとなった。
何故だろうか、師がいなくなったからか急にとても心細くなってしまう。
「師から聞きました。私を看病していただいたとか」
「そうね。センセイから頼まれちゃったから」
「……私を生かすことに、賛成なのですか?」
「んー……あたくしは、センセイがお願いって言うから聞いただけ」
マヌエラ殿は私の脈や傷痕の確認をしながら、何でもないことのように言った。
やはり、私を生かすことに関しては、師が無理を言っているだけで他は余り賛成ではない。今私に関わっている人間は誰しもが危険な道を歩んでいるのだろう。
「ではマヌエラ殿は反対なのですね」
「いいえ。それは、これからわかることよ」
「?」
「エーデルガルトが、皇帝じゃなくてただの女の子になってくれるなら、あたくしは大賛成」
「……っ」
「でも、もう一度センセイの敵になるなら、あたくしはまたセンセイと一緒に戦うわ」
傷口から漏れた血に汚れた包帯を新しいものに変え乍ら、あくまでも優しく諭す様に言う。
「しかし、私は……」
「貴女の理想のために沢山の人を死に追いやって、だからこそ戻れないこともわかるわ。だけどね、センセイはそれでもエーデルガルトを生かしてみたいと、皆を説得したのよ。その信頼を……裏切らないであげてね」
「師が……」
「はい、おし、まい」
粗方触診を終えたのだろう。ぱちりと可愛らしくウインクして器具を片付けていく。
「ありがとうございます。マヌエラ殿」
「あたくしも、皇帝の貴女じゃなくて、ただの女の子の貴女と会話してみたいわ」
「……マヌエラ殿は、優しいですね」
「優しくなんてないわ。貴女よりちょっと長生きしているだけ……だから若い人の視野が狭い時は、ちょっと広げてあげるのが、あたくしの役目なの」
「……」
「貴女、ゆっくり寝たことも無かったんじゃないかしら。傷よりも疲労の方が深いみたいだし、ゆっくり休んで、それから答えを聞かせて頂戴ね」
確かに、皇帝であった時は寝ずに過ごすことは多々あった。寝たとしても、真に安心して寝られたことがあっただろうか。たった一人で皇帝足れと立ち続けた疲労は、確かに己に蓄積していた。
「……そう、ですね」
さて、とマヌエラ殿が立ちあがり、カバンからごそごそと何かの瓶を持ちだしてきた。
「足の腱が痛んでいるから、まだ歩くのは難しいでしょう? はい、どうぞ」
「……」
特徴的な形だ。
自分は病身である。恥ずかしがる必要は無い。だが──
「あら、貴女も照れたりするのね」
「──っ、からかわないでください」
「大丈夫、センセイには内緒にしているから」
そういう問題ではないが、寝ている間に看病してくれていたのは彼女なのだ。
観念したように、シーツを捲った。
「終わったら、あたくしの体を叩いて教えてね」
羞恥で俯きながらも、渋々了解する。
これからの師との同棲生活と、マヌエラ殿の看病に思いを馳せ、皇帝の時とは違った心労が蓄積するのであった。
エガちゃんは皇帝アイドルなんで、トイレなんてしません。