エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
マヌエラ殿の看病が終わり部屋を出ていく時、入れ替わるように師が昼食の食事を持って部屋へと入ってきた。
師はトレーにサラダやリゾットや、パスタなどをそれぞれ三人分はあろうかという量を盛りに盛っていた。普通なら多いと思うが、一日十食であると昔から噂される健啖家な師にとっては逆に少ないのかもしれない。
「食堂の人に無理を言ってね。疑われないよう食器は一つしかないが、我慢してくれ」
「え、ええ大丈夫よ。ありがとう」
パスタの香ばしい匂いを感じ、きゅう、と空腹を証明する音が鳴ってしまう。
思わず腹部を抑えて師を睨むが、師は気にした風もなく机の上に食事の準備を始めていた。
──き、聞こえなかったのかしら。
そうなら安心だと、誤魔化すように咳払いをしながら食べられる位置に何とか体を動かそうとする。
「──可愛い音だったね」
「っ……デリカシーがないわよ、師」
「すまない、エル」
気づいていたようだ。なら気づかないフリをしてくれればよいのに。何故言うのか。
不満はあれ、目の前の食事は危険を顧みず用意してくれた師のおかげなのだ。なら私もこれ以上は言わないことにする。
「美味しそうね」
師によって取り分けられた料理を見ながらそう呟く。
「ああ。修道院の料理は懐かしいだろう?」
「……そうね」
「はい、どうぞ。エル」
師は、まるで当然かの如くスプーンでリゾットを掬い私の口元に持ってくる。
「……あの、師」
「? ああ、熱いか。すまなかった」
師は、スプーンの上にある熱気を伴ったリゾットに向かってふーふーと息を吹きかける。
──じゃなくて。
「……私、自分で食べられるのだけれど」
「ん? 無理はしないほうがいいぞ」
無理などしていない。確かに両腕は少し重いが、一人で食べられないほどではない。
それに、師手ずから食べさせてもらうなど気になって味などわかるはずもないのだ。
「無理はしていないわ。大丈夫だから」
そう言いつつ、師から半ば強引にスプーンを取り上げて口に運んだ。
じんわりと、口の中に懐かしい味が蘇った。噛めば噛むほど塩味と甘みが広がって、満足感が頭の中を満たした。
「……おいしい」
「良かった。少し薄味に作ってもらったんだ」
「ちょうどいいわ」
もむもむと、ゆっくり口に運んでは、噛み、飲み込む。
戦乱中に、ここまで食事を味わって食べたことがあっただろうか。美味しいと感じながら食べる食事なんて、何年ぶりだろう。どれだけ豪勢な素材も、味付けも、今この時の味に勝てる筈もなかった。
「……師、ありがとう。これ以上はもう大丈夫よ」
食事もせず寝ていたためか胃が縮んでいるのだろう、少量で自然と満腹感を得た。
ことり、とフォークとスプーンをトレーの上に置き、口元をナプキンで拭った。
「わかった。じゃあ私もいただくとするよ」
師は私が置いたスプーンを手に取り、残ったリゾットを食べようとし始めた。
「えっ……ちょ、ちょっと待って」
「? どうしたんだい?」
「それ、私が使ったものよね?」
「……?」
師の頭に疑問符が浮かぶ、何がいけないのか思い当たらない節だ。
「存在を疑われないよう、食器は一つしか取ってきていないんだ。すまないが私も食べたいし使わせてくれ」
「え、で、でも、それって──」
──間接キスじゃない!
思考が再びピンク色に染まり、それ以外の適した言葉が思い浮かばない。
でも、師にそれを言うと、何だか自分だけ意識しているようで癪に障る。というか、師はなぜ気づいていないのだろうか。男ばかりの傭兵出身だからそういったものが当たり前になっているのだろうか。
口をぱくぱくとさせながら二の句が継げない私を見ながら、師は我慢できないといったように、リゾットを食べてしまった。
「ぁッ……!?」
「ん、確かに美味しい」
そこからはもう止まらない。
私のスプーンを舐め回すようにリゾットを口に入れ、フォークを口で出し入れするかの如くサラダとパスタを口へ運んでいく。余りにも酷い光景なのに、思わずその行為を凝視してしまう。
「ふう……ご馳走様でした」
あっという間にぺろりと召し上がると、トレーの上で食器をまとめ、部屋から出ていってしまう。
かちゃり、という鍵の音でようやく覚醒し、事態が呑み込めてきた。
「……私、これからずっとあの羞恥を味わうの?」
しかも毎日、毎食──エーデルガルトの覇道において、最も羞恥に塗れた屈辱的な日々が始まるのかもしれない。
愕然とした表情で突っ伏していると、コンコン、と控えめなノックの音が部屋に響いた。
今は私一人。瞬時に心が凍り、ぞっとした寒気が体を巡った。しかし、その怯えは、能天気な声が聞こえてきたことで霧散した。
「先生―? いませんかー?」
「……ベルナデッタ?」
「あれ? いないのかなー……はっ、無視!? 無視ですか!? ももも、もしかしてぇ、ベルのこと嫌いになっちゃったんですかぁあ先生ぇええ!!」
どんどん、と涙声で扉を叩き始めるベルナデッタと思わしき存在。
師が私を自分以外には預けられない、というのも強ち間違いでは無いのかもしれない。返事をするわけにもいかないので、そのまま暫く泣きわめきながら扉の前で存在感を放っていたベルナデッタであったが、終わりは直ぐに来た。
「ベルナデッタ、私の部屋の前でどうした?」
「あっ先生! いないならいないって返事してくださいよぉお! べ、ベルはもう先生に嫌われてしまったと思って、思ってぇぇぇ!」
「わかったから、中に入りなさい」
がちゃりと、扉を開けて中に入る。
ベルナデッタが嬉々として部屋に入った後、私が起き上がってこちらを見ていることに気付いたのだろう、驚きに声をあげようとした。
「ぴっ! むぐうううぅう!」
「ベルナデッタ、静かに」
咄嗟に師がベルナデッタの口を抑えて、事なきを得る。
これ、ベルナデッタには口封じをしていた方が良かったんじゃないだろうか。今更ながら、師の今後が心配になる。
「久しぶりね、ベルナデッタ」
「え、エーデルガルトさん、起きたんですね、よかったぁあぁ……! ベルは、もう心配で心配で……えぐぅう……!」
ぐすぐすと鼻声になってまとわりつくベルナデッタ。
同じ帝国としては戦わなかったが、かつての級友からこうも言われては悪い気はしなかった。
師が穏やかな笑みで私達を見ていたが、やがて師がぽつりと疑問を呈した。
「今日は、どうしたんだ? ベルナデッタ」
「あの、お見舞いにと思って……っ」
「もしかして、私の……?」
「はぃいい……お見舞い品とかはバレちゃうと思って持ってきてないんですけどぉ……!」
なぜか恐縮そうに言うベルナデッタ。
こうして危険を顧みず会いに来てくれているのだから、別に怖々する必要はないのだけれど。これが彼女の素でもあることを思い出し、あまり気にしないことにした。
「そう……ありがとう。ベルナデッタ」
「いえ……」
それから少し気まずい沈黙が流れた。
何を話せばよいのかわからなかったが、とにかくこれだけは聞かねばと思い聞いた。
「貴女は……私を生かしたことに賛成したのかしら?」
「エル、それは……」
「お願い、聞かせてほしいの。ベルナデッタが何を考えて、私を生かすことに協力しているのか」
「そ、それはぁ……っ」
ベルナデッタは目をぐるぐると回しながらも質問に応えようと考え始める。しかし、どうも考えがまとまらないのか、手をわたわたと振るだけで要領を得ない。
「ああの、その……」
「……貴女が先生のところに行った時の理由は確か、黒鷲の学級は友達がいないからだったかしら。級長として、貴女がより良く学べる環境を用意できなかったことといい、私を助ける価値は無いと思うのだけれど」
「ひぇっ!? あ、あのあのその、あぅう、ひぇえええ……」
呂律の回らない悲鳴を上げ始めたベルナデッタの背を、師が優しく叩いた。
すると、ベルナデッタは横にいる師を見上げて安心したようにほっと一息つくと、ぽつぽつと語り始めた。
「っさ、最初は先生が協力してくれ、って言われたからなんですけど……」
「……そう」
「で、でもですね!? 私も先生に聞かれて考えたんですけれど……! 私、本当ならヴァーリ家で一緒に戦わないといけなかったんです……それが怖いし先生の誘いからこっちで戦うことになっちゃって……」
「ヴァーリ家……貴女の父は処分したわね。私がそう命じたのだけれど」
確か、腐敗貴族の粛清対象に入っていた。ヒューベルトが追放し、ヴァーリ家の実権は元妻であるベルナデッタの母が握っている筈だ。
「そ……それは、別にいいんです。お母さんさえ生きていれば、私はいいですから」
「そう」
「……そ、それでですね、先生と一緒に帝国と戦っていると、お父さんみたいな人がいっぱいの帝国をまとめないといけないエーデルガルトさんが大変だなあってことに気付いたり、似たような理想なのにやり方は全然違っているだけでこんなに戦って……もっと分かり合えたり、助け合えたりできたらいいのになあって、思っちゃったりしたりして」
ベルナデッタの考えは、甘い。
人は経験も思想も何もかも違う。分かり合えないから戦い、死ぬまで戦い続けるしかなかったのだ。
しかしそれでも、とベルナデッタは言う。
「だから、もし死ななくてもいい選択肢があるなら、生きていてほしいなぁって、ベルは思ったんです。わ、私みたいなのも生き残っていますし、私がお手本にしたいなぁ、一生懸命だなあ……なんて思っていたエーデルガルトさんならもっと生き残ってほしいなあって……ベルはそれだけです!」
「……そう」
「ああ、ごめんなさいいぃいい! べ、ベルなんかが言っていいことじゃないですよね、そうですよねえぇ……!」
ベルナデッタの答えを、甘えと切り捨てるのは簡単だ。
皇帝であった自分は、理想のために不要なもの無駄なものを全て切り捨ててきた。いともたやすく、それはできた。だが、捨てたものの中に、もしかしたら大事なものもあったのではないだろうか。
捨ててはならないものを捨ててしまったから、私は負けたのではないのだろうか。そうだとすれば、ベルナデッタや師が持っている考えをすぐに否定することは躊躇われた。
「……そんなことないわ。ありがとう、ベルナデッタ」
「い、いえ……」
ベルナデッタとの思い出は、彼女が引きこもっているところを無理矢理出したことや、自分を見本にと後ろをこそこそついて来られた覚えしかない。あの時は気づかなかったが、ベルナデッタは私と分かり合いたかったのかもしれない。やり方が、わからなかっただけで。
分かり合う──二度と道は交わらないと思ったけれど、また始められるのだろうか。
ふと記憶の中にベルナデッタがよく植物園に出入りすることがあるのを思い出した。
「……あの時の植物園、まだ手入れしているのかしら?」
「あっ、は、はいぃい! 食虫植物もりもり育っていますよぉ! 見に行きます!?」
「……ふふ、遠慮しておくわ。今出ていったら、師の立場が無いもの」
「あっ、そうですよね……! な、なら今度ベル、一本持ってきますねっ!」
「そうね、持ってきてくれたら……嬉しいわ」
師は何も言わず、その温かな目で私達をじっと見ていた。今ある現実を噛み締めるように穏やかな微笑みを浮かべている師を前に思う。
師が見たかった光景、師が願った世界の片鱗、それが少しわかったような気がした。
だが、だからといって私がそれに殉じていいかといえば、それは話が違う。
──私は、エーデルガルト。
ぎゅっと握り拳を作り、手元を見る。
傷だけでなく腱も緩んでいると言っていた。今は武器も満足に握れないだろう。だが、この傷が癒え、戦える体になった時、私は決めなくてはならない。
──この武器を向けるのは誰なのか、を。
師は、思案している私をずっと見ていた。
私のことを。否定もせず、肯定もせず、ただ黙って、ずっとずっと見続けていた。
このルートでは広場で炎上したベルナデッタなんて無かったんや!