エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
騒がしいベルナデッタが帰り、陽も落ちてきた。
師は再び夕食を取りに行こうと席を立ったので、何とかして食器を二つ確保するようお願いした。
「ふむ……気遣いが足らなかったか。わかった」
必死の願いが届いたのか、師は別段何か困り顔をすることもなく、さっと部屋を出ると鍵を閉めた。
──良かった。
これで食事の度に羞恥に塗れることも無いだろう。
そう安心していたのだが、師は想像以上の存在を部屋に招いた。
「っ、ク、クロード……!?」
「おう、エーデルちゃん。壮健で何よりだ」
ずかずかと遠慮なく部屋に入り、椅子にどかりと座るクロード。
師は部屋に鍵をかけると、もう一つ椅子を出してそこに座った。
「師、なぜクロードがここに?」
「黙って貰う訳にいかなかったのでね。友人のトレイに食器が無かったので二つくれないか、と言った」
なるほど、私の言を全うしようとしたためにこんな現象が起きたようだ。
しかし、その友人がなぜクロードなのか。
「丁度いい友人を探していれば、食堂で一人食べようとするクロードを見つけたからね。渡りに船とばかりに声をかけてみたんだ」
「エーデルちゃんが起きたと聞いたんでね。そりゃ見に来るさ」
にやにやと相変わらずの笑みを浮かべるクロード。裏で何を考えているかわからないこの飄々さが、私は苦手だった。
しかし、今はそんなことよりも──
「その……エーデルちゃん、って言うのやめてくれる?」
「なんでだ? エーデルガルトは死んだ。なら、別の名が必要だろ?」
それは彼らにとって至極もっともな意見なのだろう。
ベルナデッタはそれを忘れていたのかエーデルガルトさんと連呼していたが、彼ら首謀者にとってはこだわりたい案件なのかもしれない。
ただ、師はクロードの困り顔を真に受けたようだ。良い提案があると言ったようにその名を口にした。
「なら、エルという名を──」
「──師」
「ん?」
「師には許したけれど、クロードに許したつもりはないわ」
「……そうか、残念だ」
師の甘い考えには釘を差しておかねばならないだろう。
過去をあまり振り返らない私であっても、エルという名には思い入れがある。唯一思い出したい良い思い出が付属しているのだ。クロードのおかげで私は未だ生きていると言っても、そこは譲れない。
私はこの男が苦手なのだ。
「なら、エーデルちゃんでいいか?」
「……」
「おお、怖い怖い。なら、なんて言うのがいいか教えてくれよ」
「……エーデルでいいわよ」
「ああ、ちゃん付けが気に喰わなかったのか」
多少視線と語気を強めに言うも、意に介した様子もない。
クロードは一段落ついたと思ったのだろう。とりあえず、と言ったように簡易机を出した。
「さ、飯にしよう。話はそれからだ」
師が甲斐甲斐しく私の分を取り分けてくれる。今回は確かに二人分の食器を用意してくれたようだ。
その様子をじっくりと観察しているクロードは口の端を歪めて笑っている。何よ、何か文句あるの。
思っただけのつもりだったが、口に出ていたようだ。
「いやなに……あのエーデルガルトが先生には形無しか、ってね」
「……ふん」
「さ、エル。できたよ」
師がにこやかな笑みで食事を差しだす。
夕食であるからか、少し消化するには重めの料理が並んでいる。マヌエラ先生の手を煩わせる訳にもいかないので、今回も少量でいいだろう。
「ん……美味しいわ」
たとえ皇帝で無くなったとしても優雅さは無くさない。
完璧な食事作法でゆっくりと食す。
「なあ、エーデル。誰が見ている訳でもないし、遠慮せずに食べたらどうだ」
もしゃもしゃと口いっぱいに頬張りながら、フォークで私を指し示すクロード。王族に似合わぬ作法の悪さに思わずため息をつきそうになる。彼とは永遠に仲良くなれそうにない。
「もういいわ、師。ありがとう」
「それだけでいいのかい?」
「ええ。起きたばかりだし、胃に悪いわ」
「そうか」
残りの料理を受け取ると、嬉しそうにもしゃもしゃと口いっぱい頬張って食べ始める師。
まるでリスみたいね。愛らしくもあるが、どうなのだろう。昔から食事に対してはこう鬼気迫るものがあるけれど、今度作法を教えてあげた方が良いだろうか。いずれクロードと共に人の上に立つのだ、それなりの作法は身につけるべきだろう。クロード? クロードはいいのだ。きっとできる癖に誰も見ていないところではやらないだけなのだろう。
「ご馳走様」
「ごちそうさん」
二人ともぺろりと自分の分を平らげると、何か好感度のようなものが上がった雰囲気がする。私も起きたばかりであるし、疲労からの幻聴だろうか。
食事を片付け、クロードは満足そうに腹部を撫でる。どう話を切り出すかと思っていれば、意外にもクロードから話を振ってきた。
「さて……エーデル。何から話そうか……」
「……大体は師に聞いているわ」
「そうか。なら、先生の立場がとても危ういってのはわかるな?」
「……ええ、そうね」
クロードは和やかな雰囲気を一転、歴戦の将足る圧を見せた。それは、最終決戦の際に見たものでもある。
射抜くように眼光鋭いクロードと真っ向から視線を合わせて会話する。
「……今はレアさんが牢に繋がれていた疲労から、部屋からも満足に出られない有様だ。だから、レアさん以外の教団配下もレアさんの介助に意識がいってる」
「……そう」
「しかし、闇に蠢く者を倒しに行く頃には、幾分か回復するだろ。となると……」
「わかっているわ。私も満足に動けないもの。ただ殺されるためだけに、部屋から出ることはないわ」
クロードの懸念は最もである。
しかし、私も今は部屋から出る理由など無いのだ。部屋から出れば私は殺される。そして師も死ぬ。
私がしたいことは、私の覇道を進むこと。それには何よりも生きる必要があるのだから。
「だが、これだけは釘を差しておく。特に見つかったらやばいのは、レアさん、セテスさん、フレン、カトリーヌ、ツィリル……この内の誰か一人にでもエーデルの正体が露見すりゃ、誤魔化すのは不可能だ。先生は首を吊ることになる……お前さんと一緒にな」
「……そうね」
「まあ、長々と隠居生活を送らせるつもりはない。暫くしたら、こうしてもらうつもりだ」
クロードは何かを掴んだ素振りをした後、自分の顔面に被せる動作をした。
「……仮面?」
「ああ、仮面生活の長かったお前にゃ、お手の者だろ?」
随分失礼な物言いであるが、事実炎帝として仮面を被り活動していたのだ。かつては、クロードやディミトリの暗殺を企てたこともある。師に阻まれたが。
しかし、師は仮面をつけることには些か納得が言っていないようだ。
「クロード……」
「先生、俺は先生のためを思って言っているんだぜ。エーデルをこのまま素顔にさせちまえば、いずれは殺される。先生、あんたもな」
「……そうだが、しかし」
「先生の願いはわかるさ。だが、ディミトリや救えなかった奴も多い中、こうやって命だけは助けられたんだ。多少の我慢はしてもらった方がいいと思うぜ」
そこまで話すと、もう言うことは終わったというように息を吐いた。首の後ろで腕を組み、のけぞるように姿勢を崩した。
しかし、私にはまだ聞かねばならないこともある。
「そこまで苦労することがわかっていながら、なぜ私を生かすことに賛成したのかしら? それに、私は貴方達を殺すよう何度も計画した女よ。それを生かすのかしら?」
「ん? まあ……前々から先生とは話していたんだ。分かり合う道は無いのか、ってな。俺もお前と一緒でフォドラの宗教観には懐疑的なところもあった。それに──」
「それに?」
「……俺達が目指す先は、あらゆる民族が共存できることでもある。なのに、分かり合えないまま異物として死んでいく奴がいることに……我慢ならないのさ」
「……それでも、分かり合えない者はいるわ」
「はは、そうかもしれない。だが、別に俺達は殺しを楽しんでいる訳じゃない。殺さなくていい存在なら、殺さねえさ」
そこでクロードは一度言葉を区切り、言うか言うまいか迷った挙句に、ぽつりと漏らした。
「まあ、俺も……お前には生きて俺達を見てほしかったってのもあるけどな」
「……へえ、師と同じことを言うのね」
「そりゃそうさ。なにせ兄弟だからな!」
はっはっはと豪快に笑うクロード。
師の背中をばんばん叩き、それに師も嫌がらずに受け入れている姿は、真の友情を育んだそれのようで。
──二人で、歩いてきたのね。
感じるのは、羨望。
少し道が違えば、その隣は私だったのかもしれないのに。
「まっ、ともかくだ! エーデルには軽はずみな行動をしないよう釘を刺しに来たのさ。俺達の野望を果たすためにも、先生に死んでもらっちゃ困るからな」
「……わかっているわ」
「どうかな。俺は神頼みってのが嫌いでね。道が逸れたとわかれば……悪いが容赦しないぜ」
「クロード」
凄みを見せるクロードに、師が複雑な表情で押しとどめる。
クロードはやれやれと言ったように大きく腕を広げて苦笑すると、表情をぱっと明るくする。
「さ、腹もいっぱいになったし、お話はこの辺で終わりにするか」
「……そうだな。エルも眠いだろう?」
「え? べ……別にそんなことはないわ」
子どもでもあるまいし。
そんなすぐに眠気なんて、と思っていたのだが確かに眠気のようなものを感じる。目が少し霞んでいるのだ。起きたばかりであるというのに、師、マヌエラ、ベルナデッタ、クロードと、話をし過ぎたのかもしれない。
こんなことで疲労するなんて以前は考えられなかったが、予想以上に戦闘の傷は深く残っているのだろう。
「……そうね」
「なら、俺が食器を片付けてくるよ」
「ありがとう、クロード」
食器を手に取り立ち上がるクロード。
そのまま去れば良いのに、立ち去り際に流し目を送ってきた。
「? なにかしら」
「……いや、何も。ま、先生との同棲生活を楽しんでくれ」
「なっ……!?」
一方的にウインクした後、こちらの反応を見ることも無く逃げるように部屋を去っていった。
ばたんと閉じる扉の後には、師と二人残される。師が鍵を閉めると、沈黙が支配した。
──な、なんてこと言うのよッ! 意識しちゃうじゃない!
やはり、あの男は苦手だ。
恥ずかしさで突っ伏していると、さして気にした風もなく師が優しくシーツをかけてきた。
「おやすみ、エル」
「え、ええ……」
でも、そういえば、私はまだ入浴もしていないし、歯も磨けていない。
このまま寝ても良いか迷うところであるが、慈愛の瞳でこちらを見つめる師を見てしまえば、寝る以外の選択肢は無かった。
目を瞑ると、驚くほどあっさりと私の意識は落ちた。
睡眠は怖い。寝ればいつもあの時に戻るからだ。夢とはわかっていても、つい助けようと手を伸ばしたくなる。それでも助けられないことがわかって、拒否するように目を瞑るだけの、地獄のような夢。
しかし、師の側で眠ったその日──夢を見ることは無かった。