エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
朝、カーテンから覗く陽光の眩しさに目が覚めた。
重い体を何とか起こし、皇帝としての職務を始めようと周囲を見回す。
「……あぁ、そうだったわね」
見覚えのある師の部屋であることを認識し、私は捕虜のような生活を送ることになったことを思い出す。
そして、一つ一つ昨日のことも思い出される。私を皇帝でなく少女に戻そうとしている師。師の願いに従い、私を世話するマヌエラ先生、心配するベルナデッタ、釘を刺しに来たクロード。
皆師のために動き、私を生かそうとしている。そのあまりの理解の及ばなさに、思わず薄く笑う。私を生かしておく価値が本当にあるのかしらね。
そういえば、その件の師はどこだろうか、とベッドの足元に目を送った。
「せ、師……」
師は寝ていた。床で寝るとは言っていたが、毛布一つかけていない。
まさに床に直接寝転がり、睡眠を取っていたのだ。捕虜の扱いなんて、とんでもない。師の方が捕虜のような生活ではないか。
しかし、師は寝苦しさも見せずすうすうと健やかな寝息を立てている。
「師、師……!」
「……ん」
「朝よ、起きて」
「……ああ、エル。おはよう」
寝ぼけ眼をいくらか擦りながら、師はむくりと起き上がった。
「師……床で寝るとは言っていたけれど、本当に何もなくていいのかしら?」
「ん? ああ、傭兵時代にこういった雑魚寝は慣れている」
だからといって、堅い床に何も無く寝るなんて。羽織る毛布さえ無いのだ。流石に私も少し罪悪感を抱いてしまう。
しかし、そんな私とは裏腹に、師は大して気にもしていないようだ。能天気に大きな欠伸をしながら肩と首を少し動かしている。
「やはり、疲れが取れないわ。シーツくらいは……」
「はは……心配してくれるのかい? エル」
師はそういってにこりと笑う。
そういうつもりではなかったが、確かに今の台詞はそういう風に聞こえるだろう。
少し頬が赤くなる感触を得ながらも、そっぽを向いて否定した。
「馬鹿言わないで。戦いで師が遅れを取れば、何の為に私が負けたのかわからないもの」
「確かにそうだ……ありがとう」
師はいくらか考える仕草をすると、案が浮かんだようだ。
「毛布を一つ借りてくるよ」
「……私が床で寝るわ。捕虜だもの、師はベッドを使えばいいじゃない」
「それは違う。エルは女の子だ、床で寝るなんて駄目だよ」
「っ……いいえ、私が寝るわ」
「いや、私だ」
「……頑固ね」
「お互い様だ」
私が床で寝ると言っても、師は全く聞き入れようとしない。
それどころか、女の子だからとこちらを気遣う素振りまで見せ始めた。相変わらず頑固だ。
だからだろう、そんな提案が思わず口をついて出てしまったのは。
「なら──じゃない」
「ん?」
「……一緒に寝ればいいじゃない」
師は一瞬何を言われたのかわからないのだろう。
私も、自分が何を言ったのかわからなかった。師がこれ以上床で寝るなんて不公平さに耐えられないとどこかで感じた故に言ったのだろうが。発言した後に著しい後悔が我が身を襲う。
ぶわっと冷や汗が吹きだすような感覚と言えばいいのだろうか、過去に戻れるなら戻ってしまいたいと感じる程には、今の台詞を無かったことにしたかった。
暫く無言であったが、師の表情を見ることができない。カーテンから漏れる光に視線を留めていると、師はぽつりと言葉を発した。
「エル、気持ちは嬉しいよ」
「そ、そう……」
「でも、エルは年頃の女性だ。君が無理をして眠れなくなるなら、私が床で寝るよ」
「……」
師は、よくわからないところで一線を持っているようだ。
間接キスや同棲が良くて、一緒に同衾するのは駄目らしい。しかし、助かった。そんなことが実現されれば、私は羞恥で息ができなくなるだろうから。
──まるで、ただの少女ね。
そんなことを考え、自分で嘲笑した。
かつての初恋の時のように、身が熱くなっている。しかし、仕方がないのかもしれない。ずっと、少女らしい振る舞いなどしたことがないのだから。恋愛など、一度もしたことがないのだから。
ただ、だからこそ、したことが無いなりに憧れ夢想したことなのだ、こういうことは。だからだろう。師が好きだからとかでは無く、ただ恋愛に憧れた少女特有の夢想故のことだ。そうなのだ。
「朝食にしようか、エル」
「そうね」
「取ってくるよ」
「ええ、ありがとう」
師は先ほどの会話は無かったかのように振る舞う。
先ほどはあれほど照れて師の顔が見られなかったのに、今は視線を合わせることができた。そこには変わらず、師の優しい笑みがある。良かった、先ほどの会話は気にしていないみたい。
鍵が閉まり、一人の空間になる。
無言で外を眺めること暫く、鍵の開く音が鳴り師は食事を持って入ってきた。
「さ、食べようか」
昨日と同じく、取り分ける師。
しかし、違和感。
「師、食器が……」
「すまない。今日は言い訳を思いつかなくてね。スプーンかフォーク、どちらかで食べてくれ」
「……わかったわ」
まあ、作法を気にしなければ、スプーンだけで無理して食べることは可能だ。
水とスープから頂き、サラダを四苦八苦しながら食べる。そして粗方食べ終わると、師に終わりを告げる。
すると、師はフォークで何とか食事をし始めた。寝ることだけではない。師に、食事でも無理をさせているのだ。なぜ、と問いたい。それだけの価値が私にあるのか、聞きたい。
けれど、師の姿を眺めるばかりで、それはできなかった。
「ご馳走様。エル、今日私は仕事なんだ」
「そうなの……また教鞭を取っているのかしら?」
「それもあるが……他にも兵の調練と、近場ではあるが出兵もある」
「そう……じゃあ、帰りは遅くなるのね?」
「ああ、だがマヌエラ先生に合鍵を渡している。私のいない間エルのことをお願いしているから、来てくれる筈だ」
「わかったわ」
師はそう言うと、身支度をし始める。
食後故、ぼーっとしていたのだろう。上半身が裸になるところまで見つめていたところで、はっとして後ろを振り向いた。
「師! 着替えるなら言ってちょうだい……!」
「ん? あ、ああ、すまない。つい癖で」
鍛えあげられた筋肉を見てしまった。
細身であるかと思えば、かなり引き締まった体だ。歴戦の将として当然なのだろうが、女性の身としてはああはいかない。まあ、私もかなり鍛えているから怪力な方なのだけれど。そう思いながら、二の腕をぷにぷに触る。やはり、少し筋肉が落ちているか。取り戻すには時間がかかりそうだ。
「エル。終わったよ」
師が合図したのを皮切りに視線を戻す。そこには、いつものように戦闘服に身を包んだ師がいた。
天帝の覇剣を抱える師は、それだけで威圧感がある。これと一人相対したと思えば、私も随分無茶をしたものだと思う。
「じゃあ、行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
師はにこやかに笑みを浮かべると、部屋を出ていった。
鍵が閉められ、再び沈黙が訪れる。さて、何をしようかしら。
「……暇ね」
暇なんてこと、これまであっただろうか。
常にせかせか何かにつけて動き、考えていたように思う。本でも読もうかと、ふらつく足取りで本棚まで辿り着く。いくつか気になるものがあったので、往復する手間を省くために数本手に取る。
「重い……わね」
ただの本を持っただけで、ずしりと来る感覚は初めてのものだ。本格的に鍛え直さないと、力もただの少女に戻ってしまうだろう。
もう少し体力がつけば、日課に筋トレはいれなければならないなと思いながら、寝所に戻る。
一冊目の本を半ばまで読み進めていると、かちゃりと控えめな鍵の音がした。
「……エーデルちゃん?」
「マヌエラ殿」
「起きていたのね。おはよう」
マヌエラ殿はこっそりと部屋の中に入ると、後ろ手にかちゃりと鍵を閉める。
普段の微笑みを抱いたまま、ベッドの側にある椅子に座った。
「さ、センセイに頼まれたから、エーデルちゃん今日は一日よろしくね?」
にこやかに挨拶するマヌエラ殿に、違和感。
聞くなら早い方がいいだろう。
「あの……なぜ、エーデルちゃんと……?」
「え? クロード君が、エーデルちゃんと呼べって言っていたわよ?」
「くっ……」
クロードめ。
嫌がらせなのか冗談のつもりなのか全くわからないが、多分嫌がらせだろう。
訂正しようとしたが、不思議とドロテアに呼ばれた時のように、マヌエラ殿にそう呼ばれることは苦では無かった。であれば、いちいち訂正するのも悪いだろうか。クロードにちゃん付けで呼ばれるのが気に喰わないだけで、エーデルと呼ばれることに関しては、特に何もないのだ。
「……ま、まあ良いです。エーデルで」
「そう! 良かった!」
「マヌエラ殿は、ここにいて平気なのですか?」
「ええ。あたくし今日は非番だから、気を使わなくて結構よ。さて、エーデルちゃん。何か変わったことはある?」
気になっていた筋力の低下について話す。すると、それはある程度仕方がないとの話だった。若いから戻すのも直ぐできるわよ、という話を信じて、今はあまり筋力については考えないことにした。
「他には?」
「あの……言いにくいのですが……」
入浴、歯磨き、トイレなど、女性として相談したいことを並べる。
マヌエラ殿が恥ずかしがることなく、丁寧に対策を打ち出し、私としても幾許か安心できる生活ができそうだと希望を持てた。
「じゃ、入浴はしばらく控えてほしいから、今体を拭いてね?」
そう言って、籠から蒸しタオルを差しだされる。
用意のいいことだ。相談される前から、この手のことについて考えを巡らせてくれていたのだろう。
薄い部屋着を脱ぎ、丁度良い熱さの蒸しタオルを持って体の節々まで撫で浄めていく。
「ありがとうございます、マヌエラ殿」
「いいのよ、エーデルちゃん」
それからは、二人で食事を取ったりするなど和やかな時間は続き、ベルナデッタが先日の約束通り食虫植物を持ってくるまでは、大したハプニングもなく過ごすことができたのだった。