エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~   作:しとしと

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第七話

 夜半、マヌエラ殿とベルナデッタが退室した後、蝋燭の火が灯る中で私は一冊の本に目を通していた。

 下らない英雄譚、冒険活劇だ。師の本棚にはこういった子ども向けのものが多い。しかしとて他に読むものもない。仕方無しに読み進めているが、こういったものに余り目を通したことの無い私としては純粋に興味を引いて読んでしまっている。

 子どもを楽しませるためのものだから、整合性などはあまりない。大きな敵が居て正義の味方がそれを討つ。そして、世界は平和になる。それの繰り返し。夢物語だ。けれど──

 

 ──意外と面白いものね。

 

 この世界よりも遥かに単純だ。

 誰かを討つだけで平和になるなら、物事はもっとスムーズに解決しただろう。討った後こそが、始まりと言えるのに。けれど、本の中の世界は誰もそれを疑わない。ある意味独善的とすら言えるかしら。

 

 しかし、過去を振り返り、私もそうだったのだろうかと問う。

 討たねばならないと、討って世界を壊さねば世界は変わらないと思い続けていた。けれど、クロードと師が出した答えは逆──分かり合い、殺さなくていいなら、殺さない。たとえ悪と断じられた相手であったとしても、そんな選択肢が私にあったかしら。

 

 ぱたんと本を閉じて目元を抑える。

 駄目ね、物語に入っていけなくなれば、本の内容も頭に入らない。今日はこのくらいにしようかしら。

 

 しかし、師は遅い。帰ってくるまで待とうと思っていたのだが、些か眠気が勝ってきた。

 諦めて横になろうと体を寝かせると、控えめな鍵の開く音がした。

 

「っ……」

 

 思わず、寝たふりをしてしまった。

 おかえりと言えばいいのに、何故だろうか。急におかえりと言うことが、なんだか待っていたみたいで恥ずかしい。いや、待っていたのだけれども、それを師に知られることが恥ずかしいのだ。

 

「……エル、寝ているのかい?」

「……」

 

 やはり、師が帰ってきたのだ。目蓋をきゅっと閉じ、師の控えめな声に無反応を貫く。

 師が私の顔を覗きこみ、何か考えているような雰囲気を感じる。顔は無表情であるが、心臓の音が痛いくらいに響いている。ど、どうしようかしら。

 

「そうか……」

 

 師は残念そうに私から離れていくような雰囲気を感じた。

 どうやら、私が寝ていると勘違いしてくれたらしい。がさりと、何かを置く気配がした。

 音を出したし、起きるなら、今だろうか。

 

「ん……師?」

「ああ、エル……起こしてしまったかい?」

 

 自然な起床演技が通ったようだ。申し訳なさそうな師の顔が窺える。

 師は隠すように何かを包んだ紙袋を後ろ手に隠した。

 

「? なにかしら」

「あ、ああ、いや……リシテアから、何か手土産の一つでも買ってはどうかと言われてね」

「手土産?」

「ああ」

 

 リシテアと一緒に買い物してきたのだろうか。袋のサイズからして、随分大きめである気がするが。

 師はこれで本当に良いのか迷っていたようだが、袋の中からあるものを取り出し、私に手渡す。

 

「……プレゼントだ」

「……くま?」

「ああ、可愛いだろう?」

 

 確かに可愛い。ピンク色の可愛いクマの人形だ。首元のリボンが更なるチャームさを引き立たせている。

 し、しかしこれは──

 

「せ、師……私、子どもではないのだけれど……」

「……気にいらなかったかい? そうか、残念だけどこれは……」

「べっ、別に、いらないとは言っていないわ。ありがとう」

 

 差し出した人形を隠そうとする師から半ば奪い取るようにして受け取る。

 もふもふだ。可愛い。ぎゅっと抱きしめて、感触を楽しむ。いい弾力だ。素晴らしい。

 

「……気にいってくれて何よりだ」

 

 はっとして師を見れば、私の動作に満足したのだろう。にこやかに安心した笑みで見つめていた。

 思わずといったようにかっと頬が熱くなり、誤魔化すように話題を変えた。

 

「そ、それにしても……随分、遅かったのね」

「ん……仕事自体は直ぐに終わった。レア様、セテス、クロード達と、闇に蠢く者への対策を講じていてね」

 

 そうだったのか。レアは体力が落ちているとは言っていたが、そういった議題には参加しているようだ。

 しかし、闇に蠢く者──前々より聞きたかったことを聞くことにした。

 

「……なぜ、私に相談しないのかしら?」

「ん?」

「闇に蠢く者。私は彼らをよく知っているわ。私に聞けば、解決することも多い筈よ」

 

 これは捕虜として当然の権利だと思っていた。

 私を生かしたことは、闇に蠢く者の討伐するためもあるのだと、逆にそれが最も大きな私の価値であると。しかし、師もクロードも一向にその件について聞いてくることはない。それを不思議に思っていたのだ。

 

「……ん、そうだね」

 

 師は何か考える仕草をした後、眉を寄せて悲し気な表情をした。

 そして、優しく諭すように、そうではないんだと繰り返すように、言葉を紡ぐ。

 

「君は……皇帝エーデルガルトじゃない。これからの戦いは、勝った者が続ける。私とクロードが、決着をつける。君は、ただそれを見ていればいい」

「この私に……傍観していろと?」

「違う。君に、これ以上責任を負ってほしくはない」

「……どういうことかしら?」

「例えば、君の言を信用し作戦を変えたとしよう。それは、君の言葉に責任を持たせることに他ならない。それは、私の願いの範疇ではない」

 

 どういうことだろうか。

 私のような捕虜の言、参考程度に聞き流せば良いのだ。それとも、師は未だ私を闇に蠢く者の味方だと思い、進言を受け取らないようにしているのか。そして、師はなぜこれほどまでに私に責任を負わせまいとするのだろうか。

 その答えは、私の予想外のものだった。

 

「……これまで君は、数多の責任を背負い続けてきた。一人の女の子が抱えるには余りに重い……世界の全てを」

「……」

「クロードと仲間達がいるからこそ、私はその責任に耐えてこられた」

「……私は皇帝よ。責任を負って当たり前でしょう?」

「世界の歪みは、一人で背負うものではない」

 

 師にしては珍しい、強い語気だった。

 射抜くほどの真っ直ぐな視線に、思わずたじろいでしまう。そして、師の気持ちも何となく感じ取ってしまった。

 怒りではない。苛立ちでもない。ただただ、私の抱えていた責務を感じ悲しんでくれているのだ。なんて、お人よしなのだろうか。

 

「……私はね、君を彼らから解放するために戦っているんだ。君に願うこと、それは──君に勝った私を、私達を信じてほしいということ」

「信じて、黙って見ていろと?」

「信じて、待っていてほしい。言っただろう? 君の覇道は、私とクロードが受け継ぐと」

「……わからないわ」

 

 わからない。

 何度言われようと、私は私の道しか知らない。私が決めた道しか、歩いたことはないのだ。

 ある意味、師が強制的に私を従わせれば、幾分気が楽になる。それでも、師はそれをしない。私に、考えさせている。私の道は、今からでも変えられるのか、それとも変えられないまま生きるしかないのか。

 

 私が苦悶の表情を浮かべていたのだろう。プレゼントのくまの人形を私の枕元に置くと、優し気な笑みを浮かべた。

 

「今はわからなくていい。さ、今日はもう遅い。もうお休み……」

「……師は?」

 

 一緒に寝るという提案は蹴られたが、自分はベッドで師は床なんて状況に慣れるわけもない。

 毛布は取ってきたのだろうか。そう思って聞いたのだが、師は安心してくれといったように、毛布を取りだした。

 

「大丈夫だ、手土産のついでに買った毛布がある」

「そう……」

 

 ほら、リシテアが選んでくれたんだ、と広げて見せる師。確かにリシテアが選んだと頷けるデザインの毛布だ。薄紫とピンク色が混じった毛布に師は疑問を抱かないのだろうか。まあいい、師は私の言葉に従って用意したのだ。これ以上文句を言うのもおかしな話だろう。

 

「おやすみ、エル」

「おやすみ、師」

 

 二人挨拶を交わし、蝋燭の火を落とした。部屋に差し込むのは優しい月明かり。

 

 責任を負わなくていい──師の言葉を心の中で反芻する。

 

 そんなことを、私がしていいのだろうか。

 いつもなら否定する皇帝としての私の心が、今日に限って現れない。

 

 隣を見れば、大きなクマの人形が私を見つめている。そのまま視線をすぐ傍にやれば、既に寝入った師の寝顔。いくら戦闘力が無くとも、私を疑っていれば先に寝るなどありえない筈だ。

 信用されているのだ。私は決して寝首をかくような女でないと。なぜ──

 

「わからないわ……師……」

 

 二日目の夜は、深い疑問の中で目を閉じた。

 




師のいない時に、クマの人形をぎゅっとするエルちゃん可愛い(確信)
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