エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~   作:しとしと

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第八話

 

 朝の陽光を感じ、ぱちりと目が覚める。

 周囲を見渡せば、いつもの部屋だ。三日もあれば、この光景も慣れる。しかし、師の姿が見当たらなかった。

 

「師……?」

 

 枕元にあるクマの人形。一度抱きしめておく。可愛い。

 しかし、足元を見るも師の姿が見つからない。どこだろうかと目をこらすと、扉が少し開いていた。そして、漏れ聞こえてくる僅かな二つの声。

 

 師と──誰だろうか。

 

 早朝とはいえ、わざわざ部屋を出て話をしているのだ。私が聞いてはならないかもしれないと思いながらも、興味から呼吸を抑え聞き耳を立てた。

 

「……わからないね。あんたがそれほどご執心になる理由が」

「ユーリス……」

「そんな顔をするな……わかっているさ、先生の頼みだ。教団に嗅ぎつけられれば困る連中は多い、一人増えようが同じさ。いざとなればアビスから逃がせるようにしておく」

「いつも、ありがとう……この礼は──」

「やめてくれ、礼はいらない。俺もあんたには感謝しているんだ……こんな形で恩を返すつもりは無かったがな」

 

 その言葉を最後に、話は終わったようだ。足音が遠ざかっていく。

 師はそっと扉を開けて中に入ると、既に起き上がっていた私を見て驚いたようだ。

 

「おはよう、エル」

「おはよう、師」

「……起こしてしまったかい?」

「いえ、今起きたばかりよ──さっきのは誰かしら?」

「ん、聞いていたのか? まあ……信頼のおける者だ。彼がいなければ君をここに隠すことすらできなかっただろう」

 

 そうなのか。

 確か、帝国の報告に上がっていたかもしれない。同盟軍に暗躍するものあり、と。その正体は最後まで掴めず仕舞いであったが、それが彼なのかもしれない。

 確かに、私そっくりの死体を用意しすり替えること、このガルグ=マク修道院まで隠し通すことが師とクロード達だけでできたとは思えない。先ほどのような者との繋がりが無ければ難しいことだろう。

 

「さ、では朝食を取りに行ってくる。何か食べたいものはあるかい?」

 

 話が真剣なものになることを嫌ったのだろう。一転して笑顔で話題を変える師。

 

「そうね……」

 

 しかし、三日目ともなると、食欲も随分湧いてくるものだ。胃も慣れただろうし、ありがたく提案に乗っておくことにする。

 いくつか案を出し、あれば持ってきてほしい旨を伝える。師は料理名を忘れないように復唱した後、にこりと微笑んで部屋を出ていった。

 

「……」

 

 手元にあるクマの人形をぎゅっとして感触を確かめる。

 

 ──暇だから、仕方がないのよ。

 

 しかし、この妙な空き時間、何をすればいいのだろうか。以前であればこういった暇すら無かったから、使い方がわからないわ。

 読みかけの本を手に取るも、読み進めるか迷う。きっと師はすぐに帰ってくる筈だ。結局戻して読むことになるなら、師が仕事に出た後で良いだろう。

 

 クマの人形の柔らかな腹部に右頬を擦りつける。

 

 ──ひ、暇だから、暇だから仕方がないのよ。これくらいしかやることないもの。

 

 そういえば、師は何故プレゼントなぞ用意したのだろうか。

 それに、クマの人形というチョイス。なぜ、可愛いクマの人形と私のような女が結びつくのだ。

 

 ──そういえば、リシテアと一緒に選んだと言っていたわね。

 

 話の流れでさらりと触れていたが、確かそう言っていた。師の毛布も一緒に選んだはず。

 足元に畳まれた女性が使うような毛布に視線を落とす。きっと露店で二人仲良く選んだのだろう。

 未だリシテアとは顔を合わせてはいないが、プレゼントはリシテアなりの気遣いなのかもしれない。しかし──

 

「……仲がいいのね」

 

 ベルナデッタも師には一定以上の信頼を置いているし、師のことを想う女の子は多そうだ。リシテアももしかすれば──

 そこまで考え、自分が変な嫉妬を持ち合わせていることに気付く。

 

「……」

 

 愕然とする。

 何を考えていたのだろう、自分は。目元を抑え、頭を振って今までの考えを霧散させた。

 すると、丁度その頃に師が食事を伴って入ってきた。

 

「お待たせ、エル」

「い……いえ、大丈夫よ。ありがとう」

 

 慌ててクマの人形を傍に置いたの、ばれてないわよね。

 師が、机を用意する中、師の持ってきた料理の香りに心奪われる。色々言ったからだろう。少量ずつ私の頼んだ料理がそこにはあった。相変わらず食器は一つずつであるが。

 

「お願いしたら作ってくれたんだ」

「ありがとう、師」

 

 用意が整い、ゆっくりと食事を始める。

 無言であったが、別に不快ではない。和やかな雰囲気のまま、食事を済ませた。

 師の食べる量は私の分の数倍はあるので、師は未だ食べている。手持ち無沙汰になり、クマの人形に視線を向けた。そうだ、改めて礼を言わないと。

 

「あの、プレゼントのことなのだけれど……」

「人形のことかい?」

「ええ……あの、その、リシテアと選んだのには何か理由が?」

 

 礼をしようとした筈が、浮気を知った妻のように問い詰めることになってしまった。

 師は一瞬何を聞かれたのかよくわからなかったのだろう。少し考える仕草をした後、何てことはないといったように返した。

 

「ん? リシテアとは今回の出兵で一緒でね。帰り道に毛布を買いに露店に寄ったんだ」

「そ、そう」

「その時、女性は贈り物を喜ぶとリシテアから聞いてね。何を買うか悩んでいたんだが……結局女性への贈り物には何がいいかわからなくて、助言を貰ったんだ」

 

 ──なるほど。それくらいの関係性なのね。ふーん。

 

 それに、プレゼントはあくまで師の意思であるようだ。自分のための毛布だけでは忍びないと思ったのだろうか。ついでであっても、自分への買い物のために時間を割いてくれたことは嬉しい。

 胸を撫で下ろすかのような安堵に気づかないフリをしながら、師に改めて礼を言った。

 

「プレゼント、嬉しいわ。ありがとう、師」

「喜んでもらえて嬉しいよ、エル」

「……だ、大事にするわ」

「ああ」

 

 師はまた食事を再開した。

 そう待つこともなく食べ終わると、師は食器をまとめて片付けに行ってしまう。

 

 ──暇だから、仕方がないのよ。

 

 大義名分を得たのだ。

 私のためのプレゼント。クマの人形を両手でがっしりと大事に抱擁し、両頬を交互に擦りつける。

 それに、そろそろ私の介助のためマヌエラ殿が見える筈だ。それまでに、しっかり感触を確かめておかねばならないだろう。

 

 暫くすると、師とマヌエラ殿が連れ立って部屋に入ってくる。どうやら部屋の前で一緒になったようだ。

 マヌエラ殿は私に挨拶した後、幾許か緊張のある表情で話し始めた。

 

「セテスさんがセンセイを見かけたら呼んでくれ……と言っていたわ」

「……セテスさんが?」

「ええ」

「……」

「雰囲気から察するに……多分、別の仕事だと思うの。ここのことはバレてない筈よ」

「そうか、ありがとう。とりあえず……ここは私以外に開けないように」

「ええ」

 

 師は身支度をした後、安心させるように私に微笑み部屋を後にした。

 

 マヌエラ殿と二人の空間になるも、先ほどまでの雰囲気はどこへやら、明るく話しながら私の介助を始めた。

 話を流しても良かったが、師もマヌエラ殿も私のことで気遣ってくれているのだ。聞かないわけにはいかないだろう。

 

「……大丈夫なのですか?」

「……ええ。ここにはね、センセイのために動いてくれる人が沢山いるの。エーデルちゃんが心配する必要はないのよ」

「そう……ですか」

 

 先ほどのユーリスという者達のこともある。それは事実そうなのだろう。

 師がこれまで貢献してきたことで得た信頼を、私を隠すために使っているのだ。

 

「痛いところはない? エーデルちゃん」

「はい、大丈夫です」

 

 手先の動きにも違和感が少なくなってきた。

 今日はスプーンを使わせてもらったが、昨日よりも少し食べやすかった。少しずつ神経も戻ってきているのだろう。

 マヌエラ殿の甲斐甲斐しい介助に身を委ねていたが、マヌエラ殿は昨日無かった筈のクマの人形に気付いたようだ。

 

「……あら? これプレゼント?」

「ええ、師が」

「いいなあ……エーデルちゃん。あたくしにはこの間酒瓶渡してきたのよ。失礼しちゃう」

「ふふ」

 

 師なりにマヌエラ殿のことを考えて贈り物をしたようだ。何事にも真面目だから、一番喜ぶものを、と考えたのかもしれない。

 

「さ、次は体を拭きましょうか。はい、タオル」

「ありがとうございます」

 

 酒瓶を渡された時のマヌエラ殿に想いを馳せながら、さて、次は体を拭く時間ね、と上の肌着を脱ごうとしたその時だった。

 

「マヌエラ先生。別の件だった、ありが──おっと」

 

 肌着を半ば脱いでいたためか、がちゃりと遠慮なしに開かれた扉の方には視線は向けられなかった。

 師はセテスの事しか頭に無かったのだろう。私の介助であることをすっかり忘れていたようだ。

 

 肌着をゆっくりと戻して扉の方を見た時には、既に姿は無く堅く扉が閉じられていた。

 

 ──見られた? 

 

 かーっと体が熱くなる。

 いつかこういったハプニングが起きるとは思っていたが、まさか今とは。がっつり肌着を捲ってしまっていた。一緒に住んでいて何を今更と思うかもしれないが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

 私の狼狽ぶりを見たのだろう。マヌエラ殿は、やれやれといったように額に手を当てていた。

 

「ラッキースケベってやつね、センセイ……」

 

 マヌエラ殿の諦観の籠った言葉は、既に逃げ去った師には届かず私の心だけに響いたのだった。

 

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