エーデルガルトの少女エル化計画~FE風花雪月金鹿ルート外伝~ 作:しとしと
二人して昼食をもそもそと食べる。
会話は無い。しかし、以前よりもその雰囲気が重苦しいものとなっていた。
その原因は──
「……すまない」
「……いいと言っているでしょう」
「すまない、そうだったね」
これだ。
あれから幾度となく師は謝罪し続けている。
師が扉を開いた私の介助中であることを忘れ、私の裸を覗いてしまってからずっとこの調子なのだ。
私も恥ずかしくて最初は嫌味を言ったような気もするが、ここまで気にされてしまったらこちらまで何か悪いことをしている気分になる。それに、私は捕虜なのだ。捕虜としては格段の扱いを受けているのだから、裸を見られた程度許すのが筋だろう。
「それに……私も見苦しいものを見せてしまったわ。戦いで傷だらけの体なんて、見ても嬉しくないでしょう」
「いや、綺麗だった」
「……っ」
「……すまない」
「い……いいと言っているでしょう」
「そうだったね、すまない」
──き、綺麗だったって、がっつり見ていましたと言うようなものじゃない!
唇を噛み、傾きそうになる口角を抑える。
師は優しいから、きっと私の言葉に反射的に返そうとして自爆したのだろう。綺麗と言われて嬉しくないわけではないが、今は恥ずかしさが勝る。
しかし、このままでは話せるものも話せない。師を見れば、珍しくしゅんと項垂れた雰囲気を醸し続けている。
これでは埒が明かないだろう。
「……プレゼント」
「ん?」
「時間を潰せるものを何か貰えたら嬉しいわ。それで……この話は無かったことにしましょう」
「! あ、ああ。わかった、今日の帰りに何か探してみるよ」
「ええ」
師も今日は午後から仕事のようだから、師が納得できる落としどころとしてはそのくらいで良いだろう。
プレゼントなど何でも良いのだ。師がそれで気が晴れてくれるなら、私としては喜ばしい。こうして気まずい思いをする方が、私にとってはストレスなのだから。早く忘れてほしいのもあるが。
「それじゃ、行って来る」
「ええ……いってらっしゃい、師」
師が扉を閉じ、また一人の空間になる。
さて、本でも読もうかと傍にある机に手を伸ばしたところだった。
かちゃりと控えめな音の後、マヌエラ殿が入ってきた。
どうしたのだろう、定期診察には少し早い時間であるが。
「エーデルちゃん、来ちゃった」
「ど、ドロテア……!」
部屋に入ってきたのは、マヌエラ殿だけでは無かった。
かつての級友、ドロテアだったのだ。師にスカウトされて以降は同盟軍として戦っていた彼女だが、こうして私を訪ねてくれたと言うことは、師のいう数少ない協力者なのだろう。
「センセが仕事だって聞いてね。エーデルちゃんが暇だろうから遊びに行こうって誘ったのよ」
「マヌエラ殿、師の許可は……」
「大丈夫よ。定期診察のつ、い、で」
妖艶にウインクして誤魔化すマヌエラ殿。そういう問題でも無い気がするが。
まあ、マヌエラ殿には師も世話になっている。師としては、マヌエラ殿に全幅の信頼を置いているようであるし、ある程度のことは許しているのだろう。
それに、ドロテアと久々に会えたことは、純粋に嬉しい。それはドロテアも同じだったようで、5年経っても変わらない美しい笑みを見せていた。
「久々ね、ドロテア」
「うん、エーデルちゃんが生きていてくれて本当に良かった」
「……ええ、師のおかげでね」
マヌエラ殿とドロテアの二人は和やかな雰囲気で近くの椅子に腰を下ろした。
そこで、ドロテアはあっと何かに気付いたように疑問を持ちだした。
「そういえば……エーデルちゃんって呼んでも良かった?」
「? なぜ? 昔からドロテアはその呼び方でしょう?」
なぜそんなことを聞くのだろうか。先ほども慣れたように呼んでいた筈だが。
ドロテアは言いにくそうに頭を下げ乍ら、先日あった出来事について話す。
「……実は、クロード君がエーデルガルトの呼び名は何て言えばいいか聞いてきたから、私がエーデルちゃんの呼称を教えたんだけれど……」
「あ、あれ、あなたが教えたの?」
「そうなの……でも後で、クロード君から駄目だったって笑いながら言われたから、ちょっと悪いことしちゃったかな、って」
あれは違うのだ。師の前で何度もちゃん付けで呼ばれる恥ずかしさを思えばのことであって、エーデルという呼称自体は別に何とも思っていないのだ。
そう思い、慌ててドロテアの言を否定した。
「何もエーデルと呼ばれるのが嫌なわけではないの。クロードからちゃんを付けて呼ばれるのが、揶揄われているようで嫌だっただけよ」
「あははっ、確かにクロード君が言うと揶揄われているように思うわよね」
「……いいじゃない、歳を取ると、もうちゃん付けなんかで呼ばれなくなるのよ……マヌエラさんとか、マヌエラ女史じゃなくて、私もマヌエラちゃんって呼ばれたいわ!」
何か、今の会話でマヌエラ殿の触れてはならない部分に触れてしまったらしい。
おいおいと泣き真似をして嘆くマヌエラ殿を見て、ドロテアと二人顔を見合わせる。
「ま、まあまあ、マヌエラ先輩もまだお若いですから……」
「若い子が言うと嫌味になるのよ! 見て、このエーデルちゃんのすべすべお肌! 化粧もしていない顔には染み一つ無いのよ!」
今までそんな視線で私の体を見ていたのだろうか。
マヌエラ殿は私の肌着から覗く身体面に触れながら、熱の籠った言葉を紡ぐ。こんなにも羨望されているとは思わなかった。
マヌエラ殿に促されるまま私の顔を見ていたドロテアであったが、そこで何かに気付いたように表情を輝かせた。
「あ、やっぱり!」
「え?」
「目元の皺、無くなってる」
「そ、そうかしら?」
言われて確かめるように目元を触る。
しかし、皺があるかないかなど触ったところでわからない。ドロテアはそんな様子を見て、からからと笑う。
「エーデルちゃん、昔はいつもしかめっ面していたから……可愛いお顔に皺が寄って台無しだーって思っていたのよ」
「……」
「そう言われれば、確かにそうねえ。エーデルちゃんの顔色も最初の頃より良くなったし、綺麗になったというか……何だか女の子らしくなったというのがいいのかしらね……」
ドロテアの言葉をマヌエラ殿が引き継ぐ。
どうやら、昔の自分はえらく表情の硬い人物であると思われていたらしい。こうしてガルグ=マクに居た頃は、帝都の貴族連中の不甲斐無さに頭を抱えていたことも多かった。
やらなければいけないことが多すぎて頭痛が重なった結果、眉を潜めて生活していたようにも思う。
「考えることも減ったから、かしら……ね」
「そう、良かった。エーデルちゃんが皇帝の職務から解放されて」
我が覇道は終わっていない、とドロテアの言葉を反射的に否定しそうになったが、堪えた。
また何か言って困らせるのも悪いだろう。純粋に心配してここまで来てくれているのだから。
「女の子らしい、なんて……それに、歌姫であるマヌエラ殿やドロテアの方が女性らしくて美しいでしょう?」
「エーデルちゃんより? ないない……ね、マヌエラ先輩」
「……」
「マヌエラ先輩?」
マヌエラ殿の中で、否定する気持ちとそうでない気持ちがせめぎ合っている様だ。
ドロテアは苦笑しながら話を続けた。
「それに私達は元平民だから、エーデルちゃんの方が気品あって可愛いわ」
「……美しさに平民かそうでないかなんて関係ないわ」
「ふふっ……変わらないなあ、エーデルちゃんのそういうところ」
そうだ、とドロテアはよい提案があるかのように手を叩いた。
「エーデルちゃん、恋をしてみないかしら?」
「こ、恋?」
「ええ。昔、忙しくてそんなことに気が回らないって言っていたけど、今ならできるでしょう?」
恋──そういえば、ドロテアと昔そんな話をした気もする。
私は忙しくて恋とは無縁だ、といった話で終わった筈だ。燃え上がるような恋なんて一生できないと、そんな風な諦観籠った台詞を言った気もする。
その考えは今も変わっていないが、ドロテアは自信をもって話を続けた。
「もし恋をしたとしても──昔の皇帝であるエーデルちゃんなら、貴女に想いを寄せる人も、最後に結ばれる人も……苦労しそうだな、って思っていたの」
「……」
「でも、今のあなたはただのエーデルちゃん。今のあなたなら、きっと燃え上がるような恋ができそう」
「恋なんて……わからないわ」
「ふふ、大丈夫──好きな子のことはね。自然と目で追っちゃうのよ。そのまま勢いに任せちゃえばいいの。ね、マヌエラ先輩」
「……」
「マヌエラ先輩?」
「え、ええ! そうよね! 恋は勢いよ! エーデルちゃん!」
ドロテアの言を受けて、水を得た魚のように高らかに宣言するマヌエラ殿。
大丈夫だろうか、外に声が聞こえやしないか心配になるほどの気合いだ。
その和やかな雰囲気のまま話は弾み、夕食を取った後に二人は帰っていった。
ドロテアやマヌエラ殿との楽しい一時を思い出しながら、夜の闇が支配する頃。
本を読んでいた私の耳に、扉を開く音が聞こえた。音のした方へ視線を向ける。
「……師? おかえりなさい」
「ただいま、エル」
がさりと、また大きな袋を持っていた。
何かと最初は思ったが、師が出掛ける前に約束したプレゼントを、早速買って来てくれたのだろう。
何を買ってくれたのだろうか。何でも嬉しいが、暇を潰せるものであればもっと嬉しい。
師が取りだしたそれは──
「──くま?」
「ああ、好きだろう?」
「あの……二つ目なのだけれど」
「……い、いらなかったかい?」
師はまるで捨てられる子犬のような心底悲しそうな瞳で私を見つめる。
こ、これは断れない。薄緑色をした色違いのクマの人形を受け取ろうと手を伸ばした。
「い、いえ。ありがたく貰っておくわ」
「そうか、良かった……いつも暇さえあれば抱きしめていたから、もう一つあってもいいかと思ったんだ」
「……っ、し、知っていたの?」
「何をだい?」
「……何でもないわ」
暇さえあれば抱きしめていたこと、ばれてないと思っていたのだが。
師は気づいていたようだ。なぜそういうところだけ目敏いのだ。
──好きな子のことはね。自然と目で追っちゃうのよ。
ドロテアの台詞が何故か咄嗟に思いだされ、体が火のように熱くなる。
まさか、そんなはずはない。師が私をずっと見ていたり、小さなことに気付くことが、そうであるなんて。
それに、私は、皇帝。恋なんてしないままに死んでいくと思っていたのだ。私に、そんなものが──
「さ、もう遅い。おやすみ、エル」
「え、ええ……」
プレゼントのクマの人形を枕元に置いて、蝋燭の火を消す師から、目が離せない。
枕元にはピンクのクマと、薄緑のクマが寄り添うようにして置かれている。
──先生との同棲生活楽しんでくれ。
クロードの憎々しい顔と台詞も思い浮かぶ。
──ち、違うわよ、クロード。こ、これは恋なんかじゃないんだから! あくまで師のことは敵として警戒しているから起こりうることであって師から目を離せばいつやられるかわからないし私もそこまで安心しているわけではないのでこれはあくまで味方じゃないことを示すことであって──
心の中で乱雑な叫びを響かせるも、聞いている者は誰もいない。師も疲れたのだろう、既に寝ようとしている。
しかし、なぜか私は目がさえてしまった。今日は心臓の音が煩くて眠れなさそう。
──全く、ドロテアは何てことを言ってくれたのだ。
それでも師の睡眠を邪魔するわけにはいかない。無理に寝ようと、目を堅く瞑るのだった。