Last Kiss   作:エビアボカドロックンロール

3 / 4
3

 

 

 

 大学生になってはみたはいいものの思っていたより空いている時間が多い。これをいかに有意義なものにするかが大学生活をただのモラトリアムとしてだけではなく自らを高める4年間に出来るかが掛かっているのだろう。自らを高めるが分かりにくければ自らの社会的価値を高める、と言い換えてもいいかもしれない。

 そんな分かり切った事実を、腐りきった事実を大学図書館にある映像資料のコーナーでまさに5月病を体現するかのようにぼーっと映画を観ながら思う。有意義じゃんよ。

 

 今や各種サブスクリプションによって大抵の映画を家にいながら鑑賞することが可能だというのにわざわざ大学にまで来ているのは、モニターが最新のものだから…というわけではなく(むしろかなり古い)オーディオに力を入れているから……でもなく(百均のやつ?)何となく大学に居ればもしかすると誰かに会えるかもしれないから。みたいなまったくもって俺らしくない行動原理だったりする。

 

 トントンと肩をたたかれた。

 

「今日も映画ですか?」

 

 ――いや、詭弁はやめよう。わざわざ講義のない日に来たのは自分に嘘をついてでも三船さんに会いたいからだ。この場合はむしろ俺らしいのではとすら思う。

 

「せっかく高い金払ってるんですから使えるもんは使っとかないと損ですよ」

 

「比企谷さんは授業料免除じゃないですか…ふふ、おはようございます比企谷さん」

 

「おはようございます、三船さん」

 

 椅子をクルッと動かして振り向くと、傾けた身体にさらりと髪を揺らす三船さんが図書館の静謐な空気をなんら損なうことなく、それでも何か嬉しいことがあったという気持ちを隠すことなく佇んでいた。天使じゃんよ。

 

 入学式のあの日に嬉し恥ずかしなんちゃって花見をしてからこちら、学部の違いなどからこれといって交流のなかった俺と三船さんだが、桜も散り始め葉桜の美しさに改めて気付かされた4月の終わり、今日と同じように図書館で映画を観ていたところをトントンと肩をたたかれ不意に再会することとなった。以来、見かけるたびにどちらともなく声をかける関係になっていた。

 

 DVDを返却し、お昼の鐘を聞きながら二人並んで食堂へと向かっていると、何気ない会話を切ってここ数日でずいぶんと聞き慣れたセリフが耳をつく。

 

「今日こそあの時のお礼をしたいんですけど…」

 

「あー、……」

 

「…今日もお弁当作ってきてるんですね」

 

 お弁当を作ってきている…

 当然嘘だ。

 

 始めて誘われたときに持っていた弁当を、とっさに自分で作ってきたものだと言い訳のようなことをしてしまった。

 弁当を持たせてくれるような人が自分にいるということを隠したいと思ってしまったからだ。

 

「まあ…はい…」

 

「もしかして、迷惑だったでしょうか…」

 

「いやほら、三船さんと会えるとも限らないじゃないですか。なんで一応弁当は作ってきているんですよ」

 

 少なくともそのお礼とやらが有効なうちは三船さんから声をかけてもらえる、なんて言う姑息な理由が多分に含まれたものだったがそれも限界かもしれない。

 学内外から注目を浴びるほどに美人の三船さんに毎日のようにお昼を誘われて毎日のようにそれを断っていれば、そりゃ周りの男どもから怨嗟のこもった視線を浴びせられるのも当然のことだろう。さらに言えば三船さんに気を遣わせることも本意ではない。

 

 さすがに堪えたので雪ノ下に弁当を断ったこともあったのだが、

 

『あなたのご両親に八幡さんの衣食住は私が命を懸けて保障して保証して補償すると約束したのよ。――虚言は吐かない…ことはないかもしれないけれど、あなたのご両親に嘘はつきたくないの』

 

 凛とした表情でそう告げる雪ノ下を目の前に、影を縫い付けられたように微動だにできなかった俺はそれを聞いた時の両親とおそらくは同じ顔をしながら、お、おう。と言うとこしかできなかった。

 

 食堂の隅の席が空いていたのでそこに陣取ると、先ほどからもじもじとしていた三船さんが心なしキリッとした表情で言った。

 

「も、もしよかったらうちに来ませんか…?そ、その…夕飯を…作り過ぎる予定なので……」

 

「いやさすがに一人暮らしの女性の家には行けないですから…」

 

「でも……」

 

 勢いよく話し始めたものの徐々に声は小さくなり最後の方は消え入りそうな声でつぶやく。

 らしくもないことをしている自覚はあるのだろう。真っ赤になってまでなんとか礼を尽くそうとしてくれる三船さんに胸が痛くなる。

 あと夕飯を作り過ぎる予定ってなんだよ…可愛すぎるだろ…

 

「つーか、やっぱりお礼はいいですよ。―――当然のことをしなかっただけなので…」

 

「だからこそお礼を……あれ?いま何て言いました?」

 

 うちに来ませんか……

 お礼ができないというのは言い換えれば借りを作り続けるようなものだ。そして上京してきて右も左も分からない女性が知らない男に負い目を感じ続けるというのは、家に呼んでまで清算しておきたいと覚悟を決めてしまうほどのものだったのだと今になって気付かされた。こんな覚悟をさせるまで気付くことが出来なかった。

 

 厚意であっても好意ではなかったのだ。

 

「すいません。最初から話します――」

 

 全部話してしまおう。

 例えそれで見限られることになったとしても、三船さんが余計な負い目を感じないのならその方がいいに決まっている。

 

 

ーーーーーー

 

 

「―――そうだったん…ですか…」

 

「はい、騙すような真似をしてすみませんでした」

 

 入試に始まって入学式、そして今日にいたるまで。棚ぼた的に訪れた邂逅と幸福の帳尻を合わせるようにすべてを微に入り細に入り説明をした。せめてもの罪滅ぼしになればとの思いからだ。

 

 震える声で俺が話すのを、三船さんは俯いたままに口をはさむこともせずじっくりと聞いてくれた。

 

 全てを聞き終えると、三船さんはたっぷりと間をおいてから顔をあげつぶやいた。

 

「それで……うちには来てくれるのでしょうか?」

 

「へ?……あの、俺の話聞いてましたか?」

 

「はい、入学式の時に私に一目惚れした…ってことですよね?」

 

「いや、全然違いますから……ってこともないですけど……あれぇ?」

 

 話の根っこは噛み合わない歯車を、あるいは間違ったままに噛み合ってしまった歯車をあるべき形へと戻すことだったはずだ。少なくとも俺はそのつもりで話していたのだが……

 

「そう聞こえましたか…?」

 

「誰が聞いてもそうとしか思えないかと……私が勇気を出して誘ったから、それに応えるために比企谷さんも勇気を出してくれたんですよね?」

 

「………いや」

 

「えへへ、実は私も初めて逢った日からいいなって思ってたので…初めての恋人が比企谷さんで嬉しいです♪」

 

「こ、恋人…?」

 

 自分には恋人がいます。

 そんなたったの数文字も言えないままにカチリと音が聞こえる。

 

 かくして歯車は、以前にもまして強固に複雑に噛み合ったのだった。

 





  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。