どうやらボクの親友が美少女たちをフルそうで 作:『テキスト』
ざぁぁ、とシャワーの口から無数のお湯の粒がボクの体を通って汗とまとっていた泡を流していく。
白い泡が頭から少し膨らんだ胸。その胸から太股に通っていった。
「ふっふ~」
充満した雲みたいな白い煙を吸いながらついつい陽気に歌う。
風呂場に付いている鏡は湯気で曇った。鏡の前にいるのにボクはひどく無力でいた。そして、無力でいたかった。
薄い煙のヴェールが遮ってお風呂場だけボクを女の子というのを忘れさせてくれる。
曇っていなければ、鏡には背の小さい黒髪の女性が映っている。客観的に見てもそこそこの、だけどその姿をボクは見たくない。
あの日前世をボクが男だと思い出しても、彼との元々の距離感は変わらない。彼が接していたのは元から女の子のボクだからさほど差がない。
距離感が同性の友達。お互いにただ、それだけだった。
シャワーのノズルをひねってお湯を止めた。
念入りに洗ったおかげですべすべに火照った体を震わせて水分を飛ばす。
持ってきていた着替えの入った鞄からタオルを取り出して体に染み込んでいる水分を拭き取る。
そこから下の下着を着てズボンも履く。次に上の下着を着けようと探すけど見つからない。
煙が指の先から熱と一緒に逃げていきながら鞄の奥まで探したけどやっぱり見つからなかった。
「ありゃ、上着持ってき忘れちゃったか」
しょうがない、彼に上着は借りるか。サイズが少しぶかぶかになっちゃうけど上半身裸で寝るよりはましだろ。
浴室の扉を開いて、長い廊下に出ると彼の待っているリビングの方に歩く。
「いやー。風呂貸してくれてありがとう。家の風呂故障しててさ、すっごい困ってたんだよ」
「ん」
彼は軽い返事をしながらソファに行儀悪く座ってテレビを見ていた。
画面は分からないけど音声からテレビはニュースをやっている。お天気アナウンサーの無機質に近い聞き取りやすい声が耳にやけに残った。
「おー、まだ雨降るんだ。帰るの面倒くさいし泊まっていっていい?」
「そうだな、泊まっていけ――」
こちらを振り返る。
「お、お前なんて格好してるんだよ!」
と思ったらすぐに視線を逸らして強めの口調で話しかけてきた。
「どんなって、普通の格好だけ――」
前世みたいに上半身裸で――
「……み」
「み?」
「見るなぁー!」
「ぐぇっ」
顔に血が流れる感覚。今のボクを見たら真っ赤になっていると思う。
風呂に入っていたときの熱がこもったままの体を走らせて、ドカドカと音を鳴らして階段を登り彼の部屋のベッドに座った。
「何でボク彼にあんなこと言ったんだろ?」
別に上半を見られたってかまわないじゃないか。元々は男だったんだし、彼とは友人なんだから見られることで動揺することなんてないか。
それじゃあ、ボクは彼に恋をしているみたいで――
「……いやいや、そんなはずないし。体はどうであれ精神的には男同士だよ? 何考えてるんだろボク」
ほっぺ叩くと、叩いた場所は熱を持ったけど混乱していた頭の中が大分ましになってきた。
「でもあやまらないと後々になってから気まずいしなぁ」
そうと決まったらさっそくあやまって……
「むぅ、でもなんか恥ずかしい」
立ち上がって少しだけ歩いて体を扉に垂れるようにそって座る。
「ぁぁ、やっぱり恥ずかしい。ボクなんであんな格好で行ったんだろう……」
前世の記憶がなかった頃に比べて自分でも分かるくらいに、少しだけがさつになっているのは確かだ。
しばらく経ってから階段から登る音が鳴っている。
この部屋に近づいて足音は目の前で止まった。
「その、見てすまなかった」
彼の声だったと思うと同時にやっぱり、裸を見られたとも思った。
やっと冷めてきた顔がまた熱くなる。
「それよりもよかった」
ボクは話題を変えたくて声を張って扉越しに彼に向かって声をだす。
「ん?」
「思ったよりも元気そうで」
「ああ、心配かけてごめん」
ボクの背後の廊下で頬をかいて言っているのが容易に想像できる。
「俺もそろそろ立ち直らないといけないからさ」
悲しさが残っている口調に優しい彼らしいとボクは感じつつも彼に不思議に思ってしまう。
「親が事故にあって亡くなったんだよ? どうしてそんなに元気になれたの?」
それは素朴な疑問。
彼の両親が亡くなったのは先月の末。事故で亡くなったらしい。
らしいと言うのは、ボクはこの家の近所に住んでいるけど元々彼の家族とはあんまり面識がなかった。
彼の両親とは正直いって親しさはない。それでも身近な人が亡くなる悲しい経験はボクに、正確には前世のボクにもあった。家族が亡くなるのはそれほどに辛いということも理解している。
「実感がなかったのもある」
彼は言う。ボクらは長くてか細い糸に結ばれて感情も結ばれている様に思えた。
糸の色は暗く黒く鮮やかな赤色ではないのは確かだ。
「それに俺にはお前がいるし」
「ボクが?」
「妹分を置いてへこんでたら、誰も妹分を守れないからね」
扉に寝そべり、灰色の天井を眺める。息を吸って吐いて目を閉じる。
まぶたの裏の暗闇が心地いい。
「……そっか」
ちくりとしながら跳ね上がったボクの胸の奥底を隠すように力を抜く。
彼の口からでた妹分という言葉の家族という事柄に酔いしれてしまう。
僅かに感じてしまった喪失感は救いも、惨めさも心のシコリの痛みはボクにとっての救いでもあった。
「兄弟みたいに俺の部屋で一緒に寝る?」
「それは嫌かな?」
雑魚寝になると体が痛くなるから断ったら、彼の残念がるうなだった声が扉越しからしっかりと聞こえた。
――
「ボクッ娘くん。いいかな?」
「どうしました部長?」
部費で買ってはいけないコーヒーの入ったマグカップを置いて、ボクの目を貫くように見れ。
ボクっ娘くんは部長がボクのことを呼ぶ愛称。部活の入ってすぐにそう呼ばれた。
「君は何がしたいんだ?」
彼女の背後にあった窓を見ると、もう日没に近い。それでも普段なら運動部の部活が終わるには早いのに物音は殆どない。
この時間まで鳴り響いている運動部の声も夏休みに入り、殆どは合宿に行っていたり遠征に行っていたりするせいで学校にはいなく少しだけ物足りなさがある。
「何のことですか?」
「とぼけて無駄だよ。前にも思ったが君の行動は不思議なことが多い」
とぼけた様に言った言葉に、演技か素なのか区別ができずボクからは彼女は静かに怒っているように見えた。
部長は普段からつかめない、雲みたいな人が突拍子のないことをするせいで苦手意識が少しだけあった。
「君がやっていることは人に言えないことなのか?」
「それは……」
ボクは彼を応援したい。
それを他人に言葉で表すことをしたくない。彼女らを彼のために利用していると素直に伝えるのは自分でもどうかと思う。
どう言い逃れをしようか考えていると「はあ」と部長が軽いため息を吐いた。
「まあ今日のところはいいや」
「えっ?」
諦めてくれそうにない雰囲気だったから、突然終わって拍子抜けに思ってしまった。
そんな彼女は興味をなくしたのかボクから視線を逸らして片手でコーヒーを飲みながら、もう片方の指を三本立てている。
その指が二本、一本と減っていき――
「すみません。遅くなりました」
扉がいきなり開いたと思ったら、彼が入ってきた。
「遅かったみたいだね」
さっきまでの彼女との険悪な雰囲気の中に彼が突っ込んできたおかげで助かったと、ボクは隠れて胸をなで下ろした。
「遅かったみたいって、部長酷いですよ」
「酷いって何がさ」
「生徒会長から聞きましたよ。今日の泊まり学校側に申請していないって」
「ああ、そのことか。でも、仕方ないだろ?」
「仕方がないって?」
「女子二人。男一人で泊まりなんて常識的に考えて先生がいても却下されるに決まっているだろ」
「そ、そうですね」
初めて部長がまともことを言った気がする。彼もそう思ったのか少しぎこちない。
「生徒会長から聞いて、やめましょうって君から言ってないなら、許可もらったの?」
「もちろん貰ってきた」
「さすが」
「はいはい、もう夜になったからなんで泊まりをするか確認するよ」
ボクらのじゃれ合いを制すように横から部長が声をかける。
「この学校の七不思議ですよね」
「ああ、そうだ」
気分を切り替えて声をだすと部長は頷くと、部室にあるホワイトボードを指さす。
黒色の綺麗な文字で六つ箇条書きで書かれている。
「オカルトじみたこの学校には七不思議がある。まあ、私はオカルトはあんまり好きじゃないが、部活動の一環でやらないとどやされるからな。それで、今日から泊まって七不思議の中の六つを確かめる」
無許可だけどと、心の中で言葉を付け足しながら聞いていると横にいる彼が首を傾げた。
「あれ、何で六つ何ですか? 学校は七不思議だから七つあるんですよね?」
声が響いて、ボクと彼女の動きがピタリと止まる。
あ、コイツ何も聞いてなかったなと、部屋の中では呆れた雰囲気になる。
「おいおい、聞いてなかったのか? 前に話しただろ」
「す、すみません」
「ほら、桜。最後は桜が関係しているから夏だと意味ないから」
「桜?」とぼそっと呟いて数分間悩んでいたけど思い出せなかったのか、助け船を求めて部長に視線を送っていた。
「この学園の庭に生えている桜に気にいられた者は、必ず事故にあって桜に魂を持っていかれる。ほら、昔からあるオカルトじみた話だろ?」
――
「ごめん。探すのに時間かかった」
「うんうん、大丈夫だよ? ノート見つかった?」
ある日の秋の夕暮れ時。太陽がほんの少しだけ早く月に変わるようになっていた。
白い息を吐きながら校門で寄りかかって待っていたボクは彼の声に応える。
「見つかった、見つかった」
「テスト前なんだから、気をつけなよ」
「あはは、かたじけない」
「早く家に帰んなきゃ。ボクだって勉強しないといけないもん」
「あれ、肩になんか付いてるよ?」
しゃかしゃかと持っているカイロを揺らしながら後ろを歩きながら進む。
少しだけ彼の後ろを歩いていたせいかキラリと何かが夕焼けに照らされて光って見えた。
「どこ?」
「いいよ、取るよ」
「ありがとう」
手を伸ばして、肩に付いていた物を取る。
「……えっ?」
ドキンと心臓が高鳴った。ボクに合わせてなのか秋の紅葉が落ちてきて目の前を通り過ぎていく。
驚きすぎて手の力が抜けて思わず付いていた物を落としてしまうくらいに。
落としてしまってもはっきりと覚えている。彼に付いていたのはクリーム色の髪。
明らかに女性の髪の毛だった。動揺するボクを先に行った彼が何かを言っているけど聞こえない。
チカチカと警告音の様に頭の中で鳴った気がした。
待っていたのは数十分なのに彼は主人公らしいと思うと同時にこの不快な気持ちは何だろう。距離の近い友人が取られることが嫌なのか。
「帰んないの?」
「……えっ、あ。今行く」
彼の無邪気な言葉が、不思議と今は痛い。