どうやらボクの親友が美少女たちをフルそうで 作:『テキスト』
夕焼けに照らされた教室には、ボクと彼の二人だけが立っていた。
今日が日常の放課後ならボクはときめいていたと思う。ホワイトバレンタインに好きな男の子といられるんだ。
だけど今日は平和な日常じゃない。それは彼の体がほとんど透明になっているから明らかだった。
パチパチと炭酸が弾けるような音を鳴らしながら、少しずつ彼の肉体が蝕んで空に溶けていく。
溶けた先に彼の要素は一切ない。彼はこのまま消えしまって何も残らないんだ。
「本当にバカ」
ボクの声にピクリと彼が反応する。
「みんなの告白をフッてどうするんだよ」
何も言わない。いや、もしかしたら何も言えないのかもしれない。
今まで彼女らと会話していたチョークを握る力が入らないで、彼自身が文字すら書けないほどに弱っている。
「そんな体になって、結局消えるなんて」
消えないよ。
「消えちゃうんだよ」
やっとチョークを持ったと思うと、震えた文字で短く書いた。現実を見たくない子供みたいなそんなか弱さがある。
手を動かせば動かすほどに、彼の消える速さが進んでいった。
「本当に馬鹿だよね君は……」
体のほとんどは消えてなくなっていて、今すぐにでも消え去りそうなのにボクの前では元気な風に振る舞って。
心配しているボクの方が過剰に反応しているみたいだ。
「どうするんだよ! 君はこのままじゃ消えちゃうじゃないか!」
冷静な彼とは反対にボクの感情はどんどん高くなって言葉を荒げさせる。
体からは汗は出ない。その代わり全てが涙になって落ちていく。
「……だから、だからこそボクは君のことを諦めたっていうのにさぁ」
これは彼が轢かれてから何回目の涙だろう。手が何本あっても数えられないほど泣いて、そのたびに辛くなった。
目の前にいるのに手を伸ばした所で空気を掴むだけで何もできないから、余計に辛くなる。
「一番最初に教室に来てくれた誠実な生徒会長を」
彼は静かに聞いていた。
思い浮かべていくのはこの教室に来たあの娘たち。
「面倒見のいい部長も」
頭にたまっていた鬱憤が言葉として流れていく。
「可愛らしい義理の妹さんや」
それなのに長いつき合いだから、こんなボクの言葉を彼が心の底から聞いているということが分かってしまった。
「元気いっぱいな後輩ちゃん」
彼が最後まで聞くならボクは喋るのを止めない。
彼のために止められなかった。
今だったら、まだ間に合うかもしれないという、淡い期待が脳を過って。
「スタイルがよくて目つきの鋭い元ヤンちゃん」
全員が全員、美人で何かしらの重りを背負っていた。
それを彼は一人一人を救っていった光景を。
「同級生の委員長に転校生」
黒髪眼鏡と銀髪の女の子。
綺麗な人形みたいな顔の整った彼女たち。
「クーデレちゃん」
プライベートでこそこそと何回も遊んでいる。
彼は気づいていないかもしれないけど彼女は彼が側にいるときだけ口数がとっても多い。
「――それで、ツンデレちゃん」
彼との距離が一番近い人。
――そして、本来であれば初めに助けるべきだった。ボクが席を奪ってしまった彼女。
もしかしたら彼に助けられるべき人はもっといたのかもしれない。
全部が全部、ボクという不純物のせいで彼のための舞台を全部を台無しにしてしまった。
ぷつんと、教室の電気が消えて、一緒になって欠片しかなかった太陽も沈んだ。
この教室には光が一つもない。何も見えなかった。
「どうして、美少女たちをフッちゃったんだよ!」
彼女ら全員が唯一のヒロインだと思えるほど光っていて、目がくらんで彼を諦めるしかないというほど輝いている人たち。
ボクだって彼女らみたいに彼の一番星になりたかったんだ。
それでもボクには足りなかった。今までの全てを使っても彼女らには届かない。
「……どうすれば、どうすれば君は助かってくれるの?」
すがるように彼を見つめる。ここからじゃ夜の暗闇のせいで彼の顔が見えない。
「ボクは、君が助かってくれればよかったのに。君とただ友達でいることを望んだのに」
日が空の境界線を越えようとしてい。太陽に隠れていた月が、太陽の光を使って空に浮かび上がった。
窓から入る月明かりが教室を照らすと同時にボクは力が抜けて座りこんだ。
「どうしてこんな風になっちゃったんだろ? 君を轢く原因をつくって本当にボクなんて嫌いだ」
首をあげて見上げる彼の顔からは床に向かって涙が落ちてくる。
「どうして、君が泣いているのさ」
彼は泣きながら立ち上がって震える手でチョークを掴む。何回も落としながらも、何回も挑戦をする。
本当は握られるほど力なんてないはずなのに、それでも彼はチョークを手に取って黒板全体を使う。
それは、一つの芸術だった。
それは、一人の男の命だった。
それは――
俺はお前が好きなんだよ!
ずっと前から初めて会った日から、俺はお前しか考えられないんだよ。
だから、自分の見下すような言葉はしないでくれ。
「あっ」
それは、一人の男の子がする本気の告白だった。
いつも支えてくれて。
「ボクが君を支えた覚えなんてないよ」
支えてくれたのはいつだって君だ。
一人ぼっちのボクに声をかけてくれて、側にいてくれた。
いつも道しるべになってくれた。
「そなことないよ」
ボクが進む道を迷っていたら、心配性の彼が手を引っ張って違う道は違うと教えてくれる。
かわいくて。
「ボクはかわいくなんてないよ」
彼の周りにいた美少女たちの方が何倍もかわいい。
性格だって自分でもよくないと思っているし。
料理だって美味い。
「普通に作れるくらいだよ。一人暮らしの君のためにちょっと練習したくらい」
何より。
「何より?」
性格も顔も声も初めて会った日から好きだった。
ボクも声がでないほど、彼の迫力に襲われる。
彼の熱量に、見つめる目に。残り少ない全部がボクのことだけのために使われている。
すっと、心の奥底に温かさが落ちていった。
「……そうだったんだ」
全然気づけなかった。彼がボクのことを好きだなんて。
結構アピールしていたのつもりだったけど、全然気づかなかった?
「ばかぁ、気づけるはずないじゃん。ボクは不器用なんだから」
黒板最後の空白にドヤ顔で書き込んで君らしいと思ってしまう。
さらさらと足の方から消えていく彼をボクは見ているだけしかできない。
「……いやだぁ。きえないでよぉ」
どんなに願っても、埋まってしまった黒板では会話はできないし、彼を助けることもできない。
『大丈夫だよ』
「えっ」
声が聞こえた。
聞こえるはずのない目の前の彼の声が。
「じゃあ、お願い。ここにキスをして?」
自分でもワガママなお願いだなと思いながら、唇に人差し指を当てる。
彼は近づいてボクのことを触る。
感触はない。それでもシュワシュワと泡みたいな彼の手を誘導して私の手で包み、握ってくれた。
「んっ」
目を閉じて待っていると、柔らかい感覚が唇でしたような気がした。
ボクと彼の最初で最後の優しいキス。
キスをすると同時に窓からボクたちの間に風が吹いて外に生えている、全ての桜の花が風に乗ってボクと彼を覆い隠した。
そのキスは一秒に満たなかったかもしれない。
だけどボク等の間では一時間その体勢にも一日中キスをしていたようにも感じる、時間の感覚が狂ってしまうほどに長いキスをする。
舞っていた桜が通り過ぎていって、覚悟を決め、目を開けると彼が立っていた場所にひらひらと一枚の桜の花びらが落ちていくだけだった。
そこに彼はいない。幾ら手を伸ばそうが、彼が好きだと言った声をかけようが、彼はもう帰ってこない。
「……置いていかないでよ」
両手じゃ足りないくらいに涙が溢れ、孤独になった世界の月光がある中でボクは一人で立ち上がった。
「……またね」
また会えると信じて、ボクは教室を後にする。