どうやらボクの親友が美少女たちをフルそうで 作:『テキスト』
人には主に三つの側面があるらしい。
古びた物を退かして、真新しい白のチョークを指でつまみ、そう文字を書く。
チョークの角がとれる度に、欠片になった白い粉が鼻の奥でくすぐられて、かゆくなった。
それでも俺は黙々と文字を書き続ける。
一つ目の自分が知っている、主観的な側面。
二つ目の他人が知っている、客観的な側面。
そして、三つ目の――
チャイムが鳴って開いた窓の隙間からカレーの匂いがして、チョークを持っている手をゆっくりと止めた。
昼休みに入ったのか、昼練習をする運動部の人が校庭で早食いをしているんだと思う。
複数人の仲のいい声が聞こえた。ぼんやりと声を聞く。
なにげない会話を想像するだけでうらやましくなる。
そんななかで教室の扉から、静かで丁寧なノックの音が鳴った。
「入るね」
こちらの返事も聞かずに一人の彼女がまた入って来た。
黒色の三つ編みを揺らし、いつもの赤ぶちのメガネをかけた気弱そうな女性。
「うん、ごめんね? 時間とらせて」
首を傾げて真剣な表情をしている。本当に申し訳なしそうな顔に、頭の中では逆にこっちが申し訳なく思ってしまう。
委員長も来たんだ。
「お昼休みの時間も限られているし」
あくまでも彼女は時間にこだわるらしい。
時間のある昼休み時間に来た彼女は、遅刻することを嫌って見える。
そうすると彼女は他人から見た側面は『優等生』になる。
「最近暑くなってきたね」
「水分しっかりとってる?」
「体調は大丈夫?」
彼女は何も喋らない俺を無視をして。歩いて、話をする度に立ち止まって、続けた。いつ見ても一個一個の言動に優さが込められている。
髪の揺れを抑えながら、彼女のメガネの光沢から反射する自分の顔を他人行儀で、酷く醜い存在を見つめた。
「それじゃあ、早速はじめよっか」
「でも、いざ二人きりになると恥ずかしいね」
思考停止で考えることはせずに、ただ無言で頷く。
逃げることができないことを罰と言葉で表している気がする。口の中が乾いて、変な味がしていた。
「えー、こほん」
わざとらしく咳をする彼女は、どんな気持ちでここに立っているのだろうか。
「私は貴方に恋をしました」
純粋無垢な恋心?
「変わるのが怖くて、いつも臆病だった私は何でもできる貴方に憧れていたし尊敬してた」
他の女性に対する嫉妬心?
「だからね、私は貴方に恋をしたの」
それで彼女は俺の何に恋をしたのだろうか?
「明るくて、みんなと仲がよくて」
優しいところ?
頼れるところ?
それとも■■がいいところ?
「今の私がここに立っていられるのも、変われるきっかけをくれたのも本当に感謝しています」
いや、彼女だけじゃない。彼女たちだ。
自惚れじゃなくて、俺の何に魅入られていたんだ?
「それでどうかな?」
「私の告白を受けてくれる?」
心地のよい声の告白は、普通の人だったら嬉しいだろう。誰かに向けられる恋という感情は、基本的には優しいものだから。
さっき見た醜い俺には彼女は似合わない。彼女たちは心が優しすぎる。
何かのふとしたタイミングでカレーの匂いはしなくなった。外の数字を数える音と一緒に汗の臭いが薄らとする。
激しい動悸も、うち沈んでいた感情も一旦冷静になった。
彼女と向かい合って口にはせずに首を横に振る。
首の振る向きを確認して、やっぱりと思いながらなのか、そんな表情でペコリと頭を下げた。
「ありがとう、告白を受けてくれて」
告白したことで後悔しない?
それは朝から彼女たちに気になっていたことだ。
想いを秘めた方が後悔しないこともあるから。
「自分がしたことに後悔なんてないよ。前進あるのみなんでしょ?」
確かに彼女に言ったことがあった。
今日みたいなグラウンドで生徒達が忙しなく動いていた日だ。
「そうだ、よかったらこれ食べて」
背中に隠されたバスケットを手渡されて上に被さった布を取ると、チキンのサンドイッチが入っていた。
「えへへ、料理なんて中々しないから簡単な食べ物だから、そんなに期待しないでね?」
教卓に置かれたサンドイッチは、四つに分けられている。
お腹が減っていたのか、口の中の唾液が止まらない。
委員長ありがとう。
「うふふ、いいんだよ」
お礼を言われて優しく笑う彼女に教卓の下から鮮やかな黄色の花をだした。
植木鉢サイズの小さな低木の先に花が咲いている。
交換てわけじゃないけど。
「ありがとう。うれしいなぁ」
おそるおそる言った言葉に目を丸くした後に、楽しそうに花を抱えて大事そうに
「あ、お花の名前は言わないでね? 家に帰ったら頑張って調べるから」
「……だから、貴方も頑張ってね?」
彼女は花の匂いを残して教室を出て行った。
追いかけられない自分に何回目か分からない歯がゆさを感じつつ見送る。
外の運動部の準備運動が一段落して終わった頃に食べたサンドイッチは、カレーの味がした。
――
『――ちゃん、やってくれる』
『こういうのって――ちゃんが得意だよね』
『――宿題、写させて』
『うん』
昔から私は弱かった。人に頼まれれば簡単に二つ返事で断ることができなかった。
『――さんはクラスのみんなを分け隔てなく接してとても優しい生徒です』
『そうか、娘は優しい子に育ってくれたんですね』
別に私は優しいわけじゃない。私がこの高校に入ってくる前の三者面談で心の中で呟いた言葉だ。
他の人から嫌われたくなくて、優等生と言う皮を被っているだけの、根が臆病なただの人間。今まで生きてきてそれ以上でもそれ以下とも思わない、私の正しい評価。
頼まれたことはやる。宿題だっていくらでも写させてあげた。クラスの役員決めでも、誰にも選ばれないであろう委員長に立候補した。辛くても苦しくても、自分の時間がとれなくても努力をした。
全部が全部、嫌われたくないからだ。一人ぼっちは嫌だ。経験したとかそういうわけでもない。ただ、一人になるのが怖くて嫌われたくなくて自分を殺した。
それからか、その前かは分からない。だけど三者面談がきっかけで確実に私という存在の価値は日に日に薄れていったんだと思う。
時計の針が回って、太陽も回って、カレンダーも回って。気づいたら高校生になった。
『この学校では、生徒に個人の夢を追ってのびのびと、学校生活をしていただくために設備は最新の物にしており――』
新品の制服のスカートを揺らして、パイプ椅子に座り、年老いた長い老人の話を聞いていた。
微かに聞こえた夢とか、それに繋がるであろう自分の好きなもとか分からないまま、何にでも熱心に努力できなくてこの年まで生きてきた。
この高校を選んだのも何かあるわけじゃなくてだ、ただ家が近かっただけだ。
目標がある人が昔から羨ましかった。クラスにいる人達はみんな目が未来の期待でキラキラ光っていて、薄汚れた私が覚悟もしないで近づくと私でいられなくなるくらいに。
『まずは委員長を決めます。やりたい人は手を上げて』
やる気のない先生の声。静まる教室。
誰もやりたがらないで他人に押しつけ合うヒソヒソ話があちらこちらから聞こえてきた。
『じゃあ、私やります』
私は委員長がやりたいわけじゃない。だけど、誰も手を上げないから私が手を上げた。
私がこの椅子の上に座って存在するだけで、見知らぬ一人の夢を潰したのかもしれない。だから、罪滅ぼしなんだこれは。
『おおー、さすが』
『委員長に拍手』
ホッとする声を聞き流しながら私は笑顔を作る。
あの日から一年が経った。体感だと全然なのに年をとる度、過ぎる時間は早く感じる。
それを悪いこととは思わないけど、心の隅っこでもったいないなと考えてしまう。
『よろしくね』
『うん、よろしく』
二年生になった一学年を上がった教室。くっきりと輪郭のある太陽が時計を見なくても、まだお昼だということを教えてくれた。
クラスメイトたちが、鞄を持って帰る姿を見ながら彼の隣に座ってペンを持って手を動かす。
一緒に委員長になった彼の声は、他の誰かとは明らかに違う。
彼といると私は私の知らない感情が話す度に湧きあがった。
私の浅い心ではキャラメルみたいに甘くもなるし、レモンのように酸っぱくもなる。砂糖の焦げたカラメルソースの苦さにもころころと変わっていく。
『凄いね。二年連続で委員長になって』
彼と一年生のころはクラスは別だった。けど、彼も委員長になっていたおかげで委員会でよく会っていた。
だから、よく知っている。彼のまとめるクラスはみんな一人一人が頼られて、私の憧れだった。
『凄いのは委員長だよ』
『えっ?』
彼にとっては口からでた特に形のない言葉かもしれない。
『だから一緒に頑張ろう』
太陽に背後を照らされる彼のそんな些細な言葉が今の私の支えになったのは。
『二人で一年間がんばろう』
『お姉ちゃんもお兄ちゃんのことが好きなの?』
『えっ?』
話しかけられたのは本当に偶然だった。
元気な太陽に照らされて、元気よく走っている彼らを遠くから眺めていたときだった。
『だってお姉ちゃんは私のお兄ちゃんの競技だけ見ているから』
リボンの色を見ると彼女は一つ下の学年の生徒になる。
可愛らしい銀色の髪に赤い目。クラスメイトの誰かに似ていると思いながらなのか彼女の声にとっさに応えることができなかった。
『興味がないっていうか、お兄ちゃん以外には怖いって思ってますか?』
『うん、そうかもしれない』
キラキラしている人は苦手だ。見ているだけでナイフで刺された気分になる。
他人から頼れる人。頼られるのが好きな思われているかもしれないけど、私は頼ってくる人は怖いと思っていた。
そんなこと他人に話す気なんてなかったはずなのに不思議と彼女に対して口から声がでた。
『彼を見るときだけは、そんな苦手意識が薄らぐの』
グラウンドから声が聞こえる。リレーの最中に誰かが倒れたらしい。
誰かの悲鳴と大勢の歓喜に満ちた声が混じって立っている場所まで届いてきた。
『彼だってキラキラした人間なのにね』
立ち上がって走るけど膝から血が流れているから速度はあまりでないらしい、諦めればいいのに片足を引きずりながら距離を離されているのにまだ走っている。
『後輩に愚痴る? のもおかしいけど不思議だよね。今まである程度分かっていた自分の感情が彼の前になると分からなくなるんだもん』
転んだ彼のその後を想像する。
励まされるのだろうか?
――最後まで戦った彼の勇士をたたえて。
罵倒されるのだろうか?
――お前のせいで負けたと罵られ。
何とも思われないのだろうか?
――彼に託した自分に失望して。
『それって恋じゃないですか?』
『恋?』
走っている彼はアンカーにバトンを渡す。他のチームはすでに残り半分のところまで走りきっている。勝つのは絶望的でみんな諦めていた。
それでも最後に聞こえたアンカーの名前は彼の名前だった。
心臓の音がいきなり高鳴る。欠けていたパズルが揃ったような感覚。
手で押さえても、激しい振動は治まらない。
彼なら、彼にならありえるかもしれない、と思ってしまう。
『……これが恋なんだ』
バトンを渡された彼は走った。風を背にして一位になれるはずもないのに。
『ええ、恋ですよ』
それでも彼は走って、出遅れたはずなのに一人追い抜いた。
そこからぐんぐんとスピードを上げていって。また一人、また一人と抜き去っていく。
そのまま彼は最後にゴールテープを切った。
歓声が聞こえる。さっきとは違ってその場の人間全員が一団となって喜んで聞こえる。
彼は勝ってしまったんだ。誰も勝てるなんて思っていなかったのに、彼だけは勝てると信じて。
『お兄ちゃんの元に行ってください』
『いいの?』
『ええ、お気になさらず』
彼女に言われるがままに、グランド戻ろうと足を前に踏み出す。
彼は笑顔だろう。それで、その笑顔を見たら私はまた恋におちる。今度ははっきりとした恋心に。
唇が上がって、下げられない。
『……本当にマスターは罪深い』
そういえば彼女も一緒に戻らないかと、言うために振り返ったけどそこには誰も立っていなかった。
風が通り過ぎただけで、何も残っていない。
「初恋は苦しいって言うけど」
グラウンドで運動部が、汗を垂らしながらかけ声とともに走っている。
私が憧れていた生徒に嫉妬するわけでもなく逸らさずに見ることができる。体からの拒否反応はない。
その光景は楽しそうだなと思えるだけだ。
「……そんなの嘘」
だから苦しいというのは嘘だと思えた。
醜い私を変えてくれた彼をどう頑張ったって嫌いになれるはずない。
「こんなにも心の奥で温かくなっている思い出が、苦くなるはずない」
日頃から彼のことを考えて夜になると自分なりの欲求が歯止めがかからなくなり、行為による快楽の感情に同化をしてしまう。
自分が欲深い人間だと初めて知った。それでも自分の知らない自分になるのは不愉快でもあって愉快でもあった。
他人から見た優等生な私と、自分から見た劣等生な私。二面性のある矛盾した私を彼は認めてくれたから。彼に裸の私を見て欲しかった。
彼は私を選ばなかった。それでも私はかまわなかった。
「さよなら初恋の人。また明日」
また明日、彼の笑顔をだけで私は幸せだから。
人物データ
委員長
黒髪に赤いメガネをつけている。
スパイスの効いた辛い食べ物が好き。