大仏の兄は飄々としている 作:奈良の大仏
投稿爆撃をするか悩み中。
「よっ、御行」
「大仏か」
俺が生徒会室に行く時、その男は現れた。
大仏たいき。
2年A組に所属し、俳優、モデル、タレントとして広く活躍している超大物有名人。
運動神経は抜群、噂によると歌もすごくうまいらしい。
まさに非の打ち所がないモテ要素を持っている。
そこら辺の男からすれば、月とすっぽんくらいに男の格が違うように見えるだろう。
「大仏が俺に用とは珍しいな。何か四宮にでも頼まれたか?」
少し声のトーンを下げながらそう呟く。
大仏と四宮は秀知院学園でも有名なほど仲がいい。
休日は一緒に遊んでいるところを見たと言う同級生もいるくらいである。
それこそ、前情報がなければ2人が付き合っているのではないかと勘ぐりたくなるほどに、仲がいい。
しかし、大仏は四宮以外の女を彼女として何人も付き合っていると聞く。
それはつまり、四宮を彼が女として見ていないことの顕れでもあるのだろう。
四宮も、それに関してそれとなく聞いてみたが「まあ、たいきのあれは性癖みたいなものです」との事で、どこか許容しているようにも見えた。
そのため、この2人には特別な恋愛感情らしきものが無いのははっきりとしている。
はっきりとしているのだが、男として、意中の女が自分以外の男と仲良くしているのは、なんかこう、イラッとくるものだ。
「いや、今回は個人的な要件できたんだ」
「個人的な要件か。とりあえず、立ち話もなんだ。中庭で話そう」
「え? そこの生徒会室で俺はいいぞ」
「……今は少し事情があってな。生徒会メンバー以外は入れてないんだ」
俺はそうやって適当な嘘をついた。
なぜだかわからないけど、この男を生徒会室に入れることを俺は昔から許容できない。
だから大仏が生徒会室に入ったことがあるのは、片手の指で足りるくらいの回数である。
それも俺がいない時などに藤原書記や四宮、石上が招いて出入りしていると聞く。
「ふーん。まあいいや。じゃあ、中庭に行こうぜ」
大仏は俺の嘘で納得してくれたのか、鼻歌まじりに歩き出した。
中庭に着いてからは俺と大仏は一つのベンチに隣あって座った。
こうして2人きりで話すのも2年生に上がってからほとんどなかったため、どうも緊張する。
だが、それは俺だけらしく大仏はなんとも緩み切った笑顔を貼り付けたままであった。
この何を考えているのか分かりづらいところが、飄々としていて俺は苦手である。
「で、率直に聞くが何の用だ」
「いやー、その前にこれでもどうですか生徒会長」
妙に畏まった物言いで大仏が渡してきたのは、資生堂パーラーの銀座本店でしか買えない数量限定のお菓子、その名も「スペシャルチーズケーキ」(3,456円)であった。
「は? 急にどうしたお前」
あまりに唐突な差し入れに、少しばかり俺の目が眩む。
この男が俺に手土産? しかもなかなか手に入らないチーズケーキを? なんのために?
記憶を遡ってみるが、別に大仏に感謝されるようなことをした覚えはない。
そもそも、こいつとの接点は隣クラスと合同で行われる授業の時くらいである。
それ以外は基本的に挨拶もしない仲だ。
それなのにこれはなんだ。俺の目の前で何が起こっている。
「いやー、普段から優が『白銀先輩は頑張りすぎなんですよね』って言ってたからさ、少しでもリラックスしてもらおうと思ってな。ほんの気持ちだよ、気持ち」
あははは、と笑う彼に俺はさらに寒気した。
あの笑顔。絶対に何かある笑顔だと察する。
何が狙いなのかはわからない。ただわかることといえば、これを受け取ったら何かまずいことになるということである。
もしかしたら、四宮を副会長から外せとか、かぐやは俺のもんだとか言い出すのではないだろうか。
それだけは絶対に阻止しなくては!! なんとしでも断らなければ!!
「わ、悪いが大仏。俺はあまり甘いものが好きではないんだ。その気持ちはありがたいし、代わりに藤原書記なんかにあげてくれ」
よし、これで完璧。
俺は受け取らないけど、他人に譲るといえば強く出られまい!
ここでさらに強く押してきたら、「なんでそんなに俺に食べて欲しいのか? もしかして、何かやましい事でもあるのか?」と追及できる。
今のは後続につなげやすい完璧な返答であった。
「ん? じゃあ、これは千花に渡すとして、じゃあこっちを御行にやるよ」
「そ、それは!?」
大仏が次にと差し出してきたもの、それは夢の国へのチケット4枚分であった。
もしこれを手に入れれば、合法的に四宮と出かけることができる。
4枚だ。藤原書記と石上も誘えば、四宮とデートしたいからという欲望を隠せる。
どうする、これは受け取っていいのか?
いやいや、大仏の目的が分からない以上、ここで易々と手に入れるのは悪手だ。
まずは目の前にいる男が何を考えているのか当てなければ、この夢の国へは行けない。(受け取ること前提で物事を進めだした)
「大仏……、素直に聞くが、本当にこれは俺への慰労のつもりか?」
「いやー、まあ。それだけではないな」
俺が聞けば相手は素直にそう返す。
意外だ。ここはしらを切り通すか、嘘をつくと思っていた。
まさかここまで率直に曝け出されるとは思ってもいない出来事である。
「では聞くが、目的はなんだ。何を俺から貰いたい」
相手が曝け出してきたのだ、こちらも合わせてそのまま質問してみる。
そうすれば大仏は、ふうと小さく息を吐きスマホを取り出した。
「俺って友達多いからさ、色々なことを頼まれるわけ」
「ふむ。知っている。お前はフレンドリーな男だからな、その分、交友関係も広いだろう」
「で、それが仇となってこういうのも頼まれるんだよ」
そう言って見せてきたのは一つの写真。
色々な物品が乱雑に置かれ、今にも机の上から溢れ落ちそうになっているのが映っている。
俺はそれを見てなんとなく悟ることができた。
多種多様な贈答品に、この六月も中盤にさしかかってきた時期。
贈答品をもらったはずの大仏がなぜか俺に物品を渡してきた理由。
「なるほど、部の予算案か……」
ここ秀知院学園はよくも悪くも頭の働く連中が揃っている。
しかも親は政治家や社長など、それなりに社会を闊歩する重役たちの子息令嬢ばかりだ。
そんな親を見て育っている子供が、世渡り下手なわけもなく、当然交渉する技術はそれなりに身についている。
つまりこれは、大仏を介して渡してきた、部の連中からの”賄賂”であった。
確かに、部の連中から直接渡してくるより、こういう関係のない奴が渡してきた方が無警戒でものを受け取るといえば受け取るのだが。
今回は全員が人選ミスである。
俺は個人的な理由(四宮関連)で大仏たいきを警戒しているのだから。
「ちなみにこの夢の国の招待券は千花からの賄賂な」
「あいつ……」
彼はそう言って、はっはっと闊達に笑うとそのチケットを手渡してきた。
「行ってこいよ。正直、優から言われたってのも理由の一つとしてはある。それに、高校2年生の夏は、今しかないんだぜ」
それは恐ろしいほどに誘惑として魅力的であった。
彼の言う通り、この時期、このメンバーで遊ぶのは今しかできない。
夏休みが終わって一ヶ月も経てば、すぐに新しい生徒会選挙が始まる。
思い出作りは今しかできないのだ。
「……感謝の言葉は言わんぞ。賄賂だし」
俺はそう言って照れ隠しを含めてそれを受け取った。
夏休みまで残り一ヶ月。
このチケットでも使ってみんなで遊び行こう。
泊まりとまでは行かなくても、日帰りで遊びに行くのは中々に面白そうだ。
「くっくっくっ、せいぜい楽しい夏休みにしろよ」
「悪役かよ、お前……」
俺はそう言って、憎き恋敵と小一時間ほど駄弁ってから生徒会室に戻るのだった。
白銀視点では、
大仏と四宮間に恋愛感情はない。
四条、藤原視点では、
大仏と四宮間に恋愛感情ありそう。