大仏の兄は飄々としている   作:奈良の大仏

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赤点を回避したい。

「お前ら、来週から何が始まるか知ってるか」

 

 1人の男がファミレスの席に座ってそう問いかける。

 目の前にいるのは、寺島さん、大仏こばち、石上優の3人。

 そして対面に座る男こそ、その3人の共通の関係者とも言える、変装した大仏たいきである。

 色眼鏡をかけ、制服からユニクロで売ってそうな無難の服装となり、帽子を目ぶかく被った彼は、いつも外に遊びに行くときの姿だった。

 

「どうしたんすか先輩。そんな切羽詰まった顔して。腹でも壊したんすか」

(前回の順位197位)

 

 嘘である。

 彼自身、来週から始まる行事については知っている。

 しかしそれをあえて見ないふりしたのだ。

 なぜならそれはとても過酷な行事だったから。

 彼としてはなくなってしまえばいい、消え去ってくれたら御の字としかいえないそれは、学生ならば誰もが一度は考えることであった。

 

「お兄ちゃん。実は私、来週は沖縄に行こうと思ってるの」

(前回の順位180位)

 

 マジである。

 大仏こばち(この女)はそんな非現実的な計画を立て、実際に沖縄行きのチケットを取っている。

 来週から始まる行事が嫌すぎて学校外へ逃亡。

 どれだけ休んだとしても、永久に逃れることができないと知っていながらの無謀な挑戦。

 学生生活には絶対に付き纏うそれを、彼女はそれでも振り切ろうと努力する。

 

「来週ってあれでしょ、おじいちゃんが亡くなって学校が休みになる日でしょ?」

(前回の順位187位)

 

 殺る気である。

 寺島は学校のトップを殺せば、とりあえず危険回避できるという安直な考えを持っている。

 いざとなれば親に土下座でもして、何とかしようと考えるクズな思考回路。

 それを本当に実践しようとしているところに、もはや恐怖を感じざるをえない。

 どうやればこのようなサイコパスな娘ができあがるのだろうか。

 甚だ疑問でしかない。

 

「落ち着け、皆の衆。来週のテストが嫌なのは誰もが同じだ。俺だって嫌だ。というか学校爆発しないかなと素直に思ってる」(前回の順位 最下位)

 

 進級すら危ぶまれているたいきは落ち着いた様子でそう言う。

 この中で一番危ない人間がいるとすれば彼である。

 ただでさえ、学校を休みがちであった彼は、全くと言っていいほど勉強ができない。

 ノリと勢いだけで生きてきたからこその皺寄せ。

 あのかぐやに勉強を教えてもらわなければ、一年生のままであったと噂されている。

 これには勝手に恋敵と認識している白銀も驚嘆の事実である。

 

「いやテストなんて、急に勉強してどうにかなるもんじゃないですよ。先輩はそれが一番分かってるでしょ」

「そうだ、そうだー。優くんの言う通りだー」

「倫理的に考えて、お兄ちゃんがこの中で一番馬鹿なんだから、私たちに従うべき」

 

 彼彼女らはお互いがお互いを援護すべく、共通の敵としてたいきを担ぎ上げた。

 しかしみんなは、どんぐりの背比べという言葉を知っているだろうか。

 このように馬鹿と馬鹿を競わせたところで、はっきりとした優劣がつかないことである。

 同じようなことわざとして五十歩百歩というものもある。

 とまあこのように、偏差値77を誇る秀知院学園では、一般の学校に存在しそうな勉強ノロマは全て最下層に突き落とされる。

 なぜなら周りにいる生徒はみんな、成績を気にして勉強漬けになっている人たちなのだから。

 誰しもが執念と事情があり、その高い学力を有している。

 知力のみならず、情報・人脈・財力全てを用いるのは当然の選択。

 それを怠っているこの場の4人はまさに敗北者という言葉がお似合いであろう。

 

「はい、やかましいー。現実逃避をしてるお前らが駄々をこねるのは知ってました。なので俺が強力な助っ人を呼んであります」

 

 そう言って彼がスマホをぽちぽちと操作すれば、ファミレスの奥の方から我が物顔で歩いてくる2人の人物。

 1人は学年3位にしてあの四条グループの令嬢。天才とはまさに私のことねと自尊する女の子、四条眞妃ィィィ!!

 そしてもう1人はちょっと言い寄られたらホイホイついていきそうなほどのチョロイン。学年1位をずっとキープしている秀才児、伊井野ミコォォォォ!!

 

「以上2名が俺たちに勉強を教えてくれる強力な助っ人だ」

 

 たいきはそう言って、目の前に置いてあったコーラをこくりと飲むと一息つく。

 紹介された2人は、自信ありげな表情で、たいきの横へと腰掛けた。

 

「いや、その紹介するために奥で待機してもらってたんですか?」

「お兄ちゃん、流石にきもい」

「まぁ私は面白かったからいいよ。そこの2人も、ぷっ、真顔でかっこよかったし」

 

 しかし、2人の登場の仕方がよほど面白かったのか3人の赤点組は鼻で笑った。

 

「ごめん、たいき。私何だか青木ヶ原樹海に行きたくなったわ」

「奇遇ですね四条先輩。私は東尋坊に行きたくなりました」

「おい、お前らのせいでこの2人が自殺スポットに行こうとしてるじゃねーか」

 

 席をがっと立ち上がる2人を止めながらたいきは言う。

 まあ、このファミレスに来る前から事前に打ち合わせして決めていた登場を馬鹿にされたのだ、今思い出して彼女たちが死にたくなるのも分かる。

 しかしたいきから見たら、これは大成功である。

 最初は初対面ばかりが集まるし、場を和ませる程度のギャグを入れようと思ってのやらせたこと。

 結果的に見れば、馬鹿な登場をさせられた2人以外は、緊張の「き」の字もない。

 あの伊井野ミコに苦手意識を持っている石上ですら、嫌な顔せずに座っていた。

 四条眞妃もその光景を見て、たいきの意図を察したのか、自身の羞恥心をグッと堪え席に座り直して足を組む。

 

「真面目な話、たいきから聞いてるけど、4人とも赤点それなりに取ってるんでしょ? 秀知院は基本的に補習も追試もないから、進級できなくなるわよ」

 

 赤点。

 秀知院では平均点の半分以下を赤点とし、赤点を取った時、補修などの救済措置は一切無い。

 科目ごとに2回の赤点で欠点。必修科目は落とした時点で留年が決定。

 石上は3つ、大仏こばちは1つ、大仏たいきと寺島さんはきっちり全科目でイエローカード。

 次この科目たちで赤点を取れば、彼ら彼女らの留年が決定する。

 がしかし。中等部の時代から赤点を取ってきた猛者たちに、そのような危機感が存在するわけもなく、ただ平然とした態度でいつも通り遊び、テストを受けようとしていた。

 

「大丈夫だよ、四条さん。先生によっては3回目くらい追試してくれるから。最後のあたりはほぼほぼ同じ問題だし、答え暗記しとけば終了よ。私留年してるから、そういうの詳しいの」

「数学の堀は鴨ですね。私、提出物と課題を追加でやれば良いって言われましたし」

「まじ? 僕もじゃあ数学は捨てていいや」

「おい誰だー、このダメ人間たちを開発したやつ」

 

 眞妃は目の前にいる勉強しないクズたちを蔑んだ目で見ながら、そうつぶやく。

 今日この時、たいきがこの人たちを集めた理由がようやく彼女にも分かった。

 これは放っておいたらダメなパターンだ。

 誰かが矯正してやらないと、ダラダラとこんな生活を続ける。

 人間、崖っぷちに立ったとしても中々本気になれない奴は、とことんなれない。

 それが自分の嫌いなものであればなおさらのことである。

 まだどうにかしようと動いているたいきには幾分か救う価値があるかもしれないが、それでも全教科赤点を取っている男が、そこまで真面目な訳が無い。

 彼もとりあえず頑張ってるフリでもしとこうという魂胆が丸見えなのは、長年付き従っていた伊井野ミコにモロバレだったりする。

 そのため、たいきに逃げ場を与えないように勉強会を企画させたのは、実は裏で彼女が働きかけていたからだったりする。

 

「でもね、正直。私は大丈夫だと思うの。いざとなったらおじいちゃんに頼んでテスト用紙をあらかじめゲットするわ」

「さすが、校長の孫は言うことが違うw」

「えへ、それほどでもw」

 

 寺島さんとたいき、全教科赤点組はともに地獄の所業へ手を伸ばすことを真剣に視野へ入れた。

 

「石上だっけ? あんたもこんなダメダメな男になったらダメよ。こいつ、勉強と絵と映画を選ぶセンスだけは本当にないから」

「え? あー、はい」

 

 元カレのバカっぷりを見て頭が痛くなったのか、唯一、この場でたいき以外の男子である石上にそう話しかける。

 なぜ、こんな男に彼氏のフリをしてもらうことを頼んだか。

 こういう時は真剣に過去の自分を呪いたくなる眞妃であった。

 

「でもなんで先輩はこんな面倒ことしてるんですか? 伊井野はわかりますけど先輩とたいき先輩ってどんな関係が……。やっぱり女の人だから、たいき先輩が好きだったり?」

 

 生徒会でも随一の鋭い観察眼を持っている石上は眞妃を見て何か感づいたのか、率直に尋ねてみる。

 石上から見た大仏たいきという人物は、まさにリア充の中のリア充、陽キャの中の陽キャ、モテモテ王、ゴールド・たいきである。

 理想と現実は実際に異なるものの、彼の目から見た大仏たいきは理想の塊であった。

 僕にもあんな顔と性格があれば、きっと楽しい学生生活を送れたんだろうなと、女の子に挟まれているたいきを見ながら石上はふと思った。

 

「はあ? そんなわけないじゃん。その陰気な顔面ヘコますわよ」

「え?」

「私には別に気になる人がいるもの」

 

 だからこそ、これは石上からすれば意外な反応だった。

 女の子は無条件に大仏たいきに惚れる。そんな彼の中の固定観念が、四条眞妃の言葉によって崩れたのだ。神が死亡した時のような感覚に似ている。

 四条眞妃はそんな石上の考えていることなど歯牙にも掛けない様子で、もじもじと手を弄り赤面する。

 

「ただあれよ……友達とか知り合いが一緒に進級できなかったら悲しいじゃん」

(え、何この人。かわいい)

 

 こうして石上は四条先輩をツンデレ先輩と命名することを心で誓ったのだった。

 四条眞妃はやはりかわいい。

 

「ほんじゃあ、まあ。喋ってる時間も惜しいしやりますか」

「本当にするの?」

「寺島先輩、論理的に考えてもう一年留年は洒落にならないですし、仕方ありません」

「そう言うこばちゃんはカバンを持ってどこに行く気?」

「とりあえず教えるためには私とこの子がそれぞれ割り振られるべきだし、席替えするわよ」

「あ、僕飲み物とってくるので、それぞれ欲しいもの言ってください」

「石上、ジュース取りに行くのにカバンなんていらないから、座ってて」

 

 こうして彼らのテスト大戦が始まった。

 これは辛く、長く、そして誰もが経験する苦い思い出。

 手を痛めながら、頭を悩ませながら、自身の欲望に打ち勝ち、そして結果を手にする。

 そんな青春の一ページである。

 

 

 

 

 

*結果*

3年生

寺島先輩  187位→140位

2年生

四条眞妃  3位→2位(かぐやと同列)

大仏たいき 192位(最下位)→173位

1年生

伊井野ミコ 1位→1位

大仏こばち 180位→150位

石上優   197位→174位

 

全員赤点なし

 




すれ違う大仏たいきと四宮かぐや。
お互いの存在を認識し合うように二人は、今まで考えもしなかった感情が芽生え出す。
長年連れ添ってきた二人が抱いた感情は、恋愛か、それとも違う何かか。


次章 大仏たいきと四宮かぐや


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