大仏の兄は飄々としている   作:奈良の大仏

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お待たせしましたンゴぉ


四宮かぐやのお見舞い。②

「ここが四宮の別邸」

 

 想像していたより大きかったのか、御行はそう言ってかぐやの住まいを見上げる。

 俺としては見飽きた光景なので新鮮味はないのだが、まあ初見はそういう反応なのだろう。

 なんだか懐かしいような、懐かしくないような反応だ。

 

「な、なあ? お土産ほんとにこれで良かったのか?」

 

 御行はそう言って手に持っていた袋を俺にかざした。

 そこに入っているのは、ここに来るまでの道中で買ったゼリー飲料やらスポーツドリンク。

 俺は別に要らないと念を押したのだが、どうも行儀が良い御行は買わずにいられなかったらしい。

 不安になるのなら、最初から買わなければいいのに。

 

「いいよ、それで。そう言うのは値段じゃなくて御行の気持ちだろ?」

 

 映画のセリフでありそうなことをつらつらと並べながら俺は塀に飛び乗る。

 ふぅー。筋肉量が死ぬほど落ちてるから重労働だ。これだけで汗が吹き出してきた。

 やっぱり愛の言う通り、抜け道なんかを用意してもらったほうが良かったかも。

 

「てか、お前は何してるの?」

「ああ。言ってなかったっけ? 俺、四宮家から出禁くらってるんだ。だから一部の使用人に見つかると面倒くさいわけ」

「へぇ出禁ねー……って、はあ!?」

 

 出禁という単語がそんなにおかしかったのか、御行は思わず声を荒げる。

 

「何したんだ、お前!」

「いやー。昔よくかぐやを引っ掻き回してたら、あちらの親御さんに嫌われてしまってな」

「そんな軽いノリでいいのか!?」

 

 軽いも何も仕方ないだろう。

 かぐやを連れて山に行ったり、川に行ったり。さらには人の多い祭りなんかに連れ出していれば、そりゃー親御さんとしては俺をブロックする。

 親御さんの気持ちになってみれば、俺への対処など至極当然のことだ。

 

「あ、御行は正面からで良いらしいぞ。俺はこっちの侍女に少し用事があるから、先にかぐやへ会いにいってやれ。話はあらかじめ通してあるから」

「出禁くらってるのに、侍女に話は通せているのか……」

 

 御行は不思議そうにそう言いながら正面入り口の方へと歩き出していった。

 

「あー、御行ー。まだ話はあるんだ」

 

 俺がそう呼び止めると、御行は訝しげな顔をしながら俺の方へと振り返る。

 

「今度はなんだ」

「実は風邪を引いたかぐやについてなんだが……気をつけろよ」

「何を!!?」

 

 俺がそう言うと御行は勢いよく叫ぶ。

 

「弱っている時のかぐやはな、完全にアホなんだ。一見、起きているように見えても、実際はまだ夢の中みたいなもの。元気になったら病気の時の自分の行動さえ記憶にない」

「そんなご都合主義みたいな」

「ところがどっこい、これが真実なんだ。だから二人きりの密室で、相手が記憶に残らないし防音完璧だからと言って、変なことするんじゃないぞ?」

「いや、しないわ!!」

 

「全く心外だ!」と憤慨しながら、御行はとうとうそのまま去ってしまった。

 それを俺は眺めながら、はあと軽く息を吐く。

 さてと、俺もさっさと愛にプリントとか届けてしまおう。

 長居してたら、またなに言われるか分かったものじゃない。

 この前は元本家に勤めてた庭師の人に追いかけられたりしたっけ。

 俺はそう思いながら飛び乗った塀から別邸の庭へと着地する。

 体の芯に響くような衝撃が襲う中、持っている茶封筒だけは地面につかせまいと姿勢を整えた。

 さて、あとは電話して落ち合えばいいだろう。

 かぐやの方は少しの間、御行と二人きりにしておいた方がいいだろうし。

 ということで俺は早速、愛に電話をかけた。

 

『もしもし? 着いた?』

「おー、いつも通り裏から侵入したぞ」

『分かった。会長は違う人に任せてるから、私の部屋に来て』

「りょーかい」

 

 それだけのやりとりを交わし、俺はスマホの画面を暗くしてポケットにしまう。

 愛の部屋は小さい頃を含めて何度も訪れたことがあるので迷ったりしない。

 部屋の配置が変わったという情報も特に言ってなかったし、その点も大丈夫だろう。

 周りに人影らしきものも見えないので、そのまま堂々と歩いて行くことにした。

 歩いて数分もすれば、見慣れた部屋に辿り着いた。

 ここまで誰ともすれ違わなかったのは、もしかしたら愛が何か工作していてくれたからなのかもしれない。

 俺はドアノブに手をかけてそのまま開ける。

 扉から開閉音は聞こえない。きちんと手入れが行き届いているからだろうか。

 

「おっす。待たせた」

 

 そう軽く挨拶をすれば、これまた学園ではみることの無いメイド姿の愛が出迎えてくれる。

 昔はこの服装で遊んでいたこともあったか、いつしか彼女は私服を好むようになっていった。

 そのため、愛のメイド姿というのを見るのは俺としてもそう頻度が高くない。

 

「そんなに待ってないから大丈夫。かぐや様には?」

 

 俺が手渡した茶封筒を受け取りながら、愛はそう質問する。

 ここまでの道のりでかぐやの部屋の前は通ったが、まだ様子見はしていない。

 先に御行が部屋に入っているだろうし、ここで空気を壊すのは野暮だと思ったからだ。

 

「この後、会いに行くよ」

「そっか……それより少し聞きたいけど、かぐや様と何かあった?」

 

 愛の目つきが忽然と鋭くなった。

 ふむ、かぐやと何かあったか。

 記憶を漁ってみるが、特にこれといった情報は見当たらない。

 昨日までも普通に会話をしていたような気がするし、喧嘩などもしていない。

 最近、言い争ったのだとすれば眞妃との交際発覚の後くらいだろうか。

 

「別に何もないな」

「本当?」

「ホント、ホント」

 

 俺がそう言って両手をあげると、愛は観念したようにため息を吐く。

 

「……三日前くらいに、かぐや様が私に可笑しなことを言ってきたの」

「おかしなこと?」

「そう、それに関してたいきが何か変なことでも言ったんじゃないかって思って」

「全く身に覚えがないな」

 

 と言いながらも、思い出すのは三日前、心理テストとやらをかぐやとした日である。

 確かにあの時のかぐやは可笑しかったような気もする。

 けれど、それが俺と関連しているのかと聞かれれば、なんとも言えない事案であった。

 

「とりあえず、俺はかぐやに挨拶してくるわ。ついでに御行も回収して帰る」

「……うん、分かった。私は少し用事を済ませてからそっちに行くから、帰るときはLINEいれといて」

 

 愛はそう歯切れの悪い返事をすると、さっさと部屋から退出してしまった。

 部屋に取り残された俺も、その後を追うかのようにかぐやの部屋へと目指す。

 一応、御行には今の状態のかぐやについて話しているため、変なことにはなっていないだろうと思いながらも、少しは二人の関係が進展してたりするのかなと想像した。

 例えば、キスとかまでは言わないが、お互いの気持ちを吐露しあうくらいまではいってそうである。

 普段はA Tフィールド全開の二人でも、今のかぐやはロンギヌスの槍みたいなもの。

 きっと御行のA Tフィールドを無効化しているに違いない。

 

「まあ、でも御行も御行で強情だしなー」

 

 着いたかぐやの部屋の前で俺は乾いた笑みを浮かべながら、いつも通りの笑顔を維持する。

 友達がネクストステージに進むのが口惜しいと感じてしまうのは、仕方のないことなのだろう。

 この扉を開けば、きっとあの二人を祝福すべき光景が目に飛び込んでくる。

 初等部からの長い付き合いの女友達が、大人の階段を一歩登るその瞬間。

 それがきっと、この一枚の木製扉を隔てて存在するのだ。

 俺は意を決して、その扉をゆっくり開いた。

 

「入るぞー」

「あっ」

 

 まず飛び込んできたのはそんな阿呆な声。

 次に見えるのは、なぜか御行と同衾しているかぐやの寝顔。

 最後に……

 

「なにしてんの?」

「これ、これは違っ!!」

 

 かぐやの唇にそっと触れている御行の姿であった。

 

「ふーーーん、何もしないって言ってたのでは?」

 

 俺はニコニコとした顔で、絶賛、顔面が蒼白な御行に言葉を放つ。

 これはこれは、思ったよりも進んでしまっていたらしい。

 少しばかり入るタイミングを考えてやるべきだったか。

 

「う、うわああああああああああああああ!!!! 違う、違うんだああああ!!」

 

 そう叫ぶと御行はかぐやの部屋から脱兎の如く逃げ去ってしまった。

 少々からかいすぎただろうか。

 いやでも、女の子の唇に同衾しながら触れているというのは、誰がどう見てもセクハラである。

 これくらいの弄り方をしても問題あるまい。

 

「あれ? かいちょう?」

 

 と、そこで御行の叫びに反応したせいか、かぐやが起きてしまった。

 相変わらず、風邪を引いている時のかぐやはフワフワしている。

 言葉にいつもの覇気が感じられない。

 

「よっす、かぐや。体調はどうだ」

 

 俺は膝を折って、寝転んでいるかぐやと同じ高さの視線で挨拶した。

 かぐやも俺の顔を見て、「あー、■■■だー」とご満悦な表情を浮かべている。

 名前の呼び方が昔に戻っているところを見ると、まだまだ夢の中だな。

 

「かぐや、俺はたいきだぞ。人の名前を簡単に間違えるな」

「あれ? そうだっけ? そうだったかも……じゃあ、なんでたいきはここにいるの?」

「見舞いだ、見舞い。あと学校から頼まれてプリントを持ってきてた」

「へーわたしにあいたかったんだ」

「まあ、間違ってはないな」

 

 少しだけ成り立っていない会話に修正を加えることもなく、俺はかぐやの頭に手の甲を当てる。

 熱は思ったよりも高いわけではなさそうだ。

 これなら一晩すれば体調も回復し、明日にでも登校してくるだろう。

 

「んじゃ、俺は帰るわ。御行も行っちまったし」

「えー」

「えー、じゃないよ。俺は減量中のせいで免疫力ごみだから、すぐにお前の風邪とかもらっちまう」

 

 俺がそう言いながらいつもの癖で人差し指を立てるも、彼女は不満そうに目尻をわずかばかり上げる。

 

「ひさしぶりにきたのに、もうかえるなんてやだー」

「明日どうせ会えるだろ」

「たいきはわたしといたくないの?」

「いたいよ、そりゃ。でも今は病人だろ」

「なら、いてー。かえっちゃだめー」

「ワガママ言うな」

 

 俺はそうやって服の袖を握るかぐやの手を優しく解いてやると、さっと立ち上がる。

 ここまで甘えん坊だと、あまり強気に出れないので困る。

 

「ねえ、たいき」

 

 立ち上がった俺に、瞳を潤ませながら口を開くかぐや。

 昔から弱ったときは決まってこう言う風におねだりを繰り返しされた。

 もしかしたら、今からそのおねだりをされるかもしれない。

 例えば、花火をしようとか。

 

「なんだ? お願い事ならあんまり聞かないぞ」

「べつにおねだりじゃないもん」

「じゃあ、なんだ」

 

 おねだりじゃないのなら、一体なにで呼び止められたのだろうか。

 俺は手招きするかぐやに合わせて再び膝を折る。

 彼女はそれを楽しげに見ると、ボソボソとした声で俺にこう告げた。

 

「たいきは、わたしとけっこんしたい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ??」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 思わず俺の口から素っ頓狂な声が漏れる。

 何を言い出すかと思えば、「私と結婚したい?」だって?

 どういう意味で言ってるんだ? お前の好きな人は御行じゃなかったのか?

 それともこれはからかっているだけで、ただの戯言だったりするのだろうか。

 いや、今のかぐやに人を意図的にからかうだけの思考能力は皆無のはずだ。

 しかし、それでも、もしかしたら何かの間違いの可能性がある。

 そう、この一見裏を返せば「私と結婚する?」みたいなセリフには、裏の裏があるかもしれない。いやそれはただの表だろ。

 

「あのな、かぐやさん言っている意味が———

「わたしもたいきのことはすきだよ。はなれたくない」

「……そ、そうか」

 

 かぐやの目から溢れる涙。それが何を意味しているのか俺にはさっぱり分からない。

 ただ俺は自分で「そうか」と言っておきながら、自身のそのセリフが信じられなかった。

 だってそうだろう。

 いま返すべきなのは「お前が本当に好きなのはみゆきのはずだ」と言う言葉である。

 そこで反論をするべきであっても、決して同調するべきではない場面だ。

 それなのに俺は「そうか」とたった一言のみをかぐやに放ってしまった。

 

「かぐや、俺は……」

 

 期待。不安。歓喜。哀愁。

 色々な感情の言葉が頭に浮かんでは消えていく。

 俺がいま胸中で抱えているこの気持ちは一体なんと言葉で表せばいいのだろう。

 どれだけ言葉を重ねても、一生、解が見つけられなさそうな感覚。

 それなのに目の前で寝ている彼女は、ゆったりと幻想的にこちらを見つめ返してくる。

 

 ああ、綺麗だ……。

 

 昔、初めて彼女を見て浮かべた印象。

 俺はそれをただ脳内で再生することしか出来なかった。




まあ、原作勢からすれば分かってた謎々ですね。
大仏たいきの過去や闇については色々用意しております。
まあ、早坂ルートに決まっているので回収するのは一部になるでしょうが。
実はルート別に開示する過去が変わっていたのですね、はい。

さて、この二人はこれからどうなることやら(早坂ルート言ってる時点であれだけど)

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