大仏の兄は飄々としている 作:奈良の大仏
早坂との関係性どうするかめっちゃ悩んだ
〇〇様
貴方は美しい。
かつての何者も寄せ付けず、孤高で、まるで氷のようだった貴方という存在に、私の心の全ては奪われた。
だが、今の貴方もまた美しい。
まるで春乃雪解けのような貴方を通して、私は世界の優しさと美しさを垣間見た。
しかし、その美しさも永遠にはない———……
……———私と共に永遠の存在になるのです、か」
彼はそう言うと、読み終えた私の偽造ラブレターを綺麗に二つ折りにした。
そして目でも疲れたのか、普段よりも大袈裟に目頭を揉むと、ふっと息を漏らす。
「早坂。これはキモい」
「だよね〜、私もそう思うし☆」
そうやって、たいきの目の前に
確かに彼の言う通り、例え私がこれを貰ったとしても嬉しくないだろう。
逆にこんなもの渡されて、誰が喜ぶのかと心の底から問いたくなるレベル。
もしこの場に彼以外の人間がいたならば卒倒していたかもしれない。
しかしこれらも主人のことを思うが故の恥辱。
ラブレターなんて書いたことない私からすれば、偽造ラブレターを作成する際、どうしても男の人の意見が必要になる。
何しろ、嘘丸見えのラブレターなど作る意味がないのだから。
かぐや様のことだ。
どうせ偽造ラブレターでも送れば、これを餌に会長の本心を引き出そうとするに違いない。
「じゃ〜あ〜、大仏くんはこれをどーしたら良くできると思うし?」
思わずブラックコーヒーでも飲みたくなるような甘ったるい声色で私は尋ねてみる。
「普通にオーソドックスな感じで書けばよくね」
「とゆーとー?」
「感謝メインで伝えるとか、だな。俺もラブレターとか書かないから、勝手は分からないけど」
そう言いつつも、用意していた手紙用の紙を一枚手に取り、上からボールペンを走らせる。
具体的にどのように書くのか、実際に書いてみせてくれるのだろう。
まあ、ここまでは予想通りの動きなので私はそれに対して何も言わずに会話を続けた。
「ラブレターってむっずいよね〜」
「まあな。インターネットが普及した現代において、堅苦しい長文での文通とかほぼ息してないし。文面で恋愛するとしても、みんなLINEとかのリアルタイムチャット機能でのやりとりくらい。今時、ラブレターってのはスマホ持ってない小学生か、頑張って中学生くらいしかしないんじゃね? あとは、ラブレターは渡すけど告白は会って口で言うとか」
彼は口早にそう告げているにもかかわらず、目は一切手紙から逸さずに文字を書き続ける。
一糸乱れぬその動きは、彼の語彙力の高さが窺い知れた。
昔、マルチタスクは得意だと言っていたけど、やはりこういう事は器用だなと素直に思う。
「じゃあ、大仏くんはラブレター反対派〜?」
「別に反対派とまでは言わない。仕事の関係上、ファンレターとかも送られてくるし」
「あ、そっか〜。一応、芸能人だもんね〜ww」
「おい。馬鹿にしてんのか」
そう言って彼は手元にあったクリアファイルで軽く私の頭を叩いた。
「痛ー、こんなんで怒んなし」
「別に怒ってねーし。手加減はしたし」
ギャルモードの口調を真似さながらそう返す彼。
彼の言う通り、確かに叩くために使ったものがクリアファイルだったため、全然痛くはないが、それでも髪型は少し崩れた。
乙女の髪は命よりも大事っていうことを、彼は知らないのか。
私はギャルらしくぶーぶーと文句を言いながらも、前髪の調子を軽く直す。
「まあ、でも早坂みたいなギャルがラブレターしたためるってのは、ギャップがあっていいけどな」
「え、な〜に〜。もしかして大仏くん、私に書いて欲しいの〜?」
「なわけw」
「おいこら、沈めるぞ?」
「ごめんなさい」
いつもと同じ軽快なノリで会話を進めていくと、そこで彼の手が止まった。
どうやら少し言葉のニュアンスに困っているらしい。慣れないと言っていたし当然か。
私もラブレターを書いてて、「すごく難しいな、これ」と思ったくらいだ。
これからは世にいるラブレター経験者の人間たちを真剣に尊敬しよう。
「1番の問題はあれだな。参考がないってところだな。俺もラブレターはもらったことあるけど、どれも心にこなかったせいで、良い例が思いつかない」
「あー、それ分かる〜。ウチもラブレターはもらったことあるけど、なんか全部ビミョーって感じ〜。なーんか、そーゆー体験してる人ってチョー羨まし〜」
私はそう言って、ビル群に沈みかけている真っ赤な太陽を眺めた。
そもそも私たちのグループは世間一般的に見れば、陽キャに部類される。
そんな連中が一度も好意を向けられたことがない訳が無い。
すばるや三鈴も誰かしらに告白された経験を持ってるって言ってたし、それでも彼氏がいないのはそれぞれ何かしらの事情があるためだ。
私であればそれが仕事。
一応、目の前の彼も仕事柄、恋愛N Gだったりするのだが、そこは穴をついてうまくやっている。
閑話休題。
ただ、ラブレターをもらったことはあるにせよ、結局のところ本当に心へ響くラブレターというものを貰ったことがない。
そんなものを貰っていれば私も主人みたいに盛大に色恋青春ができているのだろう。
私だってこれでも高校2年生、年頃の女の子と呼ばれる多感な時期だ。
青春を謳歌したい。アオハルを満喫したい。学生生活を華々しくしたい。
未だ誰かを好きになったことのない私が、何を言ってるんだって話だけど、それでも心の根底にはそれがある。
まあ、それでも……。
まだ男友達がいるというのは、素直に感謝して良いのかもしれない。
「そう言えば〜、大仏くんって彼女作るとき誰かに告ったりしてんの〜? してるならそのときの言葉書けば良くない?」
「基本、告白は自分からはしないから無理だな」
「え〜、じゃあ今までどうやって付き合ってたし?」
「大抵は成り行き。相手に彼氏のフリして欲しいって頼まれたり、ストーカー予防のためだったり、あー、あとは男嫌いを克服したいって言われたのもあったな」
彼は指を折りながらそう数えると、あることに気がつく。
「って、”愛”なら俺の彼女事情知ってるだろ」
「まあね」
名前で呼ばれたので、私はギャルモードではなく通常の自分として、そう返事した。
意外と思われるかもしれないが、彼の彼女事情というのは案外簡単なものである。
(1)告白される(2)振る(3)なぜか友達に落ち着いてる
これが基本的に彼が行う告白を振る時の流れ。
では次に、彼に彼女ができるときのプロセスを紹介しよう。
(1)相談される(2)問題を解消しようとする(3)限定的に付き合う(4)別れる
なぜそうなるのか私としても分からないが、これが彼が誰かと付き合う時の流れ。
彼の攻略法はあまり知られていないが、その実、本当にシンプルだ。
とりあえず上記のように、付き合う際は何かしらの事情を話せばいい。
彼は恋愛結婚ならぬ、恋愛カップルは断固として拒否するが、擬似カップルは喜んで引き受ける性質である。
愛のない恋人関係になんの意味があるのか私には理解し難いが、まあ、彼と付き合った女性は概ね満足しているので、恋愛観は人それぞれということなのだろう。
私はそんな中途半端なことしたくないけど。
とにかく、彼女の人数が多いにも関わらず、未だに大きく拗れたことがないのはこれが起因している。
彼と付き合った子は、みんな彼と別れてからも円満な関係を続けているらしい。
また先ほど彼は仕事柄、恋愛NGなのに彼女が〜……と言ったが、これは恋愛じゃないとのことで見過ごされているから。
そういった点を踏まえれば、私も彼もまだ恋愛したことのない未熟児と言っても過言ではないのかもしれない。
「たいき、私も青春してみたい。かぐや様がうらやましい」
「すればいいじゃん」
「できない。好きな人がいないもん」
「お試しに誰かと付き合ってみれば? 案外、そこから芽生える恋もあるぜ」
「なに? もしかして今までの彼女で誰か本気で好きになった人でもいた?」
「いや、いないけど」
「じゃあ、その理論は成立しない」
「いやいや、俺とお前では感じ方違うだろーが」
「私がしたいのはそういう青春じゃないし」
誰かと恋バナなんてできないから、こうやって時々彼にぶちまける。
いつも一緒にいる彼女たちはもちろんのこと、こんなことはかぐや様にも言えないし。
それにこうすれば、いつも自然と心が軽くなる。やはり、悩みは誰かに言うのが一番効果的だ。
バッティングセンターも捨て難いけど……。
「よし”早坂”。確認よろ」
そうやって彼はいつの間にかラブレターを仕上げたらしく、それを渡してくる。
私がその紙を受け取りながら横目で廊下を盗み見れば、演劇部の女の子が歩いていた。
なるほど、だから「早坂」呼びに戻したのか……。
今日、彼は演劇部に用事があるって言ってたし、それの出迎えと言ったところだろう。
合点がいった私はすぐさまギャルモードへと戻し、適当に「はいほーい☆」と返事する。
いくら目の前の彼に擬態は不要と言えど、学校内で私の素性が知られるのはまだ厄介だ。
とりあえず彼に迎えも来ているので用事を手早く終わらせるため、彼の書いた偽造ラブレターを早速確認することにする。
「えーと、なになに〜」
紙へ意識を集中させてみれば、そこには相変わらず雑な文字が浮かんでいた。
もう少し綺麗に書けないのかと思ったりするが、まあラブレター作ってもらったのにそこまで図々しいことは言えない。
最悪、内容さえ良ければ私が清書して、あとはかぐや様の下駄箱に投函して終わり。
それを元に、主人にはどうぞお好きに生徒会室で恋愛頭脳戦でもなんでも繰り広げてもらおうと思う。
最近はデートまで行けたのだ。こうやって後方支援していれば、そろそろ決着が着くだろうし、夏休みにはもしかしたら生徒会カップルが誕生できているかもしれない。
そんなふうに内心で主人の恋路を策謀させながら、私は丁寧に段落分けされた文章を読み始める。
「〇〇さんへ
こんな手紙を急に送ってごめんなさい。
最近は季節も変わり目で体調を崩しやすいと聞きます。
〇〇さんは体調、お変わりありませんか?
〇〇さん、
僕という人間は昔から他人が好きになれませんでした。
周りからいくらちやほやされようが、どれだけ好意を寄せられようが、その心構えだけは変わらなかったのです。
でも、僕は〇〇さんを見て変われました。
貴方の心の強さ、気品の高さに、僕は心を奪われたのです。
こんな気持ちになったのは初めてのことでした。
〇〇さんからすれば、こんな気持ち迷惑だと思います。
それでも、僕は自分の気持ちに嘘をつきたくありません。
これは勝手な押し付けにしかなりません。
しかし、貴方が僕にチャンスをくれるというのならば、一度、お食事に行きませんか?
……———連絡待っています、か」
私はそう言うと、読み終えた彼の偽造ラブレターを綺麗に二つ折りにした。
そして目が疲れたため、普段よりも大袈裟に目頭を揉むと、ふっと息を漏らす。
「大仏くん……。ガチすぎてキモいし☆」
「だよねw」
彼はそう言うと、手元にあったクリアファイルで私の頭を叩いた。
「———……本日の報告は以上です」
早坂愛はそう言ってスマホの通話をボタンをおす。
主人の就寝後、自室に戻りいつも行う最後の仕事。
それが本家の人間に四宮かぐやの言動を事細かく報告する事であった。
「……」
それと同じく、もう1人本家へ報告しなければいけない人物がいる。
「……ごめんなさい」
四宮かぐやにできた初めての男友達であり、四宮かぐやを唆す害虫。
四宮家の教育に真っ向から反対し、幾度も幼少期時代、彼女を家から連れ出した四宮家のブラックリスト。
かぐやのお付きになってからの十数年間。
大仏たいきと友達になってからの数年間。
裏切るために築いたとも言えるそのありふれた日常は、彼女たちの笑顔を見るたび、
———早坂愛の心を蝕んでいた。