大仏の兄は飄々としている 作:奈良の大仏
A遊んでたからだよ
この話を書くのが一番手こずった。
昼休み。
それは学生・社会人を問わず人間誰しもが気を抜ける貴重な瞬間。
午前の疲れを吹き飛ばすべく、誰も彼もがその時間を有意義に過ごそうとする。
しかし、昼休みの過ごし方は十人十色。その過ごし方には人の個性が色濃く表れる。
オーソドックスなもので言えば昼食。邪道なものをあげるとすれば睡眠、読書、談話にゲームなど。
どのように時間を浪費するかはその人次第と言える。
そんな昼休みに2年A組のクラスではあることが起こっていた。
「たぁぁぁぁいぃぃぃぃきーぃぃぃぃ……」
あの貞子を彷彿させるほど乾き、震えた声。
悲哀と涙ぐましさに塗れたその声は、私の喉を通して2年A組内で一気に響いた。
奥の方で席に座る男 たいきがこちらに気付いたのが見える。
いつものヘラヘラとした笑顔が崩れかけている所を見ると、少し彼も焦っているらしい。
クラスの様子や呼んだ私の顔を見て、これから起こる事の顛末を察したのだろう。
だがそんな彼の様子など誰も知ったことではないのか、2年A組の教室は瞬く間に盛り上がった。
「えっ? あれって四条さん!?」
「B組の人が大仏くんになんの用だろ」
「あの2人って付き合ってたっけ?」
「いや、大仏は今フリーって言ってたろ」
「じゃあ、元カレ元カノ?」
さまざまな憶測が飛び交う教室内。
本当に高校生というのは何でも恋バナに繋げたがる生き物だからうんざりする。
学年3位の天才にして、四条グループの令嬢であるこの私が、そんなホイホイ誰かと付き合うわけがないっていうのに。
この私と付き合いたいなら、それこそ国の一つでも持ってこいって話よ。
誰が好き好んで知らない人のためにチャリティー活動なんてするもんか。
……まあ、たいきには一度彼氏のフリをしてもらったから、「元カレ」ってのはあながち間違いじゃないけど。
「ちょっと、たいき。聞こえてるでしょ。なんで返事しないのよ」
未だ返事をしないたいきに私は痺れを切らして、ズカズカと彼の座る席の前まで赴く。
当然、そんなことをすればA組の連中がざわめくわけで、
実際、「修羅場か? 修羅場なのか?」と一部の男子達は色めき立ち、残った男子どもは「おい誰か混ざってこいよ」と囃し立てていた。
人の不幸は蜜の味ならぬ、友達の修羅場は蜜の味っていうものなんでしょう。
私たち女子にはよく分からないノリだけど。
「あー……、少し考え事してた。で、B組の”四条さん”は俺に何の用だって?」
そうやってたいきは相変わらずの笑顔で返してきた。
物腰は柔らかめで、客観的に見ればどことなく紳士っぽい対応にも見える。
だが、それは普段の彼を知らない人間からすればである。
話すことも少なくない私の立場からすれば、彼のその異様な他人行儀さにイラッとする。
だって彼は、度を越したレベルでフレンドリーなのだ。
誰かとあえて距離を作ったりしない。誰かとあえて争ったりしない。
私が声を掛ければ「よっ、ツンデレ娘」などと軽口を毎度叩いてくる。
それなのに、今日は「四条さん」?
人を馬鹿にするのもほどほどにしなさいよね。
そう思ったので、とりあえずもう一度彼の座っている椅子を軽く蹴っといた。
「なにが”四条さん”よ。いつもみたいに”眞妃”って呼びなさい」
「……いや、いつもはツンデレ娘って呼んでるんだけど」
「あ”?」
「イエ。ナンデモアリマセン眞妃サマ」
「そう。それならいいのよ」
私がそう言うと、たいきの顔は一瞬だけ緩み、そして盛大にため息をついた。
ちらりと、どこか違うところに視線をやれば、すぐさま私の目を見て席を立ち上がる。
「ちょっと場所変えよう。ここじゃ話がこじれる」
「? まあ、私は最初からそのつもりだったからいいけど」
彼はそう言って、自然な流れで私の持っていた弁当箱を代わりに持つと、そのまま誰にも話かけず、少し急くような形で教室を後にした。
たいきにしては珍しい行動だと思う。
別に弁当箱を持ってくれたのが珍しいとかじゃない。
誰にも声をかけず、教室から颯爽と消えていくのが珍しいと思った。
彼ならば、その辺にいる友達に一言二言くらい声をかけてから教室を出そうなものだが。
それに、あんまり人間関係を拗らせない彼は、秀知院の生徒であれば、誰と一緒にいようと不思議に思われないキャラのはずだ。
だから私が突然、彼のところに訪問しても大きな問題にはならないと踏んでいた。
周りが騒ぎ立てるかもしれないが、それはただの内輪ノリである。
誰1人として本当に「おっ、良い情報手に入ったぜ、けへへ」とか思ってないだろう。
それなのに彼は、私と一緒にいると何か問題があると遠回しに言っていた。
「何をそんなに急いでんのよ……」
彼のいなくなった教室で私はそう独りごちる。
周りも彼がいなくなったことで飽きたのか、みんな思い思いに昼休みを過ごし始めていた。
しかし、そんな中でも何人かは未だに私を見続けている。
全く……。視線を浴びせるぐらいなら話しかけてくれば良いのに。
私は内心そう思いながらも、とりあえずそちらへ視線を一瞥だけくれてやり、さっさとたいきを追いかけるのだった。
§
「ひぐっ、ほんと。何よ壁ダァンって……。うっぐ、それまで良い感じに距離を詰めてたのに……ひぐっ、あれのせいで全部おじゃんよ!!」
私は学園の中にある「血溜沼」の側、彼と隣り合って弁当を食べながらそうやって泣いた。
なぜ私がたいきの横で泣いているのかと言うと、あれは遡ること二週間以上は前のことである。
私が前から気になっていた翼くんという男の子が、私の友達 渚と付き合いだした。
最初は「勢いで付き合っただけだろう」などと考え、2人の関係を軽んじていたが、しかし日が経つにつれ、あの2人の微妙な距離感も段々と密接なものに変わっていった。
と、言うのも先週、彼らは何を考えたのかボランティア部なるものを発足させ、2人で初めての共同作業をしてしまったのだ。
最初はあれだけ微妙そうな顔をしていた渚も、今では彼の良いところを私たちに広めてくる始末。
あんなのマーキングじゃない!
他の女が寄り付かないように自分と翼くんが付き合ってるアピールしてるだけでしょ!
ああ……ホント、友情なんて人を苦しめるだけの物なんだわ……。
「付き合いだしたもんは仕方ないけど、まあ、辛いよな」
彼はそう言って、私の弁当箱に入ってあったおかずを箸で取り、そのまま口に放り込んだ。
気楽そうに見えるこいつが今はとても恨めしい。
それなのに何故、私はこのような男に自身の恋愛話を持ち込んだのかというと、こういう話を彼は率直に聞いてくれそうだったからである。
弟に「姉貴って彼氏いないんだなw」とか言われた去年のクリスマスだってそうだ。
腹が立ったので、たいきに春休み中、彼氏のフリをしてもらっていたのもそれが理由だったりする。
まあ彼に恋愛相談をしている理由の一つに、そう言った経緯があったからというのもあるのだが、今はそういう話と関係ない。
「でもたいきは失恋なんてしたことないんでしょ。どうせ私はあんたみたいに男女関係うまくいかないわよ」
「そんな事ねーって。眞妃は優しくて美人な良い女だと思うぞ」
「あんた、それ本気で言ってて恥ずかしくないの?」
「本心だからな」
「っ、急に差し込んでくるな、ばか……」
「いや、それお前な。かわいいかよ」
たいきはそれだけを言うと、私の頭を優しく撫でる。
子供扱いされているみたいで腹立たしいが、これはこれで悪くないので放っておこう。
別に誰かに撫でられていたいとか、弱っている時に優しくされると嬉しいからとかでは断じてない。
私はちょろい女じゃないのだから。
「それにしても友情と恋愛ねー。中々難しい話だが、ツンデレ娘はこれからどうしたいの?」
彼からそう問われると私はどのように返答しようか悩み、言葉を喉に詰まらせる。
どのようにしたいのか。
自問してみるがすぐには答えが出ない。
渚から翼くんを奪い取りたい?
それは違う。そんなはしたない真似、四条家の人間ができるわけがない。
なら、このまま静観するのか?
それもしたくない。今だって時々彼女達のイチャつきを見て死にたくなるし、心が極端に摩耗しているのが分かる。
多分、このまま見てたら私は堕天使になってしまう。
それはもう、さながら魔王ルシファーのように生まれ変わることだろう。
だったら……。
「どっちも諦めるしかないのかもしれないわ、友達も恋愛も。どっちか片方を選ぶなんて私にはできないんだから」
そう、きっとそれが正しい選択なのだ。
友情も恋愛も人間にとっては大事なものである。
どちらかを天秤にかけられたとき、人はその選択を放棄するのが一番の最善なのかもしれない。
私だってできる事ならどちらも手に入れたい。
両方を愛で、両方を育みたい。
けれど、四条家の人間だろうが、四宮家の人間だろうが、過去を変えることはできないのだ。
いくら願ったところで、人の力など自然の摂理には敵わないのだから。
「別に全てが終わったわけでもないだろ」
彼は少し不機嫌そうに呟く。
「終わったのよ。今更何かできることもない。私があんたに話をしにきたのだって、自分の感情を整理するため。結局は変なプライドなんか持って、翼くんに告白しなかった私の落ち度なんだから」
そう言って私は静かに空を見上げる。
詰まるところ私は、彼に解決策を模索して欲しいのではなく、ただ気持ちの整理をさせてほしかっただけなのだ。
こうして彼と話すことで、今まで溜め込んできた負の感情を発散することができるから。
楽になりたい。早くこんな感情捨ててしまいたい。
そのような逃避行が私を駆り立てていたに過ぎない。
だからこの溢れ落ちる涙も今日でお別れだ。
大丈夫、心の傷は時間が解決してくれるとよく聞く。
新しい恋を見つけ、新しい友情を見つれば全てが元通りになるはずだ。
大丈夫、大丈夫。苦しいのはきっと今だけなんだから。
すると、隣に座っているたいきがいきなり立ち上がり、上を向いていた私の顔を覗き込むようにして視界を塞いだ。
「お前と渚さんが長い間友達なのは知ってる。けどさ、その程度で壊れる友情なんて、四条家の人間が築いていたりするのか?」
「……」
私は首を横に振って答える。そんなの違うに決まっているから。
私だって学校の交友関係の大事さは理解している。
おば様ほど顕著じゃないにしても、それなりに人付き合いは精査してきたつもりだ。
だから、渚と友達になったのは彼女が信頼に値する人間だと思ったからである。
こんなつんけんした私にも笑顔で話しかけてくれて、嫌わないで友達でいてくれるからである。
そんな彼女の善良な部分に、私は心底惚れ込んでいるのだと胸を張って言える。
「だったら大丈夫。正々堂々と勝負すればいい。辛くて苦しいけれど、その上で戦えばいい。何もしないで降参するほど俺の知っている”四条眞妃は弱くない”」
「———っ」
彼は私にそう告げると、にっこりと太陽のような笑顔を浮かべた。
何の確証も持っていないくせに、何も保証なんてしないくせに、やたら自身ありげなその表情に、私は心のどこかで理解する。
ああ、きっとこれがこいつの良いところなんだろうなって。
自分ですら見えていないようなところを平然と指摘してくるその姿勢に、誰も言ってくれない、誰も見ていないようなところに気がついてくれるその洞察力に、私はただただ感謝する。
あの氷のようなおば様が唯一男友達として認め、接し続けた理由も納得だ。
彼女もきっと、彼のこういうところが眩しかったのかもしれない。
「……簡単に言ってくれるわね。もし無理だったらどうしてくれるのよ」
「そんときはそんときだろ。大丈夫、男の数なんて腐るほどいるから、いつでも鞍替えすればいい」
「さっきと言ってたこと逆じゃない」
「誰も勝てるとは言ってないだろ。ただ勝負する前に逃げるなと言っただけ」
「屁理屈め。まあいいわ。確かにたいきの言う通りだし」
私はそう言って弁当から一つ適当なおかずを箸でとり、そのまま覗き込む彼の口元へそれを運んだ。
これはほんの少しの感謝の気持ち
私をやる気にさせた太陽への、ささやかな復讐である。
「だから、もしダメだったときはあんたが責任とってね」
そう言って私は涙を拭き取って笑うのだった。
そんな光景を誰かに見られているとも知らずに。