大仏の兄は飄々としている 作:奈良の大仏
衣替えの季節。それは学校であれば大抵6月の初旬に行われるものである。
ここ秀知院学園でも、その例に漏れずみんなが半袖の制服にシフトチェンジを始めていた。
しかし制服が変われば、当然それにあやかって制服を着崩す者も現れる。
夏のカラッとした暑さとは違い、この時期はジメジメとした蒸し暑さが酷い時期だ。
いくら空調設備が万全な秀知院といえど、人によっては露出を増やしたい、ボタンを締めるのが気だるい、襟なんていらなくね? と思う輩は一定数現れるのである。
となれば、そんなだらしない生徒を取り締まるため、”彼女”の出番が増えるのは極々普通のことでは無いだろうか。
そう風紀委員にして、ルールの申し子。伊井野ミコのことである。
「お兄さん、すみません。見回りを手伝ってもらって」
「かまわんよー。こばちが今日は予定あったから代わりに俺がミコをボーディガードしてるだけだし」
俺はそう言って隣に並び立っているちっこい妹分を甘やかしてやる。
いつもであれば、こういう過保護っぽいことは妹のこばちの仕事なのだが、今日はそのこばちが用事のため、代わりに俺が一緒に見回りを行っていた。
まあ、本当は傘忘れたから雨止むの待ってるだけなんですけどね。
「で、どこ回るんだっけ」
「えーと、今日は雨ですので校舎を左回りで巡回します」
「了解。じゃあさっさと行こうか」
俺はそう言ってミコに歩幅を合わせなが歩いて行く。
彼女と俺の体格差がかなりあるせいで、こじんまりと歩かなければミコが早足になってしまうためだ。
ミコもそれは分かっているのか、できる限り迷惑をかけないように少し歩くスピードを上げていた。別に上げなくても良いのに。
「あ、そう言えば、この前のバラエティー面白かったですよ」
ミコはそう思い出したように言う。
「んーまあ、芸人の先輩方のフォローも上手かったからね」
「そんなことないですよ。お兄さんもきちんとコメントとかネタ振れてましたし」
「ははは、真面目なミコが言うなら間違いないな」
実際のところ、自分でうまくやれていたのかどうかなんてのは十全にわかったりしない。
主観的に見てダメだったとしても、客観的に成功していたと言われれば、それは成功なのだろう。
だから俺はミコの褒め言葉をすんなり受け止めることにした。
「お兄さんは忙しくて大変そうです」
「そうでもないさ。高1の時に比べれば大分落ち着いてくれたし」
「本当ですか? 無理していませんか?」
「ほんと、ほんと」
そう言って元気な証拠を見せるため、腕の力こぶを見せつける。
現在は絶賛、減量中だったりするため、普段よりかは筋肉がついていないけど。
「また映画見に行きたいです、一緒に。私も息抜きしたいので」
「あー。じゃあ、映画館じゃ無いけど、またTSUTAYAで映画でも借りて見る?」
「はい!」
そんな他愛もない話を繰り広げながら回ること20分くらい。
放課後に生徒が残っていることなんてあんまり無いから、誰かと遭遇することもなかった。
文化部の部室があるところなんか回れば、結構人がいたりするのだろうけど、部活の邪魔をしないでという苦情が来てからは、風紀委員も強気でいけなくなったらしい。
かと言って、一切見回りをしないで良いのかと言えばそうでもない。
ここ秀知院学園はその特色上、必ずと言っていいほど小さな火種がいくつもある。
四宮や四条のように家柄的に仲が悪いもの、親がヤクザや警視総監といった理由で仕事柄相容れないものなど、例をあげればキリがない。
風紀委員はそういった揉め事の仲裁も仕事のうちとしている。
こういった部分は、秀知院学園がより良い学校生活を、生徒に送らせるための防衛機構と言えるだろう。
「で、お兄さんに勧められた雑誌をこの前買ったんですけど……ん? あれって」
途中、何かに気付いたのかミコはそういって会話を打ち止めにする。
俺も何か目の前にいるのかと思い、隣にいるミコから正面の曲がり角へと視線を変えた。
するとそこには、ちょうど曲がり角を曲がる愛の姿が見える。
愛は風紀委員で要注意人物として挙げられている1人だ。
短すぎるスカートに、禁止のネイル、さらには付け襟を教室以外で外しているなど、校則という一側面から見れば、彼女はかなり不良な部類に入ったりしている。
そんな彼女がなぜいまだに平気な顔で校則を破り続けているのか。
それは簡単な話、愛は決して尻尾をつかまさないのだ。風紀委員にも教師にも。
「ちょっと待ってください……!」
律儀に廊下を走らず追いかけるミコ。
多分、曲がり角で見失った時点で俺たちの敗北は決してるのだが、それは言わないでおく。
俺とミコが愛を追いかけて、ばっと曲がり角を曲がってみれば、案の定そこには制服を整え直した愛の姿があった。
中等部時代から何も変わってないよ、この流れ。
「あ、女たらしの大仏くんじゃーん。今日はその小さい子を毒牙にかけてんの〜?☆」
「今、俺は絶賛お前の毒牙にかかったけどな」
いつも通りの緩々な笑顔とは別に、愛の目には俺を射殺さんとばかりに力が入っている。
なんでコイツ、こんなに不機嫌なんだ。
「早坂先輩。付け襟をつけてください」
しかし、そんな愛の機嫌なんか知ったこっちゃねーぞと、ミコは指摘する。
流石は風紀委員のエース。校則違反者には容赦がない。
こりゃー、優も苦手意識を持ってしまうわな。
「ジメジメしてて暑いから嫌だし〜。それとも風紀委員ちゃんは私に熱中症になれって言うの?」
「なっ……、こんな気温で熱中症になるわけないでしょ。それにみんな付け襟は装着しています。早坂先輩だけ駄々をこねないでください」
「駄々じゃないし。それに冬でも熱中症になったりするの知らないの?」
「知ってますよ! でも大抵は水分を取らないことからくる脱水症状です! それに、そういった意見を考慮して教室内であれば上着を脱ぐことと、付け襟などを外してラフな格好になることを許しています! 廊下を歩く時や登下校の時くらいなどは我慢してください!」
愛にしては珍しく反抗的なその態度に、ミコの怒りのボルテージが上がっている。
まあ、基本的に付け襟はつけなくちゃいけないのだが、別にそこまで厳しくなくても良いんじゃね? と言うのが今の学校の風潮であったりするのは間違いない。
そのため、付け襟やネクタイ不着用、染髪なんかに文句言う教師陣が少ないのが現状だ。
それが原因でモラルの低下、秀知院のブランド力が下降の一途を辿っていたりするのは、これはまた別の機会にでも話そう。
兎にも角にも、今はこの2人が言い争いをするのをなんとかしておけばいい。
なんだって、そろそろ雨上がりそうだし。
「まあ、ミコ落ち着け。付け襟を今早坂が持っているように見えないし、ここは厳重注意だけで十分だろ。あとは担任の先生に任せるべきだ。取り締まりはするけど、生徒指導は風紀委員の管轄外だし」
「ですが……」
沸騰寸前だったミコを落ち着かせながらこの場を収める。
厄介事はあんまり好きじゃないし、この2人を放っておけばいつまでも口論が続けそうだ。
廊下で言い争う女子2人など目も当てられない。
しかも、どっちも俺の知人である。
「はあ、なら明日また早坂を見にうちに来い。ついでに昼飯でも食べにこいよ」
「え? 良いんですか」
「後輩が混じって嫌な顔する奴いないから気にしなくていい。あいつらノリで生きてるし」
特に俺の友達であれば誰も彼もが陽気な連中だ。
きっとこの真面目で堅苦しい美人なミコも可愛がってもらえるだろう。
それにどうせこばちも一緒に来そうだしな。
あいつなら俺の友達ともかなり面識あるし、会話に困ったりはしないだろう。
「じゃあ、そういうことで早坂。明日はきちんと付け襟つけてこいよ」
「……して」
「あ?」
愛がそうぽそりと何かをつぶやく。
あ、なんだろこの既視感。どこかでこれと一緒の場面に出くわした気がするのだが思い出せない。
「……どうして、この子の肩だけ持って、私の肩は持ってくれないの!!」
あ、これかぐやの時と一緒のパターンだ。
俺はそう思い乾いた笑みを漏らす。
「ははは、めんどくさ」
素直に俺はそう言って、ミコを連れて見回りを続行するのであった。
愛は良い子なので放っておいても、そのうち機嫌直すだろうし大丈夫だ。
それに、もうすぐ雨が上がる。
さっさと帰って、そのまま収録に行こう。
うん。これは決して現実逃避なんかじゃないんだからね。