善良なる地球市民を自負するサワユキ・ドウナイは怒り心頭に発していた。爽やかな朝に惰眠を貪っていた彼は、突然自らが有する当然の権利を侵害されたのだ。
「連邦憲章の侵害だァーーッ! 官憲の横暴だァーーッッ!!」
「こらっ! 暴れるんじゃない」
力を振り絞り抵抗するも、パワードスーツを身にまとった屈強な連邦警察に敵うべくもなかった。
「ふざけるなっ! いったい何の権利で僕をこの家から引き離す!! ここは僕の家だぞっ!!」
「説明しただろう! もう一度言うからよく聞け! 『サワユキ・ドウナイは地球市民権を喪失し名誉ある宇宙移民に選ばれるも期日までに出頭せず。故に強制代執行を実行す』以上だ! さぁ来い!」
「母さーーーん!! 愛しい息子が悪吏に連れ去られようとしていますよぉぉぉーーーっ!! 助けろぉっ」
今まさに車へ乗せられようとする息子の叫びに応えたのか、家のドアが開く。
「皆さん、お手間をおかけしますがよろしく」
サワユキの母は息子に一瞥もくれず冷めた顔で強制執行員に声をかけた。それに敬礼で応えると、連邦警察はサワユキを車に押し込んだ後に乗り込み、駆けていったのであった。
「断固として抗議する! これは明らかに連邦憲章に違反する行為だ! 謝罪と賠償も要求するからな! 覚えておけ! 貴様の官姓名を名乗れ!!」
タネガシマ宇宙空港・宇宙移民打上待機宿泊施設・面談室
ここでサワユキ・ドウナイは吠えていた。
「まず落ち着きましょう、サワユキさん・・・・・・あまり騒いでは御自身の利益には結びつきません」
対面には、しっかりとスーツを着こなした紳士が座っている。
「これが落ち着いていらいでか!! 何もやましいところはないこの僕が、こんな不当な目に遭うなんて・・・・・・! 早く名乗れよ!!」
「わかりました。ただし卓は叩かないで、お茶が零れます。どうぞ一杯、あなたのために淹れたお茶です」
「ふんっ・・・・・・こんな安っ葉など・・・・・・ウマい!」
「でしょう。わざわざシズオカから取り寄せたファーストフラッシュのものですから」
「ふむ・・・・・・なかなか話のわかる人間みたいじゃないか」
「光栄です。では改めて自己紹介を。私は連邦政府宇宙移民省西太平洋局長のウコン・ヘラギと申します」
「局長・・・・・・なんだか偉そうだなぁ」
「いえいえ・・・・・・一応申し上げますと、このセンターの責任者でもあります。この面談はいつも下の者にやらせているのですが、サワユキさんがお越しと伺い私が参りました」
「ふむふむ・・・・・・そりゃ、ちょっと手間をかけさせたのかな」
「とんでもありません。サワユキさんのお父上は連邦軍の将官でいらっしゃいますし、お母様も高名な技術将校でいらっしゃる。なによりサワユキさんご自身の令名もかねがね伺っておりますよ」
「ハッハッハ・・・・・・まぁ、大したことはないよ」
「ご謙遜を。サワユキさんのような未来ある有望な青年にこそ、この宇宙移民が相応しいと、我々宇宙移民省は考えているのです」
「うん・・・・・・しかしだよ、僕は宇宙はやだなぁ。コロニーなんて戦争でも起きればすぐ壊されてしまうだろうし、それに空気税だのなんだのかかって、悪い噂しか聞かないもの」
「失礼ですが、それは全くの誤解なんですよサワユキさん。まず、戦争なんてものは起きません。全人類は連邦政府の下に統一されています。なのに誰と戦うんです?SFに出てくる宇宙人とですか?まったくナンセンスです。それに何かあればすぐお父上のような勇ましい連邦軍の大艦隊が守りに来てくれますよ。
あとは・・・・・・そうそう、空気税でしたね! それも笑い話に過ぎませんよ。いわゆるスペースジョークというやつです。そもそも地球市民の皆さんには現在地球環境保全税や宇宙移民連帯税なんて酷い税金ばっかりかかってます。それに比べて、宇宙移民は全く優遇されているんですよ。節税対策に宇宙へ引っ越したがる富裕層の方も大勢いらっしゃいますし。つまり空気税なんてないんです! まぁ呼吸税はありますがこれは些細な額です。おまとめして申し上げるとサワユキさん、あなたは誰もが羨む宇宙移民に選ばれた・・・・・・選ばれたんですよ!」
サワユキが退出した後、面談室ではウコンが冷えたお茶を啜っていた。そこにノックの後、強制執行員が入ってくる。
「お疲れでした、ウコンさん」
「いえ、大したことはないですよ」
「さっきあの男と通りすがったら肩を叩かれましたよ。えらくご機嫌の様子で、車内で暴れていたとは思えないほどに」
「それはよかった」
「いったいどうやったのか教えてもらえませんか?」不思議そうに尋ねる強制執行員に、ウコンは一部始終を話してやった。
「アッハハハ。それは、うまくやりましたねぇ。あいつ、俺の車内より暴れてコロニーもぶっ壊してしまいそうだ!」
「すべては後の祭りです。最後の民主主義的手続は終わったんですから」
サワユキの宇宙移民契約書のサインを眺めて、ウコンは言った。
もちろん、ウコンがサワユキに言った事はすべて嘘である。サワユキの両親のことを除いては。それ以外、ウコンの職はただの移民事業の説明担当だし、茶葉は食料工場産で、宇宙移民は過酷な待遇である。
「しかし、あいつニートのくせに親はご立派ですなぁ」
「だからこそ、その社会的地位に関わらず未だ地球に留まれたのでしょうね」
ウコンはお茶を飲み干すと静かに立ち上がり、部屋を去った。
翌日
タネガシマ宇宙空港
「万歳! 万歳! 宇宙移民万歳! 地球連邦政府万歳!」
地球連邦政府の小旗の波が揺れる中、荘厳な連邦歌の後に勇壮な宇宙移民行進曲が流れている。その華やかなムードに送られて、移民者達は続々とシャトルへ乗り込んでいく。
サワユキは契約書にサインした後、そのまま個室で一夜を明かした。着の身着のままでやってきたので荷物の整理をする事もなく、連絡先も薄情な家族しかなかったのでやることがなかった。孤独感に苛まれそうになったが、ウコンが語る新天地での夢のような生活に対する期待と、「最高級のニホンシュです」と彼から贈られた餞別の酒を飲んですっかり寝たのである。
朝になると前日あれほど居丈高だった強制執行員が優しく声をかけてきて、さし当たり必要な日用品としてトランクを一つ渡してきた後、空港前広場に並ぶようメッセージを伝えた。
広場へ向かうと近隣の女学校生徒達が口々におめでとうございますと声をかけてきてサワユキは照れたのであった。
そして式典が始まり、ハーメルンの笛吹男に連れられる子供たちのように、サワユキはまるで操られるようにシャトルへ搭乗した。