おやすみラッピー   作:錫箱

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第三話:コールド・キュリオシティ

「失礼する。ここか? 陽の当たらん場所で夏の休暇を過ごそうという好き者の集まりは。妾も加えてもら──おい、ラップランドよ。なんだその顔は」

「おっと。敬意の現れですよ、先生。それよりラップランドというのは?」

「ちょうど今のお主のような、他人を舐め腐ったような顔をして二刀を携えたまま艦内をうろついている曲者のことをそう呼ぶのだろうよ。わかったら舌をしまえ舌を」

 

 

 第三話:コールド・キュリオシティ

 

 

 

 ビーカーでコーヒーを飲む人類を見たことがあるかい? 

 ボクの目の前にいるのは、つまりそういう連中だ。良いも悪いもないけれど。

 憤慨していても仕方ないし先を急ごう。

 結局ビーカーから液体を飲んでいるのは、長い白髪とそれよりもなお白く透き通る肌、紅い宝石のような瞳色が特徴の──

 

「ふぅ。なかなか──珍しい豆を使っていると見たが、かつてサルゴンを訪れた折に賞味したものと少々似通っている。違うか? これでも妾はそれなりに味蕾と嗅覚細胞の働きに自信があるのだが」

 

 そう、医療部のろくでなしを束ねるお局様、大抵の戦闘オペレーターにも敬愛されているワルファリン医師だ。なんだって悪い予感とか、(冗談めかしたはずの)最悪を予想する言葉には確固たる影が付きまとうんだろう。ボクはこれから始まる愉快なバカンスの行く手にブリザードの気配すら察知した。

 だってワルファリン医師だろう? 

 

 一方でメイヤーは心底楽しそうにこの吸血性怪異生物と会話していた。

 

「あ、これはね、確かにサルゴン原産のものを使ってはいるんだけど。食品開発部から試供されたインスタント顆粒のサンプルに私が調整を加えたアプデ品なんだ。廉価な化学調味料をいくつかちょーっとだけ足して、いわゆる雑味を抑えつつも重量あたりの材料費自体はオリジナルより浮いてるっていうイイモンなの」

「メイヤーちゃん、それを元の食品開発部に持っていってプレゼンして、向こうの主任にだいぶキレられてたよねー」

 

 部屋の隅にある例のジャンクパーツ山の前で屈み込んでいるマゼランが茶々を入れた。だー! と小さく叫ぶメイヤー。

 

「そーなんだよね。中枢の管理オペレーターにはすっごく好評だったんだけど、結局量産ラインには載せてもらえなくってさ」

「……まぁ彼奴の心持も分からんではないがな。既存のものより安価ならば、これを戦時糧食のオプションに加えても良いくらいには出来た味なだけに、惜しいものだ。妾、これまあまあ好きぞ」

「ドクターに口利きしてもらえないかなあ。ちょっと飲んでもらってから」

「アレは駄目だ。高級品ばかりサーブされて、それを唯一の美味だと勘違いしておる」

「資本家~」

 

 我らがドクターに関する自由な言論を聞き流しつつ、ボクはその場を離れてマゼランの元へ向かった。ミーティングとやらがいつ始まるのか、はたまたこのグダっとした空間が既にミーティングを指しているのかは分からないが、ともかく時間潰しの他にやることもない。

 

「失礼……何をしてるのかな?」

「あ、下手人さん」

「ラップ・ザ・リッパーと呼んでくれ。メイヤー博士はボクが始末した……それで?」

「あわわ、紋切り……ふふ、これね、空撮ドローン」

 

 しゃがんでガラクタを物色しているマゼランの肩越しに、回転翼のような板が数枚付いた、長さ二十センチほどの銀色の円筒機械が床に転がっているのが見えた。

 

「今回、工業でご飯食べてた村に行くわけでしょ? 屋内の、しかも入り組んでたりヒトの通行を想定してない空間を調査する必要がありそうだし──構造物の経年劣化も考えるとよけいにね──一番ちっちゃいのを持ってきたんだけど、消耗しやすいパーツを予備としてこの……よいっ、しょ! カワウソの巣から持っていきたくって」

「一応念のために訊いておくよ。ミーボは飛べないんだね?」

「あの性能のまま飛んだら大抵のロボ屋さんは破産だよ。あー、ちょっと待ってね? メイヤー?」

 

「なにー?」と間延びした声が、ボクの思っていたより少し遠くから聴こえてきた。振り返ってみると、メイヤーは何やら小振りなホワイトボードのようなものを部屋の一番向こう側から引っ張ってきて、ワルファリンの座っている椅子の方へ向かっている最中だった。

 

「ここにあった合成樹脂の薄いやつ二ロールと、この……何だろ、使ってなさそうな基盤一個持ってっていい? あとミーボって飛ぶ?」

「んー? 四隅のコンデンサの製造番号は?」

「えとね、全部DU3424-A」

「りょ。持ってっちゃっていいよ。飛ぶミーボは今構想中」

「ほい、ありがとね」

 

 マゼランは樹脂製の板切れを一枚コートのポケットに押し込み、黒い布状の物質がぐるぐる巻きにされた円筒を幾つか持って立ち上がった。肩を若干竦めつつこちらにウインクして小声で曰く、

 

「まあ、ああいう子なの。頭の中にジャンクの山からきっちりした工具箱、電子計算機まで何でも詰まってるんだから、研究所だってこうなっても仕方ないよね」

 

 ボクは雑然としたガラクタの山を見、部屋の向こうのコンピュータを見、大きな机に整然と並ぶ、明らかに実用を為していないであろうガジェットの数々を見た。その合間を縫って、精巧そのものといった出来映えの四足歩行機械が闊歩している。

 およそ世の中に天才と呼ぶべきヒト型は数多くいるが、このラボの主はその中でも「キ」の才に分類すべき天賦の持ち主らしい。

 

「キミと彼女の関係は?」

「アポなしでここに入ってトイレとか借りられるくらい。あ、言い忘れてたけどあたし、極地の環境調査やっててね、探索用のツールもだいたいメイヤーちゃんとの共同開発なんだ。まああたしはフィールドワークのデータ投げるのが主な役割で、実際に図面引いたり機械組むのはあの子の方が圧倒的に速いんだけど」

 

 キョクチ? 

 ああ、極地か。惑星の最果て、北の極冠に人類未踏の地があるという。あの場所に何が存在しているのかボクは知らないし、大方の人々も気に留めていないだろう。

 このマゼランという少女は、氷河を引き割くクレバスの下から何を引っ張り出そうとしているのだろうか。のほほんとした態度とは裏腹に、「極地の環境調査」と口にした彼女の目には火が宿っていた。このロドスにはありふれた類いの火だ。

 白い氷を剥いで地の底を見るなんて。ボクなどはきっと、谷底を覗いただけで氷像のように動けなくなるよ……アハ……

 

「うーい、お二人さんミーティング始めるよー」

 

 メイヤーの声がした。この世で最も恐ろしいもの全てを幻像の谷底に想い描きながら、ボクはふらふらとその方角に歩き出す。

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 落書きまみれのホワイトボードに大きな紙が一枚マグネットで留めてある。大して興味もないので突っ込んで分析してみる気も薄いが、今回ボクがブチ込まれるリゾート(ジェイルハウス)の略図だ。

 

「えっとね、今回の目的地の、この村……というか工場跡地とその周辺集落なんだけど」

 

 ボードの前の椅子に座るマゼランが指し棒をくるくる回しながら口を開いた。隊長はメイヤーのはずだが、先ほど彼女は略図を開いて一瞥するなり「まかせた!」とマゼランに投げてしまったのだ。

 

「現在ロドス本船が航行している地点からはおおよそ西に二百キロちょい、山岳の麓に位置する集落だよ。標高は百メートルくらい、気温は今の時期だと日中二十五~二十七度くらいで推移するみたい。あ、夜はそれなりに冷えそうだから防寒具は忘れずにね」

「大丈夫。我がラボ謹製のウインドブレーカーとブランケットはもう下に降ろしてあるよん」

 

 メイヤーが得意気に胸を張った。

 

「さっすが。──で、気候なんだけど、わりと近くにあるシエスタの湖から流れ込んでくる湿気が山で絞られるから、麓にあるこの一帯は年中降雨量が多いみたいなの。朝夕には霧にも注意だね。ということで雨具も申請済みでーす」

 

 三杯目のコーヒーを干したワルファリン医師がちょっと指を挙げてみせる。

 

「──事前にお主から送られた情報から、この気候と環境で起こりうる疾病に対応する医薬品の一揃えも準備しておいた。まぁ、作戦行動時にも携行されるBキットと大した違いはないがな。湿地帯用の抗菌周りと、いくつか栄養剤が加わったくらいだ」

「わあ、ありがとうございます。あ、食事についても夏っぽいモノを中心にかなり豪華な糧食をたっぷりドクターに頼んでおいたから、期待しといてね。次に──」

 

 ボクは欠伸を噛み殺し、手元のマグカップの底を見つめた。

 

「──トランスポーターの計測では、近辺に生体に対して危険性の高い源石環境を示唆する数値は検出されず──」

 

 シエスタの浜辺とこの場、いったいどちらがマシなのだろうかという自問の答えは既に出ていたが、それにしたって技術屋の口から出てくる言葉たちはさほど面白いものではなかった。意味がわからないとか、学術的な興味をそそられないという訳ではなく、ただ、このボクをさほど必要としていそうもないコミュニケーションの場を耐えるのに忍耐が要るという事実に気づきつつあるだけで。

 

「──画質超悪いけど、ここの隅に写ってるこれ、この宿泊施設が使えるみたい。といっても物資の分布具合によっては──」

 

 ふと、あの忌々しくも愛さずにはいられない物流会社の連中のことが頭をよぎった。やはり、ボクたちは退屈な言葉の中に身を置くべきではないとの想いを強くする。

 

「──ので、申し訳ないんだけど私たちが調査・回収活動をやってる間ラップランドさんにはこれを着けてもらって」

 

 不意にラップランドの名を含む声がしたのでゆっくりと視線をマグカップから上げてみる。目の前にメイヤーの手に乗った小型のヘッドセットが突きつけられていた。

 手に取って照明にかざしてみる。イヤーモニターとクリップのついたマイク。通常の作戦行動で戦闘オペレーターに配布されるモノとさして違いは見受けられなかったが、わずかに重かった。

 

「──普段、こういうのは着けないんだけどねぇ」

 

 言うだけ言ってみる。実際にボクは戦闘中、基本的は誰からの指示も受け付けない。「この規範を守らなかった場合、君は『処分』される」とドクターに提示された最低限の条項を遵守すれば、あとはボクの自由だ。作戦目標の他にはそのルール(憲法)が唯一行動を規定する首輪なわけで。

 だが今回は少々事情が異なるのは明白だった。メイヤーは首を振る。

 

「うん、ドクターからも君の流儀については聞かされてるんだけどね……今回派遣される人員には、君の他に戦闘に向いた人員もいなければ、PRTSや通信を中継するための要員もいないんだ。だから護衛係の君にはこれを着けてもらう他ないの。ごめんね──詳しい説明、聞いてくれる?」

 

 ボクは微笑み頷いてみせたが、内心で天を仰いでいた。このカチャカチャしたヘッドセットが嫌なわけではないよ。いや、装着したいわけでもないけど。

 この「休暇」──もとい任務を承けてしまったことをボクは後悔していた。なんということだろう、この仕事は「護衛」だった! その意味を解っていやしなかったんだ。言葉の表層だけでは大して印象に残らなかったが、今はっきりと認識した。

 

「これは特別製でね、私たち全員が装着する測定器から送られるバイタルサインをキャッチできるの。誰かのバイタルに何らかの異常が見られたら、警告音とアナウンスが鳴るっていう仕組みね。もちろん普通のトランシーバーとしての機能もあるよ」

「ふうん。もしキミたちが危機に瀕したとして、その結果声も出せない状況に陥っても、ボクの耳には助けを求める叫び声が届くってわけかい」

「言い方言い方。ま、でもそういうことだね。いくら安全な場所って言われてても、この辺のリスク管理はしっかりしとかないといつか痛い目見るんだから」

 

 この発言に対してマゼランが「自爆機能ってメイヤーちゃん的にはリスクマネジメントなの?」と口を挟んだ結果、ワルファリン医師が軽くコーヒーに噎せるのを横目に見ながらボクは手の中でヘッドセットを何回かひっくり返してみた。

 

 これが今回背負わされる「責任」というわけだ。そう、この任務は「攻撃」ではない。「防衛のための攻撃」ですらない。純然たる護衛なんだ。

 ドクターめ、何食わぬ口振りをしてこのボクに首輪とリード、そして飼い主まで付けて番犬にしやがった。口が緩み、歪む。この落とし前はどうつけてくれようかな。

 あの男とも女とも知れない影法師の皮を一枚剥いだところにある、生ッ白い柔らかな肌を想像してみる。いずれここにどんな絵を描くか想像してみるだけでも、今回の休暇の間の暇潰しにはなるだろうか。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 リケイのニンゲン──と呼ぶにはやや特異な連中ばかりだが──が揃ったこのブリーフィングは、人数が少ないこともあり淀みなく進んでいた。ボクがわざわざ訊いてみなくても最低限知りたい情報はポンポンと出てきたし、ワルファリン医師が打った二、三の質問もメイヤーかマゼランのどちらかが響くように回答する。欠伸が出るほどに退屈だった。

 

 事はミーティングが始まってから二十五分後、そろそろ議題も出尽くして浮わついたムードが漂っている時分に起こった。

 

「──パターンCの時はまあ、ほっぽいて逃げるだけだね。簡単簡単。どうせ回収が難しいモノは無理して私たちが持って帰る必要もないわけだし、あくまで先遣隊として……あれ? ゴメン、ちょっと外すね。呼び出しが……うわ、ドクターからじゃん」

 

 メイヤーの上着のポケットあたりから間の抜けた着信メロディーが流れ出る。彼女はそこから携帯端末を取り出し、部屋の隅の方まで歩いていった。

 

「ハーイ、ドクター。ラボ・ルトラに何かご用? ──いや、まだラボだけど。何、携行品の余裕? そりゃ休暇も兼ねてるしたっぷり……『じゃあ大丈夫』って……えー!?」

 

 頓狂な声を上げるメイヤー。どこかボクの背後の方でワルファリン医師のため息が聞こえた。

 

「あやつ、また急な思いつきで何かしでかしたな? まったく……」

 

 作戦行動の話だけに絞っても、我らがドクターの思いつきにも等しいひらめきの数々は数多の命を救ってきたし、同時に同じくらいの数の小さな混乱や危機を生んできた。結果として彼の指揮の下、ロドスは興隆の一途を辿っているわけではあるが、急な方針転換に付き合わされる下の連中としてはなかなかたまったものではないのだろうね。

 

 通話を終えたメイヤーが後頭部を掻きながら戻ってきて言った。

 

「もう一人増えるよ」

 

 ……なるほど、たまったものではないね。

 






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