同盟上院議事録異聞 〜周回遅れの星・タケミナカタ民主共和国〜   作:Kzhiro

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「タケミナカタにとって棟梁の仕事とは何なのであるか」
「チェスト主義者を見張ること、後始末をすること、そしてペコペコと頭を下げて回ること。なおこれは棟梁のみならずこの星全ての政治家に言えることである。」
『初代棟梁テラダ・ムネシゲ語録』より


周回遅れの国・タケミナカタ民主共和国 2

「今日のスケジュールはどうなっとる?」

 

796年現在のタケミナカタ民主共和国の元首である棟梁の地位にいる男、ホンマ・ヨシムネは公用車の隣の席に座っている秘書にそう尋ねた。棟梁に2選してからまだ半ば。タケミナカタに尽くしてきて早6年も経つ。いい加減慣れてきたがそれでも疲れることには変わりはない。数学教師だったあの頃が懐かしいと思える日さえある。

 

「今日の予定は…あっ、ティアマト政府との首脳会談ですね。しかも本人が直接来られるようです。」

「タロットサァが来るんけ!?しかも直接!?回線の悪さに嫌気がさしたんけ!?」

 

流石の棟梁でもこれには驚いた。ティアマト政府との会談は普段はインターネットを経由するオンライン会議方式で行われるのが普通である。ティアマトは祖国を捨て、各地に自治領を持つことによって存続している国である。その事情を考慮すれば理にかなうものであった。

 

しかしタケミナカタはいかんせん通信状況がすごぶる悪い。イゼルローン回廊外部暗礁地帯にも近く、その自然環境的要因により超光速通信の精度が悪いのはもちろんのこと、そもそも通信インフラ自体が整っていたりしていないのだ。故に代々の棟梁はティアマトとの首脳会談に一苦労している。

 

しかし今回は一味違う。ティアマト民国の現在の元首であるヒューイ・タロット氏は直接この辺鄙な惑星にやってくるというのである。何故なのだろうか?

 

「途中でミナカタトミ共同自治区に寄っていくんじゃないですかね?ほら、シューマン弁務官の報告によればアスターテの敗戦で同盟軍は不利だと言いますし。」

 

「ああ〜、あの御仁ならやりそうやな。」

 

ヨシムネは秘書の答えが腑に落ちた。

 

話題に上がったミナカタトミ自治区はタケミナカタに存在するティアマト人、現在はティアマト系タケミナカタ人のコミューンである。その由来はティアマトから逃げた一部のグループが零細航路を使用してタケミナカタに逃げてきたことに端を発する。

ティアマト人たちは勝手に上陸するや否や、この星に一種の魅力のような何かに取り憑かれた。豊かな自然、大陸の間隙を縫うようにして流れる大河、そして豊かな栄養分を含有した土壌。ティアマト人の農民魂に火がついたのは言うまでもない。

 

「どうして同盟政府はこの星に目をつけなかったのか!?宝の持ち腐れではないか!」

 

こう叫んだのは当時のティアマト移民団の団長であったジャン・リュック・デバイレであったと言われている。そうして彼らはこの星の地表を耕し始めた。

 

まあそこに端を発するタケミナカタとティアマトの対立と和解の過程はおいおい話すだろうとして、その和解の過程で成立したミナカタトミ共同自治区はタケミナカタとティアマトの共同統治領として定義されている。

 

この半ば忘れられた惑星のことである。今やティアマト人の末裔のほとんどはどっちかといえばタケミナカタに帰属意識を持っているし、かと言ってティアマトの遺産を捨て去ったと言えばそうでもない。言ってみればティアマトとタケミナカタの妥協の産物と言えるものであった。

 

今回の首脳会談はこの共同自治区に関する運営方針のすり合わせのようなものであった。普段はこれはオンラインで回線の遅さに苦戦しながらやるものではあるがどうもタロット氏は本気のようだ。彼らのティアマト農民魂に火をつけていこうと言うのだ。

「不屈の精神の持ち主というか、ありがた迷惑というか…」

 

ヨシムネはタロット氏がデバイレ像の前で演説している姿を思い浮かびながらそうごちた。元はティアマト人とはいえ今では立派にカムナガラノミチを受け入れたタケミナカタ人なのである。それに彼らがいなくなってしまったらタケミナカタの農業はどうなってしまうのか。熱烈なティアマトシンパであるシューマンあたりが嘆いて身を投げてしまうのではないか。

 

「まあそれがかの御仁ということでしょう。」

 

「そうじゃな。問題はそのかの御仁にチェスト主義者が襲いかかってくるかどうかじゃな。」

 

「まあ通常の警備に加え信教防衛隊からも何人か人員を割いてもらっているのでそこのところは安心していいでしょう。」

 

「…どうじゃろうな。あの使命感にあふれた老人たちのことじゃ。分からんぞ。」

 

ヨシムネは普段は穏やかな笑みを浮かべている顔を厳しい表情に変えて、窓の外を見ながらあのペシミズムとバーバリズムが入り混じったような、時代錯誤な極右愛国勢力に思いを馳せた。公用車はもうすぐ宇宙港の存在するタケミナカタ第三の都市にして玄関口であり、同時にミナカタトミに最も近い都市であるセキ市へと入ろうとしていた。

 

 

 

「えー、それでは皆様お揃いのところで、796年度ミナカタトミ自治区共同運営首脳会議を始めさせていきたいと思います。疑似進行はこの私、スヴェン・スヴィヨンソン自治区長が務めさせていただきます。」

 

白髪が目立ち始めた初老の男、スヴェン・スヴィヨンソン自治区長が儀礼的に開会の言葉を読み上げた。自治区共同運営のための首脳会議がついに始まったのである。

 

タケミナカタ側はホンマ・ヨシムネ棟梁を始め、職業外交官として交戦星域を初め、中央星域にも強いコネを持つ三人の同盟弁務官の一人であるヨシダ・マサヒデ、そしてタケミナカタの実際の開発を担当するオリュンポス・カンパニーのタケミナカタ支社の長であるバシレイオス・ヘルメス、そして農政執事タナカ・テルアキと商政執事アルベルト・ブレネリなどといったなかなかの顔ぶれが揃っていた。

 

対するティアマト側も身一つでティアマト・ブランドを復興した凄腕の資本家上がりのヒューイ・タロットをはじめ、彼の娘で現在のタロット・オーガナイゼーションの会長を務めるエリザベス・タロット、ティアマト・ブランドの穀物をその実践によって広め、今では同盟弁務官を務めている生粋のティアマト農民であるフィリップ・ストルムグレン博士、その他大臣級の閣僚諸々のタケミナカタに負けぬ顔ぶれである。

 

その内の1人が会議が始まるや否や挙手した。

「えー、ヒューイ・タロット議長。発言をどうぞ。」

 

司会に促されて挙手をしたがっしりとした体格の男、ヒューイ・タロットが立ち上がった。

 

「ティアマト民国としてはミナカタトミ自治区の管轄を共同統治ではなく、我がティアマト一本に絞ることを提案する。」

 

このいきなりの提案にタケミナカタ側は大きく動揺した。かねてより共同運営首脳会議はタケミナカタ政界にとって大荒れの代名詞として知られていたが、まさか早速大荒れになりそうな議題を放り込んできたとは。どうもヒューイ・タロットという男を自分たちは過小評価しすぎたらしい。

 

「…一つ聞きますが、なぜいきなりそのようなことを?今の体制でも上手いこと回っているではありませんか。」

 

ヨシムネは恐る恐ると言った感じでそう質問した。なぜティアマト側はわざわざ爆弾を開始早々放り込んだのか。いくつか考えられるがタケミナカタ側を代表して聞いておきたかった。

 

「そんなの決まっているだろ。」

 

タロットはいかにもイラついているような感じでそう答えた後、机を勢いよく平手で叩きつけた。

 

「今の体制でも上手く回っている?そんな田舎者の戯言は今回限りにしてくれないか!どう見たって上手く回っていないだろ!少なくとも、我がティアマト側から見て、だ!」

 

タロットは厳しい口調でそうがなりたてた。タケミナカタ側はさらに動揺を見せた。上手く回っていない?一体どういうわけだ?自治領の利益は双方にうまく還元されているし、何なら問題という問題も目下発生していない。一体タロット議長は、そしてティアマト側は何が不満なんだろうか?

 

「まずは一つ!こちらの提示した開発計画が一切反映されていないのは何故だ!開発計画も、それに使用する資材類も、全てデルメル主導らしいではないか!我がティアマトの意見が一切反映されていない!これではデッカい取引(ビッグ・ディール)どころか取引のとの字にもならないじゃないか!」

 

タロットはがなりたてながらパソコンを操作してスクリーンにとあるデータを映し出した。種籾、球根、種芋、各種資材、各種産業機器類、重機などの各種開発用機材がどこから出ているのか、そしてそれらを使用した自治区の開発計画がどのようなものになっているのかが映し出されていた。

 

「機器、資材類は全てオリュンポス・カンパニーから、開発計画に至ってはオリュンポスの観光開発計画だ!一才ティアマトの意見が反映されていない!これじゃ詐欺だ!どういうわけか説明してもらおうか!」

 

バシレイオス支社長はやれやれと言った感じで首を横に二、三回ほど降ると質問に応えるために立ち上がった。

 

「それに対してはこの私、バシレイオス・ヘルメスがお答えします。まず議長、何故あなたはティアマト製の資材、機器類を使用しなかったのか?と聞きましたね。その答えは簡単です。ティアマトの機器類は確かに高性能ですが距離的に考えればデルメルから取り寄せれば安上がりになるからです。タケミナカタからデルメルまではわずか4.3光年。対してティアマトは24光年から1000光年までとバラバラです。距離的にも近所であるデルメルから取り寄せれば安上がりにもなりますし速やかに資材を取り揃えて開発に取り掛かれます。次に開発計画のことについてですが…」

 

バシレイオスが開発計画のところに話題を移そうとしたところでティアマト側の席から手が上がった。

「エリザベス・タロットが質問します。バシレイオス支社長、あなたが提出した開発計画、これはどう見ても観光地用に開発する計画であると見ました。ミナカタトミ、ひいてはタケミナカタ全土が置かれている状況に対しては我々の農地開発プランの方が優れている、と考えますが、なぜわざわざ観光地化の開発計画を?」

 

バシレイオスは二、三回咳払いをした。

 

「それは簡単な話です。タケミナカタは既にその人口を賄えるだけの食糧生産が可能だからです。ですからこれ以上の食料の増産ではなく」

 

「増産ではなくモリヤ派の聖地であるこの惑星の特性を活かした観光地化がタケミナカタにも相応しい、そう言いたいのですね。」

 

エリザベスの鋭い目がバシレイオスの体を貫いた。バシレイオスはその目を見ると萎びた野菜のように萎縮してしまった。

 

「…ええ、その通りです。その方なら目下の課題であるインフラの改善も見込めますし」

 

「今あなたはティアマトが置かれている状況がどのようなものであるか理解していないようですね。現在サジタリウスの各地に散ったティアマト人たちは力を合わせて失われた故郷を取り戻そうと奮起しています。ミナカタトミだけ例外である、とは言わせませんよ?」

 

エリザベスは冷たい口調でそう言ってから、机の上に置いてある緑茶を一口啜った。

 

「…だからと言ってそちらの意見を無理やり通そうとするのですか?ミナカタトミは代々タケミナカタ人たちが暮らしてきた大地ですよ?住民のほとんどもモリヤ派を受け入れている生粋のタケミナカタ系です。先祖がティアマトの人間であれど、彼らは胸を張ってタケミナカタの人間であると応えるでしょう!何を隠そう、私がそうであるのだから!」

 

彼女の冷徹な口調に抗議の声をあげたのは商政執事のブレネリであった。彼はミナカタトミの出身であり、生粋のティアマト系タケミナカタ人であった。彼でなければこのような言葉は言えなかっただろう。

 

「………」

 

エリザベスは猜疑の目でブレネリを見つめると、緑茶をひと啜りして口を開いた。

 

「…あなたはこの共同運営を通じて我がタロット・オーガナイゼーション、ひいてはティアマトからも投資を受けている、という事実をお忘れですね。これを機に投資を打ち切ってもいいんですよ?どうせ困るのはあなたたちですから。まああなたたちはオリュンポス・カンパニーとベッタリですから、そう困ることはあまりないでしょうけど。」

 

「…!!!勝手なことを…!!!」

 

エリザベスとブレネリの間に一触即発の空気が広がった。放っておけば口論が始まりそうな、険悪な雰囲気が場を支配した。ホンマ棟梁はブレネリを宥めることにした。

 

「ブレネリサァ、落ち着け。お茶飲んでどうどう。」

 

「これが落ち着いていられますか…!!あの女、数少ない命綱を出汁にしてきて…!!」

 

「わしに任せい。何とかする。」

 

ヨシムネはそう言うと立ち上がり、タロット親子に向き直った。

 

「…分かりました。限定的ではありますがあなたたちの要求を飲みましょう。」

「棟梁…!!」

ブレネリは何か言おうとしたが棟梁はすぐにそれを静止した。

 

「よし!分かればいいんだ。それで、どのようにする?」

 

「この円グラフのうち20パーセントをティアマト産の製品に置き換えましょう。開発計画については…そうですな。この南東を流れるフジエダ川近辺を農地にしましょう。そこにティアマトの小麦なり米なり何なりを植えればよろしいでしょう。」

 

ヨシムネは一通りそう言うと、かしこまって頭をゆっくり下げて、

 

「ティアマトは我がタケミナカタにとって大事なお得意様です。ティアマトの投資は多ければ多いほどいい。母国奪還のための支援は惜しみませんのでどうか、どうか打ち切らないでください。」

 

深々と頭を下げながらホンマはタロットに対してそう言った。

 

タロットは満足そうに笑みを浮かべると、

「その態度、気に入ったぞ!だがまだ話し合いは終わったわけではない、そうだよな?さぁ次の話題だ!次はこの星のクソみたいな通信設備について何だが…」

 

そう満足そうに言って彼は再びノートパソコンをいじり、新しいデータを出し始めた。ホンマはドンと椅子に深く腰かけた。

 

「棟梁、どう言うわけです?ティアマトの脅しに乗るんですか?」

 

「そうです。我がデルメルとティアマトの関係を知らないと言うわけではありませんな?」

 

棟梁はバシレイオスとブレネリの2人の小声を聞きながらお茶を啜った。やがて彼はお茶を全部飲み干し、テーブルの上に湯呑みをゆっくりと置いた。

「分かっておる分かっておる。分かった上でやったんじゃ。」

 

「ですが棟梁!ティアマトの資材を導入すると言うことは明らかにコストに見合っていません!大幅に開発計画が遅れるかもしれませんよ!」

 

「そうです!あのまま断固としてNOを突きつけてくれたならデルメル、ひいては我が社の利益に叶っていはずなのに。」

 

ヨシムネはふう、と一息ついてから

「おはんら、棟梁、という言葉の意味を調べたことはあるか?」

と2人に問うた。

 

「いきなり何を…棟と梁、建造物に欠かせない二つの機構だったはず。」

 

「そうじゃ。棟と梁じゃ。棟梁は国の棟であり梁である。だが今のタケミナカタはどうじゃ?建物全体がそもそもお粗末すぎて、風が吹くだけで飛んでしまう。だから外から大工を呼ぶ必要があるんじゃ。デルメル、ティアマト、ガラティエ。いずれわしはサジタリウスの多彩なところから大工を呼び込み、この自由と民主の国をがっしりとした、豊かで安心な建物にしたいんじゃよ。そのためならわしはいくらでも頭を下げる。靴を舐めろと言われたらいくらでも舐めてやるち。そのくらいの覚悟でないと棟梁は務まらん。」

 

2人とも、覚えておくんじゃぞ。ヨシムネはそう言って再び映像に目を向けた。その顔はいつも見せているような、穏やかな笑みを浮かべた老人の顔であった。

 

会議はまだ続きそうだ。

 

 

 

「…ミナカタトミの諸君!空を見よ!あの空に輝く一等星!あれこそがティアマトの星である!我らが故郷!我らの憩いの大地が、天のすぐ近くにあるのである!」

 

ティアマト民国の現在の参事会議長、すなわち国家元首に相当するヒューイ・タロットは、満点の星空の下、ジャン・リュック・デバイレの立派な銅像の下で聴衆、すなわちティアマト系タケミナカタ人の前で熱弁を振るっていた。その有り様はどこか満足そうな様子であった。

 

今回の取引は大成功である。開発用資材の2、3割を買わせることができ、限定的であるが開発計画を容認させ、さらにその作付けする作物に「キシャルの麦」をはじめとする「ティアマト・ブランド」の作物類の種籾が選ばれた。

 

(全く、貧乏人様様だな!ちょっと投資を打ち切ってやると脅すだけであんなに買ってくれるのだ!)

 

タロットは今回の取引においてタケミナカタ首脳陣の慌てぶりを思い返しながら満足そうにそう思った。

 

(特にホンマのあの仕草!あのおねだりするような仕草は何度見ても見飽きないな!クセになる。)

 

今度はホンマが何度と見せた仕草について思いを馳せた。別に彼はサディストというわけではないが人が何か物を頼む仕草は何度見ても見飽きない。

 

(ああ、貧乏人との取引もやっぱり捨てたもんじゃないな!しかもこれが帰郷の礎にもなるのだから、やっぱりタケミナカタは外せない。)

 

タケミナカタは得るものが少ないが何かと役に立つ。それが彼の出した結論であった。何より零細航路であるがティアマトに近いのがいい。強いて言うならば情報インフラをもう少し整えてほしいが。まあそれを持ち出したらデルメルの人間が「同盟政府に言え!」と返してきたが、もうそれは過去の話である。

 

「…同胞諸君!この閉じられた、忘れられた国から一刻も早く出て、我々の祖国に!ティアマトに!誇りを持って凱旋しようではないか!もう君たちは巨大企業にも、貴族上がりのカルト教団にも、支配されることはないのだから!祖国を我が手に!」

 

タロットは演説の締めとしてそう叫んで右拳を頭上、すなわち恒星ティアマトに重なるように掲げた。

「祖国を我が手に!」

 

「祖国を…って、おらの祖国ここだべ。」

 

「あいつ何気にオリュンポス・カンパニーを侮辱しただ。」

 

「スワ様を侮辱したな!ゆるせねぇ!チェストじゃ!根切りじゃ!」

 

が、同じく右拳を掲げた人間は3割ほどであったらしく、後は各々で何かを喋っている。

 

「…私は同胞諸君の、誇りある農民魂を信じている!我々とともに祖国に凱旋しようではないか!」

タロットはそう締めて降りることにした。正直言うとタケミナカタに土着していてティアマト人の誇りが失われつつあるように感じられる。

 

(今回の取引で、どれだけ取り戻せるかな。)

 

タロットはそう皮算用しながら演壇から降りた。

「待て!タロット奴!」

 

タロットは自分に向けられた声に気がついてそちらに向き直った。軍服のなれ果てらしいぼろ切れを纏った老人が、剣の長さほどある木の棒切れをこちらに突き付けながら、こちらを睨みつけていた。

「おやおや…これはどちらさまで?サインなら受け付けていないが?」

 

「俺いを覚えているか!覚えていないだろうな!タロット!」

 

「はて、私は君のような知り合いはいないのだが…」

 

タロットはしばらく考え込んだ。彼の人生に知り合いは数あれど、この老人のような知り合いはいない。いや、もしかしたら…

 

「…ああ!君に似たような人間なら知っているぞ。チェスト主義者と言ってな、もう25年前になるか。この星の宇宙港でチェストー!と言いながら刀を構えて襲いかかってきたんだ。一撃躱したら急に切腹し出してな。その隙に逃げ帰ったよ。いやぁ、我ながら嫌な思い出だ。」

 

「フジイどんを笑うな!フジイどんは今際の際に俺いに語りかけよった!タロット奴を撃て!チェストせよ!とな!」

 

老人はそう言うと棒切れをトンボに構えて殺気を放った。

 

「俺いはこの命にかけておはんをチェストする!デェェェェェヤァァァァ!!!!」

 

男はそう言うと叫び声を上げてこちらに向かって走りかけてきた。あの叫び声は猿叫というのだろう。何年か前にアルレスハイムで起きた戦役の時に鳴り響いていたと聞く。流石のタロットも命の危機を感じて走り出した。

 

が、どうも彼の身に必殺の一撃とも言われるタケミナカタの秘剣・剛剣サツマは届かなかったようだ。老人は石につまづいたのか、それとも足を捻らせたのか、情けなく地面とキスをした。

 

「待て!タロット奴!逃ぐるか!ボッケモンの意地を見よ!チェェェェェストォォォ!!!!」

 

老人は元気そうにそう叫ぶも足を挫いたのかジタバタと手足をばたつかせるだけで向かっても切りかかってもこなかった。

 

タロットは近寄ると老人に一撃足踏みをお見舞いした。

 

「そうだ、こんなことを思い出した。あれからタケミナカタで取引をしているときに尊崇の目で見られてな。何故かと聞くとチェスト主義者の一撃を躱したからだそうだ。確か、ウィンチェスター、だっけな?チェストに勝利したもの、と言う意味合いだそうだ。もっとも、私の他にも何千人といるようだがね。」

 

タロットはそう言うと足で老人を表返した。老人はタロットに気がつくときっ、とこちらを睨みつけてきた。

 

「チェスト主義者も老い朽ちたもんだな。過去の栄光にしがみついて何もせずに棒切ればかり奮っている。この国の信教防衛部隊を見習いたまえ。彼らは多種多様な訓練をしているよ?」

 

「黙れぇ!フジイどん!フジイどぉぉん!!!!」

 

「戦いにばっかりしがみつくからそうなるのだ!覚えておけ!」

 

タロットは老人にそう吐き捨てると腹にもう一撃足踏みをお見舞いした。老人は情けない声をあげると気を失った。

 

やがて騒ぎを聞きつけた警備員が駆けつけたらしく、タロットは警備員に男の身柄を引き渡すと、簡単な取り調べを受けて、颯爽とその場を去っていった。少なくとも、彼にとってこの星でやるべきことは終わった。

 

この事が現地の警察に、そしてホンマ棟梁の元に届けられたのは、翌朝のことであった。


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