陽の昇りたる異界、星落とされたる覇者   作:C6N2

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油田があると知れば目の色を変えるのが列強


第四話 クイラ大油田

その電文が届いたのは、ルーズベルトと野村・来栖の日米会談の前日深夜であった。

 

「なんだと・・・」

 

交渉すべき項目はひとつしか残されておらず、気楽な会談になる───そんな希望的観測は粉砕された。

 

クイラ大油田の発見。

 

その存在は、交渉を複雑化させるのには充分すぎた。

 

 

資源貧国の日本が莫大な資源を手に入れることはアメリカにとって非常に宜しくない事態である。

日本が力をつけるのもあるが、同じく産油国であるアメリカの石油業界が大打撃を受けるというのもあるだろう。

まだこれが満州なら、日本は油井などの施設を作るまでアメリカからの圧力を躱すことも出来たが、よりにもよって異界の地、しかも国家が存在していると言う。

距離的には軍事的に侵略すればどうにかなるが、フィリピンから近いことや完全なる外地であることを考え合わせるとあまり得策ではない。

なにより、間接的に米国との戦争を招く事態は勅令に反するため不可能も同然だった。

 

「幸いなのは向こうでこちらが先手をとったことか…せめて、どうにかして1割だけでも」

 

野村と来栖は胃が痛むのを感じながら、明日の交渉に向けて必死に考えを巡らせようとしていた。そのとき。

 

『追報。アメリカ艦隊、クイラ王国ムン・カスル港ニ到着セリ』

 

・・・考えるのを辞めたくなった彼らを誰が責められようか。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

少し時間を遡って、アメリカ側。こちらは航空偵察で判明したため情報が入ったのは日本側より約1日ほど早かった。

 

「これは神なりの慈悲のつもりなんだろうかね?」

 

フランクリン・ルーズベルトは、油田発見の一報でますます脳内の混乱の収拾がつかなくなっていた。

 

今年3月から始まっていたレンドリースは、今回の事件によって全てが水泡に帰した。日本以外の国が消滅したことが経済に与える影響はどう考えても小さく済ませることはできない。

ハル覚書については明らかに日本に対する敵対宣言であるため、手交を中止すべきかで政府内の意見は真っ二つに割れた。最終的には手交することになったが、日本側が不満を顕にするようならある程度の譲歩も考えるということになった。

 

そしていざ手交すると、日本側からの不可侵条約締結の提案。異世界転移という突飛な可能性を、まさか日本側が認めていたとは思いもよらなかった。

 

そんなこんなで政府内部では侃侃諤諤の議論が行われ、大統領もさすがに疲れて眠りについた。翌日、起きたところで判明した油田発見のニュース。何故こうも事態が複雑化するのか。彼は神に悪態をつきたくなった。

 

「ともかく、日本にそんな油田を渡すのは絶対に不可だ。急いでそこに部隊を派遣して・・・」

 

「都市らしきものの存在も確認されているとのことです。地球ならともかく、未知の世界に部隊を派遣するのはさすがに賛同しかねます」

 

政府高官らと議論を行う。幸いなことにまだ日米会談まで一日の猶予があった。ここで何とかして意見をまとめ、交渉に臨まなければならない。

 

「マジックはないのか?地理的には向こうの方がよく知っているだろう」

 

日本の外交暗号(パープル暗号)をアメリカはほとんど解読済である。外交通信を解読して得た情報はマジック情報と呼ばれ、大統領や国務長官など限られた者にのみその内容が通知された。

 

「どうやら向こうは外交官を派遣したらしい、というぐらいしかわかっていませんが・・・」

 

「十分じゃないか。少なくとも国家の存在は確定的ということだな。」

 

「どうでしょう?様子を見るために艦隊を派遣し国家があった時に備えてその中に外交官を載せたというのも考えられる」

 

「だとしたら我々もそうすべきだ。向こうに先手を取られるのは拙すぎるだろう。」

 

「外交官を派遣したということは既に先手を取られたようなものですが・・・いや、早急に事態を把握しないと日本との交渉が不利になりますね」

 

「・・・・・・というかそもそも、航空偵察をすればいいだけの話ではないか」

 

「もし国家が存在していた場合が最悪です。すでに一度領空侵犯をやらかしているのに懲りずに何度もやってきたとなれば心証の悪化は避けられません」

 

「・・・・・・ならばなおさら外交官を派遣すべきだ。艦隊とともにすれば少なくとも最悪の事態は免れる。多少のリスクはあるが日本に先手を取られている場合の方が恐ろしい。国家があったらばついでに領空侵犯の謝罪もすればいいだろう。それにそもそも、対処不能なものが向こうにあったならばその情報も外交通信に入っているだろうからな」

 

「そうですね・・・・承知しました」

 

アメリカの艦隊派遣は、日本の艦隊派遣より18時間ほど遅れてここに決定された。

 

 

 

アメリカ側に現地の詳細が齎されたのは、奇しくも日本側に報告電が届いたのと同じような時間*1だった。

日本に油田獲得の既成事実を作られることへの恐怖あってこそ、日本より速いスピードで計画を作成し艦隊を派遣して、日米会談の前に詳細を届けることができたのである。

 

 

 

 

 

 

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「アメさん、随分と早く来おったな・・・」

 

香谷がつぶやいた。たしかに、こんなに早く来るのはすこし心外だった。

 

「まあ、考えてみればわかる話か。既に先手を取られているんだから、何かされる前に止めに入る必要があるわけだ。躍起になるのも当然・・・」

 

「ちょっと待て。アメリカは我々が艦隊を派遣していることなど知らないだろう」

 

あたりまえである。これまで艦隊の上空に航空機を見かけたとの報告ははいっていなかった。

しかしそれに対する香谷の言葉は驚くべきものだった。

 

「これはただの個人の予想ですが、アメリカは既に我が国の暗号を見抜いているのではないでしょうか?アメリカの途方もない国力と我が国の暗号管理の現状からして、そうであってもなんら不思議はありません。だいいち、ただ油田を見つけただけにしては動きが早すぎます。あくまでここは異界の地。我が国のように国家の存在を把握したのでなければ、そんな迅速に派遣に踏み切るとは思えないのです」

 

驚くべきことである。暗号を使う立場の外交官が、その暗号を信用していないというのである。

すなわち我々の行動はすべて筒抜けになっているということであり、到底信じられる話ではなかった

 

 

・・・と思ったのだが、彼の言葉には妙な説得力があった。「我が国の暗号管理の現状」という言葉が、心に刺さったからだろうか。確かに現在の日本の暗号運用は、余り誉められるようなものではないのかもしれない。

 

「・・・・・・はっきりした根拠があるわけでもないのに妙な説得力があるな。まあ暗号が解読された可能性があると伝えたところで信じられる訳でもないが」

 

「根拠があれば話は別ですがね。かもしれない程度では、私のような一端の外交官が喚いたところでどうにもなりません。」

 

「・・・・・・君は本当に頭が切れるね。一端の外交官とは思えないほど」

 

「まあ、少しは自覚はあります。すなわち目ざとい人間、今の日本の官僚組織からしたら邪魔でしかありません。」

 

小澤は、クワ・トイネとの会談以降この外交官の交渉力の高さに驚いていたが、こういった話をされるとただ頭がいいというだけではないような気がしてきた。考え方そのものが、一般的な官僚や軍人とは異なっているのだ。

・・・それはさておき、今の発言には少々違和感を感じた。

 

「今の日本?」

 

「・・・ああ、いや別にクーデターなんてくだらないことは考えていませんよ。今の私の身分ではどうにもなりませんし、どうせ変えるなら正当な方法でやりたいですからね。もっとも、この交渉を成功させたところで便利屋として異世界の国々との外交を任されることになるような予感もしていますが…」

 

念の為聞き返したが、どうやら革命思想という訳ではないようだ。それにしてもこれほどの逸材、たとえ少し気に食わなかったとしても左遷するほどではないように思えた。省部の連中は、一体何を考えているのだろうか。

 

「勿体ないものだな。」

 

「私のことはどうでも良いのです。ですが・・・・今の日本のままでいると、いずれ大きな破綻が生ずる。そんな気がしてなりません・・・・・・

我が国とともにアメリカを異世界へ連れてきたのは、案外その破綻に歯止めをかけるためなのかもしれませんね。神とやらが我々の世界に介入したのだとすれば、ですが」

 

「おかげで地球では大混乱だろうな。おそらく欧州戦線はドイツが勝つだろう」

 

「我々以上に大混乱でしょうね。日本はともかくとしてアメリカの消失が世界に与える影響は大きすぎる。神とやらは一体何を考えてこんなことを・・・

・・・・・・話を戻しますが、現代日本が抱えている問題は星の数ほどあります。例をあげればきりがありません。婦人参政権、人種差別、陸軍に目立つ独断専行、陸海軍の対立、領土拡張主義、精神論・・・挙げ続けたら日が暮れます。

一部の問題はアメリカでは既に解決済み。この分だと、我が国はこの世界でもう一度、それこそ文明開化みたいなことをする必要が出てくるんじゃないでしょうか?」

 

小澤は心底驚いていた。こんな考えを持つものは、今の日本のなかでは相当に異端である。これはたしかに上層部が煙たがるのも仕方がない。

だが、それよりも小澤を驚かせたのは何より、彼の発言が纏う妙な説得力であった。なぜか不思議と納得してしまうような、あるいは───

 

 

 

───詐欺師のような。

 

小澤はだんだん、彼に対してある種の恐怖さえ抱き始めていた。

 

「唐突に訊くようで悪いが・・・・君は一体、何者なんだね?」

 

彼はこともなげに答えた。

 

「私ですか・・・私はただの外交官です。生意気なことをいい、非力な癖をしてこの国を変えたいと思っている、身の程知らず・・・と言った方がいいですかね。我ながら滑稽です」

 

乾いた声で彼は苦笑した。

だが、今までの話を聞いていた小澤は、あまり笑う気分にはなれなかった。

この男がそういうと、本当に国を変えてしまう、そんな気すらしてしまったからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

外務大臣東郷茂徳は、複雑な心境で日米交渉の報告電を読んでいた。

 

元来彼は対米和平を主張しており、東條内閣にて彼が外務大臣に選ばれたのも天皇が東條に直接、対米開戦回避を命じたからであった。

もはや破綻寸前まで来ていた日米交渉が、今回の事件により一気に和平へと傾いたのは喜ばしいことである。なにより和平交渉が完全に天皇陛下のお墨付きとなったのは大きかった。

不可侵条約の締結はまだ現段階では無理だろうが、我々が大幅に譲歩すれば少なくともアメリカとの敵対関係を殆ど解消することが可能であろう。そのため駐米大使にはよほどのことがない限りこちら側が譲歩し何がなんでも交渉を成立させるよう伝え、今度の会談を期待の目で見ていた。

 

しかし────

 

「満州と呂大陸双方における開放された市場、そしてクイラ資源地帯の9:1の採鉱権分割・・・」

 

アメリカが求めてきた条件には、さすがに厳しいものがあった。

 

「新大陸ならともかく、今更満州を門戸開放しろというのも無理な話だ。あるいはこちらはブラフだとしても、9:1というのはさすがにやりすぎじゃないのか?アメリカはどれほど我々に資源を渡したくないというのだ・・・」

 

こちらが不可侵条約の締結を目指しているというのに、向こうはこちらの意志を全く信用していないようだった。

日本は、既に形式上のものとなりつつはあるが、あくまで天皇主権の国家である。

天皇が不可侵条約締結を命じたならば、万難を排してそれを実行するよりほかは無いのだ。

政治体制の違うアメリカには、そんなことは理解して貰えないのだろうか。

 

 

「せめて制限するなら陸海軍部隊の駐留比にすべきだろう・・・そうか!」

 

何気なく脳裏に浮かんだ考えだったが、これは名案だ。

採鉱権の比率を上げる代わりに、現地に派遣する軍部隊の比率を設定する。

普通なら軍部からの反発が強く実行できないだろうが、今回は日米和平が天命を帯びているからこそ、その利点を最大限に活用すべきである。

 

東郷はすぐさま、大使にこの提案を送ることにした。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

馬來部隊緊急派遣の後、彼らはクワ・トイネ公国の使節団を載せて帰国し、クワ・トイネ公国使節団を送り返すと同時にクワ・トイネ公国との国交開設交渉等を行い、無事国交を樹立させた。

そしていま香谷は、アメリカの外交官とともにクイラ王国との交渉の最終段階に入っていた。

 

 

 

「・・・・・・と、いうわけで、地下資源の譲渡と軍部隊駐留の代価として技術的支援や港湾・交通環境の整備、ある程度の軍事的支援を行う、というのがこちらとしての提案となります。」

 

「承諾しても構いませんが、こちらからも条件を出させていただきたく思います。

先ほど通貨の交換比率の確定を急ぐことで合意しましたね。設置したそれに基づいて、鉱山開発などで我が国の国民を雇用する際には、正当な代価、具体的には最低日給800クイラ・ディナル*2を支払って頂きたい。我が国はもともと出稼ぎ労働者が多いですので、そういった部分には少々敏感でして。」

 

「なるほど、承知しました。」

 

こういう条件をすぐに受け入れるから上から嫌われるのだろうかなどと思いつつ即答する。

 

(それにしても、英語も向こうに通じているようだが・・・・向こうから聞こえてくる声は日本語なのに、なんで会話が成立しているんだろうか・・・?)

 

アメリカ外交官と一緒であることから、試しに英語を使ってみたのだが、なんの問題もなく通じた。しかし相手から返ってくる言葉はどう聞いても日本語である。

可笑しな話であった。

 

(以前小澤司令官と話した時に口に出した"神とやら"の仕業か?もしそうだとしたらどうせなら日本語と英語も通じるようにすればよかったものを・・・)

 

謎は深まるばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、よく軍部が納得しましたね。満州から撤兵した上に呂大陸駐留軍が2:1だなんて、クーデターが起きても不思議でないですよ」

 

香谷が話しかけてきた。・・・・天皇の命令にクーデターが起きるなんてありえないだろうに、軍部を余程信用していないようだ。

 

「陛下のご命令とあらば逆らう口実がないだろう。アメリカと友誼を図るというのが勅命なのだから、軍部もある程度までは落ち着いているのではないか?」

 

「・・・良くも悪くも天皇主権、ということですか。ただ今回の勅令で、天皇陛下の名を悪用して企みを起こすような連中も少しは減るでしょうか。」

 

「まあ、この勅令の恩恵を1番受けたのは軍だろうからな。これで石油の心配をする必要もなくなった。陸軍だって、石油や鉄があれば機械を増やせるだろう・・・・・・いや、そういえば陛下は陸海軍の反目についても遺憾の意を示されたそうだから、それに反発する連中はいるかもわからんがな。」

 

「こんな世界に放り込まれた以上は、アメリカと共に生きてゆくより他なしでしょう。先日の取引でもらった情報からしてもそのことはより一層明白です」

 

先日の取引というのはクワ・トイネへの技術提供の確約の代価としてこの世界に関する情報を少しだけ貰ったことだ。魔法が一般的ということからしても、どうやらこの世界では地球での常識が通用しないらしい。

 

(戦争を回避したと思ったら新たな戦争が待っていた、なんてことはご勘弁願いたいな。まあ、前と違ってアメリカが敵ではないから、多少は楽だろうが・・・・・・)

 

彼の願いが叶うのかどうか、それはまだ、誰にもわからなかった。

 

 

 

*1
27日深夜。クイラ現地時間(凡そ日本時間と同じ)だと28日の真昼間

*2
略称QD。1000QD≈1円。当時日本の()()()()日雇労働者の日給は約2円




オクタン価がふえるよ!やったね誉ちゃん!
大戦後半に生まれた傑作機が活躍するのって太平洋戦争好きの夢だと思うんですよ。


異世界の通貨って多分金本位制だから普通に考えれば不換紙幣との交換はできないだろうけど・・・そこは大人の事情で。多分外交官が金の市場価格を持ち出してとりあえず当面はそれを基準にするとかにでもしたんでしょう。



次回:(番外)『遣日使節団』




──この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体、国家、歴史とも無関係です。
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