Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
初投稿ですが、よろしくお願いします。
第一話「運命の日—流川春という男」
暗くなった河川敷の遊歩道を、とぼとぼと歩く。
古くから水脈や地脈、霊脈に干渉する術式に長け、そこから転じて現在では上下水道に通じた地主の家系でもある流川家。俺はそんな家の長男として流川の魔術を継承した。といっても、俺自身はそこまで優れているわけではないが。
マイナーな流派であり、魔術協会からはあまりいいように思われていない魔術師の家系。そんな流川の監督下のもと、この街で聖杯戦争が行われるとの知らせが入った。
俺は土地の守護代行としてマスターに選ばれ参加することになったのだが、召喚の儀式が終わったとき、そこにサーヴァントの姿はなかった。俺の手に浮かんだ令呪だけが、力の抜けた腕と一緒に宙ぶらりんで残されていた。
サーヴァント不在の原因が判明するまで待機を言い渡された俺は、自宅でごろごろするのも暇を持て余すので、お気に入りの緑のジャケットを羽織り、夜風を浴びに外に出た。
これからどうなるのだろう。そんなことをぼんやり考えながら遊歩道から川を見下ろすと、あるものが視界に入った。
それは橋の下、深い影を吸い込むような水面に浸かる何者かの影。
―――身投げ―――
そんなフレーズが脳裏をよぎった瞬間、反射的に体が動いた。
遊歩道を外れ、斜面を転がるように駆け下り、水際の境界線を超えて腰まで水に浸かりながら、とにかく必死に叫んで手を伸ばす。
永遠とも思える時間を超えて、彼女の肩に手が届いた。
そこからはよく覚えていない。たしか、身投げを止めさせるために、思うままにあれこれ言ったはずだ。
唯一覚えているのは、俺の呼びかけに応えて顔を上げた彼女が、とても綺麗だったこと。
彼女は自分の肩に添えられた手を愛おしそうに頬に寄せる。手の甲に浮かんだ令呪が、まるで彼女に添えられた華のように淡く彩を浮かべていた。
「ああ、貴方が、私の人なのですね。」
まっすぐに俺を見つめる彼女は、こう言った。
「サーヴァント・バーサーカー。貴方様の求めに応じ参上しました。末永く、よろしくお願いしますね、マスター。」
「運命に出会う」とはよく言ったものだ。
俺は今日と言う日を生涯忘れることはないだろうと、この時確信した。
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数日後、俺は実家が用意した傭兵と会うことになった。土地管理者、流川として参加することになった聖杯戦争。そして、その聖杯戦争の随伴者として戦いを共にする傭兵。正直、写真を見る限り得体がしれない男だと感じたが、果たしてどうなることか。とりあえず、実家が保有するセーフハウスのソファで来るのを待つ。
「あ~、失礼、失礼。こちら流川家で宜しいかぁ~」
まるで友達を呼ぶ小学生のような、いやに大きい声が聞こえてきた。どうやら待ち人が来たらしい。
「ようこそ…ジェーン・ドゥさんですね?」
「どもども。あんたが今回の依頼主か。」
扉を開け、細身ながら俺よりも身長の高い黒衣の男を招き入れる。愛想がいいとは言えない対応をしてしまったが、今更取り繕うつもりもない。
ふと、相手方の手の甲に目を向けた。特に隠すつもりがなかったのか、あっさりと令呪が見える。間違いなく、目の前の男はマスターのようだ。
「麦茶くらいしかないですけど、いいですか?」
「おう、助かるわ。」
同盟相手とはいえ客人である以上、もてなすのは礼儀である。ソファに腰かけた男は俺が出した麦茶を一息で飲み干した。全く警戒する素振りがない。本当に傭兵かと疑問に思ったが、考えたところで仕方がない。麦茶の入った容器をテーブルに置き、対面のソファに腰かける。
さて、どう切り出したらよいものか。とりあえず世間話から様子を探ろう。
「サーヴァントとの関係はどうですか?」
「そうさな…今、自分のサーヴァントはドチャクソ機嫌が悪い。」
返ってきたのはそんな答えだった。あまり好ましくない状況にあるらしい。
「機嫌が悪い?」
「おう。ホントはさっきあんたを殺す気だったんだが気が変わってな。そのことを伝えたら思いっきし拗ねられた」
この男を用意した実家に文句を言いたくなった。随分と血の気の多い男をよこしたものである。
「思いとどまってくれてよかったです。」
だが、もしも俺が殺されそうになったとすれば、「彼女」が黙ってはいるまい。
「まぁ、うちのも今はすっごくへそを曲げてますけどね。」
「お?お互いサーヴァントに嫌われたもの同士か?これは仲良くなれそうだな」
「いや、うちのは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていますよ。もっとも、今はそれが災いしているんですけど。」
ちょうどいい機会だ。彼女も紹介しておくべきだろう。俺は体をひねり、ソファの背もたれ、その後ろを見て「彼女」を呼ぶ。
「『ミナ』。そろそろ機嫌を直してくれよ。」
求めに応じソファの後ろに現れたのは、美しい黒髪を短く切りそろえ、赤い着物を纏う少女。その頭部には、鬼種であることを象徴する二本の角が生えていた。
彼女こそ俺のサーヴァント、バーサーカーである。真名を呼ぶことがはばかられる聖杯戦争において、俺は彼女に「ミナ」という名を与えた。
そんなミナは今、正面の傭兵に対し鋭い視線を向けている。目の前の相手に対する敵愾心、警戒心を隠すつもりはないらしい。
「なぁんだ。お仲間かと思ったら単なる惚気かい?」
「まぁ、そんなところです。自分を大事にしてくれるのはうれしいんですが、その反面、特に『女性』に
敵意をむき出しにしてしまって…そちらのサーヴァントは女性ですね?」
ミナの殺気を受け流す傭兵に、とりあえず言葉のジャブをかましてみる。
「お?よぅ分かったな。そちらの予想通り女性だ。」
どうやら正解だったらしい。男はそう言いながら、自分の背後に目をやる。サーヴァントがいるのか、としばらく警戒してみるが、一向に出てくる気配がない。
「……あれどこいった?」
男の呟きが聞こえてくる。あちらのサーヴァントは随分と奔放らしい。あるいはケンカ別れの様相を呈するほど上手くいっていないのか。
そんな俺の内心など気にすることもなく、わざとらしく咳を吐いて男は俺に向き直る。
「まぁ兎も角。これからよろしく頼むよ」
無かったことにするつもりだな?まぁ、あえて追及はするまい。ここは余裕をもって優雅たれ。抱いた不信感を表に出すことなく、男が差し出した手を握ろうとする。
だが、間に入り込んだミナが無言で男の手を強く払いのけた。その目には先ほどから変わらず強い敵愾心…否、憎悪にも似た感情がにじみ出ている。
これはよくないな。
「バーサーカー!」
俺はクラス名でミナを呼びつける。その声を聞いてはっとしたように、彼女が震えた。そんな彼女の肩を優しく支え、こちらに振り向かせて目線を合わせる。
「令呪をもって命ずる。『俺の言うことを聞きなさい。』」
彼女が俺の身を案じてくれているのは理解している。また、彼女の逸話的にも女性サーヴァントを従える相手と同盟を結ぶことに嫌悪感を抱くのも仕方がないことだ。だから彼女を安心させるよう優しく、その呪文を言い放つ。
右手に刻まれた令呪の一画が光を放ち、そして消えた。決して軽い代償ではないが、これも彼女のためだ。惜しくはない。
「…ごめんなさい、マスター。」
ミナがか細い声を発し、謝罪の意を示す。どうやら伝わってくれたようだ。そんなミナに対し俺は「いい子だ」と言って彼女の頭をなでる。
目線を傭兵の男に戻すと、男は跳ね除けられた手を所在なさげにぶらぶらとさせていた。ミナを責めるつもりはないが、結果として向こうの誠意を無碍にしてしまった。であれば、こちらがやるべきことは、彼に対して謝罪し、改めて誠意を見せること。
先ほどできなかった握手を、今度はこちらから手を差し出して促す。
「すみませんでした。強く言って聞かせましたので。」
「いや、良いサーヴァントだ。大事にしな」
それに応じるように男は差し出された手を握り返し、空いた手で俺の頭を撫でた。子供じみて見られたらしい。あまりいい気はしない。
「それで、これからどうしますか?」
「そうさな…基本的な方針はそちらに合わせよう。だが、此方のサーヴァントは諸事情もあって、『本領を発揮するのに条件が要る』。」
ひとしきり撫でられた後、俺の傍らで不安な表情を浮かべるミナの頭をなでながら男に問いかける。だが、男が返した答えには不穏な気配が漂っていた。嫌な予感がする。
「支障なければ、条件のほうをうかがっても?」
「あ~、うん。ぶっちゃけると『生贄』だ」
表情が険しくなったのが自分でも分かる。流川の人間として聖杯戦争の安全な運行を監視する目的上、生贄の二文字は到底看過しえない懸念材料だ。場合によってはこの場で糾弾するか、あるいは…
「安心しろ。早々やるつもりはないさ。そんな手段を使わなくても、多少ならどうにかなる。いや、どうにかする。」
そんな俺の内心を知ってなのか、問題はないと男は話す。それは不利な状況下であっても勝利して見せるという、プロフェッショナルとしての自負なのか。
「なんというか、最初に言っただろ?機嫌が悪いって。実はこの件もあって、同盟相手に見せられないレベルで荒れてんだよ」
男はため息を吐く。しかし、彼には悪いがそう言ってくれるのは俺としてはありがたかった。これから共闘する上でこちらが生贄を看過できない以上、その選択肢は外してもらうしかない。
「そちらのサーヴァントにはお気の毒ですが、こちらとしては助かります。土地管理者として、町に被害が出るのは可能な限り避けたい。」
自分の庭というのは傲慢かもしれないが、それでもこの街の民間人が犠牲になるようなことはあってはならない。男も、俺の言葉に「だろうな」と返す。
「であれば今回の聖杯戦争、いくら同盟を組んでいるとはいえ、速攻でカタをつけるのは難しいだろう。慎重に行くべきだ。英雄と呼ばれる連中、特に三騎士級のサーヴァントは数の不利なんざ、簡単にひっくり返してくる。」
「そうですね。乱戦になってしまった場合が最悪か…地道に一騎一騎、それも引き際を適切に見定めて対処していくのがいいかもしれません。」
まだ見ぬ強敵に思いを巡らせる。仕方がなかったとはいえ、既に令呪1画を消費してしまった以上、こちらはリソースと言う点で既に不利に立っている。そのことを踏まえて、俺たちは戦わなければならない。
俺は傍らに置いておいたタブレット端末を開き、この街の地図を表示する。
「現在俺たちがいるのがこの地図でいうところの第6ブロック。町の中央である第4ブロックに面しているので、最初はここを目指そうと思っていました。ですが、話を聞くに得策ではなさそうです。ここは第3ブロック、もしくは第7ブロックに歩を進めて、周囲の安全を確保するほうに動きたいのですが、いかがでしょう?」
「そうさな。接しているブロック的にはどちらも同じか。」
俺の提案を聞き、男はしばし黙考する。
「第3、第7ブロックの安全を確保するのは賛成だな。後はどちらに行くかだが、まぁ、それは気分次第で良いだろう」
気分、か。随分気楽なように思うが、何にも情報がない状況ならそれもありだろう。
「では気分で、第7ブロックに行くことにしましょうか。」
俺はタブレット画面を操作し、第6ブロックから第7ブロックまで矢印を伸ばす。
「そうしよう。そこらにはちょっとした用も有ったしな。」
「では決行は明日。それまでは自由時間にしましょう。このセーフハウスは好きに使っていただいて構いませんよ。」
「そいつぁ有難い、と言いたいが。これからサーヴァントを慰めに行かないといけないんでな。ちょっとぶらぶらしてくるわ」
「それはまた…大変ですね。」
サーヴァントとの関係修繕は急務だ。既に同盟は結んでいるんだし、細かいことはそのうち聞けばいいだろう。
「おう。取り敢えず…次郎系ラーメン喰ってくる」
次郎系…このあたりだと、あの店か。味が濃くて量が多いので若者的にはうれしいが、果たしてこの人の腹に収まりきるのだろうか。
そんなことを考えながら、とりあえず玄関までミナを伴い、男を見送る。
「そっちも気張れよ?叶えたい願いがあるんだろ?」
「どうですかね。若者の夢なんてささやかなものですが…まあ、気張らせてもらいますよ。お互い頑張りましょう。」
「おう」
玄関で靴を履きながら、俺を見て問いかけた男に対し、ややはぐらかしながら自分なりの回答を返す。その答えに満足したのか、男は手を振りながら離れていった。
俺はミナを抱き寄せつつ、もう片方の腕で男に手を振り返す。
明日から戦争が始まる。不安や期待感、様々な感情が混ざり合う。でも、逃げることはできない。
俺は彼女と共に、この戦争を見極めるのだから。