Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
第十一話「妖精と女王と理想論者—Way of Life」
ああ、なぜ私はこの世界に生まれてきてしまったのだろう。
そう考える日々が延々と続いていた。
もう疲れてしまった。何故物語じゃなく現実に生まれてしまったのか。
そんな言葉を、誰に聞かせるわけでもなく、独りつぶやく。
もし自分が物語の存在ならば、救いをくれる英雄がいてくれるはずなのに。
そんなくだらない妄想を、何度となく思い描いた。来るはずないと、理解していながら。
わかっていたはずだ。現実に生きているならば、その現実に抗う他ないということは。
そんな思いを秘めながら、私は今日も生きていく。「普通」を目指して、生きていく。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、こっちに来たら…なんか今日は少ないわね。」
深夜、人気のない公園に集う陣営は4つ。
一つはクリー・グローシーとランサー・アイフェ。
一つはベルナデッタ・エクレシアとセイバー・トール。
一つはキャスターのデミ・サーヴァントであるシンヴァ。
そして、
「…七組の内の四組が居るなら少なくはないと思いますが…一応確認しておきましょう。流川さん。ジェーンさんはどちらですか?」
「さらうだけさらった挙句、同盟も反故にされて逃げられたよ。」
そう言って自嘲気味に笑う最後の一組は、昨夜ジェーンの手によって拉致された流川春とそのサーヴァントであるバーサーカー・宇治の橋姫ことミナだった
「成程…そうなりますか。 彼からしてみれば、貴方と共に行動するのは縛りの様なものでしょうからね。」
「ジェーンさんは俺達の方針によく従ってくれたよ。それに昨日の拉致も、一応俺のことを考えてのことだったらしいし、ここまでしてくれたことをむしろ俺は感謝してもいいと思ってる。」
もしもあの場に春が放置されていたら、ジェーンという異端者を聖杯戦争に招いた責任を追及されていたかもしれない。無論、普通に考えればそうならないだろうことは予想されるが、万が一ということもある。故にジェーンは、同盟を反故する前の最後の義理立てとして、依頼主の安全を確保しようと動いた、というのが拉致の真相らしい。少なくとも春はそう理解していた。
「まぁ、こうして俺が出歩いてる時点で、無意味なものになっちゃったけどな…」
「ふぅん…色々あったみたいね。なんかとんでもない異変があったみたいだし。」
あの場におらず、使い魔による目なども有していないクリーは、当然昨夜のことを何も知らない。それでも、顔色が良くない面々を見て、何か大変なことが起きたのであろうことは察した。
「それで?話を聞く限り、傭兵の相棒を失ったアンタは、ミス・エクレシアとでみさーばんと?の彼女らを相手に同盟を結びに来たのかしら?ずっと一緒だったらしいし。」
「んと…それは違うかな。これは私の都合。ちょっとした儀式というか…契約を果たさないといけないから、あまり見られていたくはなかったんだけどね」
春に向けたクリーの質問に対し、答えたのはシンヴァである。だが、いつもの明るさは鳴りを潜め、その目は何処までも真剣だった。
「ここにとどまるのは構わないが、こちらに干渉をするのは止めておいたほうがいい。」
シンヴァの言葉を春が引き継ぎ、クリーに説明する
「これから始まるのは、聖杯戦争でも何でもない、『仲たがいのケンカ』だ。下手に刺激すると、流れ弾が飛んでいくぞ。」
「仲たがいのケンカ?」
状況が読めないクリー。彼女が有していない何かが、この場の起点になっているとはわかるが、その詳細がつかめない。
『…何か勘違いしているようね』
困惑するクリーを余所に、シンヴァが口を開く。
だが、どこか様子がおかしい。
『私は、貴方が輝く様を見たい。その為に貴方を祝福した。そういう話だったはずよ』
その口調は冷たく、それでいて言葉の一つ一つに「力」がある。
『輝きは無かった。貴方は私を拒絶しなかった。そして…時が来てしまった。この子の為にはならないけれど、私の時が来てしまった。』
確信する。目の前で話す少女は『シンヴァではない』。
『私がこの子の…「友達を作る」という願いを叶えているからこそ、この子は私を拒絶しない…たとえそれがどれだけ歪な方法だったとしても。』
シンヴァの中にいる霊基…リャナンシーが、彼女の体を借りて話しているのだ。
『そして、そんなこの子を、貴方は…拒絶しきれなかった。その代償を、払ってもらうわ。貴方のその力を持って。』
これがシンヴァ…否、リャナンシーが有する第二宝具『祝福の終わり、そして終焉の始まり』の効果である。
第一宝具で対象に与えた「祝福」という力の欠片を回収し、自身の全能力を大幅に引き上げるという効果を持つ対人宝具。数多くの「条件」をクリアしなければ発動すらできず、その難易度故にライダー・オルフェウスから「実現性に欠ける」とまで言わしめた異能。だが一度発動さえしてしまえば、その効果は絶大だった。
あらゆる能力値がBランク相当まで向上し、元から高かった能力に至ってはEX(規格外)にまで到達している。まさに理不尽と評すにふさわしい力。
だが、そんなリャナンシーを前にして一歩も引くことなく春は口を開く。
「始める前に、確認したいことがある。」
『…何かしら。』
「『君は』この聖杯戦争に、友達を切り捨ててまで叶えたい願いを抱いているのか?」
それはシンヴァとリャナンシー、どちらに対しての言葉なのだろうか。
「それが無いというのならどうか、ベルナデッタさんと…『友達』と一緒に、この聖杯戦争を静観していてほしい。」
ただ『君を』傷つけたくないと。そんな春の甘すぎる考えが伺える言葉だった。
『…ああ、その言葉は…私じゃなくて、あの子に言うべきだったわね…』
だが、春の言葉は『彼女』には届かない。
『私はリャナンシー…祝福を与える代わりに、その「セイ」を貰う者…対価を、支払ってもらうわ。』
ここに、交渉は決裂した。
『…『祝福の終わり、そして終焉の始まり』…これが、貴方への最期の祝福よ』
戦いは避けられない。そして、これが最期になるかもしれない。
思い残すことがないように、春はバーサーカーを呼び寄せ、構える。
『巻き込む形にはなるけれど、付き合ってください。ベルちゃん』
「そう…ですね。申し訳ありません、流川さん。私には、彼女に助力する理由がある。」
ベルナデッタは、リャナンシーの側に立つ。それが同盟を結んだ者としての務めである故に。
だが、戦いを始める前にベルナデッタは、バーサーカーに向けてこう言った。
「ミナさん…貴女が願いを持てと諭してくれたコト、本当に嬉しかったですよ。」
それは役割に徹し、鋼鉄となることを課した己の心に、人間らしさを思い出させてくれたことへの感謝の言葉だった。
「なるほど。二対一か…であれば、マスター。」
「その勝負、参戦させてもらうわよ。第三者の立場としてね。」
そんなタイミングで、これまで静観の構えをとっていたクリーとランサーが参戦を表明する。
あえて「第三者」と明言したのは、どちらにもつくことは無いが、どちらにも攻撃をするという意思表示か。
何であれ、この場は「三つ巴」の戦場になると、そう宣言した。
「…その前に確認をさせてほしいのだけどいいかしら?」
ふと、思い出したかのように全員に向けて、クリーが発言する。
「まず一つ。巻き込まれたから仕方なくここまで来た者はいるのかしら?だとしたら脱落だけして逃げなさい。これは警告よ。その上で逃げないというのなら、『戦う意志』をもった者として認識するわ。」
「それは……」
聖杯戦争開始から1日目、教会でベルナデッタがクリーに教えた忠告の文言。それをクリーはしっかりと覚え、胸に留めてくれたのだ。
そしてこれを問うということは、本気で勝ちに行くという覚悟の表明でもある。
「ええ。私は願いの為に、此処に立つ。退けません!」
『私も引かない。これは、私の信念…そして、この子の為なの』
クリーの言葉にベルナデッタとリャナンシーは即答する。
この戦いに、己のすべてを賭けると、そう宣言した。
「俺は言われて参加しているわけだから、きっとここで退くべきなんだろうけど…」
対する春は、クリーの言葉に迷いを見せる。
確かに、思い返せば主体性のない参加方針だった。軽い気持ちで父親からの頼みを引き受け、土地管理者として聖杯戦争の行く末を見守る。叶えたい夢もなく、根源の到達などにも興味もなく。
だが、ここに一つ、見逃せない「祈り」がある。
「こればかりは意地だ。俺も戦わせてもらおう。」
「伴侶」が支えてくれるならば、この我儘な願いを押し通してみたい。
「ごめん、ミナ。我儘に付き合わせる。」
「マスター…貴方は優しすぎる。その優しさが自らを傷つける前に、どうか改心なさってくださいね。」
仕方のない人、と春に困ったような笑みを向けるバーサーカー。
だが、此方も覚悟は決まった。春と共に生き、そして死のう。そう決意して、バーサーカーは構える。
「そう…なら改めて。貴方達を、私にとっての敵として認識させてもらうわ!」
全員の意思を確認し、クリーはそう宣言した。
「漸く…漸くだ。女だろうが容赦はしねえ。オレの威光の前に、翳る礎と為りなァッ!」
待ちきれないとばかりに雷光を迸らせ、この場にいる「勇士達」を威嚇するセイバー。
『…令呪を持って命じる。迷うな!シンヴァ!!』
震える体を叱咤し、令呪を使って無理やり動かすリャナンシー。
「さぁ、聖杯戦争を始めましょう。」
そんなランサーの一言を合図に、各々が一斉に飛び出した。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「さて、ここにいる全員、私を知っているなら、もう躊躇うことはないわね。」
そう言って、ランサーは己の槍を地面に…正確には月明りによって生まれた己の影に突き刺した。
槍は影に飲み込まれ、そして同時に間合いの中にいるサーヴァントたちの影から赤い矛先が出現する。
「宝具開帳。『祈り穿つ魔造の槍(ゲイ・ボルク・イミテーション)』」
これこそがランサー・アイフェの宝具であった。
影の国の女戦士にして最高位の魔術師でもある彼女は、ケルト神話における無双の英雄クー・フーリンの魔槍を原初のルーンによって複製し、射程内にいる生命体の影を媒体にして射出する術式を生み出した。複製された槍は本物とは異なり「因果逆転」の権能や「不治の呪い」こそ有していないが、影の多い状況、つまり多人数による乱戦の中で、その優位性を発揮する。
そしてその能力は、マスターであるクリーが有する「異能」とも相性が抜群であった。
「『私に見惚れなさい』」
セイバー・トールと春の動きが一瞬止まる。
クリーがその身に宿す異能。それは「女王メイヴの血統」である故に発現した呪い(ちから)。「魅了」のスキルであった。
視界内にいる異性に対し効果を発揮し、その肉体を一定時間、限定的に操るスキル。
抵抗力の強い英霊や魔術師であればレジスト自体は不可能ではない。事実、セイバーは効果が発動した直後に全身に魔力を漲らせ、魅了の効果を弾いている。
だが、治癒以外の魔術を碌に使えない春ではクリーの魅了に抗うことができず、本人の意識とは裏腹に、その足が相手の間合いへと誘導されていく。
「こ…レ…は…!」
不味いと頭でわかっていても、己の意思で体を動かせない春。
そしてついに、ランサーの宝具の間合いに「入れさせられた」。
「ようこそ、「殺し間」へ。歓迎するわ。」
直後、春の足元の影から槍が射出され、春の肉体を貫く。
「ぐあぁぁ!!?」
「マスター!!!?」
『よそ見している暇はないよ。』
春の窮地に意識が寄せられるミナ。
だが、彼女自身既に前線に立っており、目の前には敵が…リャナンシーが構えている。
『アナタたちはセイバーの支援をしてあげて。私は…彼のサーヴァントを狙う!』
そう言ってリャナンシーは、周囲を飛び回る妖精に指示を出し、セイバーの援護に向かわせた。
そして同時に、自身の魔術回路を励起させ、ミナに魔術を放つ。
『墜ちなさい!』
「させません!」
リャナンシーの「魔術」を、ミナは「呪術」をもって相殺しようと試みる。
だが、相手はキャスターで、自分はバーサーカー。完全に相殺することは叶わず、少なくないダメージを負うこととなった。
「そらそらぁ!休んでる暇はねぇぞ!!」
そこに追い打ちと言わんばかりに現れるセイバー。シンヴァが与えた「祝福」とリャナンシーの指示で行われる妖精からの援護を受けて、北欧の雷神は己の鎚を豪快に振りかぶる。
「消し飛びなぁああああ!!」
ミョルニルの出力が上昇し、雷霆と共に振るわれる。必殺の意を込めて放たれたその一撃はミナの脇腹に直撃し、小柄な彼女の体を吹き飛ばした。
「がっ!!!」
「ミナ!!くそっ、なんでこんなことになっちまったんだ…ッ!」
意思に反して身動きが碌に取れない春は、それでも腕を無理やり伸ばし、治癒魔術をミナに向けて飛ばす。
だが、クリーの異能が魔術回路にまで影響しているのか、それが効力を発揮しているのかそうでないのか、彼自身判別がつかない。
(このままじゃ…本当に…!)
万事休すかと、自身の死を覚悟する春。だが、予想外のことが起きるのも戦場の常だ。
先ほどミナを盛大に吹き飛ばしたセイバーに対し、ランサーが作り出した「幻影の魔槍」が襲い掛かる。
「セイバー、貴方の意識はあの子に向いているのかもしれないけど。貴方に向けられている意識はここにあること、自覚した方がいいわよ。」
「クハ、ハハハハ!まさかルーンで勝負を挑むとはなァ!そのルーン…誰が与えたモノだと思っていやがる!」
半ば奇襲染みたランサーからの魔術攻撃を、セイバーは源流を同じくするルーン魔術によって迎撃する。
まるで雨のように降り注ぐ魔槍の群れを、雷がまとめて撃ち落とす。しかし、雷撃による結界を突破したいくつかの槍がセイバーの四肢に直撃した。
「キャスターとして呼び出されたならともかく、セイバーの貴方にコレで負けるわけにはいかない。」
「良いねぇ…戦はこうじゃなくちゃなぁ!」
「あら、ならこういうのはどう?」
そんなセイバーに対し、クリーは己の『宝具』を使用する。それは魅了スキルよりも色濃く「女王メイヴ」の血の影響を受けたものであり、彼女にとっては忌々しくも、最強の手札でもあった。
「『我が唇に宿りし妖蜜(ハニーリップ)』」
それは相手の「生命」を奪う魅惑の口づけ。
己の唇を通じて相手の体内に魔力を通し、命を削る呪い(まじない)を与える能力。
たとえどれだけ頑健な者であっても、彼女の唇に触れ続ける限り、やがて彼女に屈せざるを得ないほどに衰弱する。
数多の勇士と夜を共にし、そして屈服させ続けた女王メイヴを象徴する異能。それがこの宝具であった。
「やめろ!お前はフレイヤか!この 色情魔!」
「シキジョーマ!? こっちだって好きでやってるんじゃないわよ!」
だが、セイバーはそんなクリーを力任せに振りほどき、突き飛ばす。
いかに神話の女王が有していた異能であっても、「神」には通用しない。ましてや相手はその神話体系の頂点に座するもの。サーヴァントとなるうえで、その霊基を削っていたとしても、人間が持つ程度の異能では届かない。
「(出し惜しみせずに全力で攻撃したのに、まだ落ちないの…?)」
早々に自分の切り札を潰されたクリーはやや焦りを見せる。
だが、諦めるのはまだ早い。まずはバーサーカーを失い、身動きの取れない春を先に始末しようと考え…
「ガァァアアアア!!」
公園の茂みから般若のごとき様相で飛び出し、ランサーに突撃するバーサーカー・ミナを見て、認識を改めた。
「へぇ、こっちを狙うのね…」
歴戦の猛者であるランサーに焦りはない。
手元に槍を召喚し、力任せに振るわれたミナの一撃を受け流そうとする。
「っ…意外と重い…!」
だが、その重さはランサーの予想を超えていた。
完璧に流しきることはできず、腕が痺れる。と言っても、数秒経てば治るレベルではあるが。
しかし何故、とランサーは考える。セイバーの一撃は間違いなく直撃。致命傷にも等しいモノであった。長年の経験に照らし合わせても、ミナが復帰するには早すぎる。
「マスターのおかげです」
ランサーの疑問に答えるかのように、ミナは愛おしそうに脇腹をなでながら、そんな言葉を口にした。
セイバーの一撃が突き刺さったその場所には未だ痛ましい傷跡が残っているが、いくらか塞がりつつあるのが伺える。
クリーの魅了によって縛られている中、春が必死になって飛ばした治癒魔術がミナの傷を癒し、彼女をこの場に間に合わせた。
春の想いは、確かに彼女に届いていたのだ。
「シンヴァさん、あなたはマスターにおっしゃいましたね。『貴方はこの子を拒絶しきれなかった』と。輝きを見ることもなく、その時を迎えてしまったと。」
戦場の中央。敵対者に囲まれるのも厭わず、彼女は堂々と仁王立ちをし、リャナンシーに向けて言い放つ。
「ならばその目を開いてよくご覧ください。これが我が伴侶、流川春の輝きです。自分が不幸になろうとも、人には幸せであってほしいと願い手を差し出す、青臭く、泥臭く、そして気高く尊い、一欠けらの輝きです。」
冷たい川の中で感じた確かな熱を覚えている。硬い河川敷の上で抱きしめられた時のぬくもりを覚えている。
彼に与えられた「愛」を胸に、春の輝きを証明するため、戦うことを選択する。
「あなたが否定しても、その時が来たとしても、それでも私たちは、貴方と『友達』でいる未来を諦めない!」
雲が晴れ、月の光がミナを照らした。
まるで、彼女こそがこの場の主人公(ヒロイン)であるかのように。
「後は貴女が、そうありたいと思ってくれるだけでいい。どうか、答えを聞かせてください。私の伴侶は、それを望んでいます。」
そんなミナの言葉にひるみ、たじろぎ、戸惑い…そして恐怖をリャナンシーは感じた。
『…やめて、やめなさい!私はそう言う在り方を持って生まれた存在なの!私を、否定しないで!私が祝福したらみんな死ぬ…そういう在り方が私の存在理由なのよ…!…シンヴァは、望まなかったとしても!私は…!』
それは懺悔か、慟哭か、あるいはもっと別のものなのか。
『…私は、私の…そして、シンヴァの望みを叶えたい!経緯がどうだったとしても!安住の地を求めたい!その願いを…滅ぼさないで…!』
否定しないでほしい。
見捨てないでほしい。
誰か、『私たちを』救ってほしい。
そんな『彼女』の想いが零れ落ちる。
「それが『君の』願いなんだな。」
未だ自由の利かぬ体を無理やり動かし、春はリャナンシーと向き合う。
「でもそれは、本当に『シンヴァさん』のためになることだろうか?」
『…』
『彼女』は何も答えない。だが、その目には迷いが伺える。
「…クリーさん!ランサー!」
迷いを抱く彼女の様子を見て、春はクリーとランサーに提案する。
「再三にわたって我儘を言って悪い。でも、ここは退いてくれ。戦いたいなら、後でちゃんと落ち合うから。」
「……」
「彼女の願いのために、どうしても必要なことなんだ。頼む!」
未だ碌に身動きできない中、決死で頭を下げる春。そんな彼の姿を見て、沈黙を保ってきたクリーが口を開いた。
「自分が不幸になろうとも、他人には幸せであってほしいと願う? 輝き?そんなの…『口だけ』よ。」
吐き捨てるかのように、ミナと春の言葉を拒絶する。
「聖杯戦争はね『自分の幸福』を掴むために、己の力で成し遂げる…そうでなきゃいけない儀式なの!他人のために不幸になれる人なんて…物語にしかいないのよ!」
そんな人間がいるのであれば、私は此処にいなかった。もっと「普通」に生きることができた。
だけど「そうはならなかった」。
そんな「現実(セカイ)」を知るからこそ、クリーは春とミナの振りかざす理想論を否定する。
「…私は、退くこと自体は別に構わない。」
感情のままに言葉を紡ぐクリーに対し、ランサーは冷静だった。否、無関心というべきか。
彼女はこの状況下でも動ずることなく「次の動き」を冷静に組み立てる。
「だが、それを頼むならセイバーにも言うのだな。奴が私を逃してくれるかどうか。」
「…はぁ… オレを殴っておいて、大人しく逃がせ、と?」
ランサーの言葉に応じるように、ため息を吐きながらセイバーが答えた。
逃がすわけがない。殴られたのに殴り返さないのは流儀に反すると彼は目で語る。
「ベルさん、セイバー。我儘に我儘をつけ足して、さんざんに振り回しているのはわかってる。それでも、これ以上戦いを続けて、シンヴァさんの祝福を誰かの死で終わらせたら、彼女たちはもう止まれなくなる…!」
体面などかなぐり捨てて、春は必死に頼み込む。
ここが分水嶺なんだと。この機を逃せば、『彼女』を救えないと。
「俺はこの聖杯戦争を、誰かを蹴落とす戦争で終わらせたくないんだ!」
これが、今まで他人に流されるしかできなかった青年が、初めて自分で見つけた「願い」だった。
『…ふざけないで!』
だが、そんな青年の願いを、リャナンシーは拒絶する。
『私の在り方を、否定するな!概念で存在している私に!在り方を否定されれば私は存在できない!その上で…私は…己の最後をシンヴァの為に使うと誓った!』
『彼女』は言う、分水嶺はとうに過ぎたのだと。もう突き進むしかないのだと。
『この子に嫌われてもかまわない…でも、だからこそ!私はこの聖杯戦争で…彼女を連れていく!そう、誓っている!戦争なの、これは…だから、貴方への最期の祝福は…これで決まりなのよ…!これ以上、否定をするなぁあああ!』
それはもはや絶叫に等しかった。もう彼女は自分の意思で止まることは出来ないのだ。
「もう一度だけ聞いてあげる……」
そんなリャナンシーの叫びをしり目に、再びクリーが春に問いかける。
「ルカワ・ハル…貴方が降りてくれるつもりなら、保護してもいい。だけど、そうじゃないなら、私は…」
それは最後通達だった。
「…俺は仮にも土地管理者だ。この聖杯戦争を監視し、時に問題があればその権限と武力をもって、場を収める必要がある。」
その言葉に、春は淡々と答える。その様はいつかのベルナデッタに似ていると、あの場にいた者は思ったかもしれない。
「あぁそうさ!こんなふうに誰も幸せにならないなら、いっそ降りてやったっていい!」
だが、「流川」という名が、それを許さない。
「…でも、俺達はこの戦争を『降りられない』。降りることは…できない。」
そんな春の言葉を聞いて、クリーは何故と問いかける。
「そんなの…役目から逃げればいいじゃない。自分が不幸になってまで人の幸せを願う必要なんてありはしないのだから。」
「…なってしまったものはしょうがない。自分でも難儀な生き方だと思うよ。でも、誰かがそうならなければ、みんなが我儘な人間になってしまうだろ?」
「人間なんて全員我儘よ!口で理想を語ろうとも、その手は欲に塗れている!その手から逃れるには……その手を斬り落とすしかないのを私は知っている!」
「その手を取り合うことだって、きっとできるはずなのに。」
現実主義者(クリー)と理想論者(春)の会話は、どこまで行っても平行線だった。
たとえどれだけの現実を突きつけても、この男は「それでも」と言い続けるのだろう。
「少年、貴方の願いが真であるなら、行動で示すといい。」
これまですまし顔で議論を見ていたランサーが、春に話しかける。
「真に自分を犠牲にしてでも、他人の幸福を願えるなら…歩めばいい。」
たとえそこから先が地獄であっても、「進む覚悟」があるというのなら。
「望んだ結果は、相応の行動からでしか得られない。何せこれは、『戦争』なのだから。」
言葉ではなく行動で示せ。
いつか、ジェーンがベルナデッタに対して言った言葉を、ランサーは春に向けて言い放つ。
「…交渉決裂、かぁ…」
既に、魅了の効果は薄れており、痺れが残りつつも自由に動けるようになった春は、力なく空を仰ぐ。
「どうして、どうして誰もわかってくれないんだ…。」
『…わたしは…』
「私はね! ただ幸せになりたいの!」
リャナンシーの言葉を遮るように、クリーは己の願いを口にする。
「私は『身体(わたし)』を抹消しなければ先に行けないのよ!貴方が私に言ってるのは、それを妥協しろと言ってるのと同じなのよ!」
この身に宿る「女王メイヴ」の「血統(のろい)」を消し去らない限り、クリーの望む「普通(みらい)」は無い。そのためにも、彼女には聖杯が必要だった。
「だから聞いたの、ここにいる者は、その覚悟がある上でここにいるのか、ってね。」
「誰かを傷つけなきゃ、当たり前の願いも叶わない、か…………上等だぁ!!」
そんなクリーの言葉を聞いて、ついに春がブチギレた。
「やっちまえ、バーサーカーッ!!こんな救いのない茶番劇なんて、これ以上続けてられるか!」
春の変貌を、絶叫を、周囲は黙って見届ける。
「全員ぶっ倒して、俺が全員分の願いをかなえる!それでいいんだろうクリー!お前らが悪いんだ、お前らがみんなの手を取る未来を見ないから、誰かがその手を取らなきゃいけなくなるんだ!くそっ、くそ…っ、なんで、なんでこんなことになっちまったんだよ、チクショウ!」
「それでいいのよ、出来るものならね!でも、出来やしない!これは英雄譚(ものがたり)じゃないのだから!」
そんな春を挑発するように、クリーは己の信念(げんじつ)を叩きつける。
「その言葉が口だけじゃないなら!貴方の手で私を殴ってみなさい!友達で居続けるなら、その他は切り捨てること!であれば狙うのは私か!セイバーかよ!」
クリーの言葉を聞いて、春は顔を上げる。憎しみは涙となって流れ落ちた。残ったのは、やってやるという想い。
クリーを傷つけ、シンヴァを救う。己が抱く甘さを貫き通して見せるという決意。
流川春は、誰かを助けるという英雄譚(ものがたり)を、その在り方を諦めない。
「…バーサーカーのマスター。お前らがオレのマスターにやった事。『聖杯戦争の調停』という願いを認めなかった事。今は一人いないが、あの時お前ら言ってただろう?」
クリーに名指しされたセイバーが、春に対して言葉を投げかける。
「口だけなら何とでも言える、行動で証明してみせろ、と。それが巡り巡ってお前に返ってきたわけだ。」
だから、と春にミョルニルを突きつけて続ける
「証明して見せろよ。其れで対等だ、だろ?」
それが戦闘再開の合図となった。
後編に続きます