Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
第十三話「人と神と妖精と―Wishes and Determination」
月の無い夜。街の中央を流れる大きな河を繋ぐ橋。
その歩道にあるベンチにて、四人の男女が集まり談笑していた。
「あ”ぁ”…(ゴクン)…ふぅ…相変わらず慣れないわ、これ。」
『害がないと分かっているとはいえ、結晶化した魔力の塊を飲み込むなんて経験、早々にはないだろうからね。』
「とはいえ、もうちょっとこう、綺麗に呑み込めないのかお前は。」
「体調がすぐれないようでしたらすぐに言ってくださいね!」
四人の男女…弓騎同盟はこの橋に到着してすぐに人払いの結界を展開し、とある人物たちの到着を待っていた。
「来てくれたんだな。」
「あ、来たわね、土地管理者()。」
「一応、血筋的には本物だから、()は外してくれ。」
そんなクリスの物言いに苦笑するのは弓騎同盟の待ち人こと流川春。
その後ろにはミナとベルナデッタ、シンヴァとセイバーもいる。
「一応使い魔越しに見てはいたけど、そっちは一段落したって認識で相違ないわね?」
「うん。一段落…したかな?」
「ええ、そうですね。私達はランサー陣営を打倒し、此処に。」
「…まあ、そんなところ。いろいろ配慮してくれてありがとうな。」
対アサシン包囲網を形成する一環として弓騎同盟は事前に用意していた連絡手段を春たちに渡し、連絡を取り合っていた。その過程で彼らはデミ・サーヴァント「No.3-シンヴァ」の宝具の詳細を共有しており、クリス達は春から「介入しないでほしい」との要請を受け、使い魔による監視を条件にこれを受諾。不干渉を貫いた。
そんなクリス達の配慮に対し感謝を述べる春だったが、対するクリス達が春に向ける目線は冷ややかなものであった。
「ねぇ、バーサーカーのマスター。」
「何かな?」
「あのくそったれ共が来る気配がないんだけど、どういうことかしら?」
「あー、誘った手前開き直れないが、俺に当たられても困る。俺はもうジェーンさんたちの行動を指揮できる立場にないし…正直に言うと、ここで遭遇かつ打倒というのは願望に近かった。完全に逃げの一手。それも散開した追っ手を各個撃破する考えらしい。」
それは今日の会合が行われる数時間前。春はアサシン陣営の動向について、使い魔を通じて弓騎同盟に自分なりの考察を述べていた。そしてこの橋に来る可能性が高いと予想した春は、橋の上で待ち伏せしようと弓騎同盟に話を持ち掛け、今に至る。
しかし、クリスの反応から察するに、待ち伏せ作戦は空振りに終わってしまったらしい。
「自信満々に『きっと仁王立ちして待ってるよ!』って言ってたくせに…」
「昼にこの辺りを調べた時は痕跡があったから、きっといると踏んでたんだけどな。」
「未来が分かるわけでも無し、仕方ない事だ」
そんな他愛のないやり取りを交えつつ、今後のアサシンをどう包囲していくかについてこの場に集った全員で話し合う。
敵と味方、マスターとサーヴァントの垣根を越えて議論を重ねる様は、聖杯戦争を知る者からしてみればとち狂っているとしか思えない光景だが、当人たちはいたって真面目である。
しばらく議論を重ね、詳細を詰めていく段階に入った時、ふと想いったったようにクリスと蓮が他の参加者に向けて問いを投げかける。
「あのアサシンを討伐できたとして、アンタらはどうするの?」
「まさか、目出度し目出度し、だけで終わるわけがないだろうしな。」
その問いに小さく息を飲みながらも、ベルナデッタが答えた。
「…聖杯戦争を再開します。今度は監督役でなく、参加者の一人として。」
「へぇ。」
「なるほどな。」
「ランサーを巻き込んだ戦闘での話です。貴方達も見ていたでしょう?私は、彼女を屠った。」
正確に言えばランサーたちを屠ったのは彼女のサーヴァントであって、彼女自身ではない。だが、それをあえて指摘する者はこの場には居なかった。サーヴァントの行いはマスターの責任でもある。そのことを全員が理解しているから。
「私は『監督役』の領分を越えた。彼女は…処罰すべき対象ではなかったのに…」
そう言って自嘲気味に笑うベルナデッタを誰も止めようとはしなかった。
「もっと早くに、覚悟を決めるべきだったのです。守る為に剣を採る。それは戦いを意味するのだと。自らの為に剣を採るのと、さほど変わりがないという事に。」
想いだけでは届かない。何かを成し遂げるには相応の力が、覚悟が必要だということを、この聖杯戦争で彼女は思い知った。
「だから私は、私の為に此の戦争で勝利します。監督役ではなく、ベルナデッタ・エクレシアとして。」
思い知ったからこそ、己の意思で勝利を掴むとベルナデッタは宣言する。
そんな彼女に対しクリスは再度問を投げかけた。
「勝利するということは聖杯を手にするということ。その聖杯をもって、貴女は何を成そうというの?」
戦争を勝ち抜くということは、聖杯にかける願いがあるということと同義だ。故にクリスはベルナデッタが抱く願いに少し興味がわいた。
「…言えません」
だが、そんなクリスに対する彼女の解答はつれないものであった。
「あそ。まぁ、義務感で戦ってるだけじゃないということね。」
「無い」ではなく「言えない」ということは、ベルナデッタ自身、叶えたい願いそのものは存在しているということだろう。だが、少なくともこの場でそれを公開するつもりはないらしい。
クリスもそれについて深堀するつもりはない。自分が殺すかもしれない相手のことなど、深く理解すればしようとするだけ傷が深くなるだけだから。
ただ、聖杯戦争の参加者としてクリスにはどうしても聞きたいことがあった。
「この一週間、結構な頻度で貴方たちのやり取りを見てきたけど。貴方たちはなぜ聖杯戦争に参加してるの?正直言って、貴方たちに聖杯が必要だとは思えないのよ。」
「まぁ確かにな。」
クリスの言葉に同調したのは、実体化してケンタッキーを食べているセイバーだった。
今更かもしれないが、既に彼の真名はこの場にいる全員に知れ渡っている。だからだろう、当初使っていた女言葉は鳴りを潜め、最初から男口調を全開にして会話に参加していた。
「私が参加した理由。最初に述べたものに一切の嘘はありません。私は第八秘蹟会より派遣され、此処に調停役としてやってきた。聖杯の真贋鑑定も兼ねて。」
いつかの夜に春達の前で話した目的は決して嘘ではないと、ベルナデッタは改めて告げる。
だが、今の彼女はそれだけじゃない。
「ですが…今は、聖杯が欲しいのです。叶えたい願いは、私の手で成せるものではない。セイバーにも…」
相変わらず具体的な願いは口にしなかったが、それはきっと悪意のあるものではないだろう。
この聖杯戦争で彼女の身の回りで起きたこと。それを考えれば、詳細は分からずとも願いの方向性は見えてくる。
「私は簡単だよ。人の輝きを見たいから。」
次に答えたのはシンヴァだった。彼女の言葉は相変わらず抽象的で、漠然としている。
「それと、私の中の彼女が望んでいる願いの為、かな?正直、輝きさえ見れればそれでよかったんだけどねー。でも今は色々欲望が生まれちゃったから、捨てたくないなって。」
そんな彼女もこの聖杯戦争で変わったのだろう。少し前までの彼女であれば、もっとこの手の質問に対し煙に巻いていただろう。しかし、今のシンヴァは以前と比べて会話がしやすく…そしてより手ごわいと、クリスと蓮は感じた。
「まあ…そうだな。確かに、俺が聖杯を求めている理由はどこまでいっても後付けだ。アンタたちの求めるものに比べれば小さいだろう。」
最後に口を開いたのは春だった。周囲の状況に揉まれ、流され、ボロボロになったこの一週間。今回の聖杯戦争で最も激動を生き抜いたマスターは誰かと聞かれれば、それはおそらく春だろう。
「だけどそれは、ここまで連れ添ってくれたミナをないがしろにする理由にはならない。俺は彼女の伴侶なんだから。彼女のために、グラスの一つくらいプレゼントしても罰は当たらないさ。」
そう言って春はバーサーカー・ミナの肩を抱き寄せる。
「愛ってやつ?」
「それを吐かせるのは野暮だね。」
「ゲロ甘だな。」
「ちょっとはニヒルな返しができるようになっただろ?」
クリスと蓮に対し、まるで同年代の友人に自慢をするように春は言葉を紡ぐ。
そんな春の様子に反応したのはこの男だった。
『いいじゃないか。愛に生きる。私としては大いに共感できる話ではあるね。そうだ、この戦いが終わるまでに、君たちをイメージした曲でも作ってみようかな?』
「神代の楽士殿にそう言ってもらえるのはありがたいが、落ち着いて聞けないのが残念だな。」
『なに、その時は楽譜でも残すさ。私が消えても、音楽はこの世界に残る。』
ギリシャ神話に名を遺す伝説の吟遊詩人オルフェウス。彼と彼の妻エウリュディケーの逸話は有名だ。事故で命を落とした妻を救うために、前人未到の世界であった冥府に身一つで突撃し生還。結果としては失敗に終わってしまったが、現世へと帰還した後も彼は決して再婚することなく、死ぬまで妻を想い、それを詩に遺していたという。
数ある神話の中で最も「愛」に殉じた男。そんな彼だからこそ、春に対して共感を抱く。
「まったく、こんな面子を集めてやることが殺し合いだっていうんだから、聖杯戦争ってのは腹に据えかねるな。」
「戦ってのはそういうモンさ。」
春の言葉にセイバーが返す。北欧の雷神トールやインド神話の戦神カーリー。この両者が戦争を起こすというのであればまだ理解できた。影の国の戦士であるアイフェも、あのケルト神話の住人なのだから、戦と縁の深い英雄であることは容易に想像がつく。
だが、吟遊詩人のオルフェウス、キルデアの聖女ブリギット、宇治の橋姫にリャナンシー。彼らはどう考えても戦争というイメージからはかけ離れていた。
そんな面々がこうして参戦し、戦わなければならないという現実に、春としては文句を言いたくなる。
『もっと平和的に、かつ自由に相まみえることができたらよかったのにね。』
「ううん、平和的に出会ったら、私にこんな欲望が生まれなかった」
春の言葉に同調するライダーに対し、反論したのはシンヴァだった。
「この聖杯戦争って舞台があったからこそ、私も、彼女も。欲望を強くした。だから非情の儀式であっても、そこは感謝してる。だからこそ、私は生き延びたい。そういう願いが強いかな。もちろん聖杯にかけたい願いもあるけどね。」
争いの中でしか生まれない。そんな祈りが、願いがあるのだと彼女は話す。
極限状態の中で、命ある者たちが見せる刹那の煌めき。それが彼女の言う「輝き」なのだろうか。その答えはきっと彼女の中にしかないのだろう。
「いろいろ腹を割って話したんだ。次はそっちのことも聞かせてくれよ。アンタたちは、どうして聖杯戦争に参加したのか。なぜ聖杯を求めるのか。」
今度はそちらの番だと言って春がクリスと蓮に問いかけた。
ベルナデッタとシンヴァも気になっていたのか、弓騎同盟の面々に目を向け、答えを待つ。
「私は『魔術師』になるためよ。」
最初に応えたのはクリスだったが、その答えに春は怪訝な表情を浮かべる。
「…今でもそれらしく見えるが?」
「私ね、家出してるの。」
クリスは話した、己の来歴を。親の顔を碌に見ることなく、狭く暗い工房に押し込まれ、政略結婚のために必要な知識と教材しか与えられず、いかに魔術を身に着けようとも誰もクリスを認めようとはしなかったことを。
「誰もが私のことを御家存続の道具としてしか見なかった。だから家出したの。この戦争を勝ち抜き、勝利者となって、最高学府である時計塔に入る。そこまで行って初めて、私は魔術師を名乗れるのよ。」
「いかにも、神秘の薄れた現代の魔術師ってな理由だなぁ…」
肉を咀嚼しながら感想を漏らすセイバー。神代を生き、数多の魔術師を目にしてきた彼としては、なぜ現代の魔術師はこうも無駄が多いのかと考える。
「んで、私に聖杯は要らないから、そこのライダーにあげる予定。」
「なるほどねー。…まぁ、そこは良いんだけどー…んー…勝利者、かぁ」
「何か?」
「…勝利者ってことはサーヴァントが居なくなるってことだからー、私、死なないといけないんだよね?」
セイバーの考えなどつゆ知らず、話を続けるクリス。だが、そこにシンヴァからの質問が割り込まれる。
それは、彼女と共に行動している面々からしたら無視できない内容であった。
「そうね。」
シンヴァの質問に対し、敵対するのであれば容赦するつもりはないという意思表示をするクリス。
「別にその願いを否定したいわけじゃないよ。むしろ、応援したいくらい。」
そう前置きして、シンヴァは自身の想いを口にした。
「でも、見てたならわかると思うんだけど、私って結構欲張りなんだ。春くんとベルちゃん…二人をずっと手放したくない位に。」
「まぁ、執着心を持ってるのは分かるわ。貴女自身、そういう存在みたいだし。」
「そういう事。でね、正直言っちゃうと…私はこの戦争で死んでも構わないって思ってる。」
そんなシンヴァの言葉に春とベルナデッタの二人が瞠目する。それにシンヴァは気づいていたが、まだ途中であると、二人を手で制して話を続ける。
「だけど…友達の最後の願いだけは叶えてあげたくて。だから、彼らを倒すまでは私は死にたくないなー、なんて我儘を言ってみたりするのでした。」
「彼らってのはアサシン陣営のこと、で良いのかしら?」
「うん。その認識で合ってるよ。」
クリスの確認にシンヴァが肯定する。
「…でも、さらに欲張るなら」
一呼吸を置き、今にも泣きだしそうな顔で笑いながら。シンヴァは己の願いを口にする。
「私は生きたい。生きて、友達と過ごせなかった平和な日常っていうのを手に入れたい。…それが、戦争っていう物に掛ける、私の一番の平和な願い、かな」
それは、人間であればだれもが抱く願いだ。ただ、穏やかな日々を生きていたい。大切な人たちと共に過ごしたい。そんな当たり前で、だからこそ尊い祈り。
『だが、それが突然奪われるというのも人生だ。』
故に、それを奪われた者の一人としてライダーは語る。
「…どうした?いきなり」
「心当たりがあるんだろう。なにせ、英霊は人生の先輩だ。生き抜いて、そのうえで得たものも失ったものもあるはずだ…取り戻したいものも、な。」
急に不穏な空気を纏いだしたライダーに対し、どうしたのかと蓮が問いかける。
対して、春は事前にライダーの逸話を調べたからか、彼の反応に一応の理解は示していた。
『いやなに。奪われた物を取り返すために戦うのは男の性というだけの話さ。』
そう言って立ち上がり、まるで宣誓するかのように胸に手を当ててライダーは言葉を紡ぐ。
『私のようなただの楽士にも譲れないものはある。だから、あえて宣言しよう。』
たとえ戦の才が無かろうと。どれだけ天運に見放されようと
『私は、ここにある全ての願いを喰い尽くしてでも、私の妻を取り戻す。たとえ神が立ちふさがろうとも、だ』
鋼のごとき決意を胸に己の使命を完遂すると。
「ふぅん…?神が立ちふさがろうとも、ねぇ」
宣戦布告ともとれるライダーの言葉に、北欧の雷神ことセイバーが反応した。
「なぁ、それはオレに喧嘩売ってるのか? 高々、演奏者風情が。」
魔力が漲り、紫電が奔る。どうやらライダーの言葉がセイバーの逆鱗に触れたらしい。
『冥府の神に喧嘩を売った男だよ私は。今更弱体化した雷神ごときに怯えるとでも?』
「………………」
上空に雲が集まり、雷鳴が遠くで響く。溢れんばかりの魔力はまるで猛り狂う嵐のようにセイバーを起点に渦を巻き、周囲に座っていた者たちを押しのける。
だが、そんなセイバーを目の前にしても、ライダーは怯まない。
『全盛期であるならともかく、今の君に怯えていたら、嘗ての船友たちに笑われてしまうだろうさ。』
それは生前、サーヴァントという枠に押し込められていない、正真正銘の神という理不尽を目の当たりにしたからだろうか。サーヴァントのクラスという「縛り」を科している雷神など恐るるに足りないとライダーは評価する。
「ちょっと、煽るな馬鹿!」
「セイバー!待って下さい!」
両者の距離はまさに一歩踏み出すだけで拳が届きそうなほど近く、またこの場に集ったマスターたちもそう離れてはいなかった。
セイバーとライダー。この二人は互いにとびぬけた出力を持つ宝具を持っている。今この場でそれらを開放しようものなら、その余波だけで死人が出かねない。
「お二方。」
それを悟ったが故に、彼女は動いた。
「あ”ん……?」
『何かな?バーサーカー』
春のバーサーカー・宇治の橋姫。通称「ミナ」が二人を諫めるために間に立つ。
「ここで喧嘩をするのは構いませんが、消耗した後で、アサシンに漁夫の利をとられてしまうのも癪でしょう?」
バーサーカーのクラスで召喚された英霊にしてはあまりにも理性的すぎる物言いだが、言っていることは正論である。
しかし、それで止まるセイバーではない
「舐めるなよ。ちょこまかと逃げ回る戦神モドキに、オレが負ける訳無いだろうが。消耗?知ったことかよ。そんなのはな、差を埋める要因にすらなりゃしねえんだよ!!」
声を張り上げると同時に、上空から雷が落ちてくる。被害を受けた者は幸いなことにいなかったが、セイバーのボルテージは既に危険域にまで達していた。
「セイバー。貴方の能力を低く見ているつもりはございませんが、貴方のマスターは消耗しきっており、これ以上彼女を付き合わせるのは危険です。」
そんなセイバーの状況を把握しつつも決して遜ることなく、毅然とした対応をとるミナ。
「それに楽士殿。伴侶の言うことは聞くものですよ?」
そう言って彼女はライダーにも理性的な対応を求めるが、その言葉にライダーから待ったがかかる。
『訂正を。私の妻はエウリュディケーだけだ。二度と間違えないでくれ。』
「…これは失礼しました。では言い直しますが、マスターの方針に、サーヴァントは従うべきです。良好な間柄であればなおのこと。」
「マスター?あぁ、その女の話か?」
ミナの言葉に対し、セイバーが反応する。
「もうそいつはマスターじゃなくなったよ。本人が一番よく分かってるだろ?」
「そ、れは…」
「隠せている、と思っていたのか?」
一瞬、セイバーが一体何を言っているのか当人たちを除く全員が理解できなかった。
だが、ベルナデッタの手の甲を見た者は気づく。今、彼女の手には令呪が存在していない。度重なる宝具の使用により消耗したセイバーの魔力を供給するのに、彼女は令呪を「2画」消費するしか道が無かったのだ。
その結果、彼女はセイバーを制御するための手綱を失った。それ以外にも色々と理由はありそうだが、セイバーはもうベルナデッタのことを自分の主だとは考えていない。
「今大事なのは、これから何をするかです。今後の展望について意見を交わしましょう。願わくば、アサシン打倒のために、皆様で手を合わせてまいりたい所存です。仮にもバーサーカーである私に談義の手綱を握らせないでくださいませ。」
「ミナの言う通り、今後どうしていくかが大きな課題だ。アサシンは今も事件を起こし、力を蓄えている。急いで対応しなきゃならない。」
「奴らがばら撒く病に対し、免疫が無い奴も危ないからな。長引けば長引くだけあっちが有利だ。」
しかし、今はセイバーの話は重要でないとミナはパンパンと手をたたき、話の軌道を修正する。
そこに春と蓮も乗っかり、議論の進行を促した。
「戦力の分散は危険だと判断して弓騎同盟に掛け合って集まってもらったが、正直ここからどうするかは皆の意見を…」
「おいおい、勝手に話を進めるなよ。オレに伺いを立てろ、矮小な人間風情が。」
その時、春の発言に割り込んだセイバーが、鎚の先から雷撃を放つ。
狙う先は、ライダーのマスターであるクリス。
「え?」
あまりに唐突なことに反応できず、呆けるように言葉を漏らすクリス。
回避は到底間に合わない。そう思われた時、黒い影がクリスの横から現れ雷撃を受け止めた。
雷撃を受け止めたのはライダーの宝具によって召喚された魔獣、ケルベロス。
『随分と舐めた真似をしてくれるじゃないか、セイバー。』
「セイバー、よしなさい!」
「何を言ってる? オレは最初から、此処には戦いに来た。やれ討伐令?剣を収めろ?逃走を見逃せ?」
不意打ち同然に雷撃を放ったセイバーに対し非難の声を向けるライダーとミナ。だが、それを気にすることなく、セイバーは言葉を紡ぐ。
「あぁ、分かってる。オレはサーヴァントだ、そして契約した。だからこそ、三度は命令に従おう。それがどれだけ、屈辱的な命令だとしても…だが!それももう終わりだ! 義理は果たした! ならばオレも!オレの好きな様にやらせて貰う! それでいいと、そう言ったのはお前だろ、ベルナデッタァ!!」
セイバーの咆哮に呼応するかのように、無数の雷が橋に落ちる。
この場にいた面々はそれぞれ必死になってそれを躱し、セイバーから距離を取った。
「っ、確かに、私はそう言いました! でも、それは!」
ベルナデッタが制止を呼び掛けるも、セイバーが止まる様子はない。
「おいおい…神ってのは我慢が出来ないのか?」
『やれやれ、これだから堪え性の無い神様は…前に言っただろ柊少年。神というのは理不尽の権化なのだと。』
荒ぶるセイバーに対し愚痴を漏らす蓮。そしてセイバーにとってメインターゲットであろうライダーもケルベロスを傍に控えさせ、いつでも迎撃できるよう戦闘態勢をとった。
「神との約束を反故に出来るのは、それより強い神だけだ。」
『これは早々に眠ってもらわないと、周囲に多大な迷惑がかかるね。』
まさに一触即発な雰囲気を漂わせるセイバーとライダー。
もう、いつ戦闘が始まってもおかしくない。
「さあ、戦の時だ! オレも鬼じゃない、武器を構えるまでは待ってやるさ!!」
だがライダーだけでは物足りないと言わんばかりに、他のサーヴァントにも参戦するよう呼びかけるセイバー。
「はわぁ…なんだか、やる気満々みたいですね…」
「んな事言ってる場合か!お前にも働いてもらうぞ!」
「分かっております!これも皆さまのために!」
同盟相手を助けるべく、アーチャー・ブリギットと蓮が参戦を表明する。
『戦好きの雷神よ、一つ言っておこう。番犬の牙は、君の予想を超えるぞ?』
「あ、その、ライダー?」
当然、ライダー自身も戦意は十分だ。マスターのクリスも今は呆けているが、戦闘が始まれば嫌でもスイッチが入るだろう。
「吼えろミョルニル! 遍く敵を塵殺し、オレの最強を証明してみせろ!」
セイバーは自身の宝具であるミョルニルにありったけの魔力を充填し、雷光を纏わせる。
「…かつて私がすがった御方も、あのような御仁だったのでしょうか。」
「ああでなかったことに胸をなでおろすところだろうな。とにかく、被害を最小に抑えないと。ここでの消耗は危険すぎる。シンヴァさん、最悪ベルさんを連れて離脱してくれ。アサシンを倒すのにはセイバーが必要だ。令呪があれば何とか…」
もはや言葉では止まらないことを察したミナは春の傍に駆け寄り、そしてかばうように前に立つ。そんなミナに守られながら、春も自分にできることを探そうとし、一先ずシンヴァに作戦を伝えようとした。
しかし、当のシンヴァはどこか様子がおかしい。
「…みんな、好戦的で、とても輝いてる…だけど…」
「シンヴァさん?」
シンヴァが言ったその言葉は、数日前の河川敷にてアサシンとの戦闘が始まる際に彼女が口にしたものに似ていた。
だがその表情は暗く、目に浮かぶのは二つの感情。
それは、何故この場で争おうとするのかという怒り。
それは、何故理解し合えないのかという悲しみ。
これまで積み上げてきたもの全てが失われかねない。そんな現実に、二つの想いが混ざり合い、飽和し…
「これは私や彼女の望む輝きじゃない。」
故にこそ、彼女は「第三の宝具」を解放する。
「…みんな、一度落ち着こう。ううん、言い方が違うね…」
――お友達になりましょう、私たち――。
直後、上空に立ち込めた雷雲が、魔獣の唸り声が、この場に立ち込めていたあらゆる戦意が消失した。
「たとえそれが、望まない付き合いだとしても。」
現実の否定。理想の具現。まるで、古い友人と過ごす安らかな時間の中にいるような、そんな認識をこの場にいる者たち全員に植え付ける。誰もが夢幻の世界に囚われ、覚醒しているにも拘らず、まどろみの中に堕ちていく。
それは、範囲内にいるすべての知生体に対し「あり得ない記憶」を想起させ、「争う意思」を消失させる対精神宝具。これを用いてシンヴァは、この場に集った自分以外の参加者によるあらゆる戦闘行為を封印した。
「今日…この一日だけは…『これ』は、輝くには鈍すぎる。」
少女の呟きだけが、新月の夜に木霊する。
それ以降、誰も何を口にすることなく、意思のない瞳を携えながら、各々の拠点へと帰還した。
次回からラストスパート、入ります