Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
第十四話「名の無き者—Nameless Monster」
お前が先だった
お前が、先だったんだ
お前が───先だったんだ
降り注ぐ光の中で、神は信者を睨みつけた。
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もはや見慣れた河川敷。月明りも薄い冷たい夜に、集う影は7つ。
「昨日の茶会のツケ払って貰おうかとも思ってたんだが…面白そうな奴が居るなァ? 」
そう不敵に語るのは、昨夜橋の上で暴走しかけていたセイバーこと雷神トール。
彼は不機嫌さを隠すことなく腕を組み、暴発しそうになる雷(いかり)を内に溜め込みながら、ようやく来た待ち人の到着を歓迎する。
「よう、随分逃げ回ってお疲れか?」
「やっほ、ジェーンさん。やっと会えたね。」
「おう久しぶり。焼き鳥食べる?」
土手に続く階段の手すりに腰かけていたシンヴァが待ち人の名を口にする。
それは街で頻発していた行方不明事件の最重要証人、ジェーン・ドゥ、その人であった。
「久しぶり。だけど、アンタのサーヴァントからもらった病のせいで食欲が進まないよ、ジェーンさん。」
呑気に手に持った焼き鳥を差し出すジェーンに対し拒絶の意思を示すのは、嘗ての雇い主である春。
同盟を破棄した今も尚、己に対しフランクに接するその様子に戸惑いを抱きつつ、努めて冷静に対応しようと心掛ける。
「そーゆーこと。ジェーンさんには、こっちも色々と溜まってたからね。だから、覚悟してね?」
「ドーモ、ニンゲン=サン、アサシン=サン」
シンヴァは内に秘めた殺意を隠すことなく、魔術回路を起動し、友である妖精を呼び出す。
「ジェーンさん。アンタはどうか、サーヴァントを失ったら降参してくれ。これ以上マスター殺しなんて夢見の悪いことはしたくない。」
ジェーンに語り掛ける春の脳裏に浮かぶのは、深夜の公園で死闘を繰り広げたクリーの姿。
最後まで相容れることは無かったが、叶うのならその手を取って救い出したかった人。そんな救いを彼女は望まないと分かっていても、そう思わずにはいられなかった人の最期を思い出す。
あんな思いを繰り返したくはないと、春は強く思った。
「…どぉしてどいつもこいつも「殺す」って一言を言えないのかねぇ。全く」
そんな調子の二人に対し、頭をガリガリとかくジェーン。
その言葉には呆れのニュアンスが込められているように聞こえるが、不思議と彼自身から負の感情は読み取れない。
「…ジェーンさん。貴方のお陰で、私は監督役としてではなく、ベルナデッタ・エクレシアとして、此の聖杯戦争に臨むと決断できました。本当に、感謝をしています。」
ジェーンに対して礼を述べるベルナデッタ。経緯はどうであれ、ジェーンの言葉が彼女が変わる切っ掛けを与えたのは間違いない。
だからこそ、彼女は感謝を告げる。たとえその相手が倒すべき敵であっても。
「故に、この言葉を送りましょう。『私の為に』貴方を殺します。」
「じゃ、私も言っちゃうね。死んでくれる?ジェーン・ドゥ。」
強い意志を込めて、ベルナデッタは言い切った。これこそが、彼に送る唯一の返礼であると信じて。
そんなベルナデッタに倣って、シンヴァもジェーンに敵意を隠すことなく伝える。友達を傷つけ、裏切り、今なお苦しめる目の前の男に彼女は純粋な怒りと殺意をぶつける。
「え、いやだが?」
二人からのまっすぐな殺害予告もどこ吹く風と言わんばかりに受け流し、笑顔のまま首を掻っ切る動作でジェーンは返した。
この男は何も感じない。決意も、殺意も、関係ない。ただ、敵であることそのものが、己の「役割(ロール)」だと割り切っているかのように。
「…二人はそんなことを言ってるけど、それでも俺はアンタを『殺す』とは言わない。この甘さを、みんなが信じてくれたから。」
しかし、病に侵され、裏切られて、この男の手によって最も傷ついたであろう春は、それでも尚殺すとは言わなかった。
「サーヴァントを呼べ、ジェーン・ドゥ。用があるのはお前じゃない。」
サーヴァントの行いはマスターの責任というのは、この聖杯戦争における共通認識だ。故に、アサシンが犯した罪は、マスターであるジェーンが償ってしかるべきである。それこそ、殺されても仕方がないくらいに。
「まぁ、どちらが出てきても、両方死んでもらうけれど、ね。私たちの為に。」
故に、この場においてはシンヴァの言葉が「正しい」と言えるだろう。ベルナデッタも同意見だ。
しかし、それでも春はこれ以上親しい人間に死んでほしくなかった。だからこそ、自分が狙うのはサーヴァントの方だと彼は告げる。
「そいつぁ…」
「ほぅ、我を呼ぶか」
それらの言葉に対しジェーンが何かを言おうとしたところで、その背後から幽鬼の如くそれは現れた。
ニヤついた表情を浮かべ、愉快そうに笑う褐色の少女。ジェーンのサーヴァント、アサシンである。
「ええ、呼んだわ。貴方も殺すために、私は此処で命を懸けるつもりだもの。」
「用件はわかっているな?」
現れたアサシンに対しシンヴァと春が話しかける。お前はここで必ず打倒すと、そんな決意を覗かせながら。
「クックック。成ァ程な。その体、我が病魔にて蝕まれていると。」
「それだけじゃない。お前、街の人間にも手を出したな?」
アサシンが力を発揮するのに「生贄」が必要だということはジェーンの口から聞いている。カーリーという神の伝承にもそれを裏付ける逸話がいくつか存在しているのも確認した。
故に春は、彼らが逃げ回っている間にこの街で頻発していた行方不明事件の犯人は目の前のサーヴァントであると考えていた。
「一般市民を巻き込むのは聖杯戦争におけるタブーだ。土地管理者、監督役、その双方から咎められる行為とわかって、それでもやったんだよな?」
「はっはっはっは!そうだな!そうだとも!よくわかっているではないか!」
「……。」
春の発言を受けて愉快そうに大笑いをするアサシン。
対して、その隣にいるマスターのジェーンは無言である。だが、その顔には先ほどまで浮かべていた笑みはなく、まるで感情が全て抜け落ちたかのように無表情であった。
「アサシン…お前は、俺とジェーンさんの信頼をすら踏みにじった。お前を殺す理由なんて、それだけで十分だ。」
未だにジェーンという男を信じている春。だからこそ彼は、アサシンの裏切りを許せない。
「ミナ、今はこの悪心に身を任せることが正しいと信じる。だから…頼む。」
「お任せください。天竺の神、何するものぞ!すぐさま取り殺してくれましょう!」
抱いた怒りをサーヴァントに託して、アサシンを殺せと春は命じる。
「よし、始めるか!ベルナデッタ、残った魔力をオレに回せ!!」
「はい!」
「行くよ、妖精さん…ジェーン・ドゥ。春君には悪いけど、ここで、死んでもらうから、そのつもりでいてね。」
セイバーとシンヴァも戦意は十分。ベルナデッタも己の得物を構え、いつでも動けるように準備をしていた。
「くっくっく。あぁ、面白いものを見た。本来ならば『踊り』の褒美を与えねばならぬのだろうが…生憎、今は戦争中故、な。」
そんな彼らの威圧など気にすることなく、飄々とした姿勢を崩さないアサシン。
「闘争を、くれてやろう。」
そして、猛獣のごとき凄惨な嗤いを浮かべて、戦闘の幕を切り落とした。
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先手を取ったのはアサシンだった。
「せっかくの祭りだ!景気よく踊るが良い!宝具『蓮華よ、枯れ落ちろ(パドマ・フィー・パンフディーヤ)』ッ!」
いつか見た漆黒の呪詛が、暴風となって春達を襲う。
アサシンの宝具の恐ろしいところは、使用するたびに範囲内にいる対象に与えられる呪詛が累積する点だろう。レジストも解除も出来ていない者が再び受ければ、戦闘はおろか生命活動すら維持することが困難になるレベルまで病(のろい)が進行し、深刻化する。
「ぐぅ…!!」
「く、はぁ…!」
呪詛を受け、胸を抑えるのは春とベルナデッタのマスター二人。この場にいる者たちで、前回受けた病を解除できていないのはシンヴァとジェーンを除く四人。
その中で現状最も重い症状が出ているのは春である。おそらく、後数刻もしないうちにタイムリミットを迎えるであろうことは傍からでも見て取れた。ベルナデッタも、春と比べればまだ耐えれそうだが、この状態が続けばそう遠くない内に倒れ伏し、命を落とすだろう。
セイバーとバーサーカーの二人も、累積具合としては同等ではあるが、流石にサーヴァントだけあって生身の人間であるマスターと違い、戦闘行為は十分に可能だ。しかし、その動きは精彩さを欠いており、いつも通りの戦働きは期待できそうにない。
「さて、と」
そんな弱った獲物に対し、闇にまぎれて不意打ちを狙うことこそアサシンの真骨頂。宝具展開時に生じる黒い風に乗って、敵の背後に回ったアサシンは両手の爪で奇襲を仕掛ける。
狙う対象はバーサーカー。
「我に挑むその勇を評して、先ずは褒美を与えてやろう…耐えて見せよ!」
「何の!」
そんなアサシンの奇襲に対しバーサーカーは素晴らしい反応を見せ、その腕で受け止める。
鬼種の肉体は並の金属では「刃」が立たないほど強靭である。アサシンの爪による攻撃を受けたことで表面に浅い切り傷が刻まれるが、彼女の腕は未だ健在であった。
「離れなさい!」
「はははっ!流石に頑丈じゃのう!」
反撃とばかりにバーサーカーが腕を振るう。だが病の影響もあってか、その動きは未だ緩慢だ。そんな一撃をアサシンが受けるわけもなく、彼女は即座に跳躍し距離を取る。
間髪を置かず、セイバーの雷撃とシンヴァの風魔術もアサシンを狙って放たれるが、以前戦った時よりも精度の甘い攻撃ではアサシンを捉えることは出来ない。
今のアサシンを確実にとらえられる速度を持つ者は此処には居ない。強いて言えばバーサーカーの敏捷はAランクであるが、今は病の影響でそのランクを落としており、アサシンには届かない。ライダーがいれば話は別だっただろうが、生憎昨夜の件もあり、セイバーと顔を合わせるほうが不味いと判断したマスターたちの考えで、彼は別のエリアの探索に向かっている。アサシン包囲網の一環も兼ねての提案でもあったが、本命がこちらに来た以上徒労に終わったことだろう。
だが、無いものねだりをしても仕方がない。今は手元にある武器を使って、戦うほかないのだから。
「ジェーン・ドゥ!」
「……なんだ。」
「アサシンの凶行、止めなかったのは何故ですか?」
三騎のサーヴァントが攻撃し、それをアサシンが捌き続けるという構図がしばらく続いた。そんな中で、バーサーカーがジェーンに向けて問いかける。
彼女が思い起こすのは流川のセーフハウスで初めて出会った日のこと。自分のせいで一瞬険悪になるも、それでも互いに背中を預け合う戦友と認め、その証として握手を交わしたあの日のことを。
「私たちの前で約束したあの言葉は…あの握手は、嘘だったのですか?」
心に残った僅かなしこり。何故噓をついたのか、何故裏切ったのか、それをバーサーカーはどうしても確かめたかった。
「……」
「あぁ、良い。話してやれ。お主の自由に、な。」
気つけば、戦闘が一時止まっていた。
アサシンがジェーンに発言を促す。他のサーヴァントたちも油断なく構えてはいるが、ジェーンがどんな言葉を連ねるのか。それを全員が黙って待っていた。
「サーヴァント、アサシン。その真名は『カーリー』だが、その実態は決してかの有名なカーリー神ではない。」
淡々と、ジェーンの口から語られた言葉に、アサシンを除く全員が一瞬怪訝な表情を浮かべる。
「そもそも。混沌と戦乱、病毒を司るかの神がこのユガに顕現することはかなわない。あの神の役割、そして権能は、最後のユガを除いて行使することがそう許されるものではない。」
そして理解が及ぶと同時に、表情が驚愕に染まった。
それはアサシンというサーヴァントの正体、その認識を根底から覆すものであった。
「1853年。イギリス軍人のウィリアム・ヘンリー・スリーマンによってある宗教組織の殲滅作戦が行われた。教団の名はタギー。元々土着の神であったカーリー神を崇め奉り、殺人を教義とした秘密結社。ここにいるカーリーは、そいつらが信仰していたカーリー神の持つ病毒の権能「のみ」を抽出して顕現した紛い物。「無辜の怪物」。」
嘗てインドに実在していた、死の女神カーリーへの供物を捧げるべく数多の強盗殺人を300年にもわたり実行してきた犯罪集団「タギー」。彼らはカーリーというを神を歪んだ形で信仰していた。
混沌、戦乱、病毒。この三つが揃ってこそ、カーリー神はカーリー神足りえる。だが、今この場にいる彼女はその内の「病毒」の権能しか有していない。それはタギーの教徒たちが「そうあれかし」と彼女の存在を歪めたから。
故にこそ、彼女は無辜の怪物となった。嘗てルーマニアに君臨していたヴラド三世の「ドラキュラ伝説」のように、大衆の認識によってその在り方を歪められた英霊。そんな存在が、ジェーン・ドゥのアサシンである。
「その弊害として、召喚された当初、アサシンは『一切の能力を持たない、最弱の英霊』にまで堕ちていた。」
ゴクリと、誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。
「アサシン自身は一切の能力を持たない。だが、その名と霊核を媒体とし、今尚この世界に存在し続けているカーリー神の権能を借り受けることは出来る…信者<マスター>が捧げる「贄」と引き換えに。」
やめてくれ、という春の声が聞こえた気がした。
「アサシンは『一切の犯行を行っていない』。故に、アサシンの凶行を止めなかったのか、というのは誤りだ。」
そこから先を口にすれば、春<オレ>はジェーン<お前>を殺さなきゃいけなくなる。
「では、誰が殺したか。神と信者であれば、どちらが贄を献上すべきか。もう言うまでもない。」
冗談だと言ってほしかった。
「…これまでの事件は、ジェーン・ドゥ…アンタが引き起こしたものだったのか?」
「お前が言う事件が何かは知らないが、まぁ、大体俺のやったことだろうよ。」
だが、ジェーンは春の言葉を肯定する。
「つまり、民間人に被害を与えるそのやり方は、双方の合意…むしろマスターの総意があってのものだった。そうだな?」
「というか能力の何もないサーヴァントをどう運用しようか考えた結果がコレだ。」
だから、お前らの勘違いは見ていて滑稽だったと、光の無い目でジェーンは嗤う。
「聖杯戦争のシステムの様に、必要なものを呼ぶところから呼ぶ。偶像を崇め奉る信者の様に、この偶像(サーヴァント)に願うのさ。飛び切りの願いを!」
両手を広げ、まるで台詞を謳い上げる舞台俳優のように、これまで起こしてきたことは全て自分がやったのだと、ジェーンは全員の前で告げる。
「…マスター。残念ですが、この男の不貞は、真なる悪意を伴ってのもの。和解の余地は、もう…。」
バーサーカーが春に対して進言する。この男は、許されないことをしたのだと。
「あぁ…わかった…わかったよ…だけど、「アンタを信じた俺がバカだった」なんてセリフは言ってやらない。絶対に。」
ふらつく体を何とか踏ん張らせ、深く深呼吸をして、春は目の前の「敵」を見据える。
呼吸をするたびに、病によって全身に鋭い痛みが走るが、それでもこれだけは言わねばならない。
「これは俺の甘さが招いた悲劇だ。でも、この甘さを失ったら、俺は胸を張れない。俺は、これが間違ってないと信じているから。だから、こんな俺を、今でも信じてくれてる人のために…最善を、尽くす。」
クリーと戦ったあの夜に生まれた決意。それを胸に、春は吼える。
「やってやるさ、クリーさん。俺は、ジェーン…アンタを「裏切る(コロス)」ことを躊躇わない。だから…やっちまえ、バーサーカー!」
「はい!」
そんな春の啖呵、その向こう側で、
「………」
神は己の信者を見つめていた。
後編へ続く