Fate / Way of Last Faith   作:兵藤影虎

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8日目夜 戦闘回後編


第十五話「偶像—Meaning of Faith」

「ジェーン・ドゥ!清算のお時間ですっ!」

 

 バーサーカーがジェーンに突貫する。己と、そして愛するマスターの怒りを込めた一撃を、目の前の男にぶつける為に。

 その一撃をジェーンは余裕をもって躱した。この男が下手なサーヴァントよりも動ける身体能力を持っているのは、2日目のセイバー戦で判明している。

 さらに、アサシンの宝具を受け、これまでの連戦で疲弊しているバーサーカーの攻撃を見切るなど、この男にとっては容易いこと。

 だが、この場においてジェーンを狙う者は一人だけではない。

 

「吹き飛びなさい…!」

 

 シンヴァの手から風の刃が放たれる。怒りと殺意が込められた鎌鼬は、まっすぐにジェーンへと飛んでいく。

 それを見たジェーンは当然回避を選択しようとするが、その直前に自身の足が何者かによって掴まれていることに気づく。

 それはシンヴァが事前に指示していた、妖精たちによる妨害。

 

「───ッ!」

 

 回避がワンテンポ遅れ、それが致命的だった。

 シンヴァの魔術がジェーンの胴体に直撃する。いかに人間離れした肉体を持っていても、サーヴァントの攻撃が直撃すればタダでは済まない。骨は折れ、内臓にもダメージが入っただろう。

 

「…あぁ、畜生。痛ぇ。」

 

 一瞬、ジェーンは闘争の最中に似つかわしくない表情を浮かべて、そしてすぐに敵を睨みつけた。

 同時に、懐に忍ばせていた宝石を口に含んで飲み込む。それは昨夜橋の上でクリスが飲み込んでいたものと同種のもの。結晶化させた魔力を体内に取り込むことで魔術回路を賦活し、傷の治癒を促進させる礼装の一つだ。

 クリスは自身が受けた病による症状を軽減させるために使用していたが、ジェーンは純粋な回復薬としてこれを使用する。

 

『…まだ死なないのね。頑丈な事…』

 

 シンヴァの声質が僅かに変わる。ジェーンの行いは『彼女』の逆鱗にも触れたのだろうか。それはリャナンシーが表に出てくる際の声音だった。

 

「さて、と」

 

 飲み込んだ魔宝石のおかげで、いくらかダメージを回復したジェーンは、ポケットから何かの布を取り出し、右手に巻き付ける。そしてゆっくりと、バーサーカーへと向き直り、その拳を突き出した。

 

「狂えるもの。かの偉大なるアヒ、その子を奉る…『バラモンの娘』よ、せっかくの河川敷だ。殴り合うとしようか。」

 

 まるでダメージなど無かったかのように、ジェーンは猛然とバーサーカーに向かって突撃する。その顔に刻まれているのは、これまで見たことのないような「苛立ち」の感情。

 

「反英雄!人理に刻まれた影法師!ホッント身の程知らずだよなァ!お前らは!」

 

 男は吼える。これまでの彼を知る者からしたら、想像もできないような表情を浮かべながら。

 

「死人のくせして何が幸せだ!何が幸福だ!てめぇらの物語はもう終わってんだよ!幸福になんかなれねぇんだよ!!」

 

 渾身の拳をバーサーカーに放つ。その結果、「自分がどうなるかを理解していながら」。

 

「表舞台に出てきて!今を生きる奴にプロポーズだァ?美談で済まされるものか!お前のやってることはなァ!俺のやってることと、涅槃寂静の差もねぇんだよ!」

 

 これまで碌に己の胸の内を見せてこなかった男が、初めて他人の前で感情をさらけ出す。

 

「…寂しい人…ええ、ふふ、そうですね。寂しい人です。」

 

 しかし、いかに人間離れした身体能力を持っていようとも、感情任せの拳ではサーヴァントには届かない。

 怒りを通り越し、能面じみた表情を浮かべるバーサーカーは、ジェーンの拳を片手で掴み、そのまま力任せにアサシンの方まで投げ飛ばす。

 

「かつての物語が終わったものであるなら、今ここにいる私の物語は今も続くもの。今の私が幸せでないと宣うなど、最愛の伴侶の前では爪を剥ぐに等しい拷問です。」

 

 バーサーカーに吹き飛ばされたジェーンは、何度も地面を転がりながら勢いを殺し、傷まみれになりながらも立ち上がった。

 そんな己のマスターを、アサシンは助けようとはしない。ただ腕を組み、静かに己の信者(マスター)を見つめる。

 

「終わった物語のその先で、「流川水奈」は新たな幸せを始める。何も可笑しいことではない。決して夢物語ではない奇跡が、ここにはある。」

 

 自身の胸に手を当てて、バーサーカーは言葉を続ける。

 

「今、私は幸せです。なればこそ、それを不当に奪わんとする輩には、怒りと憎悪をもって誅罰を下すのが道理。」

 

 人の恋路を邪魔する奴は、馬の代わりに私が殺す。

 

「来なさい。私はもう、あなたがたの命を奪う意志を固めています。」

「あぁ、バーサーカーとはまさにこのことか。本当に、狂っている奴らは……!」

 

 そんなバーサーカーの言葉にさらなる苛立ちと「妬み」をジェーンは覚える。目の前の連中はなぜこうも「真っすぐ」なのかと。

 

「何が奇跡だ!何が『運命』だ!そんなクソみたいな理屈で……!」

 

 駄々をこねる子供のように喚き散らすジェーン。その後ろで、誰かがゆっくりと、腕を天に向け、そして振り下ろした。

 次の瞬間、一筋の落雷がジェーンの体を貫く。

 

「―――先だった。」

 

 セイバーのものではない。彼は目の前の「茶番」をつまらなそうに眺めている。

 シンヴァのものでもない。彼女は目の前で起きた状況に目を見開き、困惑している。

 バーサーカーのものでもない。彼女の呪術では落雷を落とすなどできないし、そもそも素手で殴ったほうが効率的だ。

 春やベルナデッタでもない。病に侵されている彼らに、そんなことをする余裕はない。

 では誰か。

 

「言ったのぅ。やったのうぅ。言ってしまったのぅ」

 

 ジェーンのサーヴァントであるアサシン。彼女がその権能をもって、ジェーンに「神罰」を下した。

 

「死ね。お主は今、残された道から足を踏み外した…『それが望みだったのだろう』?」

「…あぁ、そうだよな。そうなる、よな。」

 

 先ほどバーサーカーがジェーンに見せていたものよりもさらに冷たい目で、アサシンは己のマスターを見る。

 一方ジェーンはダメージを受けながらも、何とか立ち上がってアサシンに顔を向けた。言葉から察するに、彼が「バーサーカーに殴り掛かった時点で」、こうなることを予想していたのだろう。事前に仕込んだ魔術によって防御していたらしい。

 だが、それでも完璧に防げたわけじゃない。既に息は絶え絶えで、瀕死の状態なのは誰の目にも明らかであった。

 

「…なぁ。何だ、此れは。何だ、此の茶番は。」

 

 そんな光景を見て、これまで沈黙を続けていたセイバーが口を開く。

 

「俺はお前が異郷の戦神であると、そう思って意気揚々と此の鎚を振り上げたというのに、ただの一側面?無力なサーヴァント?」

 

 肩透かしもいいところだとセイバーは言う。

 己が最強であることを示すためにこの戦いに臨んだというのに、その相手がただの半端もの、紛い物であったという現実に、失望を隠せない。

 

「もういい。此の茶番、駄作の代価はお前の血で支払え。俺は人身供儀とか、そういうのは別に好きじゃないが…此度はお前の魂を以て、是を許そう。」

 

 もう飽きた、うんざりだと。そう言ってセイバーは目の前の茶番の幕を引くために、ジェーンに向かって雷光を放つ。

 それは先ほどアサシンが放ったよりも数倍の規模を持つ雷撃。常人からしてみれば、明らかに致命の一撃。

 

「―――っは」

 

 悲鳴は無い。腕は力なくぶら下がり、胴は無数の切り傷が刻まれ、全身は雷で焼き焦げているが、それでもなおジェーンは呼吸をしていた。

 

「…残りの掃除はお前達がやれ」

 

 これ以上自分はこの戦いに関わる気はないと、セイバーは背を向け春たちに告げる。そんなセイバーの言葉を受けて、春は静かにバーサーカーへと命じた。

 

「…ミナ、遠慮はいらない。」

 

 春の指示に無言でうなずいたバーサーカーはジェーンへと歩みより、そして突き飛ばす。

 

「がっ」

 

 強く地面に背中を打ち付けられ、苦し気にジェーンは息を吐く。もはや自力では指一本も動かせない。

 そんなジェーンの上にバーサーカーは馬乗りとなり、その手を彼の首に添えた。

 

「…言い残すことはありますか?」

 

 バーサーカーはジェーンに問う。最後の言葉くらいは聞き届けると。

 ジェーンの首にかかる力が徐々に強くなる。呼吸が徐々に浅くなり、十分な酸素が供給されない。己の意識が遠のいていくのをジェーンは感じていた。

 そして意識が暗転するその刹那、目の前で今まさに自らを殺さんとする相手に向けて、どこか悔しそうに睨みつけながら、ジェーンは最期の言葉を告げる。

 

「…■ってやる」

 

 ことり、と音がした。

 ジェーンの体から力が抜け落ち、物言わぬ躯が完成する。

 手に感じていた脈動が停止したのを確認して、バーサーカーは男の首から手を放した。

 その様子を見届けた春は、目を開けたままこと切れた仰向けの死体のそばに近づき、膝をついてその顔を眺める。そして、そっと死体の顔に手を伸ばし、開いたままの目を閉じさせた。

 かすかな温もりを指先に感じる。治癒の魔術を使えば、息を吹き返すかもしれない。そんな風に勘違いを起こしそうなほど、その死体にはまだ生気があるように感じる。

 だが、ジェーン・ドゥはもういない。彼は、春たちが殺したのだ。

 

「…」

 

 静かに手を合わせ、黙禱する。冥福を祈るつもりはないが、死者に対する礼儀として、最低限の祈りをささげた。

 

「…そこのサーヴァントも、魔力供給が途絶えたなら…もう現界も難しいでしょ?」

 

 そんな二人を横目に、シンヴァはアサシンへと声をかける。

 シンヴァとしても、今回の結末はいろいろと後味悪く、不満が募る結果となった。アサシンが何故自分のマスターを攻撃したのか、不可解な点は色々とある。だが、サーヴァントはマスターがいなければ現世にとどまることはできない。そのマスターが死んだ今、アサシンの消滅は確定的なものとなった。ここからアサシンが逆転する可能性はないだろう。

 

「ん?あぁ、私?」

 

 シンヴァの言葉に、アサシンが振り向く。その雰囲気は、これまでとは何処か違うように感じた。

 そんなアサシンの変化に違和感を覚えつつも、シンヴァは言葉を続ける。

 

「個人的には貴女もぶちのめしたいところなんだけど…今の気持ち、どう?」

 

 冷たく、それでいてまっすぐに、シンヴァはアサシンに問いかける。それに対し、アサシンはしばし腕を組んで瞑目し、云々とうなりながら何とか答えをひねり出す。

 

「なんというか…多分、雷神さんならわかると思うんだけど…人間が感じる一番近い感情で言うと…失恋、かな?」

「…は?」

 

 アサシンから飛び出てきた予想外過ぎる言葉に、シンヴァが間の抜けた声を上げた。

 

「神とは古来、人の想いによって形作られ、形を持つ物だ。雷がオレとなった、風が親父となった、偶像が…姿を借りてる彼奴になった。」

 

 アサシンの言葉をセイバーが引き継ぐ。どうやらアサシンの意図をくみ取ってくれたらしい。

 

「だからお前は、彼奴の望む神として振る舞ったんだろう? 生贄を捧げられ、それを貪って病に変換する神として。」

 

 アサシンは…目の前にいる「カーリー」は正しく偶像であった。信者に「こうであれ」と、乞われた祈りによってその存在を象る偶像。

 

「だが、彼奴は真の信者じゃなかった。彼奴が神に抱いていたのは、さっきの口上みたいに述べてたアレくらいだ。だからお前は『失望』した。」

 

 ジェーン・ドゥは「形だけの信者」であった。心からの信仰を「カーリー」に向けていたわけじゃない。ジェーンにとっての信仰とは、「カーリー」が力を発揮するために必要な道具に過ぎなかったのだ。故に、彼はカーリーが定めた禁忌を一時の感情に任せて破った。破れてしまった。

 その事実が、彼女の逆鱗に触れたのだ。

 

「まぁ、そういう事かな。恋に例えたのは…ほら、私達への信仰って大体盲目的なものだからさ。似てるかなって思っただけで…まぁ、いいか。」

 

 セイバーの言葉にアサシンは肯定の意を見せる。他にも思うところはあるらしいが、これ以上のことを言うつもりはなさそうであった。

 

「取り敢えず、私はそろそろ消えるね。あまりこの名前で居座るのも、収まりが良くないから。」

「最初から二人とも素直になっていれば、こうはならなかったでしょうに。」

 

 結局のところ、ジェーンもアサシンも、どちらも本音を互いに明かさなかった。その本質を、最後の最後まで秘密にし続けた。だからすれ違い、破綻した。それが今回の結果に結びついたのだろうとバーサーカーは推測する。

 そんな中、アサシンのエーテルの霧散が始まった。時間切れということらしい。

 

「…本当は私の手で殺したかったんだけど…次の現界の時に会ったら、その時は本当に殺すから。」

 

 殺気を隠すことなくアサシンにぶつけながら、シンヴァはそう宣言する。それに対し、アサシンは苦笑しながら返した。

 

「次の現界は、どうだろう。今回の私って大分特例だから…あ、でも」

 

 そう言って、アサシンはシンヴァとセイバーの方を見ながら、こう言い放つ。

 

「今も刻々と流れる命の奔流が枯れようとするとき。ガンジスが輝きを失ったとき…『終局のⅧ』で、遭うこともあるでしょう。あなた達が、もしも、本当の「私(カーリー)」に逢いたいと本気で願うのなら、ね。」

 

 そんな言葉を残し、一瞬だけ見た目相応の微笑みを浮かべて、「そうあれかし」と願われた名の無き女神は姿を消した。

 

「…都合も悪いし、後味も悪い消え方ね、本当。」

 

 アサシンの最後を見届け、シンヴァはそう呟いた。

 良くも悪くも、ジェーンとアサシンの二人はこの場にいる面々の心に深く刻まれたことだろう。きっと、一生かけても忘れられないほどに。

 

「さてと、これで二陣営が脱落、か。聖杯戦争として本格的に動き始めたって見てもいいよね?これ。」

「もう疑いようも無いでしょう。彼ら陣営が去ったのなら、「正しい聖杯戦争」を再開する迄です。」

 

 シンヴァの言葉に、ベルナデッタが答える。

 イレギュラーは取り除いた。後は、聖杯の主を決めるべく決着をつけるだけ。

 終わりは、確実に近づいていた。

 

「じゃあ確認。私たちは一参加者として争うの?それとも、向こうもチームだろうから、それまで休戦してチーム対抗戦でもする?」

「…俺としては、後者に甘んじたい考えだ。全員、あの2陣営を同時に相手して、まともに戦えるコンディションじゃないだろ?」

 

 春が合流し、シンヴァの問いに応える。こちらはリソースを既に大量に消費しているが、弓騎同盟はほとんど消耗していない。各々が単騎でぶつかれば、彼らに敗北するのは必然だろうというのが春の見立てであった。

 

「好きにしろ。最悪な舞台に無理矢理上げられた怒りは、彼奴の死で贖わせた…戦神としては最悪も最悪だったが、神としてなら僅かに同情してやらんこともない。」

「…だ、そうです。私としても、あの同盟に対抗するには、私達三人で挑むしかないと思います。」

「じゃあ、誰か向こうに連絡が取れる人が居るなら、決着をつけようって呼びかけるのが良いかもね。」

「では私が呼び掛けてみましょう…来るかどうかは分かりませんけど。」

 

 相変わらず生ぬるい判断にセイバーが不満を垂れるかもしれないと危惧していたベルナデッタだったが、此度のアサシン戦でセイバーも思うところがあったのか、何とか噴火することなく、共同戦線の了承を得られる。

 それを見届けてシンヴァが連絡を取るように提案し、それにベルナデッタが応じる。彼女の手には蓮から事前に渡された連絡用の端末が握られていた。それを使って連絡を取るつもりなのだろう。

 

「…ただ、これだけは言わせて。」

 

 そう前置きをして、シンヴァは春とベルナデッタに向き合う。

 

「中の彼女の衝動は、既に限界が近い。明日で決着がつかないのなら、明後日は…頑張って抑えはするけど、完全には抑えられないって。」

 

 リャナンシーが抱える衝動。それは彼女の第二宝具が持つ「制約」。

 その限界が近づいているとシンヴァは二人に告げた。このままいけば、クリーと戦ったあの夜と同じような悲劇が繰り返される可能性がある。

 

「それならそれで好都合だ。オレが捻り潰してやる。」

「ちょっと、セイバー…いえ、分かっています、その時は…はい。」

 

 粗暴なセイバーの言葉にベルナデッタは苦言を呈そうとし、やめた。

 彼の言葉は間違っていない。それに彼女自身、シンヴァからの依頼も受けている。シンヴァが抑えきれなくなったら、それを止めるのは自分の役目だと、ベルナデッタはシンヴァの言葉を受け止めた。

 春もベルナデッタと同じく、その時が来たら自分も止めに入ると腹をくくっている。

 そんな二人の様子に満足したシンヴァは小さく、それでいてどこか寂し気な笑みを浮かべた。

 

「さて、今日は解散にしよう。残された時間は、来る戦闘に備えてほしい。」

「じゃ、私はのんびり英気を養うよ。…みんな、明日頑張ろうね。」

「ええ。終わらせましょう…この杯を巡る争いを。」

 

 春の言葉を機に、この場は解散となった。三組とも河川敷を後にし、各々の拠点へと戻っていく。

 ジェーンの死体については、教会の構成員が回収する手筈になっているとベルナデッタが話していた。街のはずれにある共同墓地に埋葬されるらしい。

 そして、解散してからしばらく、病による命の危機と、戦闘という緊迫感に満ちた環境から解放された春は安堵のため息を吐き、近くにあったベンチに腰掛けた。バーサーカーも春の横に座る。

 

「お疲れ様でした、マスター。安心して背中を預けられる優秀な采配、お見事です。」

「ありがとう。」

 

 2日前の激戦と比べれば、肉体的な疲労感は大したことは無い。だが、今回の一戦は、精神的にクるものがあった。

 

「…なあ、ミナ。俺は、どうするべきだと思う?」

「御心のままに。それが一番です。」

 

 まるで春が何を問うのか分かっていたかのように、バーサーカーは即座に答えを返す。

 

「誰かのために身を粉にし、涙を流しても尚、その身を犠牲にして誰かに手を伸ばす貴方をこそ、私は見初めたのですよ?」

 

 だから恐れないでと、バーサーカーは春の背中を後押しする。

 

「ああ、わかった。お前がそうあってほしいって言うなら、そうするよ…それまでどうか、側にいてくれるか?ミナ。」

「もちろん。最期までお供します。」

 

 バーサーカー…否、ミナはそう言って春に寄り添った。険しい風が追い立てるように吹き抜ける。そんな夜に、互いの思いを心に分かち合いながら、二人はしばし目を閉じた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「っくっくっく!あっはっは!」

「笑うな笑うな笑うなぁ!我とてなりとうてこう思った訳ではないわい!」

 

 スーリヤの加護に照らされる地上の、何処にでもあるカフェのテラス席。そこに、一組の対照的な男女が座っていた。

 一人は長身痩躯の男。瞳に涙を浮かべながらも、面白くてたまらないかのように笑い転げている。

 もう一人は子供のような体格の少女。浅黒い肌にゴシックロリータ風のドレスを着ており、男が笑う度に突っかかるように叫んでいた。

 

「いやお前…っ、あんな『私、如何にも強いサーヴァントです!』みたいな言動しておいて、その実幻霊の方が数倍マシなサーヴァントだったとは!悲観主義者の俺でも全く予想が出来なかったな!」

「違うのじゃ!本当はインド神全てを習合した最新にして最強の神として顕現するはずだったのじゃ!」

「だが現実は非情である。常識的に考えても無理な話だ。何より、あのテクスチャーの神々は未だに『存在している』。いや、神々だけじゃない。不死者《チランジーヴィー》達もカリユガの時を今尚待ち続けている。死していないのならば、英霊として呼べるハズもない」

「言わなくともわかっておるわ…それを言うなら我を呼んだ連中に言っとくれ…」

「言う訳ないじゃん。殺しに来た奴等にさ。」

 

 カップに注がれた液体を飲みながらそう嘯く男を、少女は恨めし気に見ていたが、やがて諦めたかのようにため息を吐くと、椅子に座り直し、真面目な表情をして話しだす。

 

「まぁ、呼ばれてしまった以上は致し方ない。呼ばれたのならば呼ばれただけの役割を果たすことよ」

「ほぅ。戦うだけの術があると?」

「何をまさか。勝ち目のない戦いに人の子を連れて行ける程自惚れてもいない。幸い、我を呼び水として英霊を呼ぶことが出来れば、呼べるであろう相手は人類史でも一、二を争う程の英傑になるじゃろうて。」

「馬鹿な話を。」

「普通なら無理じゃろうが、我なら出来る筈じゃ。何せ容量が低すぎる故な。聖杯も容量が少な過ぎる相手を呼ぶことは望んどらんだろう。」

「そうじゃねぇっつーの。」

「アサシンという枠の制限はあるが、その程度で強弱が変わるような英雄は……って、なんじゃ」

「俺が言ってるのはそこじゃねぇ。」

 

 男は、持っているカップをソーサーへと戻すと、少女へ指を向けた。

 

「俺は、お前を使って戦う。」

「……は?」

 

 信じられないものを見たかのような顔で、少女は男を見た。

 

「聞こえなかったか?俺は、お前を使って聖杯戦争に挑むと言ったんだ。」

「ッ!この阿呆が!聞いてなかったのか、我の言葉を!無理じゃと言っとるじゃろ!」

「そうだな。俺もそう思う。」

「だったら!」

 

 叫ぶ少女に、男は真っ直ぐ瞳を見据えて言った。

 

「俺はあんたを使って戦う。これは確定事項だ。安心しろ、勝算が無いわけでもない。」

「な…っ!」

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべた男は、足を組んだまま、少女へ手を伸ばす。

 

「だから安心しろ。サーヴァント、アサシン。その真名を『■■■■■』。あんたを信仰してやる。人間らしく、な。」

 

 そう言って、男は不敵な笑みを浮かべた。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

(…ただの名前のみとして呼ばれた我を、その名の「揺らぎ」を利用することで再定義し、『神の力を引き出す装置』として運用する…)

 

 実に見事な業だ。優秀な師を持ったのだろう。コレは人が一代で至れるものではない。

 

(だから勘違いしてしまったのだろうな…我も。)

 

 男は、少女の前で狂戦士《バラモン》へ拳を振るっていた。

 

(最初に贄を捧げた時も。対価としての奉舞も。令呪を切って行った逃走も…全て、信仰が故の行動だと思ってしまった……カミが全てだと、思ってしまった。)

 

 男は、少女の前で魔術師《童女》へと啖呵を切っていた。

 

(だが、お主は違った。お主にとって、信仰は二の次なのだな。宗教は道具なのだな。意志よりも優先するものでもなく、我に力を与える為の手段でしかない。)

 

 男は、少女の前で剣士《病人》へと敵意を向けていた。

 

(わかっていたのだろう、こうなることを。お主には逃走しか道はなかった。こうなっても良いのだと決めた上で、我の存在を定めた。)

 

 カーリーが定めた「バラモン」「童女」「病人」は傷つけてはいけないという禁忌。

 それを男は一時の感情に任せてすべて破った。

 誰にも味方をされることなく、たとえ一人で死ぬことになろうとも、己の願いの為に動く事をこの男は望んだ。

 

「───お前が」

 

 私の、たった一人の信者。

 

「お前が、先だった」

 

 誰に言うでもなく、彼に言うでもなく、呟く。

 

「お前が、先だったんだ」

 

 その呟きは、雷鳴に掻き消され、届かない。

 

「お前が───先だったんだ」

 

 誰にも、届くことはない。

 降り注ぐ神罰<ひかり>の中で。残された神は独り、且つての信者を睨み付けていた。

 

 




アサシン陣営 脱落
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