Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
戦場に空白が生まれた。獣の低い唸り声だけが橋の上で静かに響く。
『目を背けるな、マスター。これが、『魔術師になる』ということだ。』
沈黙を破るのはライダー。使い魔越しにではなく、初めて他人の死を目の当たりにして顔を青くする己のマスターに対し、顔を合わせることなく語り掛ける。
「…ッ!」
そんなライダーの言葉を受けて、クリスは歯を食いしばり、睨むようにして戦場を見つめた。何が起ころうとも目を逸らすことなく、全てを受け入れようという気概を滲ませながら前を向く。
「…」
一方、戦場を挟んでクリス達の対面に位置していた春は、己のサーヴァントが生きていた幸運を静かに噛み締める。だがそれ以上に、彼の胸の内は荒れ狂っていた。どんな言葉で形容したらいいのかわからないほど、巨大な感情の渦が生まれ、頭の中を占めていく。
こうなることは想像できていた。でも、こうなってほしくはなかった。そんな悲しみと怒りが胸の内で渦巻き…
だが、先にその感情を吐き出したのは、バーサーカーだった。
「…私の…私の『普通の人生(トモダチ)』を、よくも……ッ!」
それは、これまで伴侶を立ててきた…否、伴侶の意図しか口にしてこなかった彼女が初めて発した己の願い。
自身の力不足を、不甲斐なさを呪いたいという気持ちはある。しかし、それらを考えるのは全て後回しだ。今だけは、この狂いそうになるほどの激情を、目の前にいる男に叩きつけなければ気がすまなかった。
「……私の…願いは……貴女の…為…に……ッ……」
「…」
激情を露にするバーサーカーとは打って変わって、茫然自失と言った様子のベルナデッタ。膝をつき、力なく両手を下げ、涙をぬぐうことなく途切れ途切れに言葉を発する様はあまりにも哀れで。そんな彼女を、セイバーは黙って見つめる。
『誰かの願いを、己の願いをもって喰い尽くす…戦場に上がるということは、そういうことだ。』
淡々とした声でライダーは告げた。これが戦場だと。覚悟のある者たちだけが集うべき場所だと。
かつて共に神話の海を旅した仲間たちを脳裏に浮かべながら、彼は春たちに言い放つ。
『私は、私の願いをもって、君たちをねじ伏せる…!』
「ァアアアアアアアッ!!!!」
ライダーの言葉を機に、バーサーカーが突撃した。それは知性など存在しない、力任せの単調な突撃。
今の彼女は、正しく「狂戦士(バーサーカー)」と化していた。
『来るか!』
当然、ライダーも黙って受け入れるつもりはない。竪琴を鳴らし、音の刃を作り出して迎撃する。
それは並のサーヴァントであれば一度直撃するだけで致命傷を負いかねない無形の斬撃。それを幾重にも重ねながら、バーサーカーに向けて放った。
だが、バーサーカーの突撃は止まらない。そんな攻撃など知ったことではないと言わんばかりに。
「ッ!ライダー!!!」
クリスがライダーに向けて持っていた最後の礼装を投げる。それは先ほどバーサーカーの一撃を止めた障壁展開型の魔術礼装。
それをキャッチし、己の前に展開するライダー。大量の魔力を上乗せさせて展開された障壁の防御力は先ほどと互角か、あるいはそれ以上と言ってもよかった。
「貴方も同じように…!」
だが、バーサーカーの一撃は
「誰かの願いのために…!」
そんな障壁など紙切れであると言わんばかりに
「喰い潰されなさい!!!!!」
真正面から粉砕する。
『ガッ―――!!!』
ライダーの胴体に鬼の一撃が炸裂する。
バーサーカーの全身全霊が込められた拳。骨が砕け、内臓が破裂したような、いや事実いくつかは衝撃に耐えきれず破れたのだろう、そんな激しい痛みがライダーを襲う。
そして、バーサーカーはそのままライダーの胴体に突き刺さった拳を大きく振り回し、戦場の中心へと投げ飛ばした。
『がっ、っぐ、ごほっ…!』
碌に受け身も取れず、ライダーは橋の上を何度も転がり続けた。
そして、勢いが止まったところで何とか片膝をつき、起き上がろうとする。
『まだだ…まだ倒れるわけには…!!!!』
その時、雷鳴が上空で鳴り響いた。
『…あぁ…本当に、因果な運命(さだめ)だと思うよ…』
「っくく、ははは!そうだなァ、お前はオレの手で殺すと決めていた!」
起き上がったライダーの視線の先には、ミョルニルを上段に構え、英霊の身に余る神の権能を迸らせるセイバーの姿。
「神に惑わされし冥界の旅人よ、今一度死の運命を受け入れるが良い…!!」
『やってみろよ、『異郷の神(クソったれ)』…!』
体は既に死に体。回避など、とうに選択肢から外している。であれば、真正面から受けて立つほかにない。
「対界権能、対巨人征伐位階、限定開放!」
『冥府の番犬よ、此処に来たれ!』
空気が震え、路面がひび割れ、橋の鉄骨が悲鳴を上げる。
「天よ、嵐よ、黄金よ! 我が偉業を見るがいい!」
『その爪牙をもって、己が最強であることを証明せよ!』
セイバーとライダー。両者の魔力が臨界まで高まっていく。
「此の惑星から消え失せろ!『我、万象を砕く雷光(システム・ビルスキルニル)』!」
『喰らい尽くせ!『汝、星を喰らいし衝動(セルべロス・レマリギーア)』!』
ここに、此度の聖杯戦争において最高峰の出力を持つ宝具同士が激突した。
ありったけの魔力を全身に身に纏った魔獣がセイバーに向かって突進し、それを神の権能を解放したセイバーが全霊の一撃をもって迎え撃つ。
瞬間、轟音が鳴り響く
巨大な壁のごとき衝撃波が周囲にいた参加者たちに叩きつけられる。もはや立つことすら困難な膨大な魔力の奔流が渦を巻き、嵐へと変貌した。
そんな魔力の暴風域に飲まれそうになる中、クリスは己の手に刻まれた2画の令呪を光らせ、己のサーヴァントに向かって叫ぶ。
「『ぶっ飛ばせぇええええええ!!ライダーああああああああ!!!』」
令呪が輝きを失い、力を消失させる。その命令にどれだけの効果があったのかはわからない。
しばらくして、嵐が静まり、中心点にいた二騎のサーヴァントが姿を現した。
『…』
「…」
セイバーは、ちょうど心臓部をえぐるかのような形で左肩から先を失っていた。ケルベロスに喰われたのだろうか。おびただしい量の血を今も流し、それでも尚、ミョルニルを右肩に担いで、威風堂々と立って敵を睨む。
一方ライダーは、かろうじで五体を保っていた。だが、その全身は黒く焼け焦げ、一部は炭化すらしている。バーサーカーの一撃によって開いた腹部の傷口から血が流れるが、焼けた肌に触れた瞬間、煙を上げて蒸発した。
「…また、届かなかった、か…」
自分をこのようにした宿敵を睨みながら、ライダーは呟いた。神代を代表する美声は焼かれた影響でかすれ、もはや見る影もない。そして同時に、彼の体からエーテルが霧散していく。
「…約束…守れなかった…なぁ」
ライダーの声質が変わる。それは焼けた影響というだけではない。どこか演じるようだった今までの声から、本心を表す声へと変質した。
「…アーチャー…後は…任せる…」
「楽士様…」
後ろを振り返り、同盟相手であるアーチャーを見る。彼女はよくやってくれた。クリスの治療や自分への支援、援護。彼女という同盟相手がいなければ、サーヴァント三騎を相手に大立ち回りをするなど、到底できなかっただろう。
「…少年…マスターを…頼む…」
「…ふん。」
アーチャーのマスターである蓮を見る。この聖杯戦争をここまで生き抜くことができたのは、彼の情報収集能力によるところが大きい。それに、クリスの世話係としても、彼には非常に世話になった。感謝してもしきれないほどに。
「…マスター…」
「ライ、ダー…」
己のマスターであるクリスを見る。彼女は自分と違い、ちゃんと約束をこなしてくれた。予想以上と言ってもいい。令呪や礼装を惜しみなく使い切った彼女のバックアップは、彼の期待に完璧に応えてくれた。約束を果たせなかったのは、自分の力不足だと、ライダーは心の中で謝罪する。
だからこそ、伝えなければならない。
「世界を、見なさい…君の道は一つじゃない」
彼女は知らないだけなのだ。この世界の広さを。自分に宿る可能性を。
「旅をして、見つけるんだ…君が、本当に…進むべき道を…」
言いたいことはたくさんある。しかし、それらすべてを言い切ることはできない。だから一番大切なことだけを、遺言として残す。
――世界は…こんなにも…広いのだから――
最後に、満天の星空を見上げながら、ライダーは消えた。彼が残した言葉が、どんな意味をもっているのか、それをまだクリスは理解していない。
だが、彼女は忘れないだろう。愛のために神に挑んだ男の、その背中を。
「…英霊に対して言うのも変かもしれないが…あんたの生き様、見届けたぞ。」
「楽士様…私の力添えが足りないばかりに…」
「嘆いている場合じゃないぞ。」
ライダーの消失を見届けた蓮とアーチャーが呟く。前衛であったライダーが消えた以上、マスターを守るためにはアーチャーが前に立たなければならない。
ライダー以上に心得を持たないアーチャーで、はたしてどこまでできるのか。そんなことを考えながら二人は自分たちの敵を見やる。
そこで異変に気付いた。
「く、はは、はははは!!」
セイバーの体から粒子が立ち込め、エーテルの崩壊が始まっていた。
二度にわたる宝具の解放、その内一回は自身の出力限界を超えた一撃である。
そこにライダーから受けた宝具のダメージが重なり、セイバーの霊基はついに限界を迎えた。
「よう、マスター。茫然自失って感じで、これから如何する積りだ?」
「…………私は、シンヴァさんの、ために…………」
セイバーはベルナデッタに声をかける。相変わらず力のない表情で呆けているが、セイバーとしては己が消える前にどうしても確認しなければならないことがあった。
「で?」
「…『で』………………?」
「だからそいつは死んだろうが、さっき。これからお前は如何するかって話だよ。」
「わ、たしは……」
ようやく、ベルナデッタの思考回路が復活する。だが、これから何をすればいいのか、答えが全く定まらない。
「私には…………」
そんな中で、一つ、今回の戦いではっきりしたことを、彼女は口に出した。
「…私には、所詮『守る為の力なんて無かった』」
戦場という舞台に立っていて、代行者としての力を有していながら、自分は彼女を…シンヴァを守ることができなかった。
あのタイミングで、シンヴァがバーサーカーをかばったように、自分もシンヴァを突き飛ばし、守ることができたのではないか、そんな妄想が彼女の脳裏をよぎる。
だが、できなかった。動くこともなく、ただ見過ごすことしか、できなかった。
「…私が出来るのは、『守る』事じゃなく──────『守るために殺す』だけ」
彼女の目から、光が消える。そして、どこまでも深い海の底のような碧い闇が、その顔を覘かせた。
「私は、そうでしか、そんな風にしか、生きていけない。」
「ッはははは!そうだ、そうだよ、そうなんだ!!お前が聖遺物も無しにオレを呼んだのは、『そういう人間だから』だ!!」
セイバーは嗤った。これだ、これこそが、自分が待ちわびていた答えだったのだと。そう言わんばかりに、大きな声で嗤う。
「オレもお前も、殺す事でしか人を守れない。誰かを守る為の力なんて、最初から備わっちゃいないんだ……!」
「貴女を、貴方を、貴方たちを…この場にいる全員を殺して、私が聖杯を獲る……!」
その目に宿るは漆黒の殺意。もはや同盟もルールも関係ない。
「そうすればきっと、彼女も還ってくる筈なんです!そうに、そうに違いないんだ!!」
唯々己の願いのために、阻む者たちを抹殺する。
「…ベルさん。」
「……貴方も、殺します、ハル……!!」
殺意の込められた目で春を睨み付ける。今のベルナデッタに、言葉は届かない。
「くはは。じゃあ…まあ、オレは還るか。次なる戦神の誕生を言祝いでやるよ、『おめでとうベルナデッタ』。」
そう言ってセイバーは最後まで笑い、苦しむ姿を一切見せることなく、その姿を消滅させた。新たなる同類の誕生を、心から祝福しながら。
「第八秘蹟会所属、ベルナデッタ・エクレシア。サーヴァントという異端を抹殺し、マスターという仇を抹殺し。私が、聖杯を獲得します」
懐から取り出した灰錠を構え、戦闘意思を表す。
「血迷ったか…」
「…命を奪うってのは、こういうことだ。これまでが丸く収まり過ぎていたんだよ。」
「俺も、丸く収まるなんて思っちゃいなかったがな。」
そんなベルナデッタの様子を見て、蓮と春が口を開く。殺意を漲らせるベルナデッタの姿は恐ろしくもあり、同時にあまりにも痛々しすぎた。
「相手が聖人たる貴女であろうと…此の刃、一切の手加減はしません。覚悟しなさい。」
「そんな…」
同じ聖職に携わる者として、ベルナデッタが見せる変貌にアーチャーは胸を痛める。
「やっぱり、聖杯戦争なんてろくなもんじゃない。」
「分かりきっていた事だ。だが、聖杯戦争だけのせいじゃない、俺達で選んだ結果だ。」
「…それでも、こんな悲しいことって、ない。」
春の言葉を、蓮が一刀両断する。聖杯戦争という場が齎した偶然ではない。
これは、自分たちの選択が導いた必然であると。
「…終わらせよう。俺達の戦いを。」
「…あぁ、選択する事を、俺は止めない…アーチャー!」
既に起きたことを、変えることはできない。だから、先へ進むために、今を乗り越えなければならない。故に蓮はアーチャーにそのための力を授ける。
「令呪をもって命じる。」
温存していた三画の令呪。その全てを輝かせ、蓮はアーチャーに命じた
「『務めを果たせ』」
守り抜け
「『為すべきことを成せ』」
やりたいようにやれ
「『お前の心に従え』」
全てを任せる、と。
余りにも漠然としていて、意味があるかどうかわからない命令を、蓮はアーチャーに言い放つ。
「行ってこい。」
「はい!行ってきます!」
だが、そんな蓮の命令を心得たと言わんばかりに、満面の笑みをもってアーチャーは返した。
「セプテム・エクレシア・サクラメント、起動……!」
ベルナデッタが術式を展開する。胸に構えた灰錠に、対霊体…即ちサーヴァントに対して特攻効果となる洗礼を施し、アーチャーへと投擲する。
「焔よ!」
その攻撃に対し、アーチャーは魔力を焔へと変換して壁を作り、防ごうとする。だが、ベルナデッタの執念が込められた灰錠はその防壁を突破し、アーチャーへダメージを与えた。
「貴女は聖人それそのものではありません! ならば…還りなさい、有るべき場所へ!」
「くぅ…」
ベルナデッタが吼え、そして感情のままにアーチャーに対し攻撃を加え続ける。
それをアーチャーは焔の壁と治癒の奇蹟をもって耐え忍ぶが、着実にダメージをその身に蓄積させていた。
そこに、バーサーカーの一撃が飛び込む。
「この戦いを終わらせる…だから、貴女も斃れてください!」
ライダーの攻撃でボロボロになったその肉体を気合で動かし、戦いを終わらせるというマスターの願いを叶えるため、アーチャーへと拳を振るう。バーサーカーからすれば、ベルナデッタを無理に相手にする必要はない。既に残ったサーヴァントはバーサーカーとアーチャーの二騎のみ。片方が討たれれば、それだけで聖杯は顕現する。
だからこそ、バーサーカーは突貫した。春を悲しませないために…ベルナデッタを死なせないために。
「…私、は…!」
アーチャーはひたすらに耐えた。耐えて、耐えて、耐え続けた。バーサーカーの猛攻を、ベルナデッタの執念を。
「私は、殺されるわけにはいかない…!」
「…その意気や良し。」
バーサーカーの拳が、アーチャーの胴体に突き刺さる。
たまらず、吹き飛ばされるアーチャーだが、治癒の奇蹟を己に施し、その傷を癒す。
それはもはや狂気の沙汰ともいえた。彼女が己の傷を癒せば癒すだけ、この拷問ともいえる時間が続いていく。人は痛みに弱いものだ。だからこそ、時として死が救いになることもある。
だが、それでもアーチャーは折れない。たとえその身を地獄に投じることになったとしても、それでも成し遂げたい「祈り」がある。
「私は、『貴女にだけは』殺されるわけにはいかない!例えこの身が仮初の物だとしても!残されているのが意気だけだとしても!これだけは!下がるわけにはいきません!」
これまでに聞いた事のないような、アーチャーの大きな声。その言葉は、ベルナデッタに向けられていた。
「ッ……煩い、煩い!私は、私は……!!」
彼女は泣きながら灰錠の投擲を続けた。しかし、これまで憎悪と執念でアーチャーの守りを貫いてきた攻撃は、明らかにその威力を落としている。
ベルナデッタ・エクレシア。聖堂教会の下部組織に所属する代行者。だが彼女とて生きた人間である。その限界は、サーヴァントのそれよりもはるかに早くに訪れた。
「この身体の痛みも…まだ、汲めるところにある!だから、諦めません!退きません!」
アーチャーが再び己の傷を癒す。
ライダーから託されたのだ。クリスと蓮を任せると。ならば、ここで倒れるわけにはいかない。
それに、まだ「やるべきことが残っている」。
故に彼女はベルナデッタとバーサーカーを真正面から待ち構える。続けるというのであれば、最後まで付き合うぞと言わんばかりに。
「…最後に残ったのが、貴女で本当に良かった。」
そんなアーチャーの姿を見て、バーサーカーは拳を下した。もはや彼女に戦意は無い。アーチャーの意図を理解したから。
アーチャーは最初から、ベルナデッタを殺す気など無かったのだ。
「っはあ、はあ……ッ!」
それでも尚、そんなもの知ったことかと言わんばかりに、ベルナデッタはアーチャーに向けて灰錠を投げようとする。
だが、その腕が持ち上がることは無かった。彼女の体力が底をつき、ついに膝から崩れ落ちる。
「…私は、私、は…」
ひび割れた路面に両手をつき、涙を流して嗚咽をもらす。そんなベルナデッタを、バーサーカーは静かに、穏やかに、少しだけ悲しげな表情で見据える。
「シンヴァさん、の事、友達だと、思って、いたのに!友達になれる、と、そう思って、いたのに…!!」
この場に残った者たちは、静かにベルナデッタの慟哭を聞いていた。
「誰も彼も、貴女が、もっと…もっと、強ければ!ハルの采配が良ければ!彼女は、彼女、は…」
彼女は許せなかった。シンヴァに死を強制した運命が、他人が、そして何よりも、自分自身が。
「…私が弱かったから。私が弱かったから、死んだんです…」
彼女はボロボロになった両手で顔を覆い、泣いた。哭いて、啼いて、泣き叫んだ。
「…そうですよね。辛いですよね。」
そんなベルナデッタを、バーサーカーは抱きしめる。
「大切なものを奪われて、自分が空っぽになって。悲しくて、腹が立って、悔しくて、虚しくて…。」
まるで親が子に言い聞かせるように、優しく、慈しみを込めて、語り掛ける。
「…ですが、まだ貴女には先がある。貴女の価値観を変える出来事に、貴女の行く末を導いてくれる新たな友人に、きっと出会えます。」
バーサーカー…ミナ自身がそうだったのだ。この聖杯戦争を経て、彼女の世界は大きく変わった。
友を、愛する人を、見つけることができた。
「だから、生きなさい。ベルナデッタ・エクレシア。前を向いて生きてください。それがきっと、あなたの生きる理由です。」
「なん、で………………ぅうううう……ぁぁ、あああ゛あ゛!!!」
再び、彼女は大きな声を上げて泣いた。ため込んでいたものを全て吐き出すように。
戦いは、終わった。
「…柊、アーチャー。世話になった。」
「俺に礼を言うな。聖女様が勝手にやった事だからな。」
「よく言うよ…こうなるって、わかってたのか?」
「さぁ、どうだろうな。」
春が蓮に語り掛ける。もしも、蓮が「勝つ」つもりであれば。そのつもりで令呪を使えば、きっとこの結末はあり得なかっただろう。だが、そうはならなかった。現状、着地しうる結末の中で、最良に近いものを蓮は「選び取った」のだ。
春は、そんな蓮の選択に対し、敬意を抱く。
「すまなかったな。意図を読み切れずに手を上げてしまった。」
「俺も意図なんて分かっちゃいないさ。聖女様のやる事はいつでも予測不能なんでな。」
「すみません、マスター。いつも迷惑をおかけしています。」
マスターのあんまりな言葉に苦笑しながら、謝罪の言葉を返すアーチャー。しかし、口では謝罪を述べているが、きっと彼女は変わらないのだろう。それがアーチャー…『施しの聖女ブリギット』が彼女足り得る所以なのだから。
「全く…おい、クリス。」
「ん?何よヒーラギ。」
「お前の聖杯戦争は終わったが、お前の道はまだ終わりじゃない。それを忘れるなよ。」
「…そうね。ライダーにも言われたもの、ね。」
蓮の言葉にどこか上の空の様子で返すクリス。きっと、彼女の脳裏には未だにこびりついているのだろう。彼女の相棒、愛に殉じた男の背中が。
「…道は、一つじゃない、か。」
魔術師になることを、ずっと夢見てきた。それが彼女の世界のすべてだったから。
でもこの地にきて、彼女は色んなことを知った。
ラーメン屋は地獄だった。ネットカフェは窮屈だった。回転寿司は魔境だった。河川敷では呪いを受けた。ホテルの一室では、いろんな生き様を目にした。
そしてこの橋の上で、様々な形の『愛』を見た。
貫く愛を。寄り添う愛を。施す愛を。受け入れる愛を。
工房の外の世界は、こんなにも理不尽で、悲しくて、暖かくて、美しくて、可能性に満ちているのだと、クリスは初めて実感した。
「そういえばクリス。よかったらうちに来て魔術を手ほどきしてはくれないか?報酬として、ある程度の賃金も出せるはずだ…ライダーの遺言に従うなら、世界を旅する多少の助けにはなるだろう。」
「ん?んー…」
そんなことを考えていたら、春がクリスに仕事の斡旋をしてきた。確かに、世界を旅するのであれば、お金があるに越したことは無い。
「いや、遠慮しとくわ。お金ならまだ残ってるし。」
だが、クリスはそんな春の提案を拒否する。
「理由を聞いても?」
「『ライダーのマスター』がいるほうが、そっちも息苦しいでしょう?」
そう言って、ベルナデッタたちを見遣る。
彼女らにとって、ライダーは友を殺した怨敵だ。故に、そのマスターである自分が傍にいたら、きっと要らぬ苦労を強いることになる。距離を置くのがいいと、クリスはそう判断した。
「とか言って、お前に一人旅なんて出来ないだろ。お前の常識の無さからくる愚行は散々見て来たぞ。」
蓮から言葉の右ストレートが飛んでくる。
「……ば、バイトくらいできるし。」
クリスはうまく返せず目を逸らした。効果抜群だったらしい。
「ま、まあ、困ったら頼っていいくらいには、無事を祈っているよ。」
突然目の前で発生したコントにやや困惑した表情を浮かべる春だったが、困ったらいつでも頼れと言って、クリスに対して手を差し出す。そんな春の手を見てクリスは「はぁ…」と深くため息をつき、春に向かって忠告した。
「…そこの眼鏡」
「眼鏡って…なんだ?」
「誰彼構わず、女性にそういう対応をするのは止めておきなさい。そのうち彼女から刺されるわよ…貴方じゃなく、女性のほうが。」
脳裏に浮かぶのは街中で行った事件の調査中、シンヴァに対し威嚇するミナの姿。
「…貴重な助言をありがとう。配慮するよ。」
「わかったならいいわ。それじゃ、敗残兵はただ去るのみ、ってね。」
そう言ってクリスはその場を離れるために背を向けた。
サーヴァントを失い令呪もなくなった彼女は、聖杯戦争という場に相応しくない。
「…ま、かっこつけた後で野垂れ死ぬなよ。一生笑いのネタになりそうだからな。」
「そっちこそ、私の知らないところで勝手にくたばらないでよね。」
「次に会う時はもうちっと、立派になってくれよ。」
そんな軽口をたたき合いながら、振り返ることなく手を振り、クリスは街へと消えていった。
「…ベルナデッタさん、ミナさん…」
そして、施しの聖女が最後の務めをここに果たす。
「この世界には、どれだけ手を伸ばしても届かないものがあります。誰しも、手に取った持ち物が違う…私は…あまりにも、多くを持ち過ぎました。」
彼女は己の身に着けていた装飾品の一つを、ベルナデッタに手渡し、握らせた。
「だから、これはせめて、あなたの手が少しでも先に届くように。私は、そのために歩く…そのための、『歩く修道院(ウォーク・モナステリー)』なのです。」
アーチャーの宝具が発動する。それはライダーにも与えられた彼女の「施し」。
「私にはこんな事しか出来ませんが、どうかあなたに主のご加護がありますように。」
そうベルナデッタに言って、アーチャーは己のマスターに向き直る。
「マスター、すみません。私は、これ以上は戦う理由がないようです。」
「お前が決めた事なら、俺は後悔しないさ。」
「ありがとうございます…では、ミナさん。」
ベルナデッタと同じくその目を泣きはらしていたミナに、アーチャーが語り掛ける。
「貴女もまた、その宿命に翻弄され、悲劇の内に幕を閉じた方でした。ですが、仮初とはいえ…こうして、ここにいる。それは、疑いようもない事。」
彼女は祝福する。ミナという、宇治の橋姫から別たれた、一人の少女の誕生を。
「そんな貴女が今一度、満たされる事が出来るのなら、私にはもう戦う理由がありません。」
故に彼女は祈り、授けるのだ。新たな道を進もうとする者に、そのための力を。
「貴女達に…今度は、希望を持って生きて欲しい。私の祈りは、それだけで満たされる。これは、その門出を祝う物です。」
「…アーチャー?」
再び『歩く修道院(ウォーク・モナステリー)』が発動される。煌びやかだったアーチャーの修道服は、ライダーの分と合わせて三度行った「施し」によりその輝き(チカラ)を失わせ、質素な唯の修道服へと変化する。
それと同時に、彼女の体から粒子が立ち込め始めた。消滅の兆しである。セイバーの時と同じく、限界を超えた宝具の発動が消滅のトリガーとなったのだ。
「いいのか?アンタたちはそれで。」
「はい。構いません。私は、そのために歩いてきたのですから。」
「言っただろ?この聖女様のやる事は予測不能だってな。」
春の言葉に、これでいいのだとアーチャーと蓮は告げる。
「あんたの生き様も見届けたぞ、聖女様。いや、聖ブリギット…ありがとう。」
たった一言。だが、万感の思いが込められた蓮からの感謝の言葉をアーチャー…ブリギットは笑顔で受け入れた。
「…はい。皆様の行く先に、幸が…神の御加護が、ありますように。」
夜が明けて、日が昇る。祈る修道女のその姿に、聖なる輝きはない。だが、誰よりも人を愛し、その身を賭けてそれを証明し続けてきた女の、その去り際の笑顔は、まるで朝焼けのように輝いていた。
「彼女は確かに『聖女』だったな、柊。」
「あぁ。馬鹿なくらいに、な。」
「焔」の象徴である朝日に消えていった彼女の最期に、運命的なものを春と蓮の二人は感じた
何故、唯の修道女だった彼女が焔を操れたのか。
その答えは単純だ。焔は人に、「破壊」をもたらした。「恵み」をもたらした。そして、それを操る「知恵」を授けた。焔は人に、生きるための「熱(チカラ)」を与えた。だからだろう。彼女の施しは、人に「前へ進むためのチカラ」を授けるものなのだから。
「俺も、あんなふうになってみたいもんだ。いや、さすがにお人よしが過ぎるか?」
「お前はやめとけ、ただでさえ大切な相手がいるんだから。」
そう言って蓮は、朝焼けに消えたアーチャーの残滓を未だ眺めるミナを指さす。
「…違いない。もう、命を無駄にはできないな。」
そんな様子のミナを見て、春も苦笑し、同意した。
「お前はこれからどうするんだ?」
「俺か?俺は、また放浪の旅に戻るさ」
「そうか。気が向いたら戻って来なよ。何もないけど、もてなしくらいはするから。」
「言われなくてもそうするさ。俺は気が向いたら誰が止めてもそうするからな。」
「ははっ、ある意味、あのアーチャーのマスターらしいな。」
久しぶりに笑ったと、春は思った。
失ったものは多い。だけど、今の気分はそこまで悪くは無い。そんなことを考えながら、春はベルナデッタの方に顔を向ける。
「ベルさん、アンタはどうする?」
「…戦いますか?」
「やめとけ今更…もう十分だろ。」
ふっ、と力なく自嘲する様な笑みを零しながら春の問いに答えるベルナデッタ。アーチャーの「施し」が与えられたとはいえ、それで戦えると思うほど彼女も愚かではない。
「…分かっていたんです。例え、此の地に降誕される杯が『真なる聖杯』だとしても。其れに願いを込めた所で、彼女は戻らない。戻ってこない…戻ってくるのは彼女という妄念を抱いた、人形だけ。」
「…」
「私の願いは、潰えた。それが叶えられる事はもう、無い…だから、私に出来るのは。彼女の様な者を増やさない、明日に向けて歩き出すのみ」
ベルナデッタの言葉を、春は静かに聞いていた。
「私は、帰ります。杯は貴方の望む様に使って下さい、ハル…私は疲れてしまいました。少し休ませて欲しいです。」
「うちの屋敷でも使っていくといい。いやなら近くに手頃なセーブハウスもある…今はしっかり休んで、未来に歩き出す準備をしてくれ。」
「……はい」
それを最後に立ち上がり、歩き出そうとして、ベルナデッタは春に振り返り、薄く微笑みながらこんな言葉を贈った。
「…お二人が式を挙げる時は、是非私に。この名を以て、貴方達の縁を祝いましょう。」
そう言って彼女は去っていった。それに合わせて、蓮も軽く手を振り、街並みへと消えていく。
残された春とミナは思わず顔を合わせて笑いあった。
「…ミナ、いろいろと苦労を掛けた。浮気性の伴侶で心労も多かっただろ。」
「今更です。…それに、お気づきでしょう。そんな貴方だからこそ、私は貴方を伴侶と見初めたのです。」
初めて出会ったあの日、必死に河の流れをかき分け、自分をつなぎとめた春だから、ミナは春と共にいることを決意できたのだと、彼女は語った。
「楽しかったですよ、ここまでの日々は。」
「果報者の伴侶をもって、猶更悔やんでしまうな。もう少し身近な人を大事にすべきだった。」
「『自分が死んでもいいと思っていても、他人にはそうあってほしくない』、そんな貴方ですから、きっとこれからも悔やむことになりますよ。」
そうかな?と春は問い、そうですよ、とミナが返す。
「でも、それでいいのでしょう。…私も、お付き合いします…だから、これからも、幸せになりましょう。」
「ああ…絶対に幸せにする。一緒に、幸せになろう。」
「はい。不束者ですが、末永く、よろしくお願いしますね…『春くん』。」
ミナは、初めて己のマスターを名前で呼んだ。そのことに気づいた春は一瞬目を見開き、そして恥ずかしそうに笑った。
その時、二人の目の前に黄金の杯が現れる。サーヴァント六騎の魂を回収し、万能の願望機…「聖杯」がここに顕現した。
それを「勝利者」である春が手に取り、そして願いを口にする。
「…俺は…」
ライダー陣営 脱落
セイバー陣営 脱落
アーチャー陣営 脱落
勝者:バーサーカー陣営