Fate / Way of Last Faith   作:兵藤影虎

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第三話「鋼鉄の乙女—美女たちによる四重奏」

 ベルナデッタ・エクレシア。

 聖堂教会の下位組織、第八秘蹟会に所属する代行者(エクスキューター) 。

 徹底的に異端を処断する精神性、鍛錬の果てに在る人外じみた戦闘力を有する。

 通称「鋼鉄の乙女(アイアン・メイデン)」

 

                   (第八秘蹟会内部調査報告書より抜粋)

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 煤の被った教会に修道服を纏う銀髪の女性が一人。その手には聖堂教会が作成した英霊召喚の術式が握られている。

 

「…成程、此処が」

 

 女性の名はベルナデッタ・エクレシア。第八秘蹟会に所属する代行者である。

 彼女は所属する組織から聖杯の真贋を見定める任を課せられ、聖杯戦争の開催地に赴いていた。

 魔術に関してはそれほど詳しくない彼女だが、聖堂教会より貸し与えられた術式があれば問題なく英霊召喚を行えるだろう。

 狙うは裁定者のサーヴァント。抑止し、量り、裁定する者。その為に誰よりも早く、未だ枠の埋まらない状況で召喚を行うのだから。

 

「嗚呼、主よ。我が祈りに応え給う」

 

 陣を描き、静寂の支配する教会で祈る。暫し続けた後、瞑目の果てに血が垂らされた。

 紡がれる呪文と呼応し、込められた魔力が流転する。造られた鋼鉄に、相応しい運命が舞い降りる。

 立ち昇る煙の内から現れたのは、絶世の美女。眩い金髪を揺らし、蒼い瞳にて男を射止める美の化身。豊穣にして愛情の神。そう形容するに相応しい、強い神気を纏ったウエディングドレス姿の女性。

 

 だが。鈴が鳴る様な美しい声色を以て発された言葉は…

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 聖杯戦争が行われる街の中心で、ベルナデッタは二人の女性を見つけた。

 それは第八秘蹟会によって事前に調査されていた今回の参加者、その一組。

 赤を基調とした衣服を纏い、薄紅色の長髪を靡かせながら颯爽と街を歩く、通称「女王メイヴの血統」。クリー・グローシーとそのサーヴァントである。

 

「(街の下見がてら参加者と出会ればいいとは思っていましたが…タピオカミルクティ?)」

 

 一瞬、自分の目を疑った。

 伝承保菌者にして神代の血を色濃く受け継ぐ今回の参加者の中でも指折りの猛者であるはずの女傑が、サーヴァントと思わしき女性と共に、まるで現代の女子高生のようなやり取りをしているのだ。

 

「(…疑念は尽きませんが、為すべきことを果たしましょう。)」

 

 己の想定から乖離した光景にややめまいを起こすも、スイッチを切り替えて目の前の参加者に声をかける。彼女には、果たさなければならない使命があるのだ。

 

「こんばんは、クリー・グローシー」

「……誰?」

 

 タピオカ入りのカップに刺さったストローを咥えながらクリーが振り返る。

 

「初めまして…といっても、此方は貴女の事を知っているのですが。お取込み中でしたか?」

「別に構わないわ。お話しするなら乗ってあげるけど、場所を移さない?」

「では此方に。戦争中は人を払ってある教会がありますので。如何でしょう?」

「そうねぇ。裏路地は…ガラの悪いお兄さんがいるから、そこそこ目立つわね。ま、どこまでを望んでいるかによるけど、その提案には乗ってあげる。」

 

 空気が張り詰める。まさに一触即発、そんな雰囲気の中。

 

「もむもむ」

 

 クリー・グローシーのサーヴァントは、アイスのコーンを黙々と食べていた

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「いいのかマスター、罠を警戒しなくても。」

 

 裏路地を抜けて辿り着いたのは、繁華街から少し離れた場所に位置する人気のない小さな教会。

 そこに至る道中で、先ほどまでアイスを食べていた紫の戦装束を身に纏うサーヴァントが、己のマスターであるクリーに尋ねる。

 

「だからクリーと呼びなさいってば。それに構わないわよ。話も無しに戦うのは、性に餓えた男だけで十分だし。」

 

 対するクリーはサーヴァントに警戒は不要と返す。それは、たとえどんな小細工が来ても乗り越えられるという自信の表れだろうか。彼女のサーヴァントはやや呆れつつもマスターの指示に従う。

 そんな二人の様子を観察しつつ、ベルナデッタは口を開いた。

 

「どうぞ中へ。 安心して下さい、罠などありません…というより、私には聖杯戦争を進行させる意思自体、御座いませんので」

 

 ベルナデッタの発言に怪訝な表情を浮かべるクリーとそのサーヴァント。そんな二人を一旦スルーして、彼女は教会の扉を開く。

 

「では改めて自己紹介を。此の戦争の監督役、そして聖杯の真贋を見定めるために聖堂教会、第八秘蹟会より派遣されて参りました。ベルナデッタ・エクレシアと申します。呼び名は好きなもので構いません。御挨拶が遅れた事、お詫び致します。」

 

 そう言ってベルナデッタは一礼する。そんな彼女の名乗りに対し、特に驚く様子を見せないクリー。おそらくベルナデッタの修道服を見た段階で、ある程度予想を立てていたのだろう。

 

「やっぱり、聖堂教会の人間だったのね。そして私の名前を知っているということは、相応に調査したってことか…ミス・エクレシア」

「その通りです。 此方はクリーさんとお呼びしても?」

「楽な呼び方でいいわよ。呼び捨てでも、さん・ちゃん・くん付けでも」

「ではクリーさんと。ええ、貴女の言葉通り、『相応に』調査させて頂きました。勿論、貴女だけでなく、他の参加者の事も。」

 

 隠す必要はない。むしろ、ベルナデッタの目的を考えれば、下手な情報隠匿は下策となる。今の彼女に必要なことは何よりも相手に信用されることなのだから。

 

「成程。その上でここに連れてきたということは、何か話したいことがあるのか、戦いたいってことなんだろうけど…どっちかしら?」

「先程も申し上げた通り私は監督役として、此度の戦争を自ら進行させる意思は御座いません。あくまでも戦争の進行に問題が生じた場合にのみ派遣される、調停役だと考えて頂ければ結構です。」

 

 ベルナデッタの目的。それはこの地で開催された聖杯戦争を監督し、トラブルなく終息させること。

 今回に限らず、世界中で多発している聖杯戦争は何かと問題が発生しやすい儀式である。聖杯と呼ばれる万能の魔力リソースを巡り、英霊と呼ばれる超越者を使役して争う。その過程で生じる問題は多岐にわたり、全てを列挙するのは難しい。

 

「問題って例えば?」

「戦争の存在が一般人に露呈する。 無辜の民に手を掛け、魔力を回復する行為…魂喰いでしたか? とにかく、そう言った違反行為を起こさず、事前に規定しているルール通りに行われていれば問題にはなりません。」

 

 そんな聖杯戦争という儀式を恙なく進行させることこそが己の使命であると、ベルナデッタはクリーに話す。

 

「無辜の民に関して、参加者ではないと定義するなら安心してもいいわ。だけど、参加者も無辜の民と定義とするなら…残念だけど従うことはできないわね。」

「戦いに参加したなら、それは等しく生死を戦いに委ねるという決意の表れ…もし嫌なら自主脱落すればいい。」

 

 ベルナデッタの言葉に一定の理解を示しつつ、可能な限り従おうという意思を見せるクリーとそのサーヴァント。だが、儀式に参加するマスターに対しても適用するか否か、その答えによっては遵守するのは難しいと彼女らは話す。

 

「おっしゃる通りです。ただ、此方は所謂『巻き込まれ』も想定しています。そんな相手と出会った場合は、相手に降伏を勧告して下さい。それでも退かなければ…多少乱暴な手段を取って鎮圧して頂いても構いません。」

 

 ベルナデッタの言う「巻き込まれ」が発生する確率は、そう高いものではない。ただ、過去の記録を見返す限り、無視することができない程度には前例があった。

 

「ふーん…つまり、巻き込まれてしまった人がいる可能性はゼロじゃない。だから戦うなら一方的ではなく、ある程度確認をして、降伏を促す。こういうことね?」

「一応、改めて戦争のルール説明が必要なら致しますが……如何されます?」

「そうね……せっかくなら教えてもらおうかしら。料金をとるというなら考えさせてもらうけど。」

「勿論、タダです。」

 

 空気がやや弛緩する。無論、両者ともに戦闘のプロフェッショナルだ。油断はない。

 だが、出会った時のような張りつめた空気はもう存在していなかった。

 

「此度、開かれるは聖なる杯を巡る争い。七人と七騎で鎬を削り、最後に残った一組のみが、願いを叶える権利を獲得する。その内の二組、それが私とクリーさん、貴女です」

 

 ベルナデッタによる聖杯戦争の基本ルールの説明が始まる。

 元々はルール無用の殺し合いだったが、世界各地で頻発するようになってからは神秘を秘匿するためにある程度のルールが魔術協会と聖堂教会の間で整備された。とはいえ、そう複雑なものではない。

 

「禁則事項としては無辜の民に被害を出さない事、戦争の存在を露呈させない事の二つ。それ以外は自由にして頂いて構いません。共闘するも、裏切るも、闇討ちするも。戦法については、禁則事項に抵触しない限り自由です。」

「わりと緩いのね。戦争の存在露呈に関しては魔術の秘匿とイコールっていう部分もあるからわかるけど…ねぇ、質問いいかしら?」

 

 気になることがあるのか、ベルナデッタに対し、クリーは再び問いかける。

 

「今回の聖杯戦争で何人か事前に調査したって話だけど、その中に、危険そうな陣営っていたのかしら、ルールとは異なる質問で悪いけど。」

「…」

「私ぐらい?」

 

 それを聞いて、これまでよどみなく答えてきたベルナデッタが初めて戸惑いを見せる。

 答えていいモノかどうか。しばし黙考し、そして口を開いた。

 

「…貴女はグレーです。 ですから、此度の動きを見て、判断します」

「ふーん、ブラックとは言わないのね。」

「ええ。灰色はお嫌いですか?」

「嫌いっていうほどでもないけど、白黒ハッキリしていたほうがスッキリするわね。」

「であれば、行動で示して下さい。 黒は現れない方が良い。現れ次第消去するのも仕事ですが、未然に防げるのであればそれに越したことは無い。」

「成程。すっきりしたいならホワイトらしく、ね」

「一応、貴女以外にもグレーな陣営は存在します。それこそ、何かの弾みで黒い方に堕ちかねない、そんな者達が。」

「その詳細までは聞くのはタブーかしら?」

「是非、貴女自身の目で見極めて頂ければ。」

 

 監督役である己は、どの陣営にも加担することはできない。そう自分にも他者にも繰り返し言い聞かせるようにベルナデッタは言葉を紡ぐ。

 クリーに対してはここまで色々教示してきたが、それはクリーがベルナデッタの誘導に素直に従ってくれたからこそである。超えられない一線はあるが、誠意には誠意をもって応えなければならない。

 

「色々教えてくれてありがとう、ミス・エクレシア」

「いえ、監督役として当然の義務ですから」

 

 此度の会合はおおむね満足のいくものだったと、ベルナデッタは感じていた。完全に白という判断は下せないが、こうして直接会話を重ねた分、クリーは彼女の中で他のグレーと比べて確実に白に近い位置に置くことができた。

 一人でも多く、信用できる参加者を見つける。それこそが、彼女の使命を達成する近道なのだから。

 

「もう夜も遅いし、せっかくだから今夜はここで泊まっていこうかしら。駄目なら駄目で別のところ考えるけど」

「私の名は、聖ベルナデッタから頂いたものです。彼女は幾ら貧しくとも、幾ら自らが傷付こうと、信心を捨てず、施しを求める物を拒絶しなかったと聞きます。教会は必ずしも安全地帯とは言い切れませんが、其れで宜しければ、どうぞ。」

 

 このまますんなりと一日が終わる。そう考えた矢先だった。

 

「そういえばエクレシア」

「はい?」

 

 しばらく黙っていたクリーのサーヴァントが口を開く。予想外のことだったためか、若干間の抜けた返事をするベルナデッタだったが、そんな彼女の様子を気にすることなく、紫の戦装束を着たサーヴァントは言葉を投げかけた。

 

「あなたのサーヴァント、見せてはくれないの?」 

 

 そう、ベルナデッタも参加者の「一組」であるのなら、召喚したサーヴァントが存在するはずである。

 

「あー、そういえば見てないわね、でも見せる義理はないんじゃないの?一応立場もあるだろうし、そうやって積極的に見せる必要も…」

「マスターは黙ってて、私の質問だから。」

 

 鋭い目つきでベルナデッタを睨むサーヴァント。彼女からしてみれば、監督役のベルナデッタであっても、参加者である以上「いずれは倒さねばならない敵」である。そんな敵の情報を仕入れることは、戦士である彼女にとって当然のことであった。

 

「そうですね。彼女は街の中だと少し目立ちますから。勿論、他の意味もありますが…」

 

 やや迷いながらも、この場であれば問題ないかと判断し、ベルナデッタは己のサーヴァントを現界させる。

 

「来なさい、セイバー」

 

 沈黙が場を支配し、一分ほど経っただろうか。朽ち掛けた椅子に腰掛ける様にして女性が現れる。

 

「あら。如何かされましたか?私にご興味がおありで?」

 

 そこに現れたるは純白の花嫁。煤の被った古びた教会で、ベルナデッタが呼び出したサーヴァント、その人だった。

 

「ふむ。女…されどセイバーか。」

「望まれるなら愛(しゅくふく)を差し上げましょうか?わたくし、『神』ですので」

 

 己を『神』と自称し、人間離れした美貌を有するセイバーは、挑発的な笑みをクリーのサーヴァントに向ける。だが、クリーのサーヴァントの反応は冷静だった。

 

「遠慮しておく。殺り合う時があるのであれば、それは後に取っておきたいし。どこかの女王と違って私、戦闘馬鹿じゃないし。」

「あら、そう?つれない人。ですが、私も同じことを考えていましたよ?ウフフ…」

 

 そんなクリーのサーヴァントの様子を見て淑やかに微笑み、セイバーは霊体化する。

 

「まさか姿現すなんて、ね」

「セイバー、部屋に戻って貰っても構いませんよ。彼女は取り敢えず、事を構える気は…って、もう気配がない。」

 

 そんなセイバーの登場に対し、意外だと目を丸くするクリーと、やや気疲れした様子を見せるベルナデッタ。その場に出るだけで圧倒的存在感を放つセイバーは、マスターであるベルナデッタをもってしても、御しきるのは難しい様子だった。

 

「『最優』と目されるセイバー。彼女はあくまで抑止力です。そちらの貴女は、分かっていた様ですけどね。」

「さて、どうでしょうね。」

 

 知りたい情報を知れたためか、ベルナデッタに対し、そっけなく対応するクリーのサーヴァント。そんな彼女の様子を見て、ベルナデッタはふと思った。

 

「そういえば貴女の事は何とお呼びすればよいのでしょうか?」

 

 その問いかけに対し、クリーのサーヴァントは露骨に面倒くさそうな顔をした。

 

「…なんでもいい。嫌いな名前はあるけどそれ以外なら」

「では全体的な色から取って、ヴィオレさん。フランス語の紫、これは如何です?」

「色ならパープルは拒否しておく。馬鹿っぽいし。ヴィオレッタならいい。」

「む…なら、ヴィオレッタさんと。」

「ん。」

 

 ここに、クリーのサーヴァントの仮称は「ヴィオレッタ」に決まる。

 気がつけば時刻は9時を回っていた。思えば、まだ夕食をとっていない。

 

「時にクリーさん。」

「何かしら」

「お腹の空き具合は如何です?」

「うーん、ガッツリは無理だけど、ちょっとお腹は空いているかも」

「そうですか。ではクリーさんの分も纏めて食料の買い出しに行って参ります。苦手な食べ物とか、御座いますか?」

「生は嫌いね、肉も、魚も、野菜も」

「分かりました。では献立はシチューに致しましょう」

「ちょっと待った。サーヴァントに食事は必要ない…が、アイスはほしい。」

「……はい、アイスですね。ヴィオレッタさん。」

 

 少し溜息を漏らしながら、ベルナデッタはマイバッグを片手に教会を出る。こうして、彼女の1日目は終了した。

 

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