Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
それは拠点での一幕。
手持ちの装備を点検していた私のサーヴァントは、自分という英霊について唐突に語りだした。
曰く、自分は英雄と呼ばれるような人間ではないと言う。
現代に伝わる彼の逸話も、本人からしてみればただの失敗談でしかなく、彼自身が英雄として成し遂げたことなど何一つないと言うのだ。
だからだろう。彼はこの地の聖杯をもって、生前叶えられなかった使命を完遂すると言った。
これは決意表明だ。この聖杯戦争を必ず勝ち抜くという、彼なりの宣誓。
強い意志を秘めた彼の瞳を、私はまっすぐ見返し、右手を差し出す。
「貴方に聖杯を。」
「…君に勝利を。」
「必ず勝ちましょう。この戦争の勝利者になるのは私たちよ。」
「勿論だとも。そのためにも最高のバックアップを期待しているよ、マスター。」
互いに差し出した手を握り、固く握手を交わす。
さぁ、始めよう。私たちの聖杯戦争を。
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夕暮れ時、表通りから外れた細い路地。そこにひっそりと開いているラーメン屋の前で、一人の少女が立っていた。
赤みがかった茶髪をなびかせ、仁王立ちする少女の名前はクリスティーナ・エヴァンス。英国系の魔術師の一族「エヴァンス家」の長女である。
「ここがジャパニーズのラーメンね!」
キャリーケースを片手にラーメン屋の前で立っているその姿はいっそ滑稽ですらあったが、幸か不幸か人通りは少なく、さらし者にはならずに済んだようだ。
「拠点に向かう前の腹ごしらえ。ジャパニーズのコトワザにも『腹が減ってはイクサはできぬ』とあるし、ここで夕食にしましょう。」
「…何してんだ?」
そう言ってラーメン屋の暖簾をくぐろうとした時、後ろから少年の声が聞こえる。偶然通りかかったのか、怪訝な視線をクリスティーナに向けていた。
「何って、ディナータイムだけど?」
「そんな事は知ってるんだよ、ラーメン屋にそれ以外の用なんてないだろ。」
「それじゃあなんで私に声をかけたのよ?貴方、何者?」
飽きれ気味に言葉を紡ぐのは、クリスよりも背の低い黒髪の少年。そんな少年に対し、警戒心をあらわにするクリスティーナだが、少年は気軽に己の名を告げる。
「俺か?俺は柊(ひいらぎ)蓮(れん)。ラーメン屋の前で仁王立ちしてた奴と比べれば、まだ普通の人間だよ。」
「ふぅん…ヒーラギ・レンね。私はクリスよ。」
「クリス…外国人か。道理で見慣れないわけだ」
互いに名乗るクリスティーナ…クリスと少年…蓮。普通の自己紹介に聞こえるが、両者の間には独特の緊張感が流れていた。
「それで、自称・普通の人間であるヒーラギさんは私に何の用?今からここでラーメンを食べるところなんだけど。」
「ちょっとした挨拶だ。こんなところで会うとは思わなかったんだが…」
「初対面の人間に挨拶だなんて…これがナンパ?」
「…は?」
予想の遥か斜め上からの口撃に、思わず間抜けな顔をする蓮。だが、クリス劇場は止まらない。
「女性へのナンパはイタリアンの専売特許だと思ってたけど、ジャパニーズも中々情熱的なのね。初めて知ったわ」
「ラーメン屋の前でナンパする奴なんていねーよ!?馬鹿かお前は!」
「あら、ナンパじゃないの?」
「違ぇよ!」
真顔で素っ頓狂なことを話すクリスに対し、蓮は声を荒げガリガリと自分の頭をかく。
このままじゃらちが明かない。そう考えた蓮は思い切って切り出すことにした。
「ったく…お前、『同じ』だろ?」
「何のことかしら?貴方とは国も違えば性別も違うけれど。まさか年齢?私は18よ。」
「ふざけんな、見た目で年齢なんて分かるわけがないだろ。」
「あら、私は比較的見た目通りの年齢だと自分では思ってるんだけど、そういえばジャパニーズは年齢の割に子供っぽいって本で読んだことがあるわ。もしかして、貴方年上?」
だが、蓮の思惑など知ったことじゃないと言わんばかりに話題を逸らし続けるクリス。
「…はぁ。意地でもそれで行く気か。あと、俺はお前よりは若い」
「そうなの?じゃあミドルスクールかしら?」
「俺は学校には通ってねーよ。家出したからな。」
「奇遇ね。私も家出してるの。」
「お前も?」
「えぇ。このキャリーケースが今の私の全財産よ。あんな人を道具としてしか扱わないような家、二度と戻るもんですか。」
これは色々と込み入った事情がありそうだなと、興味を抱いた蓮はこのままクリスとの茶番を続けつつ情報を集めようとする。
しかし、それに待ったをかけたのはクリスだった。
「ねぇ、いい加減店の人の視線が痛いから、続きは中に入ってからにしない?」
このままでは営業妨害と言われかねない。その言葉に納得した蓮は、クリスと共に店に入り、奥にあるテーブル席へと案内される
表通りの店と比べてやや手狭ではあるが、それなりの人数を入れても問題ないくらいの広さはあるようで、二人以外にも数組の客の姿が見える。
「さてと…あぁ、此処は私が奢るわ。誘ったのは私だし。」
「は?稼ぎ元も無い奴が訳の分からない事を言ってんじゃねぇ、俺の分は俺で払う。」
「あら、この国では保護者のいない未成年が働くことができるの?」
「俺は自営業…いわゆる情報屋だよ。」
そう言って蓮は店員にしょうゆラーメンを頼む。
「情報屋ねぇ…まぁ出してくれるっていうならお言葉に甘えておくわ」
注文を決めた蓮に習い、クリスも店員にオーダーを出す。だが、その内容はあまりにも衝撃的なものだった。
「さて、このおすすめメニューにある『チャーシューダブル、メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』をお願いするわ。」
クリスが注文を言い切った瞬間、店の空気が固まるのを感じた。
「…お前…いや、止めはしないが…正気か?」
「?よくわからないお店の良し悪しを知るには、まずそのお店のオススメを食べるべし、って本で読んだからそうしたのだけれど。」
「…そうか…」
クリスの注文を復唱し、確認をとる店員。営業スマイルを崩さなかったのはプロの業だろうか。蓮は心の中で店員に称賛を送る。
「さてと、取り合えず、簡易的にだけど…」
そんな蓮の心境などつゆ知らず、注文を終えたクリスはテーブルの端にあったアンケート用紙の裏面にペンで図形を書き込む。そして、描いた図形に魔力を通すと、その図形を起点に術が発動した。
「とりあえず、簡易的な人払いを貼ったわ。これで注文を届けに来る人以外、私たちのことは意識しないはずよ。」
「一応、最低限は出来るのか。」
「此処ならお互い派手に暴れることはできないでしょう?」
どうやら店前の茶番は態とだったらしい。クリスも蓮が魔術師…マスターであることをしっかりと把握していたようだ。
周囲の目を気にする必要のなくなった二人は、演技を止めて話を始める。
「しっかし、驚いたわよ。いきなり遭遇するなんて想定外だもの。」
「そりゃ悪かったな。俺は散策してただけで、目的があったわけじゃないんだが。」
「ほんと心臓に悪いわ…勘違いを期待して全力ですっとぼけてみたけど、お構いなく話しかけてくるし。」
「そりゃ、気配を取り違えるわけないだろ。それに、こんな時期にたまたま外国人が来るっていうのもおかしな話だからな。可能性は高かった。」
「なんだってこんな子供にまでバレるかなぁ…魔力隠蔽の礼装、作り直そうかしら?」
「俺にバレなくても、どうせ他の奴らにはバレるだろうよ。」
「ぐぬぬ…」
まるで世間話でもするかのような軽い雰囲気。一般的な魔術師同士であればこうはならないだろう。少なくとも、聖杯戦争中のマスター同士がこんな穏やかにやり取りをするのは珍しい。
そんな会話を続けていると、注文したラーメンが到着する。柊蓮のところには普通の醤油ラーメンが。そしてクリスのところにはラーメンとは形容し難いもやしの山脈が置かれた。
「………ナニコレ」
「何って、お前が頼んだんだろ。」
「コレガ、ラーメン?」
「正確には『チャーシューダブル、メンカタカラメヤサイダブルニンニクアブラマシマシ』だな。」
ごゆっくり召し上がってください、という定型文を言った後、店員は離れていく。食べ終わって会計が済むまではこちらに近寄ることはないだろう
早々に手を合わせ、いただきますと口にした後、注文したラーメンを啜る蓮。対するクリスは目の前の山脈を前に「麺は?ねぇ麺は何処?」と言ってどんぶりの前後左右を覗きまわる。
そんな時だった。
「(とりあえず、その上の野菜を食べたらどうかな?マスター)」
姿は見えず、男の声だけが脳内に響く。蓮は直感的に悟る。これはクリスのサーヴァントの声だと。
「ちょ、勝手にしゃべらないでよ!?」
「(いやこんな形ですまないね少年。私のマスターがあんまりにもあんまりだったから)」
「分かってる。少しは物を知って欲しいもんだが。まぁ、今回は良い勉強になったろ。」
「(そうであることを願うよ)」
「ど、どいつもこいつも…」
男性陣による怒涛の口撃に対し碌な反論を返せないクリス。結局彼女はもやしを突きつつ、ウダウダとつぶやくだけに終わった。なお山脈が減る速度は亀のごとしである。
そんなマスターに代わり、サーヴァントの男が蓮に話しかける。
「(さて、野菜マシマシの麺類を相手に決戦を挑まなければならないマスターに代わり、一つ君に提案したいことがある)」
「提案?」
「(こんな人の往来が激しい場所で、やり合うのは互いにとって不利益にしかならない。故に、この場はお互いに無かったことにしないか?)」
「な、楽士!?アンタねぇ!」
当然、マスターであるクリスが口を挟もうとするが、楽士と呼ばれたサーヴァントは意に介すことなく話を続ける。
「(お察しの通り私のマスターはお察しの通りいろいろと『足りてない』人物でね。ここは互いに不慮の事故、ということにしたいなと思ったりするんだが、どうだい?)」
「これからそいつが何をしでかすのか楽しみだな…分かったよ。ここであんたらとやったところで、得る物も無いしな。」
「(話の通じるマスターで助かるよ。いや本当に)」
「…苦労してるみたいだな。」
「(私のマスターはいわゆる箱入りってやつでね。この土地に来るまで苦労したよ。私以上に今の世を知らないくせに、本だけはたくさん読んだみたいだからこう、頭でっかちというか…)」
「道理で耳年増なわけだ」
「(頭の出来は悪くないんだが、いかんせん経験不足が目立ってね…見ていてハラハラさせられるよ。)」
「その気持ちは分かる。」
それからしばらくはクリスが日本に至るまでに積み重ねた失敗談が楽士によって蓮に暴露されることとなった。尚、当事者であるクリスは恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつ、それをごまかすためにもやしと格闘している。
そして、蓮がラーメンを食べ終わったころで、楽士がこう切り出した。
「(時に少年。君が聖杯にかける願いは何かな?)」
「いきなりだなおい」
「(いや、ふと気になってね)」
楽士からの突然の問いかけに若干の警戒心をあらわにするが、別に隠すこともないかと考え、蓮は答える。
「俺には、聖杯にかける願いはない。そういうのは、俺が引っ張ってきた聖女様に任せる事にしてる。」
聖女。ここにきて新たな登場人物の存在が明らかになった。
「(ふむ…聖女とは君のサーヴァントのことかな?)」
「そうだ、一度話させると面倒なんで、下がらせてる。」
その称号から考えておそらく女性なのだろうが、蓮の表情から察するに、どうも「まとも」とは言い難い存在らしい。
だが、仮にも聖女と呼ばれる存在ならば、おそらくその属性は「善」なのだろうことは予測された。
「(サーヴァントとマスターは、性質的に似通った人物同士がパートナーになる、と以前マスターが調べていたが、そのサーヴァントが聖女と呼ばれるほどの善人であるなら、君も同じく善性の強い人物なんだろうね)」
「別に俺は聖人君子なんかじゃないぞ?」
「(聖人君子を自称する連中ほど信用ならない者はいないさ)」
「それはまぁ、同感だな。」
そんなやり取りを繰り返していると、思い出したかのように蓮が楽士に問いかける。
「俺ばっかり質問に答えてるが、お前達はどうしてここに来たんだよ。実家からは出たんだろ?」
それは楽士だけでなく、未だにもやしと格闘しているクリスも含めた質問だった。
「(マスター、対応できるかい?)」
「…もやし飽きた…麺は何処…臭いキツイ…ん?質問?」
「(あぁ、聖杯戦争に参加する理由を知りたいらしい)」
「そんなの、この聖杯戦争に勝つために決まってるじゃない。」
さも当然のように宣言するクリス。そんなクリスのセリフを聞いて、蓮と楽士はやれやれと肩をすくめた。
「な、なによ。文句あるの?」
「別に?で、勝って何をどうするんだよ。」
「その実績をもって時計塔への推薦入学を目指す。」
その解答に、蓮は「ほう?」と片眉を上げた。
成程、家出した実家の助けを借りずに時計塔を目指すなら、聖杯戦争という舞台はうってつけだろう。
かの有名な現代魔術科のロードも嘗ては聖杯戦争に参加し、その実績をもって成り上がったというのは、その筋じゃ有名な話である。
「時計塔に推薦入学か…実家を飛び出したくせに、そっちの道は続けるんだな。」
「当然よ。私の才能を認めない実家で燻るくらいなら、時計塔に挑戦して、一人前の魔術師を目指すわ。」
怖いもの知らずのごとき真っすぐさ。夢に邁進するその姿は尊いものではあるが、同時に危うさも内包していると蓮は感じた。
「怖くないのか?その道を続けていたら、いつかお前も、お前を道具扱いする実家連中と同じになるかもしれないって。」
「ならない。」
質問に対し即答するクリスに、蓮は目を丸くする。
「道具扱いされる怖さを、寂しさを、私は知っている。だから、そんな連中には絶対にならない。」
彼女の脳裏に浮かぶのは、狭い工房で過ごした幼少期。山積みになった参考書と冷めきった料理。親の愛などまったくない世界。
そんな世界を知っているからこそ、別の誰かに同じ恐怖を味合わせたりしない。クリスはずっと、そう考えてきた。
「そう…か。そうだな。きっと、お前はそれでいいんだろうな。」
まるでまぶしいものを見るかのような、そんな目で蓮はクリスを見る。何故そのような目で見るのか、それはまだわからない。
「少し話し過ぎた。俺は戻る事にする。お前はゆっくり伸びたラーメンでも食ってろ」
「(その前に一つ、提案をいいかな?)」
そう言って席を立とうとする蓮に対し、待ったをかける存在がいた。クリスのサーヴァント、楽士である。
「(最初の提案に反するようで申し訳ないんだが…こちらと同盟を組む気はないかな?)」
「…本気か?」
「は?アンタ何を言ってるのよ!」
楽士の突然の申し出に、蓮はおろかマスターであるクリスも困惑を隠せない。そんな二人にかまうことなく、楽士は続ける。
「(御覧の通り、私のマスターは経験不足な箱入り娘で、人間性が真っ当すぎる。しかし、少なくともこの店でのやり取りを聞く限り、君との相性はそこまで悪くないと私は感じた。)」
「それで?俺にお目付け役になれと?」
「(今後、君のようなマスターと、穏やかに食事を共にするなんてケースがそうあるとは思えない。)」
「まぁ、今回のは事故だからな。」
ここまでのやり取りを聞くと忘れそうになるが、既に聖杯戦争は始まっている。今日のような穏やかな日常がいつまでも続くと考えるのは、あまりにも楽観的過ぎるだろう。
「(マスターは…まぁ、足りない部分が多々あるのは事実だが、この聖杯戦争に勝ちたいという思いは本物だ。私としても、早々に脱落するのは不本意だし、少しでも生き残れる手段があるなら手を伸ばす価値はあると考える。)」
楽士の言葉を聞いて、蓮はしばし思案する。だが、蓮の答えが出るよりも先に動いた者がいた。
「(よろしいではないですか、差し伸ばせる手があるならば!)」
これまで聞かなかった女性の声が、楽士の時と同じように脳内に響く。クリスは驚いて箸を落とし、楽士も意外そうにしていた。
「…俺が呼ぶまで出てくるなって言っただろ」
「(それについて少し考えたのですが、姿を出さずに話すだけならよいのではないかと!というわけで、初めまして。先ほどからマスター様がお世話になっております、お困りの事があれば、いつでも言ってくださいね!)」
「お前な…」
「(クックック、元気のいい聖女様だ)」
心底困り果てた表情を見せる蓮を見て、苦笑する楽士。クリスは落下した箸とラーメンを見ておろおろしている。
「(初めまして、聖女殿。この身は楽士ですが…クラスはライダーです。)」
「(そうなのですか?私は確か…アーチャーだったと思います。)」
そんな混沌とした状況下で、2騎のサーヴァントたちがさらなる爆弾を投下した。
「ちょっと?!朝私にさんざん注意したくせに自分からバラすの?!」
「(同盟を提案した側としての、誠意のつもりだったんだがね。しかし、まさかアーチャーだったとは)」
「おい!この馬鹿聖女!自分でバラすな!」
「(言うなとは言われませんでしたよ?)」
「普通言うとは思わんだろうが!」
「(でも、自己紹介されたのにそれを返さないというのは…それにマスター様!マスター様と私なら、この方々を十分お助けできると思うのです。マスター様自身も迷っているということは、その気はあるのですよね?)」
聖女…アーチャーの言葉に、マスターである蓮がたじろぐ。どうもこの聖女様相手に隠し事はできそうにないらしい。
「…あーもう分かった!わかったよ!同盟を組めばいいんだろ!」
半ば自棄になりつつも、蓮は聖女の言葉に背中を押され、楽士…ライダーの提案に賛成した。
「(いやはや、こちらのマスターも大概だが、そちらの聖女様も中々のようだね、少年。いや、アーチャーのマスター。)」
「全くだ、このお転婆聖女め。」
そんな蓮の苦労に理解を示すライダー。たとえ時代が違っていようと、女性に振り回されるのは男の定めと言うことらしい。
「お前の提案、受けてやるよ。最後まで面倒を見るって確約は出来ないけどな。」
「(当然だね。聖杯は一つしかないんだ。最終的に争うことになるのはもはや運命だろ。だが、最後の時ばかり気にして、その途中で倒れるわけにはいかないだろう?)」
「俺がやるのはあくまでお目付け役だけどな。それが必要なくなったと感じたら、その時はその時だ。」
「(安心してくれ、私のマスターはこと他人をハラハラさせることにおいて、他の追随を許さない女傑だよ。)」
「…安心できる要素が何一つないな。」
そんな男どものやり取りに、怒りを滲ませる乙女が一人。
「おいこら、私を怒らせると後がひどいわよ。」
「(おっとそれは困るな。)」
「はぁ…先が思いやられる。おい、下手な石に躓くなよ?クリス。」
ここにアーチャー陣営とライダー陣営の同盟は締結された。いつまで続くかわからない不安定な関係ではあるが、それでも互いに強力な味方であることには違いない。
「とりあえず拠点に行くんだろ?ほら行くぞ。」
「あ、ちょっと待って。お会計すませないと。」
「(お二人とも、何か足りないものがあったら言ってくださいね~、差し上げますから!)」
会計を済ませ、店をあとにする。ちなみにクリスは完食できなかったようだ。ごめんなさい店の人。
それはさておき、ホテルに向かう道中、同盟を組んだ2組は、それぞれの戦力について情報共有を行った。
「(———とまぁ、こんな感じで、此方が提供できるのはマスター謹製の特殊礼装と使い魔による情報収集。そして音楽魔術による援護だね)」
「分かった。ひとまずそれだけわかれば十分だ。」
「(代わりにこちらが欲しいのは前衛火力だ。見ての通り、ただの楽士である私じゃ、並み居る英霊を相手に切り結ぶなんて、とてもじゃないが出来なくてね。)」
「…それについてはあまり期待するな。多少は、出来るかもしれないが、見ての通りの聖女様だからな」
「(得意な事は分け与える事です!)」
「具体的には、傷の治癒だ。」
そこまで情報共有をして、一瞬、妙な沈黙が生まれる。
「もしかして、宝具も支援系?」
「…そうだ」
クリスの質問に蓮が答える。どうも、この二組、共に支援向きのサーヴァントらしい。つまり、前衛がいないのである。
「うわぁ…どうしよう。とてもじゃないけど、サーヴァント相手に前衛するとか、私は無理よ?」
「そんなの、教会の代行者でも無理に決まってるだろ。」
「じゃあどうするのよ?」
同盟締結後に判明した大きな課題に、頭を抱えるマスターたち。そこに一石を投じたのは、またしてもこの男だった。
「(ひとつ、出血大サービスといこうか)」
「え?」
楽士のライダー。音楽魔術を操ると話す彼には奥の手があった。それは魔術師の世界ではもちろん、一般人の中でも知っている者は少なくない、とある「魔獣」の存在。
「(私の宝具は召喚系だ。それもとびきり有名な魔獣のね)」
「有名な魔獣?って、ちょっと待て。お前、それをここで言う気か?誰が見てるか分からないんだぞ?」
蓮は宝具を明かそうとするライダーに釘を刺す。英霊にとって、自身の真名が判明するということは弱点をさらすことに等しい。それは、真名と密接に関係している宝具でも同じことと言える。
だが、そんなリスクすら、ライダーは承知していた。
「(私の戦型は特殊かつ派手だからね。一回戦えばすぐに真名もバレるさ。どうせバレるなら、それを踏まえたうえで作戦を練ったほうがいい。)」
「確かに派手なら仕方ないかもしれないが…。わかった。いいだろう聞いてやる。」
そして、ライダーは己の真名を明かす。
「(私の真名はオルフェウス。神代の楽士にして、冥府の番犬、ケルベロスを従える楽士だよ。)」
「オルフェウス…!」
それはギリシャ神話に登場する伝説の吟遊詩人。英雄船団「アルゴノーツ」の一員にして、それまで誰一人として成し遂げたことのなかった「冥府下り」を初めて成した男の名である。
「(敵の目はこちらが引き付けよう。だから、君たちは全力でこちらを支援してくれ。これが、こちらが君たちに出せる最大限の誠意だ。)」
それはライダー…オルフェウスが前衛に立つという意思表明だった。確かに彼自身は貧弱な楽士かもしれないが、冥府の番犬が出てくるのであれば前衛としての役割を十分にこなしてくれるだろう。
それを理解した蓮は納得したようにつぶやいた。
「なるほど…宝具による攻撃が中心ってことか。確かに派手だし温存は出来ない。戦うとしたら、間違いなく消耗戦になる。」
「(だから、早々に同盟相手が欲しかったのさ。単独じゃどうあがいても勝率が低すぎる。期待しているよ、聖女様。)」
「(お任せください!)」
「まぁ、こっちも戦闘が出来ないってことはない。サポートに注力しつつ、だな。」
不安は残るが、少なくとも一方的になぶられるという状況は回避できるだろう。ただ、状況に置いてきぼりになっているクリスだけは、現状に不満たらたらだった。
「ぶー。戦下手を自覚してるから、戦上手な英霊を召喚したかったのに、出てきたのはマスターを置いてきぼりにして交渉を進める楽士…はぁ…本当に勝てるのかしら、私。」
肩を落として文句を垂れるクリスの姿は、実年齢以上に幼く見える。これも楽士の言っていた、クリスの「足りない」部分と言うことだろうか。
「お前な…勝負をする前に諦めるな、そんな風に決めつけてたら、勝負に対して降りたのと同じだぞ。」
「(いいことを言うじゃないか柊少年。君を題材に一曲作ってみるのも面白いかもね?)」
「何言ってんだ。とにかく、勝って魔術師の道を歩むと決めたなら、それを貫け。考えるのは、自分の道を貫いた後だ。」
「ムムム…年下のくせに生意気な。」
だが、蓮が言うことはもっともだ。今ある手札で戦うしか、道はない。
「よし、気合入れて礼装作るか!ついでに使い魔も飛ばして情報収集よ!」
「やれやれだ」
こうして、結成されるは「弓騎同盟」凸凹男女が織りなす聖杯戦争の結末やいかに。