Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
戦闘回です
第五話「雷電降臨—我こそは最強の神也」
クラス名「セイバー」
「三騎士」の一角で、バランスが取れた能力から「最優」と称されるクラス。
高いレベルの「対魔力」スキルを保有しており、神秘の薄い英霊であっても、セイバーのクラスで召喚された際にはEランク対魔力を自動的に獲得できる。
選出基準は「剣、または剣技にまつわる武勲」を有するか、あるいは…
「最優の名にふさわしい霊格の是非」も基準となる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ワァイ」
街を二分するように流れる大きな河。その河川敷で、まるで蛍のように光を発しながらくるくると飛び回る小さな影が一つ。
もしもこの場に、サブカルチャーに詳しい者がいたらこう答えただろう。「妖精」と。
「ん~、こういうところ来るのも、そっちはあまりないもんね~。楽しんだら帰ってっても大丈夫だからね~」
「あまり目に付くようなことをしてると見つかるよ?」
「くぁーぁ…」
そんな「妖精」と同じようにくるくると、まるで踊るように河川敷を歩くのは、桜色の髪をなびかせる小柄な少女シンヴァ。
それを見守るように後ろを歩くのは緑のジャケットを身に纏う青年流川春。その後ろを、盛大にあくびを漏らす黒衣の男性ジェーン・ドゥが続く。
「……」
そして、共通点など一切なさそうな三人を遠目から観察する修道服を着た女性が一人。
「あ、ゴメンゴメン。お友達と一緒に行こうと思ってたから、ついはしゃいじゃった」
「まあ邪魔にならなきゃ問題はないと思うけど…」
ちらりと、春は視線を感じるほうに目をやる。
「公の場で余り目立つ行為を取るのは頂けませんね。神秘隠匿の原則、魔術師ならお分かりでしょう?シンヴァさん、それに流川さん」
まるで諫めるかのように言葉を紡ぐ修道服の女。だが、彼女が「まだ名乗っていないはずのこちらの名を知っている」と言う事実に、春は警戒レベルを引き上げる。
「こんばんは。正面から来ていただけるなら手早くていいね。」
「ん、ごめんなさい…初めましてのはずだけど、私のことを知ってるの?」
好戦的ともとらえられるようなセリフを吐く春と、女性に謝罪と質問を投げかけるシンヴァ。修道服の女性は一先ず、シンヴァの質問に答える。
「ええ…私はベルナデッタ・エクレシア。 聖堂教会、第八秘蹟会より参りました。此度の戦争の監督役を務めさせて頂く者です。以後、お見知りおきを。」
修道服の女性…ベルナデッタは3人の前で名乗る。
「監督役…あー、成程。それじゃ目立ち過ぎちゃうのは良くなかったね。ゴメンね?」
「構いません。今は一般人もいらっしゃらない様ですし。」
「監督役か…道理で情報通なわけだ。なら、彼我の戦力差にもお気づきでしょう?戦闘行為をご所望なら、土地管理者である流川家として、制裁を行いますが。」
「…出会って最初がそれですか。勿論、貴方には挨拶をしに馳せ参じるつもりでした。此処の土地管理者が誰か、それを知らないはずがありません。」
素直に謝罪するシンヴァと比べ、未だ警戒心を隠す気がない春。そんな春に対しやや面食らうも、ベルナデッタは己の立場を明かす。
「こちらの立場を明確にしておきましょう。私は非常時以外、戦争を進める意思はありません。戦う意思がない、という事です。」
「だが、聖杯戦争に参加するということは、聖杯獲得という目的を果たすために他の陣営と対立するということだ。流石に、最後まで高みの見物を決め込むって話にはなりませんよね?」
信用できない。そんな思いがにじみ出るような春の問いかけに対し、ベルナデッタから返ってきたのは肯定の言葉だった。
「高みの見物、ですか。申し訳ありませんが、私が裁定すべき案件が発生しない限りはそのつもりですよ。」
予想外の返答に眉を顰める春だが、ベルナデッタの話には続きがある。
「私には聖杯を獲得する意思がありません。ですからもしも、私を含めた二陣営が残留した場合は…相手陣営の願いを確認し、それに問題がなければサーヴァントを自害させ、杯をお譲りするつもりです。」
しばし間をおいて、彼女はそんなことを宣った。
「あのー、もしもだけどさー、貴方のサーヴァントや、最後に残ったサーヴァントが『戦士として死にたいー!」って意志を持ってたら、どうするの?」
好奇心が刺激されたのか。今度はシンヴァから質問が投げかけられる。だが、ベルナデッタの口調はよどみない。
「それならそれで、最後は戦わせる迄です。サーヴァントが居なくともマスターだけで聖杯を使用する事は可能でしょう?」
「ふーん…ま、いっか。そういうことなら私はもうこれ以上何も言わなーい」
その解答にどのような感想を抱いたのかは解らないが、知りたいことが知れたシンヴァは、近くの段差に座り込んで静観を決め込むことにした。
そんなシンヴァを呼び止めることなく、ベルナデッタの意識は春に向けられる。
「流川さんは何か? 聖杯戦争に於ける監督役とは、元よりその様なものでしょう」
「俺からしてみれば、自分の家の庭で爆弾騒ぎを起こされるようなものだ。早く終わってくれたほうが、気が楽でいい。」
「それについては同情します。しかしながら、此方も顕現した聖杯を観測した上でこの地にやってきましたので、私に言われても、何とも…」
春の考えには理解を示すが、それはそれとして聖杯が顕現する位置は完全にランダムである。ベルナデッタにはどうしようもない。
「土地管理者ならば、その家名に傷をつけたくはないでしょう? 聖杯戦争の存在露呈、無辜の民への被害…そういうものは貴方も防ぎたい筈。違いますか?」
「家名になんて興味はない。聖杯戦争そのものにもね。だけど、勝手に人の街で騒がれて、その挙句街でケガ人が出るのが許せない。俺は、私怨と怒りでこの聖杯戦争に参加している…なんてな。」
肩をすくめる春。だが、その目は笑っていなかった。
「成程。テンプレートな魔術師を重ねた所為で、此方の認識がズレていた様です。」
ベルナデッタは春への認識を改める。どうやら彼の本質は善性らしい。
「ベルナデッタさん。貴方が裁定するにあたる『おぞましい危険』。それがこの町に迫っていると本気で思っていますか?」
再び春からベルナデッタに質問が飛んでくる。だが、これまで即答してきたベルナデッタであっても、この問はやや答えに詰まるものであった。
「…現時点で、黒を確定させる事は出来ません。私が貴方やシンヴァさんの事を知っているのは事前に第八秘蹟会の情報網を使って調べたからですが、それでも情報の手に入らなかったマスターは存在します。それに…マスターが幾ら善性の存在だとしても、サーヴァントがそれと同じ性質を持って召喚されるとは限らない。」
聖杯戦争において、触媒を用意せずサーヴァントを召喚した際、マスター自身が触媒となることで、マスターと似た性質のサーヴァントが召喚されるという事例がある。マスターが善人ならサーヴァントも善人に、マスターが悪人ならサーヴァントも悪人になる、と言う法則だ。これは「アーサー王の円卓」のように、複数の英霊に所縁のある触媒を用いた場合にも適用される。
この場にいる面々が知る由はないが、ライダーのマスターであるクリスティーナ・エヴァンスは「アルゴー船の木片」という触媒を用いてオルフェウスを召喚した。これは聖杯が彼女と相性が良い「アルゴノーツ」はオルフェウスであると判断した結果である。
このように、基本的に聖杯はマスターと相性の良い英霊を選出する傾向にあるが、何事も例外と言うものは存在する。例えば、用意した触媒がたった一人の英霊にしか縁がない場合、相性を度外視してサーヴァントが召喚されるというケースがある。その場合どうなるのか。
召喚した英霊が真っ当な人格をしているのであれば、マスターと折り合いをつけて、うまく関係を構築することもできるだろう。だが、人格が破綻した英霊を召喚した場合、真っ当な人格のマスターであれば即座に仲違いするだろう。下手をすれば、サーヴァントがマスターを殺し、野放しになるという可能性もある。
そんな危険な英霊、サーヴァントの存在をベルナデッタは危惧していた。
「ふーん…そういうのをわかった上で、最後まで傍観するんだ…じゃあ、ちょっと聞きたいんだけど…」
先ほどまで静観していたシンヴァがベルナデッタに声をかける。
「私って危険人物だと思う?」
目に宿るのは妖しい光。それは昨日、春に対して「祝福」を授けようとした時と同じ光だった。
「ええ…教義に反する存在ではありませんが、貴女の在り方は周りを滅ぼす。それを貴女が望んでいなくとも。」
「ふふ、あはは!そっか、そう見るんだね!」
ややぎこちなく答えるベルナデッタに対し、無邪気に笑いながら応じるシンヴァ。
「そうそう、じゃあ先に宣言しておくね?私はもう『彼を祝福してる』…何なら私は此処で一休みしたら、後ろで見てる彼も祝福するつもりだよ?私の祝福は気に入った人に与えたいからねー。昨日でこの二人の事気に入っちゃったの。」
それに対し、ベルナデッタは動じることなく質問を返す。
「其れを今、私に言うという事は、『宣戦布告』という意味ですか?」
「まさかまさか。そんなつもりじゃないよ。ただねー」
ベルナデッタの言葉を、シンヴァは否定する。だが…
「私だったら、そんな生き方『つまんないな』って思っただけだもん。」
「そ、れは…………」
そこから続いたシンヴァの言葉に、ベルナデッタは明らかに動揺を見せた。
「…面白いとかつまらないとか、そういう話ではないのです! 私は聖堂教会員として成すべき事を果たす迄!」
初めて感情を露わにし、声を荒げる。その姿は、これまで機械的に会話していた彼女の印象からはかけ離れたものだった。
「なんだ、やっぱり目的はあったんだな。」
そんなベルナデッタの様子を見て、春が口を開く。
「安心したよ。システマティックな人間かと思って身構えてた。」
「…………ッ」
それは羞恥か、それとも怒りか。肩を震わせながら黙りこくるベルナデッタに対し、春は言葉を重ねる。
「だけど、それならやっぱり敵同士だ。戦う意志がないのなら、サーヴァントの真名を開示しろ。確認できなかった場合、または嘘を教えた場合、即座にお前たちを襲撃する。」
「…あくまでも私達は『抑止力』です。 それを開示しては、抑止力としての価値が半減する。『何者か分からない』から、意味を為すのです。そちらで黙っている「貴方」のように…私は「貴方」のことを知りません。」
言外に、春の要求には従えないと宣言するベルナデッタ。
彼女の目線の先には、どこからか仕入れた焼き鳥の串を食べるジェーンの姿があった。
「お、呼ばれたかな?」
「そう、貴方です。その状態で真名を明かせと?」
「おう、依頼主はそう言ってるな。俺としてはお前さんに死んで欲しい気持ちはあるんだが、顔が好みだからちょっと迷ってる。」
「は…?」
殺人予告なのか口説いているのか、相変わらずこの男の思考回路は難解だ。ベルナデッタもジェーンの言葉に困惑を隠せない。
そんな彼女のことを見かねたのか、階段で寝ころんでいたシンヴァが、ベルナデッタに持ち掛けた。
「ねーねー、抑止力さん。」
「…今度は何でしょう?」
「私の事、知ってるんでしょ?じゃあ取引しない?内容はそうだなぁ…」
そう言いながら起き上がり、手元のタブレット端末を高速で操作し、その画面をベルナデッタに見せる。そこにはジェーンの顔写真が乗っていた。
「私のお得意技でコレあげるから、私にだけ貴方の相棒の真名、教えて?」
真意のほどは不明だが、要約するとこれはシンヴァからベルナデッタに対する交渉である。シンヴァが提供するのはジェーン・ドゥのプロフィール。対価として要求しているのはベルナデッタのサーヴァントの真名だ。
ベルナデッタは迷う。この交渉に応じるか否かを。だが、シンヴァの歩みは止まらない。二人の距離が徐々に狭まり、そして…
「あらあら。三人で囲んで要求を呑ませようだなんて、随分な手を使われるのね?」
「セイ、バー…」
花嫁姿の女性…ベルナデッタのサーヴァントによって遮られた。
「そんなことないよ?私のこれは個人的な興味だもん。あの二人は関係ない。私はその抑止力さんが素直になれるように手伝ってるだけ。」
「あら、そうでしたか。私としては別に真名を明かされた所で構わないのですが…」
セイバーと呼ばれたサーヴァントは、春とジェーンの二人に目を向ける。
「貴女を除いた二人で威圧し、彼女から正常な判断能力を奪おうだなんて…さすがに私も看過出来ません。」
「そんなつもりはなかったんだけどな…とにかく、俺たちの交渉には応じれない、って認識でいいのかな?」
「そうですね。単純に、貴方たちのことが気に入らないです。」
これまでのやり取りを見て、このシンヴァという少女は春とジェーンの二人組とは違う意図で動いているのは察することができた。だから、この交渉は気に入らない相手に対する意趣返しに利用しているだけであり、セイバーにとってそれ以上の意味はない。
「と言うことで、貴女だけにこっそりと、私の真名を教えてあげますよ。」
「分かった。私からは誰にも言わないよー」
「ええ、では耳を貸して下さいな。」
傍から見れば美女が美少女の耳元に囁きかけているという、非常に絵になる図ではあるが、場に漂う緊張感はそんなに生易しいものではない。
「ふふふ」
「これで取引成立、ってことでいいかな?それじゃ…これ、そっちから抑止力さんに渡してもらってもいい?」
「ええ、確りと…はいどうぞ、我がマスター?」
「そんな勝手に…受け取りますが。」
「じゃ、私は此処で失礼しまーす。」
そう言ってシンヴァはタブレット端末にある情報を書き写したメモをセイバーに渡すと、先ほどまで座っていた階段を軽やかに駆け上がり、その場から離れようとする。
「あ、春くんにジェーンさんも話の腰折っちゃってごめんね?それとこれは私からは言わないから取引した上で彼女から直接聞いてねー。」
「とのことですが、其方のお二人はどうされます? これ以上威圧した所で、私が屈する事はありませんけれど。」
そう言って姿を消したシンヴァの言葉に乗っかるように、春とジェーンを挑発するセイバー。そんな彼女の言葉に対し、春は力強く答える。
「なら答えは一つだ。三騎士の一人をこのまま野放しにしておく道理も、自分たちの情報を一方的に知られて放っておく度量もない。」
「…後悔しますよ、その選択。」
ベルナデッタが忠告する。戦うのなら、ただでは済まないぞと。だが、それでも春は止まらない。
「後悔したとしても、こうするのが最善策だ。だから…やっちまえ『バーサーカー』!」
春の求めに応じ、背後から鬼を彷彿とさせる角を持った赤い着物姿の少女が躍り出る。
「伴侶の望みです。お許しくださいね。」
口調こそ丁寧ではあるが、漏れ出る殺気は尋常ではない。今にもセイバーに飛び掛からんとするバーサーカーを見て、この男も動いた。
「どうか力をお貸しください。」
普段の軽さからは考えられないほど丁寧な口調で、ジェーン・ドゥが己の背後にいる存在に話しかける。その姿は、まるで神に祈りをささげる敬虔な信者のようでもあった。
そんなジェーンの呼びかけに応じ、褐色肌の小柄な少女がゆっくりと姿を現す。
「まっことつまらん。だがまぁ、良いだろう。我は少々機嫌が良い。矮小なる人の願いの一つ、叶えてやらなくもない。」
天上天下唯我独尊。己こそは人間よりもはるかな高みにいる、まさに神のごとき存在であると豪語するような尊大な態度で言葉を紡ぐ褐色の少女。
おそらく、彼女こそがジェーン・ドゥのサーヴァントなのであろう。春のバーサーカーと並び立つように前に出て、セイバーと対峙する。
「ふふ…あはは!」
対立構造としては2対1。普通に考えれば数が少ないほうが不利だろう。だが、それでも「最優」のセイバーは笑みを浮かべる。
「残念ながら、この聖杯戦争での最強は私です。それを…」
―骨にまで、刻んで頂きましょうか―
ここに、開戦の狼煙が上がった
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「破!」
先手を取ったのは春のサーヴァント・バーサーカー。勢いよく地面を踏みつけ、河川敷の砂利を巻き上げて土煙を発生させる。震脚、と呼ぶにはあまりにも力任せな技ではあるが、セイバーの視界を塞ぐには十分だった。
「…」
対するセイバーは無言。視界がふさがれたと察するや否や、目を閉じ、他の知覚機能を極限まで高める。故にこそ、彼女は己の背後に忍び寄る影に気づくことができた。
「気配遮断…アサシンですか。」
「ほう?これをいなすか。」
鋭い金属音が鳴り響く。獣を彷彿とさせるような巨大な爪と、純白の剣がぶつかり合う。気配を消してセイバーの死角から奇襲をかけようとしたジェーンのサーヴァントだったが、その目論見は見事に潰されてしまった。
「私は、凡ゆる武芸に、凡ゆる神々に通じる者…故に、例え初見であろうと、その刃が簡単に通るとは思わない事です。」
「神とな?それは中々面白いことを云う!」
そう言いながらジェーンのサーヴァントは笑う。しかしステータスの差なのか、爪と剣による鍔迫り合いはセイバーのほうがやや優勢に見えた。
「シッ」
そこに躍り出るは一人の男。人外の速度で距離を詰め、双剣を振りかぶり、セイバーの首を狙うのはマスターであるジェーン・ドゥだった。
「ほぅ?」
感心するように息を吐くセイバー。成程、この傭兵の身体能力は低位のサーヴァントに匹敵するレベルにあるらしい。神秘の薄い現代に生きていながら、大したものである。
それでも「最優」のセイバーには届かない。人間離れした速度で振るわれた双剣による一撃は、セイバーの首に届くことなく彼女の片手の平で止められてしまった。いかに優れた身体能力を持っていようと、そこに込められた神秘が薄ければ、サーヴァントにダメージを通すことはできない。
「この程度ですか?」
「いんや、こっからだ。」
だがそれも予定通りだと、示し合わせたように一斉に飛びのくジェーンとそのサーヴァント。それと同時に、強烈な殺気がセイバーの頭上から浴びせられる。
「上!」
「私の伴侶に色目を使う『女』は…死になさい!」
鬼の力を宿した少女の一撃が、セイバーに振り下ろされる。
春のサーヴァント、バーサーカーの筋力はEX(規格外)であり、さらに逸話から発現したスキルによって彼女は「女性」と認識する対象に対し強力な攻撃力補正を獲得している。そんな彼女の一撃の破壊力は、宝具にも引けを取らない。
「よし!」
うまく決まったと、バーサーカーのマスターである春は確信する。位置取り、タイミング、共に文句なし。倒すまでは行かずとも、大ダメージは逃れられないだろう。
その、はずだった。
「…女、女ですか……成程」
紫電が奔る。
「確かに『私』は、そう見えるかもしれませんね」
バーサーカーによる会心の一撃を、真正面から剣を盾にして受け止めるセイバー。確かに、ダメージ自体は受けているようだが、どこか様子がおかしい。
「だけどなァ」
声音が変わる。纏う空気が変わる。そして、圧倒的な「神威」が全身から放たれる。
「残念だが…オレは…『男』だ!!」
剣が雷霆を帯びて発光する。天候は変化し、黒く染まった雲が空を支配した。目もくらむような光が収束したあと、セイバーの剣は真なる姿を現す。
それは…「鉄槌」
「宝具、展開。霊子の隅まで焼き尽くせぇ!」
――悉く打ち砕く雷神の鎚<ミョルニル>――
森羅万象を灰塵にする。そう錯覚してしまうほどの熱量を秘めた雷光が鎚(ハンマー)から放たれ、眼前の敵…バーサーカーへと殺到する。
「っ!?ミナぁぁああ!!」
爆音と共に発生した衝撃波。それに吹き飛ばされそうになるも何とか踏ん張り、春は己のサーヴァントの名を叫ぶ。
直後、大きな衝撃音が爆心地から再び鳴り響き、そして土煙の中から人型の影が吹き飛んでくる。それは、右半身に大きな火傷を負った、バーサーカーの姿だった。
「おい、しっかりしろ!目を開けてくれ!!」
春は急いで駆け寄り、唯一使える治癒魔術をバーサーカーに使用する。
事前に練習した連携攻撃。それは完璧に決まるはずだった。否、完全に決まっていた。だが、結果はどうだ? まさに鎧袖一触。戦闘というのもおこがましい、たった一度の交錯。セイバーはこちらの小細工など意に介さず、真正面から粉砕して、バーサーカーに大ダメージを負わせた。
「二対一?三対一?それが如何した…オレは!最強だ!!!」
煙が晴れ、その中心部からセイバーが姿を現す。威風堂々と、ハンマーを構えるその姿はまさしく「武神(カミ)」にふさわしい威圧感を放っていた。
「雷神…トール…!!」
春がセイバーの真名を口にする。それは北欧神話最強と名高い神の名。その地位は主神オーディンと同格以上と言われており、嘗てアースガルズを侵攻してきた霜の巨人を絶滅させた雷の神。剣を使ったという逸話は聞かないが、成程。確かに「最優」クラスにふさわしい霊基と言えるだろう。
「…もう止めませんか? 貴方達が私の教義に反する事を行わないなら、此方も害する積りはありません。」
悠然と佇むベルナデッタ。彼女にはこの結末が見えていたのだろうか。歴然とした力の差。まさに格が違うと言わんばかりの圧倒的な力を、彼女のセイバーは有していた。
「…そこまで自分を「抑止力」と言い張るのなら、何に対する抑止力かを教えてくれ。そうでなければ、こちらにとってその力は脅威でしかない。」
それは精一杯の強がりだった。敵の宝具と真名を知ったところで、此方の攻撃は通じず、頼みのサーヴァントも大ダメージを受けてしまった。状況的に、此方が圧倒的に不利だと、春は感じていた。
「私の目的。それは死徒をはじめとした『異端』及び『聖杯戦争の露呈、無辜の民を害する行為』を行うマスターに対する抑止力です。」
「…それに該当する人物に、心当たりは?」
「現状では、ありません。だからこそ、私は全てのマスターが『ソレ』でないか確かめる為に、今此処で脱落する訳にはいかないのです。」
戦場は膠着していた。セイバーはベルナデッタが説明を終えるまで動くつもりはないらしいが。それでも、この戦場におけるイニシアチブは間違いなくあちらにある。
この場を生き残るにはどうすればいいか、春は頭をフル回転させながら考える。そんな時だった。
「なぁ、セイバーのマスター。お前、昨日の晩飯何だった?」
「…はい?」
春とミナがいる位置からセイバーを挟んで対角線上。そこには宝具の余波で衣服をボロボロにしながらも、二本の足で立っているジェーンの姿があった。
ジェーンは何を思ったのか、奇妙な質問をベルナデッタに投げかける。
「…一味たっぷり掛けたクリームシチューでしたけど?」
「うわぁ…まぁ、その味の良し悪しに関しては特に何も言わないが。因みに俺は某ファミレスでピザ喰った。まぁまぁ旨かったな。」
「それが何か?」
「セイバーのマスター、あんたは何故そうも戦うことを忌避している?」
それは唐突な問いかけだった。
「これは聖杯戦争だ。元から殺し合ってでも叶えたい願いを抱えた傍迷惑な死人共がわんさか湧いて、どんちゃん騒ぎする地獄の一丁目だ。」
言い方の是非はさておき、ジェーンの考え自体は正しい。歴史に名をはせた英雄たちが現代に蘇り、覇を競う殺し合い。そう言えば聞こえはいいかもしれないが、魔術を知らない立場の人間からすれば、気が狂っているとしか思えない儀式。それが聖杯戦争である。
「それがなんだぁ?『異端』?『神秘の露呈』?『無辜の民を害する行為』?馬鹿が。生き返っている時点で異端だろ。此奴ら基本的には死人だぞ?無辜の民とか気にするわけねぇだろ。万能の願望気とかいう、クッソうさん臭いものに頼ってんだぞ?」
「………………」
ジェーンの言葉に、ベルナデッタは何も返せない。
「だからこれは純粋な善意だ。善意からくるアドバイスだ。」
真っすぐ射貫くようにベルナデッタを睨みつけ、ジェーンは言葉を紡ぐ。
「力を示せ。もっと殺し合え。殺し合うことが目的の連中相手に『殺す気はない』なんて言葉を言っても、説得力ゼロなんだよ。相手を殺せる一歩前まで行って、見逃して、それでようやく相手は『殺す気がない』って理解出来んだよ。それが嫌なら、それに代替するような『殺す気がない』ことを証明する手段をとるしかないだろ?」
お前の言葉は薄っぺらい。ジェーンは言外に、ベルナデッタをそう評した。
「そんなの…私だって分かってる!」
そんなジェーンの言葉に、ついに「鋼鉄の乙女」の仮面が剥がれる。
「でも私は、教会に命を救われた!返しきれないほどの大恩があるんだ!」
それはまるで子供の癇癪のようで、それ故に彼女の本音が見えた。
「だから私は『自分の願い』なんて高尚なモノを持っちゃいけない!私の腕は、足は、技は、聖堂教会に!第八秘蹟会の為に!!」
自分を押し殺し、役割に徹する。そうすることでしか返せない恩義がある。故にこそ、彼女は『鋼鉄の乙女』となったのだ。
「失敗なんて出来ない!自分の意思で戦っちゃいけない!そんな事をしたら私は…私は…主の代行者としての立場すら失い…『名無しの女性(ジェーン・ドゥ)』になってしまう…だから!」
そこで彼女の言葉が切れた。静寂が河川敷を包み込む。誰も、何も発せない。言葉をかける切っ掛けをつかめずにいる。
セイバーの宝具によって発生した雷雲は既に散り、月明かりが顔をのぞかせる。そんな時、意外なところから発言が飛び出した。
「『自分の願い』を持つことの、何が不遜だと言うのですか?」
「ッ……」
春の腕の中で傷を癒すバーサーカー。宝具の直撃を受けた右腕はいまだひどく焼けただれたままだが、魔力自体は回復したのか、会話をする分には問題ないように見える。
「よいではありませんか。自分勝手、結構でしょう。誰しもが誰かに甘え、誰かを利用し、誰かを無碍にして…それでも自分の願いを、愛を、叶えるために生きているのですから!」
言葉に熱が入る。腕の痛みを湧き上がる激情でねじ伏せて、バーサーカーらしく、彼女は全身全霊で思いをぶつける。
「だから私はこのような『なれの果て』となったのです!そして今!こうして、かつて届かなかった『愛』のために戦っている!」
彼女の脳裏に浮かぶは己のマスターである春の顔。召喚されたあの日、自らの危険を顧みず、自分を救うために河に飛び込んだ愛しい人。
「そのような覚悟がないのなら、今のうちに尻尾をまいてお逃げなさい!女なら、『何者でなくとも』、見初めてくれる誰かのために戦うものです!」
故にこそ、彼女は命を懸けるのだ。今度こそ、自らの『愛』を貫くために。
「そんなの…『愛』を持てた人の論理でしょう?」
それでもと、ベルナデッタは反論する。
「私はそんなものを持っちゃいけない。だから考えない。私を認めてくれるのは彼らだけ。神の教えに通じる同じ信徒のみです。」
バーサーカーの言葉はベルナデッタに届かず、再び静寂が訪れた。
だが時は待ってはくれない。セイバーの手によってこの河川敷には北欧式の人払いの結界が張られてはいるが、流石に宝具の使用は派手過ぎた。
突然発生した雷雲に注目が集まり、『意識を逸らす』ということに特化した結界はその効力を失いつつある。こうして沈黙が続いている間にも、いつ一般人が訪れるか分かったものじゃない。
「言い出しっぺがいうのもあれだけど、こうなっちゃ戦闘どころじゃないな。ジェーンさん、もういいか?」
「ん~…まぁ、良いか。なんか白熱しちまったみたいだしな。」
「………………」
時間切れか、といった様子で春はベルナデッタに話しかける。
「ベルナデッタ・エクレシア。今は負けを認めるよ。そしてセイバー、アンタは強い。」
「当然だな。オレは最強の戦神だ。オレの命は戦にて始まり、戦にて終わる。」
だが、とセイバーは言葉を繋げる。
「迷っている女を戦場に駆り出すほど、狡くもないんでね。退いてくれるならマスターの代わりに礼は言ってやるよ。」
態度こそ尊大ではあるが、それはセイバーなりのベルナデッタに対する不器用な優しさなのだろうか。少なくとも、両者の関係は悪いものではないらしい。
「そりゃどうも…だけど、彼女の情報の真偽はまだ定かじゃない。確かめるためにしばらくは停戦協定を結び、行動先に同行させてもらいたいと考えている。まぁ、今の様子を見る限り信用しなきゃかわいそうだとも思うが、もしも出まかせだった場合、こっちが大損害だからね。」
同盟を結べるほど、互いに信用関係は構築できていない。だが仮に、『共通の敵』がこの戦争に存在するのであれば、それを処理するまでは共闘することはできるはずだと、少なくとも春はそう考え、提案した。
「…分かりました」
そんな春の提案を承諾するベルナデッタ。だが、意気消沈しているのは誰の目から見ても明らかだった。
「ここまで落ち込んでいると流石に心が痛むな。せっかくだし、近場でご飯でも食べようか。俺がおごるよ。」
「お、太っ腹。おい、お前も来るんだよ、セイバーのマスター。」
「…カレーでお願いします。」
落ち込んでいても、ちゃっかりリクエストを出すベルナデッタ。そんな彼女の様子に合わせてなのか、周囲の空気が若干弛緩する。
「はっはっは!カレーだそうだぞ春くん!」
「あいよ。近くのファミレスで落ち合うことにして、この場は一旦退散しよう…絶対に来いよ?」
「…はい。」
別れる直前、バーサーカーがベルナデッタに声をかける。
「…ベルナデッタさん、でしたね。貴方が『自分の願い』に向き合うのを見届けるまで、私はこの聖杯戦争で絶対に負けません。覚悟してください。」
そんな彼女の言葉に困惑した表情をするベルナデッタだったが、一応、遠慮がちに肯首する。それを見届けて満足したのか、バーサーカーは霊体化し、春の後ろへと移動した。
「行くぞ、ミナ。」
「(はい、マスター。)」
「じゃあなー」
去っていく二組の背中を視て、ベルナデッタは思う。自分はこれからどうすればいいのだろうと。年相応の少女の様に、所在なくセイバーを見つめながら。
そんな縋るようなベルナデッタの視線を、セイバーは一刀両断する。
「ンな目で見ても知るかよ。オレはお前に恩がある。だからこそ、お前の指示には出来る限り従う。オレをどう使おうが、それでオレが戦えるなら構わない…でもな。」
そう言ってセイバーはベルナデッタの手の甲にある令呪に鎚を向けた。
「その令呪。最後に残った場合、オレを自害させる積りなのか知らないが、そんな事をしたら、令呪が光るよりも先に雷霆がお前の心臓を貫くと覚えておけ…分かったな?」
先ほどとは打って変わって、殺気にも似た思いを込めて鋭い視線をベルナデッタに向けるセイバー。しかし、それは承知していたのか、落ち着きを取り戻したベルナデッタは動じることなく言葉を返す。
「分かりました…ごめんなさい、セイバー。こんな未熟なマスターが、貴方を召喚してしまって。」
己の我儘に付き合ってくれるサーヴァントに感謝を述べるベルナデッタ。セイバーはそれに答えることなく、その場から立ち去る。
そんな己のサーヴァントの様子に、仕方がないなと苦笑して、その場を動こうとした。その時、ふと彼女の認識領域を掠めるように飛行する物体を確認する。
「…見られていましたか」
戦争は既に始まっている。あれだけ派手に動けば、当然こちらを監視する陣営もいるだろう。セイバーの真名はもうバレているものとして動くべきか。そんなことを考えながら、ベルナデッタも河川敷を後にした。
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一方そのころ、街のど真ん中で行われていた戦闘を使い魔越しに観測していた弓騎同盟は…
「…」←頭を抱えるクリス
「…」←眉間を抑える蓮
『いやぁ…まさか北欧の雷神までいるとはね。』←腕を組んで感想を述べるオルフェウス
三者三様の反応をしながら、拠点であるホテルの一室でお通夜のような空気を出していたという。