Fate / Way of Last Faith 作:兵藤影虎
時系列的には第五話の戦闘より若干前です。
じめっとした夜、街灯の仄かな光に照らされながら、少年は一人佇んでいた。その手には仕事の報酬として渡された、得体のしれない十字架が握られており、その取扱いについて、少年は思い悩んでいた。
「こんなもん、貰ったところでどうするんだ?…いや、そうか。そろそろアレがあったな。」
突然、合点がいったとばかりに頷くと、少年は動き出した。
その後に紆余曲折を経て聖杯戦争へと巻き込まれ、参加する事となる。それは決して正常な道ではなかったが、少年にそれを気にした素振りは無い。それが、当然の結果であるかのように。
「貴方が、私のマスターですね。少しお待ちください!」
「…あ?」
だが、この時ばかりはそんな少年の表情も崩れた。目の前に現れた女性の行動が理解できなかったのだろう。
「…ちょっと待て!」
きょとん、と小首を傾げる修道女を、少年は怒鳴りつける。
「お前、服だけは絶対に脱ぐな!」
喧しい二人のやり取りと共に、彼らもまた運命の渦中へと飛び込んでいく。
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早朝、ホテルの一室。普段よりも上等なベッドの上で、少年こと柊蓮は目覚めた。
「…あの時の夢を見るとはな…」
それは聖女…アーチャーを呼び出した直後の記憶であった。
とある仕事の報酬で手に入れた十字架を片手に挑んだ召喚自体は成功したが、その後は色々大変だったなと思い返す。
閑話休題、昨日は今後の方針を決めるにあたり、そこそこ遅くまで起きて作戦会議をしていた。そのせいか、普段よりもやや遅めに目が覚めた蓮は、とりあえず今日の予定を思いだそうとして…何もないことに気が付く。
「…とりあえず、クリスのとこに行くか。」
ついでに、目覚めの一杯でも用意してやろうと、蓮にしては珍しく純粋な善意で自販機から500mlペットボトル入りの水を2本買い、向かいの部屋で寝泊まりしているクリスのもとへと向かう。
そして、ガチャリ、という子気味のいい音と共に扉を開けると、クリスがベッドから上半身を起こしていた。
「まぁ、無難に南アルプスだよな。…あれ?なんだ、起きて…」
ワイシャツとパンツだけ身に着け、ブラとズボンはベッド脇に脱ぎ散らかした状態で。
「「…」」
その惨状を見て、しばし固まる。
『あぁ、柊少年、水はそこにおいて、しばし廊下で待ってもらえると助かる。』
「…そうさせてもらう」
楽士のライダーことオルフェウスの言葉で何とか金縛りが解けた蓮は、指示通り水を置いて、脱兎のごとく部屋から出て行く。
直後、部屋の中からクリスの情けない悲鳴が響く。ようやく事態を理解したらしい。
「…まぁ、15分くらいか」
暇になった蓮は、一旦自分の部屋に戻ることにした。それからきっかり15分後。
「大変見苦しいものをお見せしました。」
再びクリスの部屋を訪れた蓮の目に飛び込んできたのは、土下座をするクリスの姿だった。今度はちゃんとした服装を着ている。
「いや、別にそこまでする必要はないが…」
『まぁ、一人の男として役得ではあると思うけど、風情もなにもあったもんじゃないね』
「中々起きてこないと思ったら、これだからな」
『こういうのはシチュエーションも大事だと思うんだよ、私は』
「もう勘弁してぇ…」
あまりにもアレな状況に多少罪悪感を感じる蓮だが、よくよく考えなくても、蓮自身に非はない。完全にクリスの自業自得である。
『時に、柊少年。アーチャーは今何をしてるのかな?』
とりあえず状況を動かそうと、ライダーが蓮に問いかける。
「聖女様なら…お祈りでもしてるんじゃないか?人前でやる事じゃないんだとよ。」
『ふむ…なるほど、屋上にそれらしい気配があるね。』
いかに戦心得のない楽士であろうと、腐ってもサーヴァント。同じサーヴァントの気配を察知するのは朝飯前である。
『今は日も出てるから、早々に襲撃があるとは思えないが、そのまま警戒に移ってもらうのも手かもしれないね。』
「そうだな、まぁ、そこまで警戒する必要は無いだろうが」
「なら日中の間に地形の把握もかねて散策しない?ついでに、この拠点を放棄しないといけなくなったときに避難する場所も下見しておきたいし…そうだ、ヒーラギの拠点に案内してよ。」
「別にかまわないが…言っとくが狭いぞ?」
「大丈夫よ。実家にあった私の部屋ほど息苦しい場所なんてないんだから。」
『動くなら今のうちだろうね。幸い近くに敵サーヴァントの気配は感じないし…もっとも、私の感知能力なんてたかが知れてるから、あまり当てにしないでくれよ?』
「その時はその時だな…よし、案内してやる。ついてこい。」
時刻は10時過ぎ。遅めの朝食を済ませた後、一同はホテルを出発し、柊蓮の拠点へと向かうことになった。
その道中、暇を持て余したクリスは蓮にこんな質問を投げかける。
「そういえばさ。ヒーラギはどういう経緯で彼女を召喚したの?私は実家からくすねてきたアルゴー船の木片からライダーを召喚したんだけど。」
しれっと自身の窃盗歴を暴露するクリスだが、蓮は特に気にする様子もなく質問に答える。
「あぁ、前にやった仕事の報酬の一つとして古臭い十字架を押し付けられたんだが、それが触媒になった。」
「ふぅん報酬ね…そういえばハッキングが得意なんだっけ?」
「別に得意なわけじゃねぇ、ただの商売道具だ。情報屋だしな。」
情報屋。確か昨日のラーメン屋でも自営業としてやっていると聞いたのをクリスは思い出す。
「情報屋ねぇ。貴方みたいな子供が部屋に引きこもっても情報を仕入れられる時代なのよね。今って」
「ふざけんな、足も使ってるに決まってるだろ。そうじゃなかったら、流浪の旅なんてしてねぇよ。」
「そうなの?こう、本で読んだ感じだとこう、たくさんの画面に囲まれて、そこでカタカターッターンってやってるイメージしかないんだけど。」
「イメージとしてはそうなんだろうが、実際にはもっと地味で、地道な作業だ。」
「へぇ…やっぱり本だけじゃわからないこともあるわね。」
「お前は本当にそればっかりだな。」
本の中でしか世界を知らないんだなと、蓮はクリスに対して思う。彼女の経歴は本人から直接聞いていたので仕方ないと思う反面、もう少しどうにかならなかったのかと思う時もある。
ただまぁ、ここでそれを考えても仕方がない。
「…ついたぞ。ここだ。」
ホテルからしばらく、彼に導かれるまま歩いて辿り着いたのは、ネットカフェだった。
「…この店が貴方の拠点?」
「正確にはこの店の一室をその時々でレンタルしてるだけだ。」
普通の客がするように、入り口で店員にオーダーを出し、個室に案内される。案内する店員もごく普通の一般人であり、魔術についての知識があるようには見えなかった。
「いやその、想像の斜め上というか…自営業っていうくらいだから、何かオフィスでもあるのかなって。」
「あるわけないだろそんなもん。あちこち歩き回ってるのにそんなのを借りる贅沢が出来るか。」
想像していた情報屋のイメージを悉く破壊する蓮。別に悪いというわけではないのだが、自分の夢をぶち壊されたような、そんな感じの精神的ダメージをクリスは受けていた
「(隣の部屋では映像作品を見てるみたいだね…ほう?ヘラクレスを題材としたものなのか。興味深い…)」
「いや、覗くなよ。プライバシーも何もあったもんじゃないな。」
そんなマスターを放って、ライダーは霊体化で壁をすり抜け、覗き見をしていた。この男、薄々気づいてはいたが、相当な自由人である。
それはそれとして、まずは当初の目的を果たすために、蓮はクリスに問いかけた。
「…で、ホテルが使えなくなったらこっちに移るかも、って言ってたが、どうする?」
「参ったわね。こんな場所じゃ下手に逃げ込むこともできないじゃない。」
このような場所で下手に人払いをしようものなら、他の陣営に一瞬でバレるだろうことは容易に予想できた。
「ホテルが使えなくなったら、観念して野宿でもした方がいいんじゃないか?」
「そっちのほうがまだましね…神秘の漏洩でもして協会に睨まれるなんてことになりたくないし。」
「お前に野宿が出来るかは謎だけどな」
「ほ、本で予習はしてるし…『これで万全!サバイバル百科』って本なんだけど。」
「ライダー、一言どうぞ。」
「(まぁ、足りないところは私がフォローするよ。なに、これでもアルゴノーツの一員だったんだ。野営には慣れている。)」
相変わらず、頼りになるのかならないのかわからないクリスである。
それはそれとして、ライダーはあまりにも『身軽すぎる』蓮の在り方に興味を抱いた。
「(しかし、予想以上に何もないね。別に悪いことではないが、まさか工房もないとは)」
「俺は、魔術師を辞めたからな。」
「(深く突っ込むつもりはないが、追手などは大丈夫かい?)」
「もう大分前の事だ、今頃俺の代わりを見つけてるだろうさ。」
その言葉に対し、クリスが過剰気味に反応する。
「代わり、ね。なれたはずの跡継ぎを蹴って、家出したんだ」
「継いだってみじめな思いをするだけだ。俺は、そんなのは御免だからな。」
「2番目の子として生まれ、跡継ぎになれなくて、家族から見向きもされなかった私とは大きな違いね。」
「跡継ぎになれたところで、出来もしない目的のために人生を費やして、それでも諦めず、今度はその人生を他人に押し付ける。魔術師ってのはずっと、そうやって『代わり』を作ってきた。」
やや喧嘩腰に蓮に対して突っかかるクリスに対し、蓮は特に動じることなく自分の意見を言い切った。
「だとしても、なりたくてもなれず、無意味な人生を送ることを別の誰かに強制される。そんな人間もいるのよ。」
そう言ってクリスが思い出すのは嘗ての自分。工房に閉じ込められて、碌に外を見させてもらえないまま、一人きりで過ごしてきた幼少期。
寂しい思いはしたくない。自分は此処に生きていると誰かに認めてほしい。それがクリスの原動力でもあった。
「生きる意味、生まれた意味ってのは自分で決めるもんだ。他の誰かに決められるものじゃない」
だが、生きること。その理由に他人は関係ない。蓮はそう言った。
「お前は魔術師になるって決めたんだよな。それはお前が魔術師の家に生まれてきたからか?違うだろ?それはお前が、お前の意思で決めたことじゃないのか?」
諭すように、導くように。
「二番目の子だとか、他人がどうだとか、そんなの関係ない。お前は、お前だ。」
年上のくせに自分よりも幼く感じる少女に蓮は語り掛ける。
「…もしかして、慰めてくれてるの?」
「別に、事実を言ってるだけだ。お前は、この場に立って戦うことを選んだ。他でもない、自分の意思で。」
「私の場合は、無価値のまま自分の生を終わらせたくない、って思いがあったけど…それでも、そうね。自分で決めたことには変わりないわ。」
「それはお前が思ってるより、凄い事なんだよ。…何よりも、重要な事だ。」
ふと、蓮の目線が自分から外れ、どこか遠くのものを見ていることにクリスは気づく。
思えばこの話をしている最中、蓮は何度か遠くに目を向けるようなそぶりをしていた。そしてこれまでに語った言葉も、クリスだけに向けたものではなく、別の誰か…いや、まるで自分自身に向けて言い聞かせるようにしていると、そう感じた。
「…初めて、誰かに褒められたわ。まぁ、その相手が自分より年下なのがちょっと気に入らないけど。」
だが、その真意をこの場で問うのは野暮というものだろう。時には相手が言い出すまで待つのもいい女の務めである…と最近読んだ本から学んだクリスは、それを実践することにした。
尚、その本をこっそり読みやすい位置に差し込んだのはライダーであることを、クリスはまだ知らない。
「耳年増に言われたくない…って痛!?いきなりチョップすんじゃねぇ!」
「うっさい!」
「(こらこら暴れるんじゃない。店の人に気づかれるよ)」
「次に年増って言ったら、酷いわよ」
クリスがチョップしたあたりでちゃっかり防音結界を張るライダー。音楽魔術の応用だというが、流石の対応力である。この男、抜け目がない。
「てて…なんだよ急に…」
「(柊少年、先達として君に助言をしておこう。女性に『年増』という言葉を使うのはNGだ。)」
「めんどくせぇな。」
「(生前、嫉妬に狂った無数のアマゾネス達によって五体を引きちぎられた私が言うんだから間違いないね、うん。)」
己の死に際を想起し、若干青ざめるライダー。そのあまりの凄惨さに、蓮も表情を引き攣らせる。そんな男性陣の心情に気づくことなく、クリスは今後の方針について纏める。
「ふぅ…とりあえず貴方の拠点についてはわかりました。」
「さよか」
「まぁ、流石にこの店の人たちを巻き込むわけにはいかないから、当面の間メインの拠点は私のホテルになるとして、相応の準備を進めるとしましょう。非常食に衛生用品。着替えも追加しないと。あとは―――」
これからの予定を立てようとしたその時、クリスの腹から実に情けない音が鳴り響いた。時刻は13時。そろそろ遅めの朝食が消化される頃合いである。
「…そうだな、飯だな」
「…近くの店で食べに行きましょう」
手早く後片付けを行い、会計を済ませて、ネットカフェを後にする。その後、人生初の回転寿司に興奮し、またトラブルを起こすクリスと、その後始末を行う蓮の姿があったというが、それはまた別のお話。