異世界転生したけどチートなかった   作:ナマクラ

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第十一話

「じゃあ────まずはクリスを助けよう」

 

 アルならそう言うと思ったが……違う、問題はそこじゃない。

 

「え?」

「クリスがどこにいるのかわからないっていうのが今の問題なの。話聞いてた?」

「可能性としてはクリスの私室、別の牢、飛空船……上げればいくらでも増えてくる。絞るには情報が足りない」

 

 アンナとクロード王子がさらに補足してくれたが、今決めなければならないのはクリスを助けるためにどこへ向かうかだ。ただしどこにいるのか候補が多すぎて絞り切れないのが現状だが。

 

「情報が足りない……なら誰かに聞けばいいんじゃないか?」

「誰かって……誰に?」

「そりゃ、その………………王様とか?」

「…………あのねぇ」

 

 そりゃ王様ならクリスをどこにやったか知っているだろうが、俺たちを豚箱にぶち込んだ張本人が教えてくれるわけ……………………

 

「どうしたの?」

 

 …………案外、アリかもしれない、のか……? そう思いながら、俺は王子の方に目を向けた。

 

「何か思い浮かんだのか?」

 

 その前に、殿下にお伺いしたい。今回の一件で、殿下はどこまでの覚悟をお持ちなのかを。

 

「覚悟……何に対しての覚悟を問う?」

 

 この国の王が、自身の娘を拉致させそれを他者の仕業に偽装し、世界に対して戦争を起こそうとしている。それを止めようと動かれた殿下は、そのためにどこまでの事をする覚悟があるのか……それを問いたい。

 

 

 即ち、王を諌めるにとどめるか、いっそ反旗を翻すか。

 

 

「……っ!」

「ちょっ……! アンタ何言ってるのかわかってる……!?」

 

 もちろん。端的にクーデターを起こせなど、時と場合によってはこの首を落とされても仕方ない発言だろう。

 

 だが今回の一件は既に話がそこまで進んでしまっている。

 

 俺たちの状況を差し引いても、王に対し反論を述べた次期後継者を牢屋に投獄するなど通常では考えられない事態だ。十分に反旗を翻す理由にはなるし、理解も得られるだろう。

 もちろん王子のお考えを尊重するつもりではあります。その場合は逃げの一手になりますが。

 

「……直談判に行った当初はそこまで考えていなかった。説得すれば考えを改めてくれると信じ込んでいたからだ。だが、現実は違った。もしこのまま父上が戦争を起こせば、この国はただでは済まないだろう。勝っても負けてもだ」

 

 たとえ世界を相手取って勝利を掴んでいっても、それまでの間この国は世界中から敵意を向けられ続けることになるだろう。そんな状態が続くことになれば正気ではいられない。国に戦争中心の生活を強いられ、それが常識になれば、元の生活に戻るのにどれほどの時間が必要になるのか、わかったものではない。

 

「父上は変わってしまわれた。その行いが民にどのような責を背負わせることになるのか、考えすらしなくなってしまわれた。故に……その前に父上には、王位を退いてもらう。必要とあれば、その命も……!」

「殿下……」

 

 どうやら殿下も覚悟を決められていたようなので、アルの言った王にクリスの居場所を聞きに行くという手段も可能となった。ただし質問が尋問や拷問になる可能性もあるが。

 

「……俺、そう言うつもりで言ったんじゃなかったんだ……親子で争え、なんてつもりじゃなくてさ……」

 

 アルが少し沈んだようにそう呟いた。

 アルの発言が元とはいえ、そういうつもりで言ったんじゃない事はもちろんわかってる。アルは悪くないさ。ただこの状況で俺が思いついたのがそれだったというだけだ。

 

「そうだ。そして君も悪くない。本来であれば私が最初に自ら口にしなければならなかった事だ」

 

 ……お心遣い感謝します。

 

 それに旗頭になってもらう必要はあるが、争うといっても王子が直接手を下す必要はないのだ。

 いざという時は俺が『峰打ち』で済ませるようにするから安心するといい。

 

「安心……安心……?」

「……峰打ち……頭部に矢……うっ、頭が……!」

「峰打ち……? さっきも言っていたが、峰打ち……?」

 

 何故か三人とも少し混乱しているようだが、いつまでもここにいるわけにはいかないので、移動しよう。

 ついでに王子に俺の天恵に関する注意点も含めた説明もしていこう。

 

 

 ◆

 

 

 俺の天恵【不殺】について改めて説明しておこう。

 

 知っての通り、この天恵による『峰打ち』を使えばたとえ致命傷を与えたとしても死ぬことはない。

 だが死なないという事は生きているという事であり、生きているという事はエネルギーを消費していくという事である。

 例え頸動脈を切り裂いたとしても心臓は血液を身体に送り続け身体に巡らそうとする。例え体外に大量に噴き出していようとも動き続けるのだ。

 言うなれば穴の開いたバケツに水を注ぎ続けるようなもの。いつかは水を送るエネルギーさえ枯渇し、それでも送ろうとエネルギーを消費し続け、ゼロになる。それでも死ぬことなく生き続ける。

 

 つまり、行き着く先は仮死状態である。

 

 獲物に使えば短時間なら鮮度を保てるが、長期保管の場合エネルギーを消費し続けるため肉は痩せ細り瑞々しさは失われ肉は硬くなる。狩りにもそこまで使えない。そもそも血抜きしようにも出続けるのでできないという始末。

 ミイラや即身仏作りには超絶便利だがそんな趣味も需要もない。

 

 そしてこの天恵の使用対象は『人物』ではなく俺が振るう武器・物、もっといえば『俺の攻撃行為』そのものである。いくら『峰打ち』で死なないとはいえ別の追い打ちを食らえば普通に死ぬ。

 頭部を峰打ちでかち割っても生きているがそれとは別に心臓を刺されたら死ぬし、極端な例になるが峰打ちで生きたままミイラ状態で血を垂れ流している相手が蚊に血を吸われても死ぬ。

 そして俺自身が『俺の攻撃』だという認識を持たなければ【不殺】は付与できない。アルの天恵やアンナの魔法に俺の【不殺】を付与する事はできないということだ。

 

 イメージとしては攻撃対象に薄い保護膜が張られるような感じだろうか? あるいは魂というモノがあるのならそれを肉体に繋ぎ止めておくイメージの方が近いのだろうか? 口で説明するのが難しい。

 

 色々言ったが要するに峰打ちをした対象にはそれによる保護が働くので何の問題もないというわけだ。

 

 

「今の説明を聞いて大丈夫な要素が一切ないのだが……今も口から血を噴き出しているが……?」

 

 大丈夫です。俺よりも牢屋に幽閉されて体力が落ちておられるだろう殿下自身をご自愛ください。殿下が倒れられるとそれで全て終わりなので。

 

「確かに多少体力が落ちている事は否定できないが……それよりも君の方がよっぽど重傷に見えるのだが……」

「確かに絵面は動く死体みたく見えるもんな」

「それよりコイツの敬語、違和感がハンパないわね……」

 

 何を言うか。俺はちゃんと使うべき時に敬語を使える人間だぞ。でも多少の言い間違えくらいは平民だと思って甘く見てもらいたい。

 

「でも今の説明聞いた感じだと、【不殺】って系統としては防御型の天恵なのかしら……?」

「ええ? あれどうみても殺しにかかってるし防御とは結び付かない気がするけど……?」

 

 殺しにはかからないぞ。『峰打ち』だから。

 

「私も天恵に関しては詳しくないから正しいかはわからないんだけど、魔法の場合は人それぞれ適正があって、大雑把に攻撃系の魔法に適している人は防御・治癒系の魔法は修得し辛いっていう傾向があるの」

 

 私も治癒系の魔法は使えないし、というアンナ。なるほど、道理で治癒魔法を使ってくれないわけだ。

 

「それと同じように考えると、【不殺】は特殊過ぎる。今の話を聞く限りだと対象を守るための天恵ととれるけど、発動のために攻撃を仕掛けないといけない。存在自体が矛盾している。たぶん普通の魔法適正もそんなにないんじゃない?」

 

 うーむ、否定できない。一応俺も魔法は使えるが、火の玉を出す初級魔法やら生活魔法くらいしか使えない。治癒魔法も使えるがそれもあくまで応急措置程度で時間をかけないと使えない。

 まあ如何に特殊だろうと重要なのは如何に使えるかだ。使い勝手という意味ではアルの【雷光】という比べるまでもない相手がいたのでもう諦めているが。

 

「珍しいのはそっちもなんだけど……まあ今はいいわ」

「ところで、何故峰打ちで済ませているのだ? 話を聞くに峰打ちするのも天恵による労力があるのだろう?」

 

 他人の命を奪うという事に慣れると碌な事がない。なので出来る限りしないようにしているというだけです。

 

「それとは別の慣れちゃいけない何かには慣れちゃってる気がするけど……峰打ちだから大丈夫とか……」

 

 あと生きている重症者というのは単純に重荷になる。

 きちんと対応すれば助かるかもしれない、という可能性は治療に人員を割く必要性を生み、相手に新たな選択肢を生む。

 そこに人員が割かれればこちらに割ける人員も減る。余計な戦闘を避けられるというわけだ。

 それに事が終われば彼らも味方になる。国力を徒に減らす必要はない。そして誰も殺してないので不要な遺恨も残らない。つまり、俺は悪くない。

 

「発想が物騒」

「さっきの慣れ云々絶対建て前だったぞ。俺にはわかる」

 

 

 ◆

 

 

 王子は覚悟した。必ず、かの邪知暴虐の王を取り除かねばならぬ……そう決意して普段この時間にいるという政務室にアンブッシュを仕掛けようとしたのだが……

 

「いなかったな、王様……」

「以前であればこの時間は間違いなく政務室にいたのだが……」

 

 なんと空振りであった。幸い、ダイナミックエントリーする前に中にいるかをこっそり確認したのでこちらに気付かれて騒ぎになる事はなかったのだが、いきなり当てが外れてしまった。

 ひとまず仕切り直そうという事で、俺たちは近くにあった人気のなさそうな食糧庫にて小休止していた。

 

「で、結局王様ってどこにいるんだ?」

 

 さあ? これが物語(ゲーム)なら謁見の間で待ち構えていたりするんだろうが……

 

「今の父上だとどう動くか予測しにくいな……来客があれば謁見の間や応接用の部屋にいるだろうが、あるいは私室に籠っている……?」

「選択肢が多いなぁ」

 

 だがクリスの居場所よりかは絞れている。大まかにではあるが残りの候補としては、謁見の間、応接室、あとは王の私室あたりか。そのどれかで王の首が飛ぶことになるわけだ。

 

「首を飛ばす前提で話さないでくれないか……?」

 

 とりあえずこの食糧庫にあったハムとかの食べ物を拝借したので簡単にだが腹に入れておこう。腹が減っては戦はできぬともいうし。

 

「……ちょっとハムの塊そのまま渡されても困るんだけど……」

 

 ハムを切るのに丁度いい刃物が俺の腹の中に入れてた血塗れナイフくらいしかないから仕方ないね。切り分けたいならアルが持ってる兵士の剣とかになるが……

 

「どっちも不衛生……ちょっと待って。魔法で切るわ……っと」

 

 そう言うとアンナの持っていたハムの塊が瞬く間にハムのスライスに! これが、ハム切りの魔法……! 

 

「変な名前付けないでくれない?」

「というかお前は腹にいれて大丈夫なのか? 腹に穴開いてるけど」

 

 今から治癒魔法で応急措置してから食べるから大丈夫だ。というか死なないとはいえ栄養は取らないと血液不足で動けなくなるから、今動けなくなってお荷物になるのは避けたい。

 

「治癒魔法使えたのね」

 

 使えはする。ただ時間をかけて集中する必要があって、それだけやってもあくまで応急措置程度にしかならない。

 ちなみにだが、峰打ちでの傷は通常自然治癒しないものでも傷口をくっ付けておけば自然治癒するようになるので、牢屋に転がした兵士たちも放っておいてもいずれ復活するだろう。まあ何日かかるかわかったものではないが。

 

「治った所で栄養失調で動けない……巧妙な罠ね……」

 

 そういう意図はない。ないったらない。そう否定しながら応急措置が完了したので栄養補給がてらスライスされた高級そうなハムを齧る。

 うーん、血も滴る肉の味がする。これが高級肉の味……? 

 

「それは君の吐血の味だ」

 

 せっかくの高級な肉の味が血の味で台無しに……ガーンだな。

 

「普段の肉とそう変わらないぞ」

「いや全然違うわよ」

 

 アルの子供舌と同じにしてはいけない……と、足音が聞こえる。ここに誰かが入ってきたようだ。

 

 その意図を汲んでくれたのか声を潜める。少しして二人分の足音と共に話し声も聞こえてきた。

 

 

「……というかどうしてわざわざここの食糧庫まで取りに来なきゃいけないんだよ……ここの中って希少品ばっかなのに、今日って何かあるのか?」

「ああ、何でも教会からエルロン枢機卿が来られているとかで、謁見の間でのやり取りが終わるまでに少しでもいい食材を準備しとけって料理長が言ってたよ」

「マジかよ。あのエルロンって人嫌いなんだよなぁ。味のことなんかわからないくせに食材とかもっといいものを使えってうるさいし……」

「客人に下手なもの出すわけないのにねぇ……」

「その上で通ぶって話すもんなぁ。こっちとしては間違ってても違いますとも言いにくいし……」

「王様もあんなのの相手しないといけないとか大変だよねぇ……」

「王様と言えば最近…………」

 

 そんな雑談と共に足音が出口の方に遠ざかっていく。どうやら峰打ちをする必要はなさそうだ。それを確認してから目配せをする。

 

「……今の、聞いた?」

 

 ああ。やはりここの食材、高級品ばかりのようだ。吐血のせいで味がわからないのが悔やまれる……! 

 

「そこじゃないわよ!」

「エルロン枢機卿が来ているという所だな」

「しかも謁見の間で何か話してるって話だったし、今ならそこに王様がいるって事だよな」

 

 しかもエルロン枢機卿と言えば王の方針が変わったのに関わっている可能性があり、クリスの身柄を欲しがっていたらしい人物だ。そのままエルロンにクリスが引き渡される可能性も十分にある。

 

「つまり……?」

 

 一網打尽の時間だ……! 

 


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