食糧庫にて王と黒幕らしきエルロン枢機卿が謁見の間にいるという情報を得た俺たちは、見つからないように移動し、その扉の前まで辿り付いた。
「じゃあ、手筈通りに……」
アルの言葉に頷きで返すと、勢いよく音を立てながら扉を開け放った。
「……ぬ?」
「何だ……!?」
「何奴ッ!」
部屋の中には玉座に座る王にそれに向かうように立つカソックを身に纏ったスキンヘッドの男、そして扉から玉座までの道の両脇に沿うように警護のための兵士たちが並んでいる。
その全員が、こちらに意識を向けた。
「──雷光よ、迸れ──!」
その瞬間を狙って、先頭にいたアルの【雷光】が彼らの視界を奪った。
「ぎゃっ?!」
「目がっ!? 目がぁ!?」
謁見の間が閃光に染まり、その場にいた人たちの視界を白く染めていく。当然俺たちは対策済みなので問題ない。
そのまま突撃したアルが追加で雷撃を放ち、目がくらんで動けずにいる兵士たちを痺れさせて無力化していく。
そうして雷光で眩んだ目が視界を取り戻す頃には、玉座に座る王とエルロン枢機卿の二人以外室内にいた人間は地に臥せる事となった。
「こ、これは……一体何がどうなって……!?」
狼狽えるエルロンに対して、王は冷静に状況を把握し、乱入者の中にクロード王子がいる事を認識すると、彼に向けて口を開いた。
「クロード……この場でのこの狼藉、どういうつもりだ?」
「言わずとも知れた事。父上、私は貴方のやり方に改めて異を唱えるためにこの場に参ったのです」
「王に異を唱える……実の息子とはいえ不遜であるぞ。しかもよく見れば一緒にいるのはクリスを攫った誘拐犯ではないか? 国を害する反乱分子に成り下がったか」
「おかしなことをいう。彼らと同じ牢に私を閉じ込めたのは他ならぬ父上ではないですか。そもそも彼らは誘拐犯ではなくクリスの命の恩人だというではありませんか」
「違うさ。奴らはクリスの恩人ではなく王女誘拐の実行犯である。私がそう決めた。そういう事にした方が王国にとって都合がいいからな」
「事実を歪める事が為政者のする事だと?」
「それが、王というものだ」
「違う! 王であればこそそれは許されない行為のはずだ!」
「……殿下、熱くなりすぎないでください」
「……そうだな。すまない」
王とのやり取りで冷静さを失いかけた王子をアンナが諌める事で軌道修正する。時間をかけていると城の兵士が異常を嗅ぎ付けて押し寄せてくる可能性もある。
「ど、どういう経緯かはわかりませんが、王国内の権力争いに無関係の私を巻き込まないでもらいたいですなぁ!」
「無関係とはどの口が言うのか。さすがに白々しすぎやしないですかな、エルロン殿」
「うっ……!」
「貴殿にも問い詰めたい事は山ほどあるが、それよりも先にしなければならぬこともある。そこで少し黙って待っていろ」
王子の圧に言葉を失うエルロン。何とかこの場から逃げ出そうと唯一の出入り口に目をやるがそこには先程兵士たちを無力化したアルの姿がある。逃げ場はない。
「王よ、最後にもう一度問います。全世界に対して宣戦布告を行なうという愚行、そしてありもしない罪で民を利用する愚行……考え直す事はできませんか?」
「何を言うかと思えば……これは決して愚行などではない。世界に必要な事なのだ。お前にわかる必要はないが」
王子の最後の説得に王は冷たく返す。実の息子の言葉であろうが、もはや聞く耳持たないと改めて宣言した。
「……もういいです。貴方はもはや王として相応しくない。その王位、私に譲ってもらう」
「はっ! 力を以って世を制する事を否定するお前が、力を以って王位を奪うか! 片腹痛いわ!!」
「だとしても、国の未来を想えば、誰かがやらねばならぬ事だ! 止めねばならぬ事だ! であれば私がその役目を負うのは当然だ! たとえそれが汚名となろうとも!」
「一丁前に吼えるではないか。だがそれだけで世界が────」
王と王子の舌戦が盛り上がってきて、誰もがその行末に注視していく。アルやアンナ、エルロン、そして痺れて倒れた兵士たちも。
────その最中に、一人の兵士が王の首を切り飛ばした。
「…………はっ?」
頭が転がっていく音が響く中で、その漏れ出た声は誰の声だっただろう。痺れて倒れた兵士のものかもしれない。少なくとも王子の声ではない事は確かだ。
何せこれは打ち合わせ通りの行動なのだから。
◆
結論からいえば、王の首を切り飛ばした兵士の正体は兵士の装備を身に纏った俺である。
簡単にネタ晴らしすると、最初のアルの目晦ましのタイミングで、兵士に扮した俺は脇にいた兵士たちに紛れ、倒れた振りをして機を窺っていたのだ。
しかしやろうと思えば開幕すぐさま王とエルロンの首を飛ばすという事も出来たにもかかわらず、その手段を取らずにこんな手間をかけたのかいうと理由がある。
食糧庫から謁見の間へと向かう最中、王子から一つ頼み事をされたのだ。
「最後にもう一度王の説得を試したい」
仮にも父親に危害を加えるというのに抵抗が湧くのは理解でき、王子の希望も強かったため、条件付きで了承した。
その条件は、時間をかけない事と、説得が失敗した場合すぐさま王を無力化する事だ。
時間をかければそれだけ援軍がくる可能性が高まる。非戦闘員である王子を除けば三人しかいない現状で、大量の兵士相手に謁見の間という袋小路に追い込まれるのはご免被りたい。
そして説得に希望を持ち続けてズルズルと続けられても同様に時間切れになる可能性がある。というかそれを狙ってくる可能性もあったので、説得のチャンスは本当に一度だけにしてもらった。
そもそもとしてクリスがすでに飛空船やらに乗せられていないとも限らない状況で、時間をかけることは避けたかった。
要するに俺たちには圧倒的に時間がなかったのだ。
なので決行するのはまさしく電撃作戦だった。
アルの天恵による閃光と雷撃で敵戦力を無力化。その隙を縫って本来は王とエルロンを峰打ちする予定だった代わりに、兵士に扮した俺が倒れる兵士たちに紛れて機を窺う事となった。
王子による説得フェイズが失敗したタイミングで王の首を飛ばすために。
「き、貴様!? 自分が今何をしたのかわかっているのか!?」
エルロンが慌てたようにこちらを捲し立ててくるのを聞き流しながら、俺は王の首を切った剣を片手に
安心するといい、峰打ちだ。死んではいない。まあ血は噴き出して見た目は死んだように見えるかもしれないが…………?
剣に付いた血を振り払おうとしながら、そこまで口にした所で何か違和感を抱いた。
何だ、何かがおかしい……どこに異常を感じた……?
違和感を拭おうと意識を集中させて、考えて、改めて切り払おうとした剣身を見て気付く。
血が、ついていない……? いや……そもそも、血は出ていたか……!?
その事に気付き玉座の体の方を向いた瞬間、王の体から何かがこちら目掛けて飛び出してきた。
咄嗟に剣の腹で受け止めるが、その勢いと力に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
受け止めた剣は砕け、金属でできているはずの兵士の鎧もその圧力にミシミシと異音を発している。
腹部が圧迫され傷口が痛むが、そこでようやく俺を壁に押し付けている物体の全容を把握できた。
首のない王の体から飛び出していたのは、木の根のように太い肉でできた触手のようなナニカだった。
その触手は今も王の体と繋がっており、意志を持って力を込めて阻む鎧ごと俺を押し潰そうとしてくる。
いや待て、何が起きている……!? 王は天恵を持っていないはずで、普通の人間にこんなことが起きうるはずがない。
攻撃を食らった俺をはじめ、アルやアンナ、クロード王子ももちろん、痺れて動けない兵士たちすらも。誰一人として状況がつかめない。
「────全く……とんだ失態だな、ダニーよ」
そんな中でたった一人、動揺する事すらなく口を開いた人物がいた。
先程までの動揺が嘘のように冷静な様子でエルロンが首のない王の体に向かってそう語りかけた。どう見ても死んでいるように見える相手に話し掛けるのもおかしいし、話しかけるにしても王の頭部はまた別の方向に転がってしまっている。いや、そもそも王の名前はダニーなどではない。
「────ごめんごめん、だけど王子と会話している中でノータイムで王の首を切り落としてくるヤツがいるなんて思いつかないでしょ」
だというのに、エルロンの言葉に対して返事が返ってきた。その声は、首のない王の体から発せられていた。
「うーん、この状態だとちょっと話しにくいなぁ……もういっか」
その声とともに王の体に変化が起きる。切られた首の辺りから、徐々に少年の頭部が浮かび上がってきたのだ。その顔は、王とは似ても似つかないものだった。
「貴様、誰だ……!?」
「誰だとは悲しいなぁ。さっきまで親子として国の行く末を討論し合ってたじゃないか。まあ親子じゃないんだけどさ」
「誰だと聞いている!?」
……想定外だった。王は黒幕との共犯か、あるいは洗脳されたのだろうと思っていた。
人が変わったと言っても、それはあくまで例えであると思い込んでいた。
違った。王は、まさしく人が変わっていた。他人に成り代わられていたのだ。
「……で、どう責任を取るつもりだ?」
王子の詰問を気にする事なく、エルロンはその少年に問い掛ける。
「エルロンがボクを呼ばなきゃもっとやりようはあったのに……というかどうするかなんてもう決まっているような物じゃないか」
「お前の口から聞く事が重要なのだ」
「仕方ないなぁ。筋書きとしては、そうだな……乱心したクロード王子は謁見の間に向かい、その場にいたエルロン枢機卿とともに王を打ち倒して王位を簒奪する事に成功する……って所かな?」
「わざわざ私を巻き込むな。私が退室後に起こった事にすればよい」
「何だよ。それってボクだけで片付けろって事? ちょっとくらい手伝ってくれてもいいじゃないか」
「お前の不始末だ。私は聖女を連れてさっさと聖都に帰る」
「ちぇー。あ、じゃあちょうどいいし計画を早めておいてよ。騎士団長に言えば進めてくれるだろうし」
「ではそうしよう」
俺たちの存在など気にもかけないとも言うかのように二人で淡々と話を進めていく。
「何を……一体何の話をしている……!? いや、それより父上は…………貴様ら、父上をどこにやった!?」
「んー? キミのお父さんの体なら目の前にあるじゃないか。まあ命はもうなかったしダメ押しで首も切られちゃったけどね」
「……っ!?」
「で、何の話をしてるか、だっけ? ま、簡単に言ったらね…………
────この場にいる全員、皆殺しって話だよ」
その宣言と共に少年の、正確にいえば王の体部分の肉体が膨張し少年の頭部を覆い隠しながらその形を変化させていく。
玉座には球状の肉の塊が鎮座していた。俺を押し潰そうと伸ばしていた触手も収縮していて球体に吸収されたが、その球体の一部が波打つような変化を始めた。
まるで水面から何かが飛び出してくる前兆のような…………!? ────避けろ!!
「────ッ!!」
瞬間、球体からまさしく発射された触手が、王子目掛けてまっすぐ飛来した。
咄嗟にアルが王子を押し倒した事で難を逃れたが、射出された触手はそのまま扉を塞ぐかのように広がり、玉座に残っていた肉塊も触手を経由してそちらへと移動していった。
「────まあ守るよねー。そう思ったからまずは逃げ道を塞がせてもらったよ」
謁見の間、唯一の出入り口をふさがれてしまった。これで王が偽物だと城の兵士たちを援軍を呼ぶ事は叶わなくなった。
……押さえ付けられていた俺に止めを刺さなかったのもどっちにしても殺すから構わないという事なのだろう。
「では私はお暇させてもらうよ」
そしてエルロンもまた、いつの間にか触手の向こう側、扉に手をかけていた。
「待てエルロン!!」
「では王子、次に会う時には手を携えられる事を祈っておりますよ、まあ私が会うのは貴方ではないでしょうがね」
そう言ってエルロンは扉の向こう側へ姿を消した。
「殿下、危険です! 御下がりください!」
「これは……」
逃げたエルロンも重要だが、それより今は目の前の脅威を何とかしなければならない。
扉の前にあるのは、蠢く肉の壁、肉の網……表現はどうであれ、こちらへと殺意を向ける化け物とも表すべき存在だ。
「────さあ、キミたちはどれだけ粘るかなぁ?」
その目は、捕食者のソレであった。