異世界転生したけどチートなかった   作:ナマクラ

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第十四話

 ダニーが息絶えたのを見届けて、一息吐く。

 

 想定以上に厳しい戦いだった……食糧庫からくすねていたハムがなかったら本当に死んでいたかもしれない。ハムに救われるとは思ってもみなかった。それとは別にハム食われたのが地味に悔しい。

 

 ハムの恨み……ではないが、念のため死体を焼いて……いや、氷漬けにしておいた方がいいか。アンナ、頼めるだろうか? 

 

「わかったわ……でもどうして氷漬け?」

 

 念のため、だ。コイツの天恵からして、万が一まだ生きていた場合、核の部分だけをこの死体から分離する事も可能だろう。だが、これまたコイツの天恵の特徴からして分離後に形を保つには核と肉を有線で接続しておく必要がある。

 仮に焼いて処理した場合そういった予兆に気付けない可能性があるが、氷漬けにしておけばもし生き残っていたとしても有線で繋がっていた形跡は残る。なんだったら氷をたどって核を見つけることもできるかもしれない。あと焼いたら城まで燃える可能性もあるし……

 

「心配しすぎじゃない? とりあえず凍らせたけど」

 

 まあ今のはオマケの理由でもある。本命はこのダニー少年の顔からその出自を辿れないか、という辺りなのだが……というか氷漬けにするの早くない? 

 

「理由が理由だから早くした方がいいでしょ?」

 

 確かに。ということで早速確認………………うん、特に肉の線は出ていない。どこかに逃げた形跡もない。もし生きていたとしても凍死か窒息死するだろう……問題ないな、ヨシッ! 

 

「……うん、大丈夫そうね」

 

「つまり、終わった、のか……」

 

 俺とアンナの死亡確認発言によって、王子の口から漏れた言葉が、この場にいた人間の心境を物語っていたように聞こえた。しかし……

 

 

「まだだ! まだクリスを助けられていない!!」

 

 

 そう、まだ終わってなどいない。

 クリスの事もそうだが、このままエルロンを逃がせば敵の全貌を明かす機会すらなくしてしまう。姿の見えない敵に怯え続けるのは御免である。

 

「だがエルロンがこの場から去ってから結構な時間が経ってしまっている。間に合うのか……?」

 

 ヤツはまだこの城での協力者としての立場を失うとは思っていないはずだ。だから常識の範囲を超えて強引に事を運ぼうとはしないだろう。

 横柄な態度で出立の準備を急かしたとしても、それは度が過ぎたものではないはずだ。この国の姫を連れて行くのならばなおさらだ。

 であれば、今ならまだ間に合うかもしれない。可能性は、まだある。

 

 問題があるとすれば、俺たちが少しでもミスをすればその可能性すらなくなると言う事だ。

 エルロンが聖都に戻るのに使う移動手段を読み間違えれば取り返しがつかなくなる。俺たちが飛空船を抑えに行ったとして、奴らが海路を使っていれば、もうどうしようもなくなる。

 

「だから早くクリスを助けに行かないと!」

 

 そう、少しの時間のロスも命取りになる。そんな状況なのだが……

 

 

「────ご無礼! ご無事ですか陛下……ッ!?」

 

 

 このタイミングで、騎士たちが玉座の間に侵入してきた。

 

 

「殿下!? この惨状は、一体……!?」

 

 さっきまで肉の壁で塞がっていて入りたくても入れなかった玉座の間。いざ入ってみれば王の姿はなく、入口付近には肉が溶けたような脂がそこら中に散らばり、兵士たちは地面に這い蹲っていて、玉座の近くで斧槍とナイフで串刺しにされ氷漬けにされた少年の死体に、王子と共にいる見慣れぬ不審者が数名……誰だって混乱する。というか悪い想像をしてもおかしくないだろう。

 

 想定外の惨状、状況が全く分からず最悪な想像が各々の中で膨らんでいき、騒めきが広がり大きくなっていく。

 彼らが敵の手の者の可能性もあるが、そうでなくても敵対してくる可能性も十分にある。

 これは……一波乱起こりそうだ。時間がないというのに……! 

 

 

 

 

 

 

 

「────全員、聞け!!」

 

 

 

 

 

 

 ────そんな空気が、クロード王子の一声によって一掃された。

 

 

「我が国は気付かぬうちに外敵に蝕まれていた。父は……王は敵の手の者によって亡き者にされ、成り代わられていた。我らは奴らの都合のいい様に操られていたのだ!」

 

 王子によって告げられた王の死は彼らに衝撃を与えた。一度静まった騒めきが再び蘇る。それでも王子は言葉を続ける。

 

「敵の全貌は未だわからぬ。だが、敵の一派の一人はわかっている。エルロン枢機卿だ! ヤツの手の者が王を害し、成り代わり、我が国を操り……そしてヤツは今まさに我が妹クリスティーナを連れ去ろうとしている!」

 

 続けられた王子の言葉に騎士たちがざわつく。それは先程までのどうしようもない無力感からくるものではなく、いい様にされていた事への怒りか、あるいはさらに行われようとしている狼藉への義憤か……定かではないが、しかし騒めきの種類が変わった事は確かだった。

 

 それを確認した王子はさらに語気を強めて騎士たちに命じる。

 

「これ以上ヤツらにクロリシア王国を好きにさせるな! 敵の全貌を掴むためにも絶対にエルロンを逃がすな! 良い様に利用された我らの誇りを取り戻すのだ!」

 

『はっ!!』

 

 その命令に、騎士たちの士気が上がったのが肌で感じ取れた。困惑や迷いよりも忠誠心や義憤や使命感が上回ったのだろう。

 

「ハンス! 私は飛空船の保管場所へと向かう! 部隊を選別してついてこい! それ以外の者には今すぐ陸路と海路を封鎖させろ! エルロン枢機卿をこの王都に閉じ込めるのだ!」

「はっ! すぐに!」

 

 先頭にいた騎士に指示を出し、その騎士が他の騎士や兵士に指示を出し始めたのを見届けた王子が俺たちの元へと

 

「これで万が一移動手段が飛空船ではなかったとしてもエルロンを捕捉する事ができるだろう。だがヤツが他に隠し玉を持っていないとも限らない。三人とも、力を貸してもらえないか?」

「もちろん!」

「当然です!」

 いいですとも! 

 

 ここからは、俺たちの攻勢(ターン)だ! 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 王子に率いられて俺たちは騎士たちとともに城内を移動する。

 城内は早くも王の死が広まり始めているのか、あるいはエルロン陣営の工作なのか、多少の騒ぎになっているが、それも王子の人望によるものか瞬く間に鎮静化していっている。おそらく城内に関してはもう問題ないだろう。

 

「というか空路なのに下に進んでいる気がするんだけど……」

「城の地下に飛空船用のドックがあるのだ。もうすぐそこだ」

 

 王子の先導の元、辿り着いた先にあった扉を開けると、そこにあったのは何らかの金属でできた『船』だった。

 

 一見すると帆船のような外見だが、しかしマストには本来あるはずの帆がなく代わりにプロペラのような機関が付いており、さらに船体の左右にはそれぞれ魚のヒレのような装置もついていた。もっといえばここに海や河などの水場はなく、広がっているのは青空だった。

 

 

 つまり、海を行く船ではなく空を行く船、飛空船だ。

 

 

 それが、ざっと見た限りで10隻ほど、ずらりと並んでいた。

 

 

「まだ飛んでいないがハッチが既に開いている! いつ飛び立ってもおかしくないぞ!」

「……いた! あそこにクリスが!!」

 

 アルの指差す方向を見ると、飛空船の一隻に騎士に付き添われて乗船させられているクリスの姿があった。よく見つけたな。

『望遠』の魔法で見ると、衣服で隠れているが抵抗されないようにちょっとした手枷を付けられているようだ。力のある人間なら無理矢理抜け出せそうだが、クリスには難しいだろう。というか横に付き添っている騎士は俺たちが捕まった時に偽王の横にいた付き人ではないだろうか……? 

 幸いというべきか、俺たちが今いる位置から一番近い飛空船だ。ここからなら一番乗り込みやすい。

 

「今ならまだ間に合う……!?」

 

 そう言ってアルが駆け出そうとした瞬間、この場にあった全て飛空船のプロペラが回り出し、船体についたヒレのような物体が動いて空気を掻いた。

 それによってか、飛空船が宙へと浮き上がった。いや絶対あれじゃ船浮かばんやろ────浮いとるやろがい! と思わず心の中でセルフツッコミを入れてしまうくらいには非常識(ファンタジー)な光景であった。

 

 駆け出した俺たちが飛空船の乗り込み場へとたどり着いた時には既にクリスを乗せた飛空船はドックの外へと船体を乗り出そうとしていた。

 

「間に合わなかったか……!」

「いや、まだだ! まだ何か手があるはずだ!」

 

 そうは言うが、何か手は思いついているのか? 言っておくが俺に手はないぞ。アルかアンナがあの飛空船を撃ち落とすくらいしか思い浮かばん。

 

「………………アンナ、何かあの飛空船に飛び乗れるような魔法はないか!?」

「何その無茶ぶり!?」

 

 完全に人任せのくせに本当に無茶を言う…………で、ないの? 

 

「~~~~っ! もう、どうなっても知らないわよ……!! ────風を纏え────エアロベール────!」

 

 その詠唱とともにアルと俺は風の球体に包まれた。球体の中は無風状態だが球体上に風が吹き流れる事で保護されているのだろう。

 …………で、何で飛空船に乗り込むために保護の魔法がいるんですかねぇ……? 

 

「飛ばせるのは時間的にも精度的にも二人が限界だから、あとは任せるわ! 舌噛まないように気を付けてね────暴風よ舞い上がれ────天高く吹き飛ばせ────エアロツイスタ────―!」

 

 俺の問いにアンナは行動を以って返答してくれた。

 アンナの発動させた魔法によって生み出されたのは強烈すぎる竜巻。それが俺たちを風のベールごと呑み込み、俺たちを天高く巻き上げていったのだ。

 

 視界に映る風景が恐るべき速度で後ろへと流れていく。風のベールによって守られているとはいえ、竜巻に呑まれながら猛スピードで上空へと運ばれていくのは恐怖以外の何物でもない。というかこれは運ぶとは言わないだろうがと小一時間ほど文句を言いたいというかアイツは俺が仮にも怪我人だという事を忘れているのではないだろうかそうだろうなじゃなきゃこんな暴挙には及ばないだろうあるいはこれも俺なら大丈夫だろうという信頼の形だとでも言うつもりだろうかそれ信頼って言わないから!! 

 

 豪く長く感じたがあっという間に何かにぶつかって竜巻と風のベールが解除され、その場に身を投げ出されて地面に身体を叩きつけられた。

 

 グエー! 死んだンゴ! 

 

「っと、着いた! そっちも……大丈夫そうだな!」

 

 どこをどう見たら大丈夫に見えるんだ。真面目に瀕死だぞ。というか吐きそう……うっぷ。

 吐き気を何とか抑え込みながらも周囲を見渡すと、何らかの作業をしていた兵士たちがこちらを警戒しているその背後に青空が広がっている。

 どうやら飛空船の甲板のようだ。何とか滑り込みで間に合ったという所だろうか。

 ……というかこの飛び込み乗船、下手するとバードストライクならぬヒューマンストライクが起こっていたのではないだろうか……!? 今さらになって怖くなってきた……! 

 

 

 

「────ここまで追ってくるとはな、反逆者ども」

 

 

 

 その声とともに悠然と現れたのはエルロン────ではなく牢屋にぶち込まれた際に俺を抑え付けた騎士団長であった。

 最初に会った時に感じた柔和さを今は感じられずただ只管に冷酷さが前面に出ているように思える。お仕事モードなのか、あるいはこちらが素か……。

 

「一応聞いておこう。どういった用向きでここに?」

「クリスを助けにきた」

 

 ついでにエルロンをシバキにきた。

 

「ふむ……確かにこの船に姫様は乗っておられる。だがエルロン殿は別の船だ。残念だったな」

「クリスが乗ってるならひとまずは問題ないさ」

 

 クリスを助けた後に飛空船ハシゴしてエルロンの所に向かえばいい……それにしても、やけにあっさり言うんだな。

 

「死に逝く者に話したところで何の問題もない」

「待て! お前たちと俺たちが戦う理由は本当はないんだ!」

 

 戦闘に入るかと思われたタイミングでアルの説得フェイズである。俺はちょっと吐き気がヒドイのと腹が痛むので治癒魔法で腹の傷を応急措置し直しながら傍観している。

 

「王様は偽者だった。本物の王様はエルロンたちによってもう殺されていたんだ! お前たちがヤツに従う理由はないんだ!」

 

 アルのその言葉に周囲の兵士たちに動揺が走る。当然の反応である。あの場にいた兵士すらも皆殺しにしようとしたくらいだ。王が成り代わられていた事など本当に限られた人間しか知らされていないのだろう。

 

 

「────それが、どうした」

 

 

 ……そして目の前の騎士団長は、その限られた人間の一人だったようだ。

 

「何……!?」

「王が偽物だったとして、私には何の関係もないことだ」

「アンタ、この国の騎士団長じゃないのか……!?」

「我が忠義を捧げる相手は既に王にあらず。真に捧げるべき方に捧げている」

「エルロンの事か……!」

 

 アルの言葉に騎士団長は沈黙したまま腰の剣を抜いて切先をアルに向ける事で返す。

 

「まずは貴様から処理するとしよう。兵たちよ、お前たちはもう一人の男を相手にしておけ」

 

『は……はっ!』

 

 騎士団長の号令の下、俺の周りを兵たちが困惑しながらも距離を保ちながら囲ってくる。まさか囲まれて棒で叩かれる側になるとは思っても見なかった……

 

「くそ、やるしかないのか……!」

「安心しろ。お仲間もすぐに貴様の後を追わせてやる」

 

 そして、騎士団長とアルの剣が甲高い音を立ててぶつかった。

 


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