アルと二人で村を出て自称・冒険者(無職)になってからしばらくが過ぎた。
旅立ちの日に戦ったゴブリンライダーたちとの戦いも今では懐かしく感じる。
あのゴブリンライダーの集団は国中を荒らしまわる悪名高い集団だったらしく、その頭領である大型の狼に跨るゴブリンナイトは国から名を付けられて賞金首になっている程の魔物だったのだ。
まさか初っ端から、しかもゴブリンを相手に死闘を繰り広げることになるとは思わなかったが、最終的にアルの剣によってその首を落とされる事となった。
あの時の行商を率いていた商人ゴッフとはアレが切っ掛けで懇意となり、色々と頼り頼られの関係を築くことができた。
あの後、後ろ盾どころかこれからの展望も定まっていなかった俺たちにこれからも護衛として雇われないかと提案してくれたのだ。しかも辞めたくなったらやめてもいいという破格の条件で、だ。
事前にアルの世界を巡る自由気ままな旅をするという目的を話していたというのもあるだろうが、お人好しすぎないかとも思う。
そんなわけで厚意に甘えてゴッフたち商隊に付いて街から街を巡り、その途中で彼らと離れる事となったのだが、それでも未だにやり取りするくらいには信頼関係を築けた。今ではゴッフたちの商業圏は国を跨いで広がっているらしい。
その後も各地を転々と巡りながらトラブルに巻き込まれたりもしたが、今はまた別の新しいパトロンもとい雇い主の依頼を熟しながら世界を巡っている。
村から出た事のなかったアルもだが、村と近くの街くらいしかこの世界の事を知らなかった俺としても新たな発見が多くあり、退屈という言葉とは無縁であった。
……ちなみに余談ではあるのだが、この世界には俺以外にも転生者がいるみたいだ。それも結構な数が。
とはいえ明確に遭遇したわけではなく、過去の痕跡から転生者がいただろうという推測ができる程度のモノなのだが、これがちょっと探せば見つかるくらいには散逸している。これ明らかに前世知識の代物だろ、というモノが多数存在しているのだ。
長さや重さの単位だとか衛生観念だとかはともかくとして…………何だよ『極東から来たりし西の名忍者・義賊ハットーリくん(本名不詳)』って……どこからツッコめばいいんだ……
閑話休題。
そんなこんなで誘われて旅についてきた俺も何だかんだで楽しんでいるし、アルも心から楽しんでいるからまだしばらくこの旅は続いていくのだろう。
「そろそろ拠点について考えるべきだと思うんだよ」
……なので酒場でアルがそう口にした時には驚いたものだ。
拠点、というとどこかの街に根を生やすという事だろうか?
てっきりアルはしばらく世界を渡り歩くことを望むと思っていたので意外である。
「いやそうじゃなくてさ。どっかに根付くんじゃなくて、あの飛空船ってヤツを手に入れようぜ! で、それを拠点にするんだ!」
また人手と金とコネと幸運の必要なものを欲しがる幼馴染だ。
飛空船とはその名の通り空を飛ぶ船で、主に先史文明の遺跡から出土することのある遺物で現行文明では作る事の出来ないオーパーツの塊である。その資料的価値または戦略的価値などから現状個人での所有はできない。ほとんどの場合国が接収する事になる。
風の噂でどこかの国やら工房やらが現行技術で飛空船を再現しようとしている……なんて話もあるが、実現できているかも定かではない上に実現していてもこれまた個人で所有するのは難しいだろう。
「飛空船で自由に世界を飛び回る! 考えただけで楽しそうじゃないか!」
まあ夢物語だとしてもそれを語るアルはとても楽しそうだし、その辺りを指摘するのはやめておこう。酒の席で冷や水をかけるのは流石に気が引けた。
なので話題を変えるついでに、一つ聞いてみたい事を思い出した。
俺たちは今までただ漠然と世界各地を巡ってきたわけだが、その中でもひときわ興味を引いたものはあったのだろうか? それもまた今後の旅の指針の一つにはなるわけだし是非とも聞いておきたい。
というわけで訊いてみた。
「うーん、やっぱり一番心惹かれたのは先史文明の遺跡関連かな」
先史文明……飛空船を始めとして今の技術では再現が難しいオーパーツを生産・利用していたというかつての文明だ。
具体的にどんな文明だったのかはほとんどわかっていないらしい。
原因は不明だがこの文明が滅んだことによって人類は絶滅の危機に陥り、そんな中で何とか立ち直ったのが今のこの世界らしい。
まあ今の時代、歴史を学ぼうと思えるのはお偉いさんとか専門の学者くらいなもんだからその辺りの話が俺たちにまで降りてきてないだけかもしれない。どこまで正確な話かも疑わしいものだ。
そんな超文明を誇る先史文明の遺跡は世界各地に遺っており、それの発掘は様々な方面から需要がある。そういう意味ではアルの興味は将来の方針としては十二分なものだ。
まあアルの場合、それで飯を食っていこうと思うなら歴史の勉強が絶対的に必要になってくるだろう。
「うぐっ! そ、そういうお前はどうなんだよ? 何かやりたい事はあったのか?」
俺は……特にこれといったのはないな。だが、強いて言えば……この旅自体楽しい。いつまでも、というのは難しいだろうが、出来る限り続けられたらとは思うくらいに。
「そう言ってもらえると誘ったかいがあったってもんだ」
……何か今の俺のセリフ、ヒロインっぽくなかった?
「やめろ……やめろ……!」
話題を変えよう(露骨)
そういえば今この街に王女様が滞在しているらしい。
「王女様?」
クロリシア王国の第三王女であるクリスティーナ・クロリシア。【浄化】の
「王女なのに教会にいるのか?」
王国には彼女より上位の王位継承者たる兄弟もいるし、せっかくの才能を活かすという事も考えての選択なのだろう。何だったら降嫁なりする際にも一つのステータスにもなるわけだし。
「降嫁ねぇ……結婚相手も自分で選べないとか、俺には耐えられそうにないな」
王族とか貴族とかはそういうものだ。とはいえ、権力にせよ武力にせよ財力にせよ、力を付けるのに色々と画策するのは上も下も変わらないだろう。その手法や規模が違うだけだ。
「そういうもんか……?」
話を戻すが、その王女は今ここの領主とお付きと一緒にどこかに行っているらしい。そう遠くない内にまた戻ってくるだろうし、なんだったら出発を後らせて一目見ていく事もできるがどうする?
「別にいいだろ。それより依頼を先にこなそうぜ。遺跡とかワクワクする」
何ともストイックな。お前に野次馬根性はないのか。
「俺は貴族とか王族とかは別に興味ないし」
アルがいいのならいいのだが……ちなみに美人らしいがそっち方面でも興味はないのか?
「見た事も会った事もない女性に美人かどうかってだけで興味持つのは失礼じゃないか?」
うーん、この言動、心からの発言だから困る。どこの主人公なのだろうか。
「あ、でもお前が見たいなら別に待ってもいいぜ?」
いや、正直俺もそこまでして見たいわけではない。タイミングが合うならいいが、わざわざ待ってまでとは……
「ちなみにそのクリスティーナ王女も広義的にはシスターになりそうだけど、お前的にはどうなの?」
ふむ……さすがに姿を見た事はないから何ともいえないが、シスターというだけで少しそそられるものがある。しかし噂に聞く人柄から推測するに少し何かが足りないように感じる。何というか、包容力というか年上力というかバブみというか……そういった言葉に出来ないようなナニカが足りないような……
「うーん、まだまだ引き摺ってるのな……」
ちょっと待て、それは何の話なのか詳しく聞かせてもらおうか。
……そんな感じのいつもの酒の席だった。
◆
今回の依頼は、言ってみればお使いだ。
内容としては、とある遺跡に以前設置したらしい魔素だか何かの計測器を回収するのと、そこの遺跡から取れる魔鉱石を採ってきてほしいというものだ。
一応言っておくが盗掘ではない。その遺跡は既に目ぼしい物は調査・接収が終わり国の管理から解放された跡地だ。
こういうのは国が管理すべきだと思うのだが、国は今新しく発掘された先史文明の遺跡の調査に夢中である。目ぼしい成果を掘りつくした遺跡に人員やら予算を割いていられないという事なのだろう。
そんな国にとって価値の無くなった遺跡でも研究者視点ではまだ価値を見出せるらしく、こうした依頼は意外とあったりする。
というわけで酒場で優勝した次の日、街を出て遺跡に向かう俺たち。
無理をすれば今日中に遺跡に付けるだろうが、そこまで急ぎの旅でもないのでのんびり休みながら進む事にした。
空は晴れ、心地良い風が吹き、魔物にも遭遇しない穏やかな道のり。まるでピクニックみたいだ。
そうして日が暮れ始めた辺りで丁度良さそうな場所を見繕った後、野営地の設置をアルに任せ、俺は今日の晩飯の調達へと一旦別行動をとる事にした。
ウサギでも取れないかと思ったのだが、予想外のモノが取れたので戸惑っている。
まさかの甲殻類、蟹だ。それもデカい。形状も特殊だったし色も黒というか紫というか……正直食べられるのかわからない。正直毒々しかった。夕食は保存食で我慢する事になりそうだが仕方ない。
ただ殻は凄まじく硬かったので何かに使ったり売ったりできそうだったので持ち帰ることにする。詳しくは野営地でゆっくりと調べよう。
そう思っていたのだが……
「お、おかえり。遅かったな」
「お、お邪魔しております」
野営地に戻ると、アル以外にそこにフード付の外套で顔を隠した推定女がいた。
まさかこのタイミングで女を連れ込むとは……連れ込むならせめて時と場所を考えてやってもらいたい。
……少し席を外した方がいいか、二時間くらい?
「いや待て。何でそういう話になるんだ」
「えっと……? この方が先程お話になっていた……」
「あ、ああ。俺の相棒さ」
ふむ。何故か俺の紹介は既に終わっているようだ。どんな紹介がなされたかはわからないが、俺がソイツの相棒なのは間違いない。
それで、何故か俺を警戒しているらしいそっちの女性は一体誰なのか。そろそろ教えてもらえると助かるのだが。
「私は……クリスティーナと申します」
クリスティーナ……確かあの街にいたという第三王女と同じ名である。先日話題に上がったばかりだったが、まさか同じ名前の人物に遭遇するとはスゴイ偶然だな。
「……私が、その第三王女です」
彼女はそう言ってフードを外し、その中に隠されていた銀色の髪とその顔を晒したが……その事実に思わず絶句してしまった。
前々からずっと主人公属性の勇者ポジだとは思っていたが、まさか本当にお姫様を拾ってくるとはさすがに思わなかった。
一体どこで拾ってきたのか……元の場所に戻してきなさい。
「おい、犬猫拾ってきたみたいな言い方するなよお前」
ちなみに今回における元の場所は国である。
まあ冗談はともかく、王女なんて真面目にどこで見つけたのか。
「そこの木の洞の中にいたんだよ。そこで隠れていたらしい」
……ふむ。そこはかとなく厄介事の匂いがする。
ああ、聞きたくない……でも聞いちゃう。ビクンビクン。
どうして王女がこんな何もない森の中の木の洞に隠れていたんですか……?
「俺もそれ訊きたかったんだ。何があったんだ?」
お前もまだ聞いてなかったんかい。
「あの……その前に、一つお伺いしたいのですが……その、貴方が引き摺られているそれは……」
ああ、これは────と説明しようとした所で、話を中断して俺は腰の鉈へ手を伸ばす。それと同時にアルも傍に置いていた剣を手に取った。
「待て。何か来る……!」
気配の感じる先を注視していると、そこから現れたのは何と、先程倒して引き摺ってきた蟹と同種の群れだった。
「ひっ!?」
王女が悲鳴を上げる。もしや蟹が苦手なのだろうか? 確かにカニやエビなどの甲殻類の見た目が生理的に無理だという人もいるらしいが、王女もそうなのだろうか。
しかしまさか群れで行動する蟹だったとは……まさか一匹狩った俺の跡を追って……にしては来た方向がまた違う気がするのだが、一体……?
「いや、あれは蟹じゃないでしょう!?」
……? 蟹じゃないか。あの殻の感じといい手足の数といい鋏といい、まさしく蟹だ。
――――首があったり人に近い造形をしているという点を除けば。
つまり、人型の蟹だ。
「何ですか人型の蟹って!?」
有体に言って、魔物の一種だろう。きっと。
「とりあえずどう見ても友好的な感じじゃないなら、悪いが……!」
先手必勝と言わんばかりに振り抜いたアルの剣は、何とその強固な甲殻によって弾き返された。
「かった……!?」
言うのが遅くなったが、この蟹の甲殻は非常に硬い。並の剣じゃ刃が立たないぞ。
あと力も強い。まともに食らったら安物の防具ごと拉げかねないから気を付けろ。
「それ早く言ってくれよ!?」
まあ甲殻類の類に漏れず関節は柔いのでそこを狙っていけば問題ない。
そう言って振り抜いた俺の鉈が蟹の首を切り落とした。
「……え?」
「なるほどな。そうすればいいの、か!」
俺の言葉と見本を見たアルは同様に剣を振るい一息で蟹の四肢、いや八肢を切り落とした。
達磨になった蟹がじたばたするが、もはやどうしようもない。凄まじい速さの斬撃、俺でも見逃しちゃうね。
「……にしても数が多いぞ」
正直まともに相手していると武器が持たないだろう。だが雷撃は徹ると思う。
「なら……! ────来たれ、稲妻────!!」
振るった剣から放たれた指向性を持った雷が蟹の軍勢を貫いた。いくら甲殻が硬かろうと関係なく内部すら焼き殺していく。
「あの魔物たちを一蹴……!」
王女様はその光景を見て絶句している。アルの実力に驚いているのか、あるいは蟹の死骸の山に引いているのか……
しかし焼け焦げた臭いからして、食べられそうにない……。
「食べる気だったのかよ」
食べれそうならそのつもりだったが……やはり無理そうだ。
「というかやっぱりコイツら蟹の分類に入れちゃだめだろ。何かもっと別の何かじゃないか……?」
確かに、蟹じゃない……な。
蟹は鋏を除いて八本足でコイツらは六本足だ。これは明確な違いだ。
例えるならタラバガニとズワイガニのような関係だと言えるだろう。
では六本足の蟹は何なのかというと、蟹ではなくヤドカリの仲間に分類されるそうだ。
つまり、六本足のコイツらは……人型のヤドカリだ。
「違う、そこじゃない」
とりあえずこの蟹……ヤドカリを片付けよう。特に焼け焦げた死体の異臭がヒドイ。
一箇所に纏めて……火でお焚き上げでもしたらいいだろうか?
「火事になりそうじゃないか? あと毒っぽいから燃やしたら毒の煙とか出そうじゃないか」
かといってその辺りに埋めるのも土地が汚染されそうで怖い。
はてさて、どうしたものか……。
「────光よ、穢れを清め給え────」
ヤドカリの処理方法で悩んでいると、クリスティーナ王女の手から清らかな光が溢れ出し、ヤドカリたちの死骸から溢れ出る異臭や毒々しさが薄れ、そして消滅した。
残ったのは毒々しさや異臭の消えたヤドカリの死骸だけだった。
「今のは……?」
今のが彼女の
「おい」
冗談だ。ちょっとあのヤドカリが蟹の味がするのか気になっただけだから。
「本気じゃないか」
「────あの!」
そんな俺たちの掛け合いを断ち切り、王女は何かを決意したかのような表情を浮かべ、こちらに向き合い、口を開いた。
「……貴方がたにお願いがあります」
……その言葉に、俺は厄介事の気配を明確に感じた。