異世界転生したけどチートなかった   作:ナマクラ

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第三話

「……順を追って説明します。私は普段王都にある教会で巫女の修行をしているのですが、ここの領主から教会に依頼があったのです。『地方の遺跡より【穢れの瘴気】が発生したので何とかしてほしい』と」

「……穢れの瘴気?」

 

 簡単に言うと、よくわからない黒い毒の煙だ。

 原理も発生条件もわかっていないがそれに触れると生物として変質を起こしたり理性がなくなって狂暴になったりするらしい。放置しているとその周辺地域が人の住めない地になりかねない。瘴気を祓おうと思ったら現状では神聖魔法くらいしか対処法がないという厄介なモノだ。

 

「へぇ。そんなものがあるのか……」

 

 教会の大事な仕事の一つだぞ。何故知らないんだ神父の息子。

 とはいえ、厄介ではあるがわざわざ王都の教会にまで話がいくモノとは思えない。王都程ではないがあの街にもなかなかの規模の教会はあったし、そこの聖職者に要請すれば済む話だと思うが。

 

「概ねその通りです。ですが、今回の瘴気はあの街にいた聖職者でも祓い切れなかったらしく、より強力な神聖魔法もしくは浄化の使い手が必要になったのです」

 

 なるほど。それで【浄化】の天恵(ギフト)を持つお姫様が選ばれたと。

 

「ん? ちょっと待ってくれ。俺たち近くの遺跡に行く予定だったんだけど、別にそんな危険なものがあるなんて話聞いてないよな?」

 

 その通りである。その【穢れの瘴気】が発生した遺跡が俺たちの目的地と同じかはわからないが、この辺りの遺跡で穢れの瘴気が発生しているという話は一切なかった。というかこの辺りに他に遺跡があるという話も聞いた事がない。

 

「……困った話ではあるのですが、領主であるクチーダ卿は、事なかれ主義というか……あまり大事にしたくないと、秘密裏に浄化をしたいという希望がありまして……」

 

 臭い物に蓋をする輩なわけですね、わかります。

 

「ま、まあ早期に解決できれば問題にはなりませんし、時間もなかったので私たちもそこまで追求しなかったのですが……」

 

 そううまくはいかなかった、と……

 

「はい……実際にその遺跡に着くと【穢れの瘴気】は見当たらず、代わりにあの魔物の大群がいて……護衛としてクチーダ卿率いる兵士の方々もいらしたのですが、兵士たちもあの魔物たちの殻の硬さとパワー、そして数の暴力にやられてしまったのです」

 

 ふむ。もしかするとあのヤドカリ、【穢れの瘴気】で汚染された魔物だったのかもしれないな……。

 

「そのクチーダだっけ? 領主はどうなったんだ?」

 

 普通に考えて、お姫様を守るためにその命を散らした可能性が高いのでは? 

 

「クチーダ卿は、その……気付いたらその場からいなくなっていまして……」

 

 おっ、敵前逃亡かな? …………どうみても敵前逃亡だな。

 

「彼は、その……保身に長けた方らしいので……」

「別に無理に庇おうとしなくていいんだぜ」

 

 実際、国のトップで自分の主君の娘を見殺しにして逃げ出すとか、首が飛んでもおかしくない案件だ。もちろん物理的な意味で。つまり打ち首だ。

 主君の血筋を守る気が一切なく逃げるとは騎士の風上にも置けぬ。俺は騎士ではないけども。

 

「私はアンナ……従者の手引きで共に遺跡から逃げ出す事ができたのですが、それでも追いつかれそうになってアンナが私をここに隠れさせた後……何故か魔物たちはアンナを捕まえて引き上げていったのです」

「ちょっと待った。連れていかれた? 殺されたとかじゃなくて?」

「はい。少なくとも、アンナがその場で殺さずに連れていかれた事、それは事実です」

 

 それが本当だとすると一撃で鎧ごと兵士を殺せる力を持った魔物が、それよりも柔いはずの女性を殺さずに連れていく知能を持っていたという事になる…………あのヤドカリにそんな知能が備わっていたようには見えなかったが……? 

 

「もしあの魔物たちが【穢れの瘴気】ってヤツに侵されてたとしても、魔物は魔物だろ? 特定の人間攫ったら退いていくみたいな計画的に行動するとか、あり得るのか?」

 

 俺もそれは考えにくいと思う。魔物と一括りにすると範囲は広くなるが、どちらにせよ知能は人ほど高くない。【穢れの瘴気】に汚染された所でそこは変わらないと言われている。

 

 

 だが、実際の所【穢れの瘴気】に関して詳しい事はわかっていない。

 

 

 人間・動物・魔物問わず、生物自体に影響を与える厄災、という事は確かだが、それ以上の事は何もわかっていないのだ。汚染される事で生物として変質する以上、俺たちの予想もしない変化をしていてもおかしくはない。

 もしかすると国のお偉いさん方は知っているのかもしれないが……お姫様の横に首を振る様子を見る限り、この場で答えが出ない事だけは明白である。

 

「でも連れていかれたって事は、まだそのアンナさんが生きている可能性もあるわけだよな?」

 

 その通りだ。しかし国がそのアンナ嬢の救出に動く事は難しいだろう。

 

「何でだよ?」

 

 お姫様がここに来た理由が【穢れの瘴気】である以上、完全放置というのはないと思われる。

 ただ、【浄化】の天恵(ギフト)でも浄化できなかった【穢れの瘴気】が存在すると判断された場合、どんな手段が取られるかわかったものではない。神聖魔法の使い手を国中あるいは世界中から掻き集める、というのなら現実的に可能かどうかは別としてまだ穏当だが、それまで監視するだけに留めて手を出さない可能性も十分にある。何だったら浄化不可能と判断されて完全な隔離地域にされる可能性だってある。

 いくら一国の王家の血筋とはいえ、人類の生存圏の喪失の可能性と比べるとお姫様の救出の優先度は落ちてしまうだろう。

 救出対象がお姫様ではなく一従者ともなればさらに下がるのは間違いない。

 

「このままだと、アンナは間違いなく命を落とす事になります。その前に私は彼女を助けたいのです」

 

 助けたい。お姫様はそう口にしたが、それに軽々しく頷く事はできなかった。

 

 もちろんそのアンナという女性を助けたいという気持ちはわからなくもない。しかしこうしてお姫様が無事であるのなら、普通に考えれば従者を見捨てるのが正解なのではなかろうか? 影武者的に考えて。

 そもそもその従者が既に死んでいる可能性も十分にある。というよりその可能性の方が高い。であるなら無理に救出に向かおうとする必要性は低い。さらにそれをお姫様自らがする必要性はもっと低い。

 

 というよりもまずこんな森の中で雇われ冒険者(自称)と議論すべき内容ではない。お姫様が城に戻った上で国が動くべき事案である。領主が信用できないのならまた別の所に避難させてもいいだろう。教会経由でもいい。そっちの方が現実的だ。

 

「いやそうかもしれないけど、そういう言い方は……」

「……王女としては、確かにそうすべきなのでしょう。ですが、アンナを助けられる可能性が少しでもあるのなら、私はそれにかけたい……いえ、もっと単純に、私は彼女を失いたくないのです。アンナは、私の友だちだから……!」

「クリス……」

「このままでは彼女は間違いなく死んでしまう……! だから……お願いです……! 彼女を……助けて下さい……!」

 

 そう言って、どこの馬の骨かもわからないただの平民である俺たちに、王女様は頭を下げた。

 

 

 ……普通に考えれば、俺たちは彼女のお願いを聞く必要はない。

 

 国のことを考えれば一旦街まで連れて帰って無事を伝えた方がいいに決まっている。それだけでも俺たちは功績を認められるし、逆にこのお願いを聞けば危険に足を踏みいれることになるかもしれない、というか間違いなくなるだろう。

 

 その上で、アルはどうしたい? どうするべきだと思う? 

 

 

 

「────助けよう」

 

 

 

 …………こういう場面でこう断言できる辺り、やはり勇者らしいと思ってしまう。

 

 

 

 

 

 ……あと、いつのまにかお姫様の事を親し気に名前、しかも愛称で呼んでいるアルに軽く驚愕したのは黙っておこう。

 

 

 ◆

 

 

 お姫様の証言などを確認しながらヤドカリたちの足跡から追跡を試みる。

 故郷で狩りの手伝いをしていた時代から獲物の足跡などから移動場所を割り出す事はよくしていた。勝手は多少違うのだが、こういった追跡は冒険者になってからも何度かしていたので何とか成功した。

 その過程でヤドカリの群れ──おそらくお姫様の捜索をしている群れ──に何度か襲われて退治したりしたが、まあ問題はない。

 

 嬉しい誤算だったのはお姫様が【浄化】以外にも神聖魔法が使えた事だ。主に回復・支援魔法で攻撃には向かないが回復役としてはこれ以上ないほどの腕前だ。さすがは教会の巫女である。

 

 そうして辿り着いた先は、生い茂る木々が急に拓けて土が続いていた足場は石畳に変化し、レンガか石かで組み上げられていたりするなど、人類かあるいはまた別の存在かはわからないが、明らかに何らかの文明の手が入った遺跡であった。

 

「ここは、私たちが浄化のために赴いた遺跡です」

 

 同時に俺たちの目的地でもあった。

 

 遺跡の手前、ここから先は森が木々がなくなっているため、これ以上近付けば相手に悟られる可能性がある。

 木の上に登り、『遠視』の魔法を用いてそこからその遺跡を視認する。

 

 大分古くて朽ちてしまったのか、あるいはもともとそういう構造なのか、その遺跡は屋根で遮られている事もなく、小規模なものだったため、そこから全容を見渡す事ができた。

 

 その最奥らしき場所で、例のヤドカリたちと鎧兜を身に付けた兵士っぽい集団、そしてローブを纏った人物が、手枷と鎖によって壁面に繋がれている赤い髪の女を取り囲んでいる様子が見えた。

 

 おそらくあの手枷で繋がれている女がアンナ嬢なのだろう。聞いていた特徴にも合致する。不幸中の幸いと言うべきか、既に殺されているという事態にはまだなっていないようだ……が、力なく地面に膝を突いて半ば手枷の鎖でぶら下がっているように見える程にぐったりとしている辺り、体力はそんなに残っていないのかもしれない。

 

 少なくとも一目で体力を消耗しているのが明らかなアンナ嬢を助ける素振りを見せないのを見るに周りの連中が味方である線は消えたと判断していいだろう。

 

 鎧兜を身に纏った集団はぱっと見兵士のように見える。というか装備を見るにお姫様たちの護衛だった兵士じゃないかとも思える。ただしその鎧は明らかに致命的なまでに拉げているし、鎧兜の合間から見えるその肌は人のモノとは思えないほどに毒々しい。ヤドカリと同じような配色をしている。というかゾンビ? 

 推測でしかないが、あの兵士たちはヤドカリに殺された兵士たちの死体が【穢れの瘴気】に侵された結果なのかもしれない。それで何故動くのかは理解できないが。

 

 そして見た限り、あのゾンビ兵士とヤドカリたち以外に魔物や伏兵などがいる様子はない。そもそもローブの人物も魔物なのか人間なのか、そこも定かではない。……ヤドカリの痕跡を追跡して、実際に攫われたアンナ嬢がいる以上、あのローブが黒幕だと思うのだが……

 

 ……これに関しては今一人で考えたところで答えはでない。今すべき事に集中すべきである。

 

 とりあえず敵地の状況がある程度確認できたので一度アル達の元へ戻り、二人に俺の見解を伝えた。

 

「な、何でも出来るんですね……」

「ふふふ、自慢の相棒さ」

 

 いや何でもは出来ない。できる事だけだ。

 

 しかし状況的には拙いかもしれない。消耗はしているもののアンナ嬢はまだ生きているようなのは良い事なのだが、奴らが何の目的で彼女を生かしているのかがわからない。何が切っ掛けで凶刃が振るわれるかわかったものではない。実際リーダーと思わしきローブの人物は何やら苛立っているようにうろうろと歩き回っていたので、その苛立ちの矛先がアンナ嬢にいつ向いてもおかしくはない。

 

「なら急がないと!」

 

 まあ待て。敵の数を見るにアルだけでも何とかなるだろうが、最悪なのは俺達が突っ込んで勝ち目がないと理解した相手がアンナ嬢に危害を加える事だ。いや、まだ殺されていない事を考えれば生贄を生かしたまま儀式を完遂させる必要があるのかもしれない。ならば人質にされてこちらの動きを牽制されるのが最悪の展開だろう。

 

「じゃあどうするんだよ!?」

 

 ……対応策はないわけじゃない。上手くいくかはわからないが、やれるだけの事はやろう。

 

 

 


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