何度目かの雷光を放つ。が、結界が壊れそうな気配はいまだにない。
「くそっ……全然壊れねぇ……!」
皆が親父についていって結構な時間が経った。だが俺を囲う結界は未だに傷一つ着く気配がない。
皆が親父についていったのは少しでも情報を聞き出すためって判断だと思うし、あの三人ならもしもの時でも何とかできると信じている。だけど、それでも何かあったらと思うと、焦る気持ちが抑えられない。
それにここにいると、昔のことを否が応でも思い出してしまう。自身が持つ力を絶対視して他者を見下し傲慢に振る舞っていた子どもの頃を。
「……そういえば、子どもの頃は親父の結界を壊せていた気がするな……」
子どもの時の俺は、天恵という大きな力を持っていたせいか、我が儘で傲慢で何でもできるし何をやってもいいのだと思い上がっていた。物事の善悪すらも考えようともせずに、自分の欲求だけを判断基準にして、しかしどこか満たされずにその横暴は加速するばかりだった。
そんな幼い俺を止めたのが、アイツだった。
当時のアイツの強さは、正直大したことはなかった。
剣の腕なら村で俺達子どもに剣術を教えていた元兵士の先生の方が上だったし、魔法の腕も村の魔女の婆ちゃんの方が上だったし、単純な力も村の大人たちの方が強かった。
そして、そんな村の大人連中よりも当時の俺の方が強かった。
総合的に見れば、結界で俺の天恵を少し防げていた親父が一番マシにやり合える、というのが当時の見解だった。
だからこそ、アイツにこの場所でケンカを売られた時には、何をしたいのか理解できなかった。なんだったら、傲慢にもこう思っていた。
────お前の様な虫けらが俺の相手になるのか、と。
そんなに死にたいのなら一息に潰してやろうと息まき、そして……その思惑が叶うことはなかった。
地の利を生かせる場所へと俺を誘い出し、創意工夫を以ってこちらの攻撃を回避し、あらゆる言葉行動によってこちらの動きを制限し、最後に決定打を叩き込んだ。
実力の差は明確だった。それこそ天と地ほどの差があると、俺達自身、互いにそのことを理解していた。
その上で、アイツは俺に挑み、万に一つもなかった勝ち筋を生み出して、つかみ取った。
あの時のアイツの目が忘れられない。
アイツの決定打に対して最後の抵抗で放った天恵の奔流を前にして、内から湧き出す恐怖を呑み込み、自身の意志を貫く決意に輝く、あの目の光が、俺の脳裏に焼き付いた。
言葉にできない程の激痛とともに身体が吹き飛び、そして意識が薄れる中で、俺は思った。
天恵に頼って、ただ欲求のままに好き勝手暴れて、俺は何かを得られたのだろうか? 何かを欲して力を振るい、しかし満たされることなく、考えなしに同じことを繰り返す。この戦いでさえ、ただ力で状況を改善させようとガキの癇癪のように天恵を放っていただけで、結果状況を変えることはできなかった。改めて自身を振り返ってみれば、その姿はなんというか、ダサいというか、みっともないというか……カッコ悪かった。
対して、たとえ突出した力がなくとも、自らの意志を以って、勝ち目のない戦いを変えるために出来る限りを尽くして、なお強大な壁に立ち向かってきた目の前のコイツの方が、断然かっこいい。そう思った。
ああ、次があるなら、コイツのように……そう思いながら、意識が消えていった。
…………そして、痛みで目が覚めた。
絶対に死んだと思ったが、あれでまだ生きていることに驚いたことを覚えている。
そして必死な形相の親父が治癒魔法をかけている自分の身体を見て、これでまだ生きていることに驚いたことも覚えている。
さらに隣で寝かせられて呻き声をあげている全身包帯だらけのアイツを見て、それでまだ生きていることに驚いたことも覚えている。
その後、命に別状がない最低限の状態まで治癒できたあと、親父からなんとも言えない表情で二人揃って説教され、再度親父が治癒魔法が使えるようになるまでそのまま大人しくしているように言われた。
そうして安静にしている間、身動きが取れない窮屈さや痛みと戦いながら、気を紛らわせるために同じ境遇のアイツと話した。
何を話したかまではちゃんと覚えていないが、お互いの勇者のイメージについてが話題になった気がする。
誰もが憧れるカッコいい存在といえば、やはり物語に出てくるような勇者だろう。俺にとっての勇者はあの時のアイツだが、アイツが憧れる勇者ってのはどういう存在なのだろうか。どうせだったら、俺が憧れるアイツが憧れるような、そんな奴になりたい……そう思った記憶がある。
だからこそ俺は、昔の俺のように、天恵に頼りすぎないように、本当の強さを手に入れたくて……
「……ん?」
と、記憶を振り返っていく中、ここで自身に疑問を抱いた。
あの時の会話の内容を覚えているわけではないが、アイツが語っていた勇者像に天恵に頼らないなんて条件はなかったはずだ。
なのに俺は、勇者を目指すのに天恵を頼らないなんて考えに至ったのだろうか。
そう自問して、その答えは思っていた以上にすぐに思い付いた。
「……そっか。昔の俺を、思い出したくなかっただけか」
あの時のアイツのようになりたくて、アイツの言う勇者のような人間になりたくて……そんな理想像からかけ離れた昔の俺には戻りたくなくて、昔の俺があんな振る舞いができた理由を考えて……気付けば天恵を全力で使うことを無意識のうちに忌避していた。
こうなりたいという理想が、いつの間にか、かつてを振り返らないための言い訳へと変わっていた。
アイツだったら、使えるものは何でも使うくらいの気概はあったはずだ。なんだったら俺に対してもっと天恵を鍛えろってアイツ自身が言ってたじゃないか。
「そうだ……天恵も、昔の俺も、俺なんだよな」
目を瞑り、呼吸を整え、気持ちを落ち着ける。
天恵を制御する。できるだけ出力を上げるように、ではない。
かつて、傍若無人に天恵を振るっていたあの頃のように……できるだけ、なんて考えもなく、出したいと思うがままに雷光を垂れ流していたあの頃のように……
あの頃の感覚を取り戻す。そしてその力の発露による破壊の快楽に、理性を呑み込まれないように意識を制御する。
天恵に、力に意思はない。あくまで能力であり道具であり手段だ。かつてのように自分の欲求のためだけに使うのか、あるいは他人を助けるために使うのか……どう使うかは、あくまで俺次第だ。
そして意識を、その手を上空へと向ける。万が一にも周囲に被害が及ばないように。
そして俺は、天恵を解放した。
◆
アルの昔話を聞いて、神父とも少し打ち解けた所で、クリスは少し疑問に思った事を聞いてみた。
「それにしても村に『悪鬼雷童』なんて昔話を広めるのはどうなんでしょうか……? アルが悪いとはいえ、後世まで伝わる形にしなくても……」
「ああ、それに関しては仕方のない事情もあるのですが、これまた彼が関わっていまして……」
「何やらかしたのよアイツ……」
「いえ。やらかしたのは彼ではなくですね……その一件のあと、事情を知った村長がこれらの一連の経緯を脚色した上で実話の英雄譚として村人に吹聴しまして……」
「は?」
「小さい村ですからね。私や彼がそれを知った頃にはもう村中に広まっていまして」
「広めようとして広めている輩がいるのだから当然そうなるだろうな」
神父曰く、村長としても村の脅威だったアルが無力化されて平和になったという事を村の皆に喧伝しなければならなかったという面もあったのだろうとのことだ。
「村の人を安心させるためだからって、脚色までして広めなくても……」
「村長曰く、昔に吟遊詩人を目指してた頃を思い出してやっちゃったぜ、とのことです」
「バカなの?」
「一発殴るべきでは?」
「安心してください。もう殴りました」
それはそれとしてもやりすぎではあった。
「私たちもさすがにこれはあんまりだと思い、さてはてどうしたものかと考えた結果、すでに広まった話を物語として上書きしてしまえと、彼が作り直して広め直したものが『悪鬼雷童』という童話です」
「何やってんのアイツ?」
「人の口には戸が立てられないといいますが、広まるのが止められないなら少しでも軌道修正してしまえばいいじゃないか、と。ほら、木を隠すなら森の中というでしょう?」
「そうはならなくないですか?」
「それ、火事を何とかするために別の火事を起こしてない?」
しかし実際にそれで何とかなっている以上、納得するしかない。
「聞く人が聞けば『雷童』のモデルがアルであることは明白なのですが、物語の中で登場人物の名前が出てくることはありません。あくまで『雷童』を『勇者』が嗜めるお話として収めています」
「まあそれならよくある物語の範疇ではあるわね……」
「あと、噂ではなくあえて童話・物語にしたことにも意味があるのではないかと思っていまして。これからの村の道徳の教材として、さらには大人たちに向けても、人は変われるのだと、アルは変わったのだと、伝えたかったのではないでしょうか。本人に訊いたら「作者の人そこまで考えてないと思うよ」なんて返されましたが」
「多分それ本音ですよ」
「でしょうね」
「だろうな」
「ふふ……そろそろ新しいお茶を淹れてきましょうか」
「あっ……」
話に夢中になっていたからか、気付けば全員のコップは空になっていた。
「それに、きっとそろそろ……」
ポットを手に立ち上がる神父がそう口にしたその時、大きな音を立てて扉が開かれた。
「――――やってやったぞ、親父ィ!! さあ、さっさと話してもらうぞ!!」
「あ、アル!」
「おや、ちょうどいいタイミングですね。ちょうど新しいお茶を淹れようとしていた所ですよ」
「お疲れ様。あの結界、本当に一人で壊せるのね」
「私としてはもっと早く来るものかと思っていたが……」
「…………三人とも、親父とちょっと打ち解けすぎじゃないか……?」
何か釈然としないアルであった。
◆
お茶を淹れ直した所で、神父はアルたちに対して話し始めた。
「では改めまして、私の名はトーマス。お察しの通り、かつては星光教会にて枢機卿候補として所属していた者です。今はトムと名乗っております」
「やっぱり……」
「親父……」
ついに目の前にいる神父が、エルロンと関わりのあったトーマスであったことが明言された。半ば気付いていたもののこうして本人の口から明かされたのは、アルにとって少しばかり複雑であった。
「……とはいえ、私自身、あなたたちが私を訪ねてきた理由に心当たりがないんですよね」
「は?」
「いえ、私自身を過去の罪状か何かでどうにかしに来た、とかならまだわからなくもないんです。ただ、先ほどの口ぶりからしてエルロンが関係しているのは推測できますが、だからなんだという話でして……私自身20年近く村の中でしか関わりがない中で、世間で何が起きているのかなど、全くわかりません」
「というわけで、先程は意味深なことを色々と言いましたが、実際私は何かを知っているわけではありません。貴方たちがどういう騒動に巻き込まれているのかも、何を知りたいかもわかっていません」
「親父ぃ……」
「とはいえ、先にそちらの事情を聴いた結果、余計な先入観で語るべきことを語らない、という事態は避けたい所なので、まずはそちらの事情は聞かずに簡単にそれらしい所を語っていこうかと思います」
まずは私の過去、トーマスの来歴から話していきましょう……と改めてトム神父は語り始めた。
「かつての私は、野心に溢れていました。元々孤児だった私は、引き取られた孤児院の縁によって星光教会の教えに帰依することとなりましたが、正直教えに対してはそこまで熱心とは言えませんでした」
「ええ……?」
「枢機卿の候補にまで選ばれていたのに、ですか?」
「ええ。当時の私としては何でもよかったのです。教会にせよ、国にせよ、商会にせよ、権力を手に入れられるのであればね。その甲斐あってか若くして枢機卿の候補に選ばれるまで成り上がれました。次に目指すべきは次期教皇の座だと考えていましたよ」
温和な笑顔を浮かべる神父からは想像もつかないほどに大きな野望が語られて、そして二十年程前に実際にそれが狙える地位に就いていた事実にアルたちは驚きを隠せなかった。
「とはいえ成り上がりの私に後ろ盾などないに等しく、その状態で次期教皇になろうと思えば誰から見ても明確な功績が必要で、その功績を奪われないためには力が必要だと考えた私は、そのどちらも手に入れるために先史文明に目を付けました。当時は世界的に見てもあまり先史文明遺跡の発掘・解析に積極的な勢力は少なかったというのもあり、競合相手もいないというのも好都合でした。目標を掲げ、計画を立て……しかし中々話はうまく進みませんでした」
「どうしてですか?」
「触らぬ神に祟りなし、というヤツです。先史文明という未知の存在を、無理に掘り返して今の平穏を崩す必要はないだろう……といった考えが世間ではあったのです。そんな中で私に出資してくれる奇特な存在も現れるわけもなく……それでも諦めきれなかった私は、『未知で危険なものであればこそ教会の主導で対応すべき』などとそれらしい理屈を並べて主張し、何とか計画を進めることに認可を得たのです」
「そんな世間の情勢でよく認可が下りましたね」
「渋々といった感じでしたがね。とはいえ教会の認可さえ得られれば世間の風評などどうとでもなります。ブランデルク家のような発掘後の利権を嗅ぎつけた各国の貴族たちを見定めて出資を願い、調査チームを組織する所までかぎ付けました。その過程で教会から一人、チームに加入してきたのがエルロンです」
「エルロン……!」
「エルロンは実直で清貧を好み、権力にあまり興味を持たない男でした。故に野心溢れる私のお目付け役として付けられたのでしょう。私が行き過ぎた行動をとった時のブレーキ役として」
「ブレーキ役、ねぇ……」
トム神父の説明に軽く相槌を打ちながらも、あまり得心はいかなかった。
アルたちが知っているエルロンという男……愚物を演じていたらしい姿と、本性を現した姿、そのどちらをしてもブレーキ役として機能する姿を、あまり思い浮かべられなかったからである。
「いくつかの遺跡を調査し、その実績でさらなる後ろ盾を得て、というのを繰り返すことで私は順調に権力を握っていっていた辺りのことです。王国で新たに見つかったという遺跡へ、本格的な調査の前に個人的に視察に行ったのです」
「個人的に……?」
「王国への用事のついでですね。状況を軽く確認して調査団の規模をどうするかの参考に、と思ってだったのですが……そのタイミングで、何が切っ掛けだったのか、どうやっても開かなかったという遺跡の入口が開きまして……」
「は?」
「そんな都合のいい事があるの?」
「当時の私もそう思いましたが、しかしそれよりもこの機会に調査をすべきだと判断して、遺跡の中に入りました。そして、驚愕することになりました」
「驚愕? 今まで何度も先史文明遺跡は調査してたんだろ? そんな驚くようなことでもあったのか?」
「確かに私はそれまでいくつかの先史文明の遺跡を見てきました。しかし、その遺跡の中は、それらとはまったくの別物でした。見た事のないような金属で作られた床や壁、ガラスとは違う透明な板……今まで見てきた遺跡とは物が違う。明らかに文化・文明のレベルが違っていました」
トム神父の説明で、アルたちの脳裏にエルフ大森林の罪禍の塔やグントー諸島沖の空中要塞が思い浮かんだ。おそらく当時トム神父が足を踏み入れたのはこれらと近しい遺跡だったのだろう。
「それでも私は奥へと足を進めて、奥にあった部屋へと入りました。そこで、信じられないものを見つけたのです」
「信じられないもの?」
「管のような物が繋がれた、棺のようにも見える金属の箱がずらりと。そして箱の蓋に当たる部分はガラスのように透明で中身が見えました。中に入っていたのは……胎児の遺体です」
「な!?」
「あれらが本来どのような用途の装置だったのか、わかるはずもありません。ただ当時の私からすれば、あれだけの数の胎児をあのような鉄の棺に押し込めるなど、正気とは思えなかった。あれが本当に棺で、あの場が墓であると考えた方がよっぽどよかった」
「そこで私は思い至りました。先史文明とは決して開けるべきではない禁断の箱だったのではないか……と」
「狂気とも思えるその光景に、私は他の部屋も見て回りました。そこでも同様の光景が広がっており、さらに他の部屋へと向かい……それを繰り返していく中で、ある物を見つけました」
「同じような光景が続く中で、一つだけ光を放っている棺を見つけたのです。近付き、手を触れるとその棺は開き、中には生きた赤ん坊が寝息を立てていました」
「赤ん坊……!? 遺跡の中にずっといて何で生きてたんだ……!?」
「わかりません。ですが実際にそこに赤ん坊がいたのは事実なのです」
可能性だけで考えれば、誰かが捨てた赤ん坊と考えるのが普通だろう。だが、今まで中に入れなかった遺跡にどうやって入ったのか、もっと言えば街から離れた遺跡にわざわざ赤ん坊を捨てに来るのか、という疑問も浮かんでくる。
となると、常識では考えにくいが、今までずっと遺跡の中で生きていたとしか思えなかった。
「その赤ん坊が眠るその棺には文字が刻まれていました。かすれて完全には読めませんでしたが、拙いながらもなんとか解読を試みた所、このように読み取れました────『アルフォンス』と」
「ある、ふぉんす……?」
その聞き覚えのある、否、聞き覚えしかないその単語に、思わず耳を疑った。
「その赤ん坊こそが、貴方です。アルフォンス」
「…………は?」
その養父からの宣告に、当の本人は間の抜けた声を漏らしたのだった。