養父の口から語られた予想外の事実に、言葉が詰まる。
「い……いやいや待て待て。親父、俺のことは近くの森の中で拾ったって言ってたよな?」
「あ、それは嘘です」
「嘘!?」
混乱の中でようやく出てきたアルの言葉に、養父は何でもないようにそう返した。
「私の過去も隠さないといけないのに、こんな遺跡でのトンデモ話を話せるわけがないでしょう。というかこの事を誰かに話したのも初めてですよ」
そう言って笑う養父に、それはそうなんだけど……と、理解はできるが納得したくない複雑な感情がアルを苛んだ。
「しかし、てっきりアルの出自の謎についても関わってきているのかと思いましたが……違ったようですね」
エルロンの最期の言葉に、それらしい言葉があったのを思い出した。
『やはりその身は、あの時の、『彼の方』の────!!』
「もしかして、エルロンが口にした『あの時』ってのは、まさか……」
「……多くの遺体が並ぶ謎の遺跡の中で、ただ一人だけ生き残っていた、謎の赤ん坊。わけがわからないことだらけで混乱していた時のことでした────エルロンが現れたのです」
◆
「────何かが、おかしいと思っていた。だが確証はなかった」
赤ん坊を見つけて、さらなる混乱に塗れていた私の背後から現れたのは、教会のお目付け役で先史文明の調査チームに参加していたエルロンだった。
どうしてここにと疑問に思うも、私と同じように王国での用事のついでに立ち寄ったのだろうと納得する。
しかしそれよりも、その時のエルロンの様子は、どこかおかしかった。
「だからこそ、それらしいものに縋るしかなかった。これこそが主の教えだと、正しき教えの系譜なのだと、信じ込もうとしていた……」
その言葉が何のことを指しているのか、私にはわからなかった。だがエルロンはそんな私を気にする様子はなかった。私の理解などどうでもいいように見えた。
そこで、この語り口が誰かに聞かせるものではなく、自身で再確認するためのものなのだと気付いた。
「だが違った! 違ったのだ!! 私の抱いていた違和感は、正しかった! それを! 今! 確信した!! ああ、感謝するぞ、トーマス! 私の勘違いを、過ちを、正しさを! その確証とともに示してくれたのだから!!」
私に対して感謝を述べているが、未だにエルロンは目の前の私に意識を向けていなかった。その意識が向けられているのは、彼自身の内側か、あるいは目に見えない何かか……。
「だが、だからこそ湧き出してしまうものがある……! おお、主よ! 神よ! この愚かな私の、傲慢なる思い上がりを、お許しください……!」
そこまで言ってようやく、エルロンは意識を明確に私へと向けた。
「その赤子を、私に渡すのだ。そうすれば君のことは悪いようにしないと約束しよう」
その言葉に、そして私に向けられる敵意に、未だに混乱していた私の脳が、生存のために思考を回すべく、急速に冷えていくのを感じた。
今のエルロンの様子を見て、言動からして、この赤ん坊は渡したら碌な目に合わないだろうと強く感じた。
だが、この要求を拒んだとしても力尽くで奪おうとしてくるだろう。
赤ん坊を渡した所でこちらに危害を加えないという保証もないが、この場は見逃される可能性は0ではなく、さらに赤ん坊という枷を自身から相手に付けられると考えれば、いざ逃走を図る場合にもプラスに働くだろう。
であれば、この場は要求を呑んで自身の安全を確保するべきだ。何せ、縁も所縁もない赤ん坊がどうなろうと、私には何の関係ないのだから。
「……成程、拒むわけか」
……しかし、気付けば私は、エルロンから両腕で抱えた赤ん坊を庇うような体勢を取っていた。
自分の行動に自身でも不思議に思いながらも、何故か私は子供の頃を、何の力もなかった孤児の時代を思い出していた。
捨てられ、孤独で、満たされず、奪われていた、無力だったあの頃に戻りたくない一心で、今まで走り続けてきた。
他者のことを気遣うこともなく、ただひたすらに自身のためだけに、生きてきた。
あの頃と比べて精神的に余裕が生まれて、行動理念にいくらか綺麗事やら建て前やらが装飾されたとはいえ、自身の理念の根底を突き詰めれば、それ以上のことはなかった。
それなのに何故だろうか。それと同じくらいに、腕の中の小さな命を、今のエルロンに渡してはならないと、強く感じていたのだ。
◆
「……おかしな話です。今まで他人のことなど二の次だったというのに」
そう呟く神父は軽く息を吐く。
当時の彼の心情を知る術はもはやない。しかし当時を語る養父の表情が、彼の根底にあったのが自己愛だけではなかったのだと物語っているように見えた。
「それから、どうなったですか?」
「その後のことは……あまり覚えていません。エルロンから逃げることで精一杯でしたから」
「赤ん坊の俺を抱えたままでよくエルロンから逃げ切れたな」
歳を取り、肥えていた所から鍛え直したばかりのエルロンですら、あれだけ苦戦を強いられたのだ。であれば当時の若く鍛え上げられた、全盛期のエルロンがどれほどの脅威か、アルには嫌と言うほど理解できた。
「運がよかったのが一番の要素ですが、私の得意としていた結界術がエルロンの徒手空拳に対してうまく機能したのも幸いでした」
「あの猛攻を結界術で何とかできるものなんですか?」
「間合いに入られたらどうしようもなかったでしょうが……近付かれる前に結界術で進路を塞いだり隔離したり、相手の動線を誘導したり……やりようは様々です」
簡単なことのように口にするが、それをエルロン相手にするのがどれだけ難しいかを理解しているアルとクリスは信じられないモノを見るような目で養父に向けていた。
当時の養父は戦闘においてもなかなかにやり手だったのかもしれないと、認識を改めた。
「ただ、遺跡からの脱出に手間取ったのもあり、ようやく脱出した時には瘴気の流出やらを私のせいにされ、社会的信用・地位を失っていました。枢機卿候補から一転して犯罪者です」
「あの遺跡の瘴気はそういう経緯で……」
「話を聞く限り、エルロンの仕業だろう。神父殿を陥れるためか、他に理由があったのかまではわからんが」
「そして犯罪者となった以上、検問が置かれるだろう近くの街や街道を通るわけにもいかず、道なき道を彷徨い歩き……偶然、運よくこの村に辿り着いたわけです」
「偶然って……じゃあこの村のことを知っていて逃げ込んだわけじゃなくて、逃げている中でたまたま見つけたって感じなのか」
「何だったら土地勘すらなかったですからね。ほとんど行き倒れみたいなものでしたよ。いやぁ本当に運がよかった」
「思っていた以上に行き当たりばったりだったのだな」
「何と言うか……肝が据わっているというか……」
「その後は、村の一員となる代わりに当時老齢だった神父の跡を継ぐ形で教会の管理を任され、外界に出ることもなく今に至る、というわけです」
私が語れる所としてはこんなところでしょうか、と養父は話を締めくくったのだった。
◆
「うーん……わかった事は色々あるけど、結局、エルロンの目的や変貌の理由が具体的になんだったのかはわからないままね」
「だが奴が変貌したであろう切っ掛けは、例の遺跡にあるのは間違いない」
「ならその遺跡を調査するっていう方針は変わらないな」
予想外にアル自身の出生に関しても話がでてきたが、エルロンの目的にどう関係しているのか、そもそもその話自体が理解に苦しむ内容だったので一旦わきに置いておくことにした。
その上で、やはり例の遺跡にこそエルロンが変わった何かがあると確信した。
「……そうだ。親父、頼みがあるんだけど」
「なんですか?」
「アイツの墓をこの村で建ててくれないか」
「彼の墓を、この村にですか」
「アイツの遺体は回収できなかったけど、だったら墓くらいは故郷のこの村で作ってやった方がいいんじゃないかって」
遺体がない以上、どこかの共同墓地に、というのもそもそも難しいだろう。であれば所縁のあるこの村に墓があれば、確かにアイツが生きていたという標を残せるんじゃないか……アルはそう漠然と考えていた。
「……彼の墓を建てること自体は構いません。ですが、正直私はまだ彼の死を村の人に伝えるべきではないと思います。彼の遺体がないのならなおさらです」
「……何でだよ」
「この村の、正確に言えば大人たちの中で、彼の存在は未だに大きい所があります。村長などは自身の後釜に、なんて考えてた時もあったくらいですし、お前と彼が村を出ていく時も不満の声がなかったわけではありません。そんな彼が旅の中で死んだとなると、村人のショックは大きく、その矛先がお前に向きかねない」
「何故そうなる? あやつが死んだことはアルの責任ではないだろう?」
「残念ながら、人というのは行き場のない激情を抱いた時、近くにある無関係なものにぶつけてしまうものなのですよ」
『村の英雄』の死という悲劇によって村人たちの中にぶつけどころの怒りや悲しみが生まれるのはどうしようもない。その捌け口として、村人の敵意がアルに向かう可能性が高いだろうと養父は語る。
「今のお前に、この村の理不尽な不満を受け止められますか」
「……っ」
彼の死で激情を抱いているのはアルも同じ……いや、それ以上だろう。そこに村人からの理不尽な感情の捌け口になってやれるほど、アルの心に余裕はないことは自身が理解していた。
「だから、今お前が関わっているその騒動に決着をつけてから、改めてお前が建てに来なさい。場所は空けておきます。もちろんその時は私も手伝います」
「……わかったよ」
アルの返答を受けて微笑む養父を見て、なんだかんだ言いつつもやはり彼はちゃんとアルの父親をしてきたのだなと、クリスたちは納得していた。
「そうだ。遺跡といえば、王国のブランデルク家を調べてみてはどうでしょう?」
「ブランデルク家?」
「私が教会にいた時に遺跡調査などのために資金提供や人員派遣など、多くの協力をしてくれた王国の貴族です。特に当主の弟君が先史文明に造詣が深く、私は当然のこと、エルロンとも交友を持っていたはずです」
つまり、そのブランデルクの人間が今もなおエルロンと何らかの繋がりを持っている可能性がある。何だったら同じ思想で動いている可能性すらも。
王国の貴族であるならクロードに頼んで調べてもらうこともできそうだな、などとアルが考えていると、何かに気付いたようにクリスが声を上げた。
「あっ! 思い出しました!」
「どうしたんだ?」
「どこかで聞いた覚えがあったのですが、ブランデルク家ってモーティスさんのご実家です!」
「何? つまりモーティスの身内がエルロンと繋がりがあった、と……?」
「……というか、先史文明の造詣に深い、当主の弟って、あの人のことじゃない……?」
「じゃあ親父やエルロンと一緒に遺跡調査してた貴族って、爺さんかよ!」
「どうやらもう知り合っていたようですね」
モーティスがエルロンと交友があったことは、まだ可能性でしかないが、大きな意味を持つ。
事実、モーティスは『失踪したトーマス』のことは知っていたはずだが、そのことに何も言及せず黙っていた以上、疑いの目は向けざるを得ない。
最悪、こちらの情報を敵に流していた内通者である可能性すらもある。
「どうやら早急に知っていることを吐かせる必要があるようだな……!」
「お、お手柔らかにしてあげてくださいね……」
「それはあちらの態度次第だな」
ミラの意見は過激に聞こえるが、アルもアンナも概ね同じ意見だった。少なくとも一刻も早くグントーにて飛空船に残っている面々にこの情報を共有して、モーティスに事情を確認してもらう必要があるのは確かだった。
「もう行くんですね」
「……ああ」
「親としては少しくらいゆっくり……と言いたい所ですが、ここで止めるのも無粋ですね。落ち着いたらまた帰ってきなさい」
「ああ……いってきます」
「ええ、いってらっしゃい」
◆
養父に見送られながら村の教会から足早にスカルフォーザへと戻ってきた一行は、飛空船に残っている面々にモーティスのことを伝えようと、通信機器を起動するが、そこで一つの疑問が浮上した。
「とはいえ、みんなにはまずどう伝えたらいいだろう?」
モーティスが本当に敵側の人間だった場合、一刻も早く伝えて対応してもらう必要があるが、違った場合はそれが仲間同士での不信の種になる可能性もある。
「とりあえず飛空船に残っている者にモーティスを捕縛させればいいだろう」
「ま、まだクロと決まったわけじゃないのに、そんな手荒にいいんでしょうか……?」
「うーん……違ったらちゃんと謝ろう。爺さんならわかってくれるさ」
「そういう問題かしら……」
とはいえ変な気遣いで手をこまねいて後手に回るのも馬鹿らしいので、とりあえずモーティスを捕縛してもらって話を聞くという方針で伝えることにして、飛空船へと通信をかけることとなった。
『────えーっと、これでいいんだっけか? こちら、飛空船です』
「こちらスカルフォーザだ。この声は、テルか」
意外にも通信に出たのは機器の操作に不慣れな様子のテルだった。
『ちょっと人が出払ってて周りに出られる人がいないんだ。わざわざ通信をかけてきたってことは、アルの故郷で何かわかったのか?』
「ああ、その関係でわかったことがあってな。モーティスに話を聞きたいからとりあえず他の人と一緒に捕らえてくれ」
『えっ、モーティスを捕らえろって……どういう……?』
こちらからの突然の指示に、戸惑うテルに簡単に説明しようとした時だった。
『────なるほど。どうやら知ってしまったようだネ』
通信先から、テルではない男の声が聞こえてきたのは。
「えっ、この声は……爺さん!?」
『え……え……!?』
「テル! モーティスから離れろ!」
『ちょっ、何を……っ!? うわっ……!?』
「おい、テル!? どうした!? 何があった!?」
そして、通信が途切れた────
6/20『異世界転生したけどチートなかった』書籍版第二巻が発売予定です。よろしくお願いします。