飛空船からの通信が途切れた。最後に聞こえたのはモーティスの声と、驚くテルの声。何が起こったのかは想像に難くなかった。
「今すぐ飛空船へ行ってモーティスを……!」
「落ち着きなさい! 私たちが今から向かっても時間がかかりすぎるわ!」
「くっ……ならばどうすればいいというのだ!」
「それは……」
「とりあえずもう一度通信を! もしかしたら他の方が通信音に気付くかもしれません!」
クリスの提案によって再び飛空船に通信をかけるが、反応がない。近くに通信に出る者がいないのか、あるいは通信機器が壊されたのか……それを確かめる術はなかった。
「……一度飛空船まで戻ろう。移動の足がない以上、モーティスもあの島から出ることはできないはずだ」
アルはそう口にしたが、それがあくまで希望的観測にすぎないことに気付いていた。
問題はテルの安否だけでない。正体がバレたモーティスを回収しにきた敵によって、ニアやゴッフを始めとした飛空船に残っている仲間たちが襲撃を受ける、あるいはすでに受けている可能性すらもあった。
しかし通信が繋がらない以上、まだ無事であると信じることしかできることはなかった。
「他の人にもこの事を伝えるために誰かが出るまで通信を続けよう」
「無事でいてくれ、テル……!」
こうして、スカルフォーザの針路を再びワダツミへと向け、飛び立った。
◆
それから休むことなく空を飛び続けて、ワダツミに停泊している飛空船へと戻ってきた。
通信が再び繋がることはなかったが、周囲や改修された飛空船の様子を見るに、ひとまず襲撃などはなかったようだ。
「なんだ、早いお帰りじゃないか。そんなに急いでどうしたというのだ?」
スカルフォーザから降りたアルたちを出迎えたのは、船に荷物を運び入れるよう指示を出していたゴッフであった。
「テルの奴はどこだ!?」
「テル? テルならモーティスと一緒に船内の通信機がある部屋で……」
ゴッフの言葉も半ばに、ミラを先頭にアルたちは通信機の部屋へと駆け出す。途中ですれ違う仲間たちが何事かと見てくるが、気にすることなく走り続ける。
「モーティス! 貴様ッ……!」
その勢いのまま開けた通信室の扉の向こうに見えたのは────機械を前に正座で何かの作業をさせられているテルとモーティスの姿だった。
予想外の光景に、怒り心頭だったミラも判断がつかずに動かなくなってしまった。
「えっと……どういう状況だ?」
戸惑うアルたちを見て、モーティスとテルは作業の手を止めて落ち着いた様子で釈明を始めた。
「あー……その前に、誤解されたままだと困るからまず伝えておくけど、僕はそもそも敵じゃないし、キミ達と敵対するつもりもないからネ」
「それと、僕は無事だよ。というか何もされてない」
「言っておくけど、通信切れたのはテル君のせいだからネ。驚いた拍子に通信機を壊しただけだから」
「だって今まさに危険かもって言われたヤツがいきなり背後に現れたらびっくりするだろ!」
「その結果、ニア君の怒りを買って、罰として二人で通信機の修理に勤しんでいるというわけサ」
「……それ、素人にさせることじゃないだろ」
ニアからは一応設計図は渡されたらしいが、それだけを頼りにして自力で直せというのは無茶が過ぎる。おそらく罰としての側面が大きいのだろうとアンナは推測した。だがその罰のせいで今まで通信が繋がらなかったのはやめてほしかった。
しかしこれで通信が繋がらなかった理由も判明した。モーティスの言を信じるならば、この場に危険など迫っていなかったのだ。
「……状況は、理解した。だが話は詳しく訊かせてもらうぞ、モーティス」
「こうなった以上仕方がないネ。できる限り答えようじゃないか」
とはいえモーティスへの疑念が晴れたわけではない。責めるように向けられるミラの鋭い視線を、当の本人は普段通り余裕すら感じられる様子で受け止めていた。
「そもそも、どうしてトーマス神父の話が出た時に面識があるって話さなかったんですか?」
「色々と理由はあるネ。まずアル君の御父上が本当に僕の知るトーマス殿だとは限らなかった。面識があったとはいえ、そこまで親しかったわけでもなかった。それになにより……」
「なにより?」
「もし言ってたら絶対僕が疑われるじゃないか」
「当たり前だろ」
「言わなかったから、より疑われてるのよ」
釈明のはずの言葉によって、モーティスへの非難の視線が強くなった。
「じゃあエルロンや親父について爺さんが知っていることを教えてくれ」
「いいとも。とはいえ、僕としては知っていることは殆どないのサ」
「知っていることがないだと?」
「当時のトーマス殿もエルロンも、先史文明……というより歴史に興味がないっていうのがありありと感じられたからネ。もちろん仲良くはしていたけど、お互いに仕事上の付き合い、社交辞令な面が強かったのサ。まあそれでも感謝はしているヨ。動機がどうであれトーマス殿が動かなければ、僕も先史文明を調べることもできなかったからネ」
「調べることもできなかった? どうしてだよ?」
「どうしてって、そういう時代だったのサ」
そう言って、当時の背景の説明も兼ねてと、モーティスは自身についても語り始める。
「僕は王国貴族の三男坊でネ。幸運なことにかなり自由な立場だったのサ。跡継ぎの長兄も、もしもの時の予備である次兄もともに健康で、家族仲もとてもよく、経済的にも裕福な家だったからネ。貴族として礼節やら教育はもちろん受けたけど、家名に泥を塗らなければ好き勝手できた。その過程で歴史探求にハマっていって、先史文明に行きついたんだ」
その文明の存在は確認されているにも関わらず、その内訳はほぼほぼ未解明であった。確認はされているのに調べれらていない……何故なのか? 気になってしまうというのが人の性である。
「でも当時は国も教会も、先史文明にはあまり触れない方がいいって風潮でネ。調べたくても調べられなかったんだ」
いくら貴族として好き勝手ができたと言っても、さすがに一人で遺跡発掘は無理であるし、チームやプロジェクトを作ろうにもそこまでの権力や財力は貴族の三男になかった。家に頼るにもさすがにその限度を超えていたことも理解していた。そもそもとして先史文明解明の計画を立てることすら、世間として許されない空気があった。当時のモーティスにできたのは、当時判明していた薄っぺらい内容の先史文明史を繰り返し見返すことだけだった。
「そんな時に、教会から公式で先史文明の遺跡発掘を主眼においた調査の話が出てきたのサ。ならさ、そりゃ飛びつくよネ。すぐさま親兄弟を言いくるめて資金とコネを手土産に参加したネ」
他ならぬ教会が是としたのならば、ハードルは一気に下がる。さらにその教会が調査を計画しているのならば、家を巻き込む大義名分もできる。飛び込まない選択はなかった。
「そこからは順調だったヨ。多くの遺跡を調査して、先史文明の謎を明かしていくのは快感だったヨ。このまま全貌を解き明かせるんじゃないか、なんて思ってた時だヨ。ササンカの遺跡で【穢れの瘴気】が大量発生したのは」
「ササンカの遺跡……!」
「ササンカの遺跡での瘴気発生の影響は大きくてネ。主の怒りに触れた、なんて戯言も出たりして、教会主導の研究プロジェクトはそこで頓挫しちゃったのサ。だから僕は今までの功績を引っ提げて魔導都市に移ったんだ。魔導都市は知識に関しては寛容で貪欲だから、実績があれば資金やら人材やらも出してもらえると踏んでネ」
「教会が手を引いた以上、魔導都市も手をこまねく可能性の方が高かったのでは?」
「一度教会からのお赦しがでて調査結果も出ていた時点で、時代の考えは変わっていたし、それ以上に魔導都市の知識欲がもう一度お預けに我慢できるとは思えなかったからネ」
「それで、エルロンや他の関係者とはそれ以降何もなかったと?」
「一応エルロンも遺跡調査に動いてはいたみたいだけど、研究のためというより金集めのためのものに移行したように見えたから、そこで彼との関係も途切れたネ」
僕から説明できることはこれで全部だネ、と一旦締めくくったモーティスの言葉だが、虚偽らしきものは感じられなかった。少なくとも矛盾らしい矛盾はないように聞こえた。
「だが、今の言葉が本当だったとして、それが貴様が先史文明の解明のために彼奴らに付いた可能性の否定にはならんぞ」
「まあ……確かに先史文明の調査ができるのなら、僕としてはどちらについても構わない、というのは否定できないんだけど、確かエルロンは先史文明の復活が目的って言ってたんだよネ? だったらそれは僕の望む所じゃない」
「どうして?」
「僕にとって先史文明っていうのは、歴史であり趣味であり教材であり『過去』だ。それを基に新たな文化を作っていくというのならともかく、彼らのやり方を見ている限り、そういうわけじゃないだろう?」
今を壊すのは僕の望む所じゃないってことサ、とモーティスは裏切りの可能性を否定する。
「とはいえ、残念ながら、これ以上説明も証明もできたものじゃない。確かに僕が君達と敵対しないという証拠はないが、君達の味方でいると、この場で改めて約束しようじゃないか」
そうしてモーティスは、決して視線を逸らすことなく、真剣な口調で言い切り、胸を張って締めくくったのであった。
堂々として、自身の主張を述べながら質問にもしっかりと答える。弁解としてこれ以上ないものだったと言えるだろう。
「でも胡散臭いよなぁ」
「うむ」
「否定できないわね」
「の、ノーコメントで……」
……ただ、それを信じ切れるかどうかは別問題なのである。
「あれェ!? ここは今までの絆を信じる場面じゃないのかネ!?」
「今までの経験から信じきれないんだよ」
話を聞く限り、ほぼほぼ白なのだろう。だが、今までの行動や胡散臭さからそう断じるのは早計なのでは、と頭を過ぎってしまう。日頃の行いが致命的なまでに足を引っ張っていた。
「話は聞かせてもらった」
「ニア!? いつの間に……というかどうしてここに……?」
「あれだけバタバタしていたらわかるさ。ともかくモーティスの内通疑いに関してだが、彼の主張をひとまずは信じてもいいだろう。現状、それをする理由がこの爺さんにはさほどないのも事実だろうしね」
「ニア君……!」
「それに何かあったとしても、胡散臭いから普段から見張らせているのを継続すればいいだけだから、問題はないさ」
「ニア君……?」
とりあえずモーティスに関してはそういう扱いになった。付き合いの長いニアに任せておけば問題はないだろうという判断である。
「ついでに報告しておくが、船の改修は大体終わったよ。もう少ししたらこの何もない島から問題なく飛び立てるだろう」
どこからか「何もない島とはなんじゃー!?」という叫びが聞こえてくるが、それをニアが気にする様子はない。
「で、何か進展はあったのかい?」
「そうだな、ちょっとみんなにも話しておこうか」
◆
その後、カジキやゴッフなども呼んで、故郷の村で聞いてきた話を共有する。
「アル、お前、なんというか、その……複雑な生まれ、というか……」
「お前ホンマに人間なんかのぅ?」
「言い方ぁ! せっかく私がぼかそうとしてたのに!」
カジキの歯に衣着せぬ物言いにゴッフが注意するが、差はあれどその点が気になるのは当然だろう。
事実、当の本人であるアル自身もその可能性が頭を過ぎったが、今はそれどころじゃないとあまり考えないようにしていた。
「俺の出生に関しては今は置いとくとして、これといった新しい情報はなかった。だけどエルロンはササンカの遺跡を切っ掛けに豹変した、というのは間違いないみたいだ」
やはりササンカの遺跡には何かがある、と仲間内で共通認識を持ったところで、ふとカジキが口にした。
「で、そもそも奴らが復活させようとしとる先史文明っちゅうんはどういうもんなんじゃ?」
「ワダツミだと先史文明って知られてないのか?」
「いや、さすがのワシでも薄っすらとは知っとる。じゃが、知っとるんは、今とは比べもんにならん技術やらを持った、世界規模の文明じゃったってことだけじゃ。具体的に、どころか、ふわっとでもどういう国じゃったかなんて聞いたこともない」
確かに、今と比べものにならない高度な文明だったとか、世界統一を果たしていたとか、世界中にその遺跡や痕跡が残されているとか、色々と話は聞くが、どういった国だったのかという話はほとんど知られていない。
「敵の目的がその文明の復活にあるんなら、それがどういうもんじゃったかを知るんも大事なんとちゃうんか?」
「確かに一理ある」
「じゃあ僕の出番だネ」
ここで専門家であるモーティスが名乗りを上げた。
「現状、先史文明について全てわかっているわけじゃない。その上で僕の仮説も含めて話していくってことは了承してくれたまえ」
そう前置きをしてからモーティスは説明を始める。
「まず先史文明は、約千年程前に超常的な技術を所有し、世界中を支配下に置いていたとされる謎の文明だというのは共通認識だと思うけど、そこはいいかナ?」
モーティスの問いに、その場にいる全員が同意する。生まれ育ちの差があれど、その点に関しては認識を同じとしていることを確認したモーティスは、満足そうに頷き、続ける。
「ではその上で結論から述べよう。先史文明は厳格な身分制度を布かれた宗教国家だ」
「身分制度って……」
「身分が分けられているのは今も変わらないだろ?」
「確かに今も身分の違いというのは存在するヨ。だが先史文明では今とは比較にならないほどに明確に線引きされていたと考えられるネ。おそらく生活の場所、使用する言語、使用できる技術……何から何まで分けられたんだろう」
だからこそ世界全土に広がっていたとされる先史文明圏内でも、遺跡によって文化レベルに大きな違いが発生していたのだと、モーティスは語る。
「おそらくだが、大きく三つほどに分けられたのだろうネ」
「つまり飛空船とかの技術はいわゆる特権階級しか使えなかったって事か」
「いや、技術屋としての見解だけど、おそらく飛空船は特権階級の技術じゃないね。エルフの森での塔の残骸やあの空中要塞を見て確信したよ」
「僕もニア君と同意見サ。飛空船が凄まじい技術なのは間違いないけど、あの塔や要塞と比べるとさすがに格が落ちる」
「確かにのぅ。現に空飛ぶ船ならそこのチビが再現できとるわけじゃし」
「は? 誰がチビだって田舎者?」
「あん?」
「宗教! 宗教国家だって言ってたけどどんな宗教だったんだ!?」
カジキとニアの軽口の応酬に、話題を変えようと声を張ってテルが質問を投げる。
「信仰されていたのがどういう宗教だったかまではわからないけど、おそらく一神教で、その神の威光を以って国を統制していたという感じかナ?」
「その宗教が今の星光教会と関係がある可能性は?」
「ゼロではないけど、否定も肯定もできないというのが正直な所だネ」
モーティスはこう言うが、先史文明の復活を目論んでいたエルロンの狂信っぷりや、『彼の方』という発言から、どうしても『彼の方』を崇める星光教会が怪しく見えてしまう。
「ひとまず考古学という観点からは説明できるのはこんな所かナ?」
「じゃあ補足というわけじゃないけど、ボクからも一つ」
モーティスが締めくくろうとした時、今度はニアが引き継ぐような形で口を開いた。
「以前、先史文明の動力として『電気』……つまりは『雷』が使用されていたと言ったけど、今回の情報でこれに一つの可能性が生まれてきた」
「可能性?」
ニアの言っていることがよくわからず疑問を呈するアルに、
「動力の一つとして『雷』が使われていた先史文明の遺跡で、【雷光】という天恵を持つアルが見つかった。これは果たして、単なる偶然で済ませていいのか……ということだな」
「あ……」
「実はアル君が先史文明において重要な存在だった、という可能性がでてきたわけだ」
『雷』をエネルギーとしていた先史文明の遺跡で、【雷光】という前例のない雷を操る天恵持ちであるアルが見つかった。
この二つに繋がりがないとは思えなかった。
ここにきてアルが何者なのか、そこに答えを出す必要性が出てきた。
「とはいえ、ここで何を話し合ったとて答えが出るわけでもあるまい」
「となると、やはり……」
エルロンの変心の要因を調べるためにも、先史文明を少しでも解明するためにも、アル自身の立ち位置をはっきりさせるためにも。
「────ササンカの遺跡へ行こう」
改めて、ササンカの遺跡へ向かうことを決めたのだった。