あの後、飛空船の改修が終わり次第ササンカの遺跡へと向かうことした俺達だが、スカルフォーザで不眠不休で戻ってきたのもあり、特にアンナの疲れが顕著だったため、出発までの間、飛空船の部屋で休んでおくように言われた。
俺はまだ元気だったので何か手伝おうと思ったけど、休めと強く言われたため仕方なく部屋で横になっているが、頭の中で思考がぐるぐるとめぐってしまい、なかなか眠れずにいた。
そんな時に、部屋の扉をノックする音が聞こえてきたので、誰かと思い扉を開けると、そこにいたのはクリスだった。
「クリス? どうかした?」
「すいません、少しアルと話がしたくて……いいですか?」
「ああ、構わないぜ」
そうしてクリスを部屋の中に招き入れる。とはいえ飛空船内の部屋は狭く、座る所も限られているので、二人横に並ぶ形でベッドに座ることにした。
「それで、何か話したいことでもあるのか?」
「何と言うか、アルが何か悩んでいるように見えて……」
「あー……そう見えた?」
「気のせいかとも思ったんですけど、気になってしまって……」
できるだけ面に出さないように気をつけていたつもりだったけど、クリスには見抜かれていたようだ。いらぬ心配をかけてしまった。
「いや、悩みってほどじゃないんだけどさ。俺って何なんだろうって考えちゃってさ」
先ほどの話の中でも出てきた、俺は本当に人間なのか、という問題だ。
俺自身、人間だと思う。そう育てられたし、そうじゃないと言われても困るというのが正直な所だ。
だけど、出てきた情報からして、そうじゃない可能性もある。人工的に生み出された生命体か、そもそも生き物なのか、はたまた機械仕掛けの可能性だってゼロじゃない。
何だったら、昔の俺のような性格になるように生み出された……なんて馬鹿な考えも浮かんでくるくらいだ。
「それを今悩んだ所で、どうしようもないっていうのは俺もわかってるんだけどさ。なんか考えちゃって」
「……アルが本当に人なのか、それは私にも断言はできません」
それは当然のことだ。俺本人がわからないものを、クリスに答えを出してもらうというのもおかしな話である。
「でも大事なのは、アルがアルであること。そして、アルがどうありたいかだと思います」
「俺が俺であること、か……」
……クリスはいい意味で言ってくれているのはわかるが、俺にとってはそれは必ずしもプラスに受け取れない言葉だった。
親父の結界を破った時に割り切ったつもりだったけど、昔の俺はどう言いつくろっても褒められたものじゃない。
だけどそんな昔の俺も俺である以上、また俺があんあ風になってしまう可能性もだってある。
俺が俺であること……それが本当に良い事なのか、俺には何とも言えなかった。
そんな俺の考えを見抜いたのか、クリスが少しふざけたようにこう言った。
「────実は私、自分が本当は人じゃないかもしれないって思っていた時期があったんです」
「え……?」
いきなり何を言い出すのだろうか。クリスが人じゃない? 王族に生まれて、そんなことがあるのだろうか?
「と言っても大した話じゃないんです。雷雨の中や曇天の下を自身の翼で自由自在に飛び回る。幼い頃、そんな夢をよく見ていました」
「夢……」
「もちろんただの夢です。でもその頃は夢と現実に分別なんてつかなくて、私は人間じゃないし、空だって飛べるんだって本気で思ってましたよ」
それで無茶してアンナたちに色々と迷惑や心配をかけましたけど、と笑いながらクリスは続ける。
「今では聖女だなんてと称されるようになりましたけど、当時の私は、私の中では人じゃなかったんです」
「それは、ちょっと暴論じゃないか……?」
「かもしれないですね。でも自分が何者かなんて、それくらいでいいと思います。自分がどう思うか、自分がどうありたいか、貴方が何者かというのは貴方自身が決めればいいのです」
「クリスの言いたいことはわかるけど……」
「……アルは、過去のやらかしを気にしているんですね」
「……っ! やっぱり親父から聞いてたのか」
「はい」
たぶん俺が結界を壊すまでの間に話していたのだろう。予想はしていたが、実際にそうだと知ると少し怖いものがある。昔の俺を知られて、みんなの俺の見る目が変わらないかと不安になる。
「私は、それを知れてよかったと思っています」
「え……何で……? 絶対に引かれると思ってた」
「もちろん昔のアルの行為を肯定するつもりはありません。実際に被害にあった方々が今でもアルを恐れるのも当然だと思います」
その上で、クリスは続ける。
「でも過去の過ちを認め、そこから変わろうと思い、実際に行動をしていること。そのこと自体は素晴らしいことだと思うのです」
「でも……村の大人たちの目は、あんまり変わらなかった」
「そうかもしれません。どうしようもない事もあります。アルが変わろうと思えた切っ掛けも、アルの過去の行いによる禍根も、良い事も悪い事も、結果として残るものです」
過去は消えない、それも確かなのです。そう語るクリスの言葉が、不思議と俺の心に圧し掛かった。
「もちろん償いの気持ちも大事ですが、それだけに囚われてはいけません。一番大事なのは、アルが過去を悔いて変わろうとし、変わったことです。そして、変われたからといって必ずしも許されるわけではないということを忘れてはいけないのです」
贖罪のために生きたからといって、許されるわけではないのだと、クリスは説く。過去を悔いたのが事実だとして、それで過去が変わるわけではない。
「アルが変わろうと思って行動する権利があったのと同様に、村の人も過去のアルを許さない権利が存在する。本来許しとは求めるものではなく、結果に対して周囲から与えられるものなのです」
「……なんか、似たようなことを親父やアイツにも言われた気がするな」
「ふふ、お師匠の影響もあるかもしれませんね」
少し説法っぽくなってしまいましたけど、と少し仕切り直すように言葉を添えて、クリスは再び口を開く。
「私はアルに助けられました。私以外にもアルによって救われた人は多くいるでしょう。だからこそ、あの村の中と外では、アルの印象は大きく違うと違うと思います」
それは俺が変われたことの証明なのだと、クリスは俺の目をまっすぐ見つめて告げる。
「その変わりたいと想えた心がある限り、アルの正体が何であれ、貴方は貴方であり、私はアルの味方です」
「…………ありがとう」
クリスの言葉に、俺の心は少し軽くなっていた。
◆
改修された飛空船『ブルーライン号』(命名ゴッフさん)はワダツミの地を飛び立ち、そして無事ササンカ近くの遺跡へと到着した。
「ここが、エルロンが豹変した切っ掛けで、親父が俺を見つけた遺跡か……」
「ふーむ。遺跡の種類としては、罪禍の塔や空中要塞に近い……つまり当時の特権階級によるものだと思われるネ」
「お兄様から聞いた話ですと、いまだに瘴気が発生する可能性があるとのことですが、全員固まって探索していきますか?」
「いや、調べたいこと、調べるべきことがそれぞれ違う以上、分かれて調査すべきだろう」
「時間もそうないことだしネ」
機械技術を調べたいニア、文化様式を調べたいモーティス、そしてエルロン変貌の原因を探りたい俺達と、調べるべきことは多い以上、時間が足りないというのは間違っていない。
まあこの場面で単純な自身の知的欲求を優先させようとするのはどうかと思うけど、それが役に立つ可能性がある以上、無視できないのも事実だった。
「とはいえ、もしもがあると大変だから、簡易の通信機を渡しておく。何かあったらこれで連絡を取り合おう…………というわけで行ってくる!」
「え?」
「知的好奇心が抑えられないんだ!」
俺に通信機を渡した途端、そう言ってニアとモーティス率いるチーム知的欲求は一目散に遺跡へと入っていった。
「……俺達も行くか」
「気をつけていけよ。何かあれば我々も通信機で連絡するからな」
そうしてゴッフたちを飛空船に残し、俺達も遺跡へと足を踏み入れた。
◆
金属のような光沢のある材質でできた通路、そこに連なる扉の中を覗けば、どの部屋も同じように壁に沿って敷きつめられたように装置が並べられていた。
それらの部屋に並んでいる装置はどれも開くことはなかったが、透明な蓋を通して中身を見ることができた…………あまり見るべきものではなかったが。
「アルの父が言っていた通りだな。中身は胎児だっただろう物体……これらがまだただの棺桶だった方が救いがある」
「棺桶やなかったとして、何のためにこんな胸糞悪いモンを?」
「倫理や常識をあえて排除して考えるなら、胎児から何かを吸い取っていたか、逆に与えていたか……?」
「どっちにしてもろくなもんじゃなさそうだ」
そしてどの部屋も変わり映えのしない遺跡を見て回っている中で、少しだけ違う部屋へとたどり着いた。
基本的には他の部屋と同じだが、並んでいる装置の中一つだけ蓋が開いていたのだ。その装置の中身は空だったが、親父の話と今までの部屋の状況を比べると、ここが俺がいた場所なんだろう。
「ここが、アルのいた場所……」
「どうじゃ。なんか感じるモンとかあるんか?」
「いや、特には……」
俺もその場所に来てみれば何か感じる物があるのかと思っていたが、驚くほどに何も感じない。
当然と言えば当然か。ここにいたらしいのは赤ん坊の頃だって話だし、そんな前の記憶なんて覚えていないのだから。本当にここにいたのかと疑うくらいだ。
「ただ……」
「何じゃ?」
「なんというか……何か違和感があるんだよな」
「何か記憶に引っかかるものでも?」
「いや、そういう感じじゃなくて……」
そう言って改めて周囲を見渡す。
室内に並ぶ沈黙した鉄の棺。床に落ちているボロボロになった布。その傍で一つだけ蓋が開かれた空の棺。
違和感の正体を考えていたその時、通信機から声が響いてきた。
『────こっ、こちらブルーライン号! 探索組は急ぎ戻ってきてくれ!』
「どうしたんだゴッフ? そんなに慌てて」
『ブルーライン号の上空に、敵影! 飛空船だ!』
◆
ゴッフさんからの通信で急いで遺跡から出てきた俺達は、ブルーライン号の上空へと目を向ける。
そこにはゴッフさんの言葉通り、見慣れぬ飛空船が宙に浮かんでいた。
その船はこちらの船とは意匠も違うし、おそらく敵船だと思れるのだが……いまだに向こうからのアクションがない。
攻撃を仕掛けてくるでも、要求を突き付けてくるわけでも、対話を求めてくるわけでもない。上空を陣取ってからずっと沈黙しているとのことで、それは今も変わりないようだ。
「ゴッフさんは、こっちもすぐに飛び立てるよう準備はしているらしいですが……」
「ひとまずもしもに備えて飛空船に戻ろう」
「場合によってはスカルフォーザで相手船に乗り込むことも考えた方がいいな」
「殴りこみになるんなら、話が簡単でええんじゃが、あのチビどもはどうするんじゃ? 遺跡に放置でええんか?」
ちなみにカジキの言うようにニアたちは遺跡内に残っている。もし戦闘になった際に、遺跡に籠っていた方が邪魔にならずに安全だ。そして何よりまだ遺跡を調べたいとのことだ。欲望に忠実すぎないかと思ったが、間違ってはいないので何も言えなかった。
「もし乗り込むのならこっちの船も空に逃がした方がいいでしょうし、ニアたちは置いていくしかないわね」
「彼奴らとしてもそれを望むだろう」
そんな話をしながらも、俺達は飛空船へと駆け出す。
状況からして、やはりスカルフォーザで乗り込むことになりそうだなと考えていた時のことだった。
「…………?」
ふと、何か、耳の奥、頭の中に変な音がこびりつくような……そんな嫌な感覚に襲われた。
名状しがたい、けれど今までに何度か感じたことのある違和感。
根拠も何もないけれど、何気なく、ふと後ろを振り返ると────
────最後尾にいたクリスのすぐ背後に、機械のような体躯の白の長髪の女が、遥か上空から落下してきていた。
「────」
クリスの後ろにいたその女の姿に、俺は見覚えがあった。
それはあの空中要塞で、光る板越しに見た相手だ。
アイツを首を切り飛ばして、殺した相手────
「お前っ────クリス!」
怒りのままに雷光を放とうとして────このまま撃てばクリスにも当たると気付き、躊躇してしまった。
その間に、不思議なほどに音もなく着地したその女によって、後ろから両腕で抱きしめるようにクリスが拘束されてしまった。
だが俺の声によって状況を把握したカジキの太刀が、ミラの矢が、クリスを助けるべくあの女へと迫っていた。
────しかし、その全てが、空を切った。
「なっ!?」
「────目標確保、離脱する────」
その女の背に付けられた翼のような機械が火を噴き、クリスを抱えたまま凄まじい速度で空へと飛び上がったのだ。
「か、風よ!!」
続いてアンナも魔法で妨害するが、女はクリスを抱えながらそれらを全て掻い潜っていき、そのまま上空の飛空船へと向かって飛んでいく。
「逃がしてたまるか……!」
今度こそ雷光を集束させ、放────いや待て。
今、ヤツを撃ち抜けば、抱えられたクリスがそのまま宙に投げ出される。
であれば、まず狙うのは奴の逃げ場所である上空の飛空船────だが、こっちもただ壊すだけなら俺達の船の上に墜落する可能性もある。
「なら、掴んで、落とす────!!」
俺の意志とともに【雷光】によって象られた巨大な腕が、空に浮かぶ飛空船を掴もうと手を伸ばし────何かに阻まれた。
「くっ、バリアーか!? だったらそれごと、握りつぶしてやる……!」
そう考えて天恵に力を込めるが、それより先に滞空していた飛空船が動き出し、天恵の射程範囲外へと脱出された。
「くそっ……! ゴッフさん! 俺達が船に乗り次第、すぐにヤツを追ってくれ!!」
俺達はクリスを取り返すべく、急いで飛空船へと乗り込んだ。