異世界転生したけどチートなかった   作:ナマクラ

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第九話

 ゴッフたちライン商会とともに王都へ向かう事、数日。

 

 道のりとしては順調と言うほかない行程を進めている。

 

 

 そんな中で、向上心の高い護衛たちの声に応えた休憩時間における訓練が日課となっていた。

 

 

 今日も今日とて訓練は行われる。

 

 

 

 ────訓練中は話しかけられた時以外口を開くな。口でクソ垂れる前と後にサーを付けろ。わかったなクソ虫ども!! 

 

『サー! イエッサー!』

 

 ────この訓練を乗り越えた暁には貴様らは一端の戦士と言えるまでには成長できるだろう。

 

 ────それまでは貴様らはクソ虫だ! この星において最下等の生物だ! 貴様らは人間ではない! 家畜のクソをかき集めた値打ちしかない! 

 

 ────俺は厳しいが公平だ。人種差別は許さん。

 

 ────男、女、子供、老人、貧民、貴族……これらに優劣はない。全て平等に価値がない! 

 

 ────俺の使命は役立たずのゴミ屑を刈り取る事だ、この護衛隊の害虫を! 

 

 ────わかったかクソ虫ども!! 

 

 

『サー! イエッサー!』

 

 

 ────よろしい。それでは訓練を開始する!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────ではアル先生、お願いします。

 

「おう。じゃあ訓練始めようか」

 

 

「────いや教官アンタじゃないの!?」

 

 そしてアルにバトンタッチした瞬間にアンナのツッコミが炸裂した。

 

 えっ……? 

 

「えっ、じゃなくて、アンタが教官じゃないならさっきまでの演説は何だったのよ!?」

 

 訓練を始めるアル達の邪魔にならないように移動しつつアンナの質問に答えることにする。

 

 あれは護衛兵の訓練に対する士気を整えるためのものだ。

 こういうのは変に増長しているヤツもいるからそういう思い上がりを叩き潰しておくことも重要になるのだ。アルはこういう事が苦手なので代わりに俺がやっただけである。

 

「士気を整える……? さっきの人格否定みたいなのが……?」

 

 突出しすぎているのも問題なのだ。ある程度足並みを揃えさせる事もまた共同鍛錬としては重要なのである、多分。

 というかさっきの罵詈雑言など程度が知れている。あんなもの本職の教官からすれば砂糖にはちみつと練乳をかけたくらいに甘々な言葉でしかない。

 心根の優しい俺ではあれが限界だ。

 

「はい、ダウト」

 

 解せぬ。

 

「じゃああんな前説しておきながらなんでアンタが教えないのよ?」

 

 剣での戦い方は俺よりもアルの方が優れている。というか俺は剣の取り扱いは苦手である。もちろん教えろと言われればできるが、相手としても普段剣を使ってない相手に教わるのはモチベーションが下がる。であれば得意なヤツに任せるのは当然だろう。

 

「それはそうだけど……何か納得いかない……そもそもなんでアンタたち、いやアルフォンスが訓練付けてるの?」

 

 それには山のように高く谷のように深いわけがある。

 

 俺たちがゴッフと出会った時、隊商がゴブリンナイト率いる強盗団に襲われて専属の護衛の数が著しく減ってしまったのだ。

 信用できる護衛というのも見分けるのが困難である以上、しばらくは今いる護衛だけで隊商を守っていく必要があったのだが、練度としても不安があった。

 そこで少しでも早く護衛としての力を身に付けてもらうために俺たちが稽古をつけることになったのだ。その名残でこうして商隊に世話になっている時は手の空いた時に稽古をつけるというのが習慣になったというわけだ。

 

「ごめんなさい、最初の言い回しからして大した事ない理由だと思ってたわ」

 

 ちなみに俺の稽古は何故か不評のため開催されなくなった。痛くなければ覚えませぬ。

 

「不評の理由はわかったわ」

 

 解せぬ。

 

「それにしてもこの商会の連中もお人好しが多いというか……私たちの素性を探ろうともしてこないなんて……」

 

 俺たちの連れという辺りで何かを察しているというのもあるのだろうが、確かにお人好し比率は多いと思う。おそらく類は友を呼ぶというやつである。

 それを踏まえてもお姫様……もといクリスもこんな短期間でここまで馴染んでいるのに驚いた。

 今や商隊の面々は料理番と化したクリスに胃袋を掴まれている状態である。実際美味い。王族だからそういう雑事には疎いものとばかり思っていた。

 

「クリスも教会の炊き出しとかで料理とかしてたみたいだから、それに近い感覚で出来ているのかもしれないわね」

 

 さすが教会の巫女。思っていた以上に旅慣れているように見えるのもその辺りが起因しているのだろうか。妙な所で逞しいものである。

 

「でもアルフォンスの胃袋が中々掴めないって悩んでたわね」

 

 知っている。何故か俺に料理を教わりにきたからな。俺の料理など素材を焼く・煮る・茹でるくらいしかしない男飯でしかないのに……正直教える事なんかないぞ。

 

「彼の胃袋を一番掴んでるのがアンタだって思っているんでしょうね、私もそう見てるけど……本当にただの幼馴染なの?」

 

 それ以上に何があるというのか……親友、悪友、腐れ縁、相棒……言い方は多くあれ、本質は大きくは変わらないとしか言いようがない。

 というか料理に関しては単純にアルが子供舌なだけだ。アイツは複雑な旨味よりも単調で濃い味が好みというだけなのだ。クリスの料理の味がそうなると個人的に困るのでクリスには伝えていないが。

 それより一度クリスから間違えて『お義母様』って呼ばれたんだが、どういう事だ。この一言だけでツッコミ所が多すぎる。

 

「……ノーコメント、というか聞きたくなかったわ…………そういえばクリスの事、お姫様呼びじゃなくなってるわね?」

 

 クリス本人にお願いされたのだ。アンナも敬称なしで呼ぶのなら自分もクリスと呼んでほしいと。

 まあ偽装のために商隊に潜り込んだのにお姫様呼びでは本末転倒だ。いざという時に不敬にならなければ問題はないだろう…………アルには難しそうなので何とかしておきたいが……

 

「確かに、アルフォンスには難しそうね……」

 

 それで、何か用でもあったのでは? 

 

「ああ、そうだったわ。ゴッフさんがちょっと話したい事があるって」

 

 ふむ、今後の予定の事かな? それともまた新入りに帳簿の付け方を教えろとか? あるいはゴッフが隠してたおやつのプリンを食べたのがバレたか? はたまた……

 

「……呼ばれる心当たり、幅広過ぎない?」

 

 

 ◆

 

 

 商隊の道行は快調で、王都までもあと少しという所まで来たのだが、アルやクリスにも今後の予定を改めて説明する事にした。

 

「え、ゴッフさん一緒に王都まで行かないの?」

 

 その通りである。これはもしもの時を考えての措置……ではなく、単純にライン商会側の都合の問題である。

 

 王都には荷物を納品するだけなのでゴッフ自身がいく必要がなく、魔導都市には商談のためにゴッフ自身が向かう必要があるので、元々ここから二手に分かれる予定だったらしい。

 魔導都市に向かうということでついでにちょっと頼み事をしておいた。

 

「頼み事?」

 

 ちょっと魔導都市に手紙と届け物をお願いしたのだ。所謂お使いクエストである。

 

「商会のトップについでだからお使いを頼むとか、普通しないわよ……」

 

 ゴッフとしても悪い話じゃないはずだから問題ない。

 

 ともかく、今日の内に商隊を二つに分けて、明日の朝にはゴッフ率いる魔導都市組とは別行動となり王都組と行動を共にする事になる。

 改めて言っておくが、俺たちの事情をちゃんと知っているのはゴッフだけなので彼らは俺たちが王女誘拐の容疑者になっているかもしれない事やそもそもクリスが王女様だという事も知らないので注意してほしい。

 

「さすがにわかってるって」

「無暗に巻き込めないですもんね」

 

 王都に入った後の予定としては、商品の納品までは彼らと共に行動し、その後に別れて王城に向かうことになる。

 

「そんな悠長で大丈夫なのか?」

「すぐに王城に向かった方がいいのでは……?」

 

 着いた途端に急に離れる行動に出る方が目立ってしまう。それに話を聞いた所によれば王都組も納品が終わればすぐに王都から出て次の街へ向かう予定らしい。もしもの時を考えれば彼らが巻き込まれないようにした方がいいだろう。

 

「もしもの時って……?」

「王都側にも黒幕の手が伸びている場合ね」

 

 その通りだ。もしその時に彼らが王都にまだいると敵に利用される可能性も考えられる。さすがに彼らまで守れるとは言い切れない。なので先に王都から脱出してもらおうというわけである。万が一彼らも巻き込まれた場合でも共にいる時にきたら対応もしやすいし。

 

 これからの流れとしては以上である。その後の事はその時になってみないとわからないが、まあ国同士でもう一騒動くらいはありそうだ。

 

「あの……話は変わるんですが、そもそも王国が教会に戦争を仕掛けるというのはあり得るんでしょうか?」

 

 戦争を仕掛けるというと……ああ、ゴッフと合流した時に話した、クロリシア王への懸念などの話だろうか? 

 

「そうです。王国としても戦争を仕掛ける相手としてはあまり好ましくないと思うんですが……」

 

 確かに、教会相手であれば戦争まで行かない可能性も高い。今回に関してはおそらく教会全体ではなく一派閥の企みだろうから教会としてもその膿出しのためにクロリシアに協力することだろう。

 

 それでも戦争になる可能性も十分にあると俺は思う。あくまで素人の過激な想定の一つになるが、それでもよければ説明しよう。

 

「お願いします」

 

 俺にはクロリシア王がどういう意図で軍拡をしているかはわからないので、例えば領土の拡大を目的としているという前提での話になるのでそこは了承しておいてほしい。

 

 軍拡を進めている王国とはいえ、信者数世界最大の教会を敵に回すのはさすがに厳しいだろう。王国にも信者はいるので士気にも関わってくる。

 

 しかし教会を実質的に支配できてしまえば、『クロリシア王国のする事は教会の意向に沿ったものである』という認識を信者たちに植えつけられることになる。つまり教会信徒がクロリシア王国の支持者になる、という事だ。

 

 実際に戦争になった際も、教会側の唯一の領地とも言える聖王国の聖都を占領できれば勝利になるわけであるし物理的な勝利条件として難しいものではない。

 

 心理的ブレーキがかかるという点を除けば、やろうと思えばやれてしまえるのだ。リターンも大きいわけであるし、覚悟を決めてしまえばすぐだろう。

 

 万が一にもそうなると困るのはクロリシア以外の国だ。何せ大概の国家も大半が教会信徒で占められている。教会の意向に大なり小なり揺れてしまう以上、その裏に別の国の思惑が存在するというのは見過ごすことはできない。何かしらの形で阻止しようとしてくるだろう。

 

「それが抑止力となって王国もより仕掛けられなくなるのではと思うのですが……」

 

 なのでその動きを逆に利用してその国に戦争を吹っ掛けるのだ。

 

「えっ?」

 

 つまり、教会を乗っ取ろうとするクロリシアを止めようとする他国の動きを、クロリシアに対する敵対行動・宣戦布告だと解釈して戦争を始める、というわけだ。

 他国が武力を以って止めに来れば相手が先に矛を向けたと言えるし、経済を以って止めに来れば相手が先にこちらを弱らせにきたと言える。

 これであれば平和を謳いながら向こうから手を出してきたのだと世間的にも嘯ける。

 

 そうしていくつもの国を打ち倒して支配していき、最終的に教会も王国に従わざるを得なくする、というのが過激だが理想の一つなのではないだろうか? 

 

 最終的に勝ってしまえば正義として都合のいい真実へと捻じ曲げてしまえるのだ。多少の無茶くらいはするだろう。

 俺の想定としてはこんな所だが、どうだろう? 

 

「何と、言うべきでしょうか……」

「頭脳派の脳筋思考……」

「インテリチンピラって単語が頭に浮かんだ……」

 

 何だインテリチンピラって。

 ともかく今のは一平民の少々過激な妄想に過ぎない。実際にどうなるかはなってみないとわからないのだ。

 

「一平民の妄想……?」

「平民とは一体……」

 

 平民の概念に疑問を持たれても、困るんだよなぁ。

 

 

 ◆

 

 

 商隊を二手に分けてからしばらく、俺たちは王都クロリスに辿り着いた。

 

 ライン商会として何の問題もなく王都に入り、取引先に商品の納品も無事終え、王都まで共に来たライン商会の連中が王都から発つのを見届けた。

 別に俺たちの指名手配もされておらず、追手の気配も特に感じる事はなかった。

 

「順調だな」

「そうですね。ちょっと考えすぎだったのかもしれないですね」

 

 これが嵐の前の静けさでなければいいのだが……

 

「不吉な事言うなよ……」

「大丈夫ですよ、きっと」

「じゃあさっさと王城へ向かうわよ」

 

 まあ悩んでいても仕方ないのでクロリス城へと向かう。

 城門の前には兵士が二人見張りとして槍を片手に立っていた。

 

 

「止まれ! これより先は王城である!」

 

 

 城門に近付いていく俺たちに兵士の一人が警告してくる。まあ不審者……かはともかくただの旅人が門に近付いてきて怪しまない警備はいない。とはいえ今回に関しては事情が少し違うので容赦してもらいたい。

 

「私はクロリシア王国第三王女クリスティーナ・クロリシアです。お父様に伝えたい事があります」

 

「く、クリスティーナ姫様!? 聖都で療養されておられるはずでは……!?」

「し、しばしお待ちを!」

 

 王城務めである兵士たちは王女の顔をよく知っている。彼らは『第三王女は聖都に運ばれた』という事前情報との齟齬に戸惑いながらもクリスが本物の王女であると認識している。

 見張りの一人が城の中へと走っていき、もう一人が少し待っていただきたいとクリスに頭を下げる。

 ……この様子を見る限りだと兵士は敵側ではなさそうだ。少しホッとする。

 

 少し待つと、城内から戻ってきた兵士が一人の男を連れてきた。騎士っぽいと思ったが、アンナによると第一騎士団長だそうだ。

 

「クリスティーナ姫……! ご無事で何よりです」

「それよりもお父様はどちらにおられますか? 伝えなければならないことがあるのです」

「案内します。ところで後ろの二人は……?」

「彼らは私たちの命の恩人です。できれば共にお父様の下へ連れて行きたいのですが」

「仰せのままに」

 

 騎士団長の先導で城内へと足を踏み入れる。向かうのは謁見の間……ではないらしい。

 

「謁見の間を使うのは基本的には公の行事とかの時だけよ」

「なるほどなー」

 

 しかし俺たちまでいきなり王に謁見する事になるとは予想外なのだが……心の準備ができてないし礼儀作法にも自信がない。そしてそれをアルができるとも思えない。何か別の意味でヤバい気がしてきたぞ……! 

 

「こちらです」

 

 悩んでいる間に着いた部屋の扉を騎士団長がノックをして声を掛ける。

 

「失礼いたします。クリスティーナ姫をお連れしました」

「────わかった。入ってきて構わない」

「はっ!」

 

 中からの声に騎士団長が扉を開ける。

 その先にいたのはまさしくクロリシア王その人であった。

 

「お父様!」

 

 王の姿を見たクリスが嬉しそうに駆け寄っていく。俺たちはというと王の御前という事で跪いた方がいいのか、それとも頭を下げた方がいいのかわからずに動けないままにいた。

 

「皆さまもどうぞ中へ。公の場というわけでもないのでそこまで畏まる必要はないですよ」

「とはいっても最低限の礼儀作法は気を付けなさいね」

「ああわかった……りました」

 

 既にアルが怪しいのだが……。俺たちは無事に帰れるのだろうか……不敬罪的な意味で。

 部屋の中に入ると私室というよりは応接室のようにも見える。あるいは王族たちや貴族たちの憩いの場として使っているのだろうか? さすがにその辺りは見ただけではわからない。

 

 部屋の中にいたのは王の他に側近らしき騎士が侍っており、扉の横にも護衛の兵たちが複数人いる…………素性のしれない俺たちを警戒しているのかもしれない。

 

「クリスよ、まずは其方の無事を祝おう」

「はい。ですがそれよりも伝えなければならない事があるのです」

「ああ、だがその前に……」

 

 そこでクロリシア王が俺たちに目を向けた。いや、今見たのは俺たちではなくその後ろにいる兵士たちだ。

 続いてこちらに向けられた王のその視線は、明らかに冷え切っており────! 

 

 咄嗟に懐に手を入れ────瞬間、背後から地面に叩きつけられた。

 うつ伏せに上から取り押さえられて、身動きが取れない上に腹部が特に痛む。

 

「なっ……!?」

「一体なにをっ!?」

 

 

 

「────姫以外を捕えよ」

 

 

 

 その王の一声によって兵たちがアルとアンナを取り押さえにかけるのが見える。

 既に俺が兵に取り押さえられているのもあってか二人とも抵抗らしい抵抗もできないままに捕らえられてしまった。

 

「どうして……!? お父様っ!!」

 

 お姫様も王の側近らしき人物に保護という体で捕まってしまい、声を上げることしかできずにいる。

 

 ああ……考え得る中でも最悪の展開だ……予想の一つではあったが、まあないだろうと思っていた可能性の一つ。それが、現実となってしまった。

 

 

 

「────王女の誘拐犯だ。牢へ連れて行け」

 

 

 

 ────クロリシア王も、敵だったのだ。

 


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