青黄 紅さま、えいとくさま、ご報告ありがとうございます!
あいつと初めて出会った日のことを、あたしはずっと覚えている。
虫嫌いを拗らせているっていうのに【虫よけスプレー】を忘れたドジに、何を要求するでもなく苦笑いをしながらスプレーを渡してくれたあいつのことを。
あいつは二つも年下とは思えないぐらい、いいや、認めたくないだけで、あたしよりずっと大人だった。
何の気なしにする会話も思わず弾んで、細かいことにも気が付いてくれて……だからだろう。他の子たちのように、
ハナダシティに行くまでは自転車を押して。優しい筈のあいつに、何故かなつかないピカチュウをあたしの肩に乗せながら。特注品の自転車も、姉さん達の経営するジムに置いて、敢えて不便な徒歩で一緒に旅する事にした。
あいつの落ち着いた黒系の服にはちぐはぐな『大きなモンスターボールのワッペン』を似合わないと笑いながら、カントー中を巡っていく。
あいつと繰り出す冒険の日々は楽しかったし、何よりあいつは強かったから、旅そのものは苦ではなかった。
あいつには、才能があったんだと思う。けれど、それ以上に何か、他と違うものを持っていた。
どんなジムリーダーを前にしても、どれだけ他のトレーナーが挑んできても、あいつはずっと涼しげで、野生のポケモン達をしっかりと育てて戦って、順調に勝ち進んで……だけど、そう。あいつは冷静過ぎた。大人過ぎた。
それが、その姿がどうしても、あいつとあたしに距離を作ってしまった。
きっと、いいや間違いなく、あいつはあたしが好きなんだろう。
ハナダジムで姉たちがあたしの容姿を美人姉妹の出涸らしだとからかった時も、あいつはあたしが一番綺麗だって、おべっかじゃなく心から言ってくれた。
初めて出会った時でさえ、あいつはまるで、物語のヒロインを見るような眼をしていた。
ずっとずっと、あたしはそれに気づいていて。そこには優越感や、ほんの僅かに見えた、男の子としてのあいつの顔を見るのが楽しかったんだと思う。
でも、だけど。あたしはきっと、あいつが告白していたら断っただろう。
あいつは大人過ぎたから。ずっと、何かを隠してるって心の何処かで分かっていたから。
何よりも。
“一度だって、本音をぶつけ合う関係になれなかったんだから”
◇
一〇歳になり、旅立ちの日を迎えた時、俺には何の感動もなかった。
既にして俺は多くのポケモンを捕まえてきた。鍛え、育て続け、時にはそれを『組織』に差し出すのみならず
だからだろう。このピカチュウが、俺の様に冷め切ったクソガキになつく筈がないことは、当の昔に理解できていた事だ。
俺は
──ああ、だけど。
「ほんと、何でこんな初歩的な……」
そう自分のうかつさを呪っていた少女を見た時、思わず手を差し伸べてしまった。
これは、本来あるべき出会いではない。
これは、本来主人公が抱くような感情ではない。
それでも俺でない『僕』は、この子に手を差し伸べたいと思ってしまった。
自分の醜さを理解していても。どうしようもなく、取り返しのつかないことを重ねているという自覚はあっても、この少女と。カスミと旅をしたいと思ってしまった。
カスミとの旅は、楽しかったのだと思う。初めて経験する、穏やかな時間。水ポケモンしか使わない彼女に育成のための知識を与え、実践させ、時には身を挺して守ったことさえある。
ハナダジムの存続など、今のカスミには造作もない。ともすれば、
感謝もされた。手も握られた。何度も笑い合い、苦楽を共にできた時間は、確かにあって……だけど。
“絶対に彼女は、『僕』を受け入れてはくれないだろう”
そんなことは、承知している。承知していながら、俺は嘘を重ね続けた。
将来有望なトレーナー。セキエイリーグの優勝候補。そんな自分を装い、偽り続けて……。
だから、これは当然だったのだ。
「──さぁ、最終試験を始めようか、“RED”」
塗り固めてきた嘘が、カスミの目の前で剥がれ落ちたのは。
◆
ぶらり。ぶらり。
振り子のように揺れていた自分が目を覚ましたのは、今わの際まで『持っていた』世界。
夢があり、希望があり、自分なら、少なくとも初めのうちは誰にも負けずに済むだろうと思えた世界。
新しい環境、新しい家族。
そこで僕は、否、俺が新しい人生を歩むことは、きっとできたんだと思う。
だけど、どうしようもなく俺は人の醜さが見えてしまう。
どんな場所でやり直せるのだとしても、そこにある悪意を目にしてしまえば、もう駄目だった。誰もが旅立つ一〇歳までの間。通っていた学校に住み着いていた、ドガースは石を投げられていた。
他の個体よりも小さく、弱く、見た目もひと際醜悪だったからだろう。
だから俺は、唯一こいつに優しくした。
お互いの傷を舐め合うように? 弱い者同士で寄り添えるように?
いいや違う。違うのだ。
理不尽に傷つける連中に、俺は目に物を見せてやりたかった。その為にこいつを利用してやろうと思った。
だから、抵抗するようにそそのかした。痛みを受け入れてばかりだった、臆病なこいつに。そうすればどういう結末になるか理解していながら、俺は悪意の雫を一滴たらした。
そして、当然の様に事態は悪化する。
僅かな抵抗にガスを出せば、今度は大人からも危険だと追い回されて、ボールを持った大勢に追い立てられた。
後はもう簡単だ。自分だけが、俺だけが君の味方だと告げればいい。何処ぞの誰かが草むらに落としたモンスターボール。ずっと今日という日が来るまで隠していたそれをドガースに使えば、こいつはそれを鵜吞みにした。
そこから先は、順調だったとは言えない。一〇歳になるまでは、親の目がなくばポケモンなど飼えはしないのだから、それなりの苦労はしてきた。
幸いにして昼は弁当であったし、授業でポケモンが食べられる木の実や生体の勉強はしてきた。飼育係を務めれば、少しはポケモンフードもくすねられるし、何よりドガースは有毒ガスやスモッグを好んで食べる以上、他のポケモンより育て易い。
何より、そうした手間も労苦も別段惜しいとは思わなかった。
俺はこいつを利用する気でいるが、その分の見返りぐらい用意する度量はある。垂らした悪意でねじ曲がったこいつを、悪のまま受け入れ、鍛え上げて最強にしてやるぐらいには。
◆
人気のない場所で。時間で。俺はドガースを鍛えて見せた。
俺の知識は『初代』の頃から動いていないが、逆に言えばその範囲でならこいつを限界まで強く出来る。
ドガースはすぐにマタドガスになった。【わざマシン】は所持していない為、〈わざ〉のレパートリーは乏しいものの、それでも十分に有用であったし、何より俺は『真っ当な』使い方をする気はなかった。
滴る悪意の毒はヘドロのように。
俺はこいつを使って『人を苦しめる』ことに特化させた。
〈スモッグ〉も、〈えんまく〉もヘドロも、全ては人に対して使うことが前提で、ああ、それは自分でも驚くほど上手く行っていた。
──そして、上手く行き過ぎた。
「組織と関係のない事件が増えていたと訊いていたが、こんな子供とはな」
いいぞ、見どころがある。泥のような目をしていた俺とマタドガスに、そいつは言って手を差し伸べてきた。
「お前なら、俺の年になる頃には相当出世できるぞ。なんなら、ボスの目にだって留まることすら夢じゃない」
そこで俺は、ようやくかと思った。そしてにんまりと嗤って言ってやる。
「できれば、今すぐにでも会わせてよ」
◇
「──さぁ、最終試験を始めようか、“RED”」
セキエイリーグの挑戦権。最後のバッジを得るために踏み込んだトキワジムで、俺は……、いいや。僕はボスからそう告げられた。
「……レッド?」
背後から漏れる、困惑したカスミの声。ジムの上階から見下ろすボス。カントー最強と名高いトキワジムのリーダー、サカキは何処までも不敵に、僕を追い詰めるように笑っていた。
「ああ、そうだ。ハナダジムの末妹、カスミ。お前の前に立つその小僧こそ、ロケット団のボスたる私の片腕……“R”の頭文字をコードネームとして与えられた、正真正銘の悪党だ」
「……そんなの、嘘よ!」
そう口で否定ながらも、僕が大きな隠し事をしていたことを察していたカスミの声は、何処か落ち着いていたように聞こえてしまう。
静寂の保たれた、伽藍堂のようなジムに一際響く声さえも、空しく感じてしまうほど。
「いつかは、こんな日が来ると思っていました」
そして僕は、一歩、二歩と前を進み、闘技場の中央へと進んで行った。
「ですが、分かりません。何故、ボス直々に姿を見せたのですか?」
そして、最終試験とは何なのかを問う。ロケット団の団員でありながらパートナーさえ持たず、単独行動を許されてきた自分に、今更入団審査など無意味だろう。
にも拘わらず、ボスが直々に姿を見せた理由を問えば、【スーパーボール】の入った、アタッシュケースが投げられる。
「後ろの小娘を叩き潰せ。それが、お前の最後の審査だ」
戦わない、という選択肢は皆無だ。既にしてジムの四方は、完全にロケット団リーダーを筆頭とした精鋭部隊が埋め尽くしている。
「ちょっと待ちなさいよ! なんであたしがこいつと戦わなくちゃ……」
背後から響く否定の言葉は、悪に従うことをよしとしないのでなく、僕との戦いそのものへの拒絶もあったのだろう。だが、その思いは他ならぬ僕が断ち切った。
僕が、スーパーボールからポケモンを出すことで。
「サト、シ……?」
事あるごとに似合わないと笑われた、モンスターボールのワッペンを外す。その下に隠された、ロケット団の
「……
だから。
「僕を倒すんだ」
それだけが、君が解放される手段なのだから。
◇
ぶらり。ぶらり。
振り子のように揺れていた、一度目の終わりからここまで来た。
因果応報。友情や努力や、正義に満ちた世界で悪意を抱き、振り撒けば、最後にどうなるかなど分かっていながら、結局心に芽生えた僕自身の憎しみを、二度目の人生で帳消しにはできなかった。
無論、だからとてわざと負けてやる気もなかった。背後のボスや、周囲のロケット団員に恐れをなしているからでもない。
その気になれば、こいつらなど叩き潰せる。ボスが投げたボールに入っていたポケモンたちは、確かに直接戦闘でなく『ポケモン犯罪用』に調教した連中ではあるものの、それでもレベルをはじめ、徹底的に手ずから鍛えた連中で、タイプも当然ばらつきがある。
水と氷がメインの、複合タイプも居るものの、相性から〈わざ〉の内容まで知り尽くしているカスミ相手に負けはしないと……
“そう、思っていたのに……!”
だというのに、拮抗している。互いのポケモンは入れ替わるように瀕死になって、圧倒など出来ていない。
癖も〈わざ〉も、レベルも全て把握している。トレーナーとしての実力も、決してカスミが抜きん出ている訳でないことは旅の中で熟知していた。
“だっていうのに!”
これが、悪に身を預けた末路だというのならそうなのだろう。少年少女の純粋さに打倒される、お約束だと言われればそれまでだ。だとしても。
「あんた、何ムキになってんのよ! 嫌なら嫌って言えば良いじゃない! なんだって悪党の片棒なんか担いでんのよ!!」
決まってる。
「僕は、許せなかったんだ! 悔しかったんだ! だからやり返してやろうって、そう思ったんだ!」
◆
薬品の臭いが鼻を衝く病室の方が、家よりも学校よりも長かった
骨と皮ばかりの、ひび割れた肌の弱々しい幼い僕を、周囲は弱いと、醜いという理由でいじめてきた。
親は、弱い自分がいけないと言う。
先生達は、いじめられる側にも原因はある。そもそも我が校にいじめはないと隠し続けた。
僕だって、悔しいという気持ちはあった。けれど、どれだけ努力しようとしても、弱い体は望むように動いてくれない。
学校に行っても、できることは勉強ぐらいなもの。小学校ではそんなものはいじめを跳ね除ける糧にもならない。
中学校では、無理がたたって一層ひどくやせ細り、高校になれば授業に出られることは殆どなくなって、もうここまでくれば、両親とて叱責は同情に置換する。
せめてもの思い出にと、遺された時間を楽しめと言うように送り出した修学旅行に、多めの小遣いなど渡したのが運の尽きだ。
当然のように陰で蹴られ、殴られ、奪われて……ああけれども別に、そんなことはどうでもいい。痛いことなど慣れている。不当な暴力など飽いている。
だから、どうしようもなく僕が傷ついたのは──
「あ」
ばき、と液晶の割れる音。小さかった頃、まだ生きていた祖母がお見舞いに買ってくれたゲームボーイ。飽きる程に繰り返した、黄ばんだカセットの入った、唯一の宝物が割れる音が聞こえて……。
“もう、いいや”
そこで『僕』は、終わることにした。
ゲームの電源を切るように。自分自身を終わらせたのだ。
◇
「あんたが何に怒ってて、何が許せないかなんて知らないわよ! 話してくれたことなんかなかったじゃない!!」
「言える訳ないだろう!!」
いじめられて首を吊って、目が覚めたらガキだった頃から唯一楽しんでいた世界に踏み込んで、でもそんな世界でも悪意はあって? だからそいつらをいじめ返してやりたかったから悪の道に踏み込んだって? 三文芝居にもほどがあるだろ!
「言いなさいよ! 気取ってる癖に恥ずかしいとか馬鹿でしょ! 子供なら子供らしくいじけてなさい! 大人っぽく見せたいなら、年上に話すぐらいの勇気を出しなさいよ!」
「ああ、糞っ! ああ言えばこう言う!」
そうこうしているうちに、手持ちのポケモンは最後の一匹だ。
犯罪利用の為に状態異常の〈わざ〉ばかりを持たせてきたし、そもそもにして用意された手持ちは純粋なバトルに秀でていない。トレーナーを直接攻撃するか、さもなくばボールの開閉スイッチを破壊するような悪趣味な戦い方ばかり仕込んできたのだ。
対して、カスミの面々は水タイプに固めていても錚々たるもの。先鋒に出したヒトデマンはそれなりだが、後続のゴルダック、パルシェン、カメックス、ラプラスはいずれもロケット団リーダーはおろか、ボスでさえ感嘆の吐息が漏れたほどの仕上がりだ。
むしろ、両者を睥睨する者達からすれば、ここまで鬼気迫るカスミを相手に食らいつけたことそのものが客観視すれば驚きですらあったと言わんばかりである。
そして、僕とカスミが手にかけるのは最後の一匹。
カスミはスターミーを。
僕は唯一、一度としてカスミに見せなかった、けれど旅の始まりからずっといた、モンスターボールの真の相棒に手をかける。
「行け、お前なら勝てるッ!!」
はじめて捕まえ、進化させたマタドガス。ロケット団に加わったことで得た財とコネクションに物を言わせ、【わざマシン】で習得させた電気わざと、多くのミッションで積み上げた戦闘経験は、個体としては劣った値を補って余りある。
宣言通り、僕は確かに僅差で勝利を──
「いいえ、あんたの負けよ」
そう、僕とカスミの戦いは僅差で、だからこそマタドガスは満身創痍。〈じこさいせい〉で粘ったスターミーに〈かみなり〉を叩き込んで勝ったものの、もう〈わざ〉の残りポイントは僅かで、だからこそ。
「ピカチュウ! あのバカに一発かましなさい……!」
少女の肩に乗った、本来自分の相棒になる筈だったマスコット。
そこから繰り出された〈でんこうせっか〉は、マタドガスを容赦なく叩き潰した。
◇
「敗因は?」
闘技場の土を踏む音。階下まで下りたボスは、敗者たる僕に冷たく問う。
「手持ちの差……そして、僕が弱かった」
「違うな。お前は勝てた。直接トレーナーを狙えばな」
そう、この最終試験は、そこを見るためのものだった。純粋なポケモンバトルでの対決など、ボスは命じていない。これまでの
「そんなにも、あの小娘とのバトルが楽しかったか?」
肩で息を切らしながら、やり切ったという目をしているカスミを。
そして、この戦いの決着に、悔し涙さえ浮かべている僕を見比べたボスは肩を竦めると、僕のワッペンに手をかけて、勢いよくむしり取った。
「今日限りで、お前をロケット団から追放する」
その理由を、僕は問うことはできなかった。だって、否定できなかったのだ。楽しかったことも、本音をぶつけ合う事が出来たことも。
たとえそれが、この戦いの後に別れを生むことになってしまったとしても。
二人旅の破局が避けられなかったとしても、今この瞬間だけは、本当の意味で、トレーナーとして向き合う事が出来ていたから。
「そんな目をした小僧は、私に必要ない。お前のポケモンもそうだ。どいつもこいつも、お前の為ならと動いていた」
慣れていないポケモンバトルで、いつもと違う命令で。それでも懸命に動き、戦ったのはどれだけ打算に塗れていても、悪意あるトレーナーや人間から守ってくれた僕の為だと、そうボスは犬猫を追い払うような仕草で手を振った。
もう顔も見たくはないと、唾棄しつつ指で弾いたバッジが僕の手に納まる。セキエイリーグの挑戦権──最後の資格たる、グリーンバッジが。
「精々足掻いて、やり直すことだ」
◇
「宜しいのですか?」
RED、いや、マサラタウンの小僧とハナダジムの小娘をジムに置き去ったままヘリに乗り込む私に、
「十二分に元は取っている。それとも、私の決定が不服か?」
「いえ、申し訳ありません」
そう強引に抑え込みながら、ヘリのシートに腰かけた私は、むしり取ったワッペンをぼんやりと眺める。
入団試験を楽々こなし、直接私が指示を出すに足るだけのエージェントになった小僧の目は濁っていたが、何処かその眼には、悲しみの感情があったことを今でも覚えている。
弱者や被害者など、世には履いて捨てる程いる。ままならない事情で、この道に踏み込んで来る者は当然多い。しかしだ。
“あんな目をしている小僧は、いつか正道に帰ったろうさ”
そしてその時は、自分達でも手の付けられない化け物になっていただろう。恩だの罪悪感などを抱かせて手を切れば、少なくとも今後暫くは関わろうなどと思うまい。だが、もしも。もしも本当の意味で正道に帰る日が来るのなら。
悪に義憤の一つも抱ける、一端のポケモントレーナーになれたのならば。
“私も、一人のトレーナーとして戦ってみたいものだ”
そんな、悪の親玉らしくない思いが脳裏に過ぎった。
◇
「負けたよ……完敗だ」
「そうね。正義は勝つって常識だし」
地面に座ったままの僕に、カスミは笑って立ち上がり、そして見下ろす。
「正直、あんたがロケット団だってことも、陰で散々悪さしてきたことも許せない。今すぐジュンサーさんに突き出すのが、一番正解なんでしょうね」
だけど、それをする気は全くないと言う。
「あんたみたいなのは罰を与えるより、一生後悔させる方が効きそうだしね。それと、もうあんたと旅もしない」
何処へなりとも行けばいい。そうして自分なりの償い方や、人生の楽しみ方を見つけてくるべきだと告げて。
「もし、あたしが認めてあげられるぐらい立派になったら、ハナダジムに顔見せなさい」
その時は、ちゃんと気持ちに応えてあげると。まるで本当の年上の様に笑って彼女は去っていく。
「ピカチュウ、こいつのことお願いね。なんか悪さしようとしたら、電気でも浴びせときなさい」
ピカ! と右手を上げて応えるピカチュウに、よしよしと頭をなでてカスミは去っていく。
残されたのは一人と一匹。そしてボールの中の瀕死のポケモンたち。
「ついて、来てくれるかな?」
そう小さく問えば、仕方ないなと言うように、ピカチュウは僕の肩に乗って、ぺちぺちと頭を叩く。
さっさと立ち上がって、自分の足で歩けと言うように。
◇
風の凪ぐ方、気の向くまま、セキエイリーグを優勝してからも、僕は世界を旅して回る。
自分が知っているのはオレンジ諸島までだったから、世界の広さと、何よりもポケモンの奥深さに驚かされたし、悪の組織から世界の危機まで、毎日が本当にせわしないものだったと思う。
「少しは、大人になれたかな?」
そう漏らせば、まだまだだと肩に乗るピカチュウはため息を漏らし、マタドガスが苦笑する。
ああ、やはりまだ自分は青臭い子供なのだろうと、そう思っていても、どうしても伝えたいことがあって、やりたい事が出来てしまったから、ハナダシティにやってきた。
「少しは、いい目をするようになったじゃない」
一緒に旅をしてきた頃より、少し大人びたカスミは、再会するなりそう微笑んでくれた。
「地方リーグ、優勝おめでとう」
「ありがとう、今日は、カスミに伝えたいことがあるんだ」
そう言って、一枚の書類を出す。テレビ中継もされていたから、既に知っている事だろうが。
「ああ、そっか。ジムリーダー試験も、合格したんだっけ」
恍けていることぐらい、顔を見れば分かる。それでも口にしたのは、はっきり伝えろと言いたいからだ。
「このジム、赤字続きだって言ってたよね?」
「お生憎様。どっかの誰かが鍛えてくれた美少女ジムリーダーがいるから、今じゃカントーで一番難易度が高くて盛況なジムよ」
「そっか、でも」
それでも、僕はやりたいことを伝えたいから。
「僕を、ジムトレーナーとして雇って欲しい」
「それが、本当に言いたいこと?」
いいや、まさかと僕は笑い、そして告げる。
何処までも弱かった、一人の男の前世。
そして──ずっとずっと、君に伝えたかった本当に気持ちを。
一〇年以上前にプロットだけ書いてお蔵入りしていたポケモン2次のプロットが出てきたので、供養として強引に短編にして投稿させていただきました。
本当はカントー編で完結させる中編小説の予定だったのですが、作者のポケモン知識はゲームがピカチュウ版、アニメはオレンジ諸島、漫画は電撃ピカチュウとポケスぺ3巻ぐらいで止まってしまっていた為、一から情報収集を行うのが困難だったというのがお蔵入りの理由です。
短編化にあたってかなり強引に纏めてしまっているため、語り切れていない部分がありますが、質問等ございましたら感想欄で可能な限りお答えしたいと思います。