01 懐かしい顔ぶれ
青い空、白い雲──広がる海は何処までも美しい南の楽園、オレンジ諸島。
その水平線に続く海をぼんやりと眺めながら、僕は軽く息を吐く。
「もう少し、ゆっくり回っても良かったかな?」
「出来たらずっと居てくれても良いわよ~? ウィナーズカップの名誉トレーナーで、セキエイリーグのチャンピオンなんて、それだけで話題性抜群で島興しになるもの」
既に各
みっちゃん、という愛称は僕が好んで呼んでいる訳でなく「みっちゃんって呼んでね」とウィンクしながら名乗った、彼女の本名を知らないからだ。
余人からしたら、〈なみのり〉ポケモンを所持している僕が船旅などしているのは奇異に映るかもしれないけど、島から島への距離が近いか。或いは船が出ていないならポケモンを利用するが、現地でお金を落とすことは、余裕のあるトレーナーのマナーのようなところがある為、出航する船便が出ているなら、極力そちらを利用することにしていた。
第一にして、速度と安全を第一にしたいならカイリューでひとっ飛びすれば済む話。
焦眉の急ならいざ知らず、そうでなければこうしてぶらりと楽しむのも、旅の醍醐味というものだ。
“その時間も、もう終わりは近そうだけど”
目指すはアーシア島──。オレンジ諸島の海の果てに待つ島こそ、僕の目指す最後の目的地ということは、島への便を出してくれたみっちゃんも承知の筈で、彼女が僕に「残れば良い」と言ったのは冗談半分に過ぎない。
“それにしても……”
ふと、舵輪を握るみっちゃんの背を見つめる。凪のように穏やかな海とはいえ、小型船だというのにまるで揺れを感じない航法技術と言い、微動だにしない体幹と言い、小型船に限ってしまえば、これまでのどの船より乗り心地の良い時間であった。
「あっ、ヤダ! もう、そんなにお尻ばっかり見ないでよ!」
「あ……いえ、そのようなつもりは……申し訳ありませんでした」
照れながら片手で引き締まって小振りなお尻を隠すみっちゃんに、慌てて僕は視線を逸らした。誓ってお尻を見ていた訳じゃないのだけれど、まさかロケット団で培った技術が、こうも錆びているとは思わなかった。
“これは、こっちも鍛え直しかな……”
「ぴかぁ……?」
バチバチっ、と船でくつろいでいたピカチュウがジト目でこちらを見据え、次の瞬間には頬の赤い電気袋に、帯電の火花が散る。
待って欲しい。決して僕はみっちゃんのお尻を見ていたんじゃなくて、彼女の足を……と思わず口から出かけた言葉を呑み込んだ途端、バチィ! と軽く電気を浴びせてきた。
「……痛い」
「ピっ」
痛くしてんだよ、と翻訳機が無くても声音で十分言いたいことは伝わってきた。
アイを救って以来、僕が女性に色目を使っていると見るや、このピカチュウは容赦なく電気を浴びせて来やがるのである。
“実力的にもベストメンバーには遠いし、何でこんな可愛くないのと旅してるんだっけ、僕”
旅をする以上、妥協は一切抜きで徹底的に鍛え上げたし、〈なみのり〉も習得させてやったというのに、恩を仇で返すとはこのことではなかろうか?
まぁ、仮に懐いていたとしてもライチュウに出来ない時点で、ベストメンバーでなくマスコット扱いは確定しているのだが。
問答無用で進化の石を使おうとしたら、〈でんこうせっか〉で本気の一撃を人間の僕に見舞ってくれやがったのは、今でも忘れられない記憶である。
懐く懐かない以前に、とことん可愛くないと感じる電気ネズミであった。
「え? 君達ってベストパートナーじゃないの?」
「……それ、リーグ本部の宣伝なんですよ。ホントのベストパートナーはこの子です」
言いつつモンスターボールからマタドガスを出す。
日光を浴びて気持ち良くプカプカと浮くマタドガスは、出てきた途端僕に頬ずりをしてきたので、軽く頭を撫でてやる。
「へぇ~、確かにリーグでも活躍してたけど、以外な組み合わせね」
「ピカチュウがボール嫌いで常に肩に乗っていたのを良いことに、写真写りの都合でリーグ本部とポケモン協会が勝手にベストパートナー扱いしたんですよ」
動きが速くとも打たれ弱く、ライチュウに進化出来ないから技の威力もベストメンバーには劣る以上、何処まで行ってもピカチュウは見せ札の域を出ない。努力値は兎も角として、個体値は中の上ぐらいの位置だしね。
“なのに強引にスタメン登録されたもんだから、セキエイリーグは、この電気ネズミのせいで実質縛りプレイも良いとこだったんだよなぁ……”
レベルを上げて物理で殴るだけで済んだゲームと、現実のポケモンバトルは違うし、この世界のセキエイリーグは、アニメのようにアマチュア級トレーナーの頂点を決めるものでもなかった。
アニメの世界ならポケモンリーグ優勝の後、各地から集ったアマチュア級チャンピオンと雌雄を決するチャンピオンリーグを優勝。
そこでようやく四天王に挑戦できると言った、長く迂遠な道のりだったが、この世界ではゲームとアニメを混ぜたような形式になっていたのである。
セキエイリーグの出場自体はアニメと同じく、ジムバッジ獲得者やポケモン検定資格者、ポケモンゼミナール上級クラス卒業生が参加資格を得られるものの、規模と実力は桁違い。
過去に語った通り、本選優勝・準優勝者の僕とシゲルが四天王への挑戦権を得られたばかりか、表彰式もないまま四天王に挑んだ点からして、本選出場者のレベルの高さが窺える。
“この世界におけるセキエイリーグは、それこそ世界で一〇指に入る玉座の一席を決める頂上戦。
分けてもセキエイは、『空位の玉座』を守護し続けたワタルのドラゴン軍団ってブランドもあって、他地方より注目度や挑戦者の質も頭一つ高かった訳で……”
そんな大会だからこそ、公式戦でベストメンバーを出さずに勝ち上がれると思う程、僕は自惚れていないし驕りもなかった。
やるなら全力で、徹底的に、運以外のあらゆる要素を排除した上で勝利を掴まずして、どうするのかという話だ。
オレンジリーグにしても、優勝者たる名誉トレーナーが手持ちポケモンの足型と集合写真を飾るアニメと異なり、『殿堂入り』した名誉トレーナーの石像が展示されるという規模の物に変わっていたし、当然サザンクロスの帥にして、ヘッドリーダーたるユウジの実力も四天王級だった。
話が長くなったし、余談も過ぎたが、詰まる所僕はこのピカチュウをカスミからのお目付け役として傍に置いているのであって、別にベストメンバーでもパートナーでもない。
その位置はマタドガスだ。それだけは断固として譲らない。
……譲らなかったのに、電気ネズミを宣伝の為だけに、強引にパートナーに設定したリーグ本部と協会には本気で怒りたくなったし、実際に怒ったからこそ、こうして他所を回っている。
チャンピオンになってから、リーグ本部やポケモン協会からノルマとして、色紙や手持ちポケモンとの集合写真にサインを書いては郵送していたり。
各地のラジオやテレビ番組に出演したりと、最低限の仕事はこなしているが、それ以上の仕事をする気にはなれなかった。
マタドガスをベストパートナーに認定し直すなら、何時でもリーグ本部の為に身を粉にして働く。
カントー圏内に止まらず、各地方でのエキシビション・マッチの遠征も喜んで参加するとは再三伝えているのだが、今のところ全く音沙汰は無いと付け加えておく。
代わりに居場所は逐一報告しろ、取材だのコラムだのは必ず受けろ、チャンピオンのイメージを崩さず愛想よくしろといった命令が、一方的に届いて来ていたが。
“何だろう……ロケット団時代が無性に恋しくなってきた……”
よもや檜舞台でスポットライトを浴びるチャンピオンになってから、無頼の日々に後ろ髪を引かれようとは夢にも思わなかった。
「ピぃ……?」
お。今良からぬこと考えやがったな?
って、言わんばかりに帯電するのは止めて。
当たっているけど止めて。
出来たらオーキド博士の所に送り返して、永久に手持ちから外したいって何度か思ったけど、放電は……って、やったなコイツ!?
今日という今日はボールに押し込んで、出られないようにガムテープでぐるぐる巻きにしてやる……!
と、掴みかかろうとした矢先、がくん、と大きく船尾が沈む。
「気を付けなよ?」
「ぴか……」
申し訳ない、と海にダイブしかけたピカチュウを片手でキャッチし、しっかりしがみ付けるよう頭に載せる。
この程度は僕にとってもどうということは無いし、みっちゃんもこの程度の荒波では全く動じてないけど、流石にこれは異常だった。
「雲行きが変わった……、どころではないですね」
「そうね……兎に角、しっかり捕まっててね!」
勢いよく舵輪を回転させ、ロデオの如く小船が大海原を跳ねて行く。
先程までしおらしくしていたピカチュウだったが、身を竦ませるということはなく、落ち着いて周囲を見回しつつ、踏ん張っているのが感触で分かる。
マタドガスはいざという時は浮き輪代わりにもなるのだが、流石に出番は無いと思うのでボールに戻し、最悪船が沈んでも生き残れるよう、カイリューのボールにはしっかりと手をかけておいた。
“尤も、この操舵なら間違いなく無事に辿り着けるだろうけど”
「お待たせ! 見えて来たよ!」
この程度問題の内にも入らないということを伝えるように、笑顔で振り返ったみっちゃんに頷き、正面を見据える。
灯台を越えたその向こう──曇天の切れ間から差し込む光に照らされた、アーシア島が見えていた。
◇
「あらぁ。みっちゃんじゃん! 久しぶり!」
「あらまー、よっちゃんじゃん! 何年ぶりだろう?」
言葉だけなら和気藹々としたものだが、停泊するや否や、大仰な仮面を付けた民族衣装の一団に取り囲まれるというのは、中々にホラーな絵面である。
その中からみっちゃんと同じ年頃らしい女性が仮面を脱ぎつつ相好を崩した、よっちゃんなる女性と、みっちゃんは旧知の仲らしいが、五年ぶりの再会になるとのことであった為、どうやら疎遠であったらしい。
「その恰好からして、お祭りには間に合ったみたいね」
「タイミングバッチリねぇー、そう、今日からなの。そっちの子、何処かで……え? ひょっとして」
「そう! セキエイリーグのチャンピオンで、オレンジリーグ:ウィナーズカップ名誉トレーナーのサトシ君! オレンジ諸島巡りの最後に、この島に来てくれるって言うから連れて来ちゃった!」
がしっ! と背後から両の肩を掴みつつ、満面の笑みで紹介するみっちゃんだが、突然の紹介以上に、強い磯の臭いの中に混じって、微かにフルーティーな香水の香りが鼻腔をくすぐった。
「──どう?
言葉も出ないわ……と漏らすよっちゃんだが、僕としては耳元で囁かれるようにみっちゃんに呟かれた方が驚きだった。それはさておき。
「
脱帽と共に一礼して船から降りる。船酔い、陸酔いとは無縁だけど、こうも注目を集めるのは──もう慣れたものだったとしても──元エージェントとして居心地が悪い。
「言い伝えに曰く『世界の破滅の時、海の神顕われ、優れたる操り人と共に、神々の怒り鎮めん』というが……よもや祭事にアンタのようなお客人をお迎えできるとは……! ああ、固く並んで宜しい。あくまでこれはしきたり! 存分にお祭りを楽しんで下され!」
年配の、おそらくはアーシア島の市長なり町長なりを勤めているのだろう老人が仮面を取って握手を求めてきたため、その手を握り返す。
“手に漁業や農作業特有のざらつきは無し。インクの爪汚れに、ペンだこか”
どうやら予想は正しそうだと思いつつ、昔の悪い癖が直っていない我が身に苦笑した。とはいえ、勘を取り戻すなら悪いことでもないだろう。
記念写真も求められたので、そちらも快く応じつつ、子供達へのサインも忘れない。
さぁ出番だぞピカチュウ。(仮の)ベストパートナーとして、声援を浴びて揉みくちゃにされて来い。
「ぴぃ」
都合のいい奴めって言いたいんだろ。分かってるよ。
“でも、お前だって満更じゃないじゃん”
ご丁寧に僕のサインの横に手形を押すとこまで、スムーズにやってるし。
「ところで、よっちゃんは相変わらず巫女さん、ピーヒャラやっている訳?」
「流石に引退よ。今は妹のフルーラが引き継いでるわ。フルーラ! 貴女もいらっしゃい!」
「はいはい、分かったわよ……全く。皆はしゃいじゃって」
言いつつ高台から降りてこちらに近づくのは、背丈からして僕より少し年上と分かる齢の少女だ。
ピンクのノースリーブシャツにジーンズというラフな出で立ちといい、肩に提げたショルダーバッグといい、伝統衣装に身を包んだ島民の中で、彼女だけは現代っ子らしい見目であった。
「でも、へぇ……あたしもテレビで観てたけど、本物も中々ね」
サングラスごしに上から下まで値踏みされつつ出た評価がこれというのは、男として自信を持って良いのだろうか?
少なくとも、異性との交遊なりスキンシップなりで極端に目が厳しくなるピカチュウの爪の立て具合から察するに、余人からしても中々に高評価らしいのは分かった。
「はい。──じゃあ歓迎」
ただ……、その後に左頬に触れた唇の感触については、思わず目を丸くするしかなかったが。たとえバチバチといつもより強めの制裁が来ても、目をパチパチとさせるしかリアクションが取れなくなる程度には。
「顔真っ赤ね。ま、これもしきたりってことで」
またね。とキスの際に外したサングラスをかけ直して去っていくフルーラさんの声で、ようやく電気の痛みを覚え始めたが、周囲は既にお祭りムードらしく、立ち呆ける僕の背を押して、前に前にと進めて行った。
「色男さんねぇ、チャンピオン」
とんとん、と。指で肩を叩かれる僕の横で、みっちゃんはそう苦笑していた。
◇
「あれま」
「お?」
「RE……チャンピオンだニャ……!」
「……これはまた」
懐かしい顔ぶれだと思いながら、案内された大型コテージ内の食堂で、テーブルを囲む三人組……正確には二人組と、人語を解するニャースという奇抜な面子の席に自分も腰を下ろすことにした。
ムサシ、コジロウ、ニャース……ポケットモンスターの世界を知る者なら、謂わずと知れたロケット団のトリオである。
「バカンス中かな?」
「まー、そんなとこね」
「なにしろ俺達、出世続きだからな! ほれほれ!」
言いつつロケット団のフロント企業である、ロケット・コンツェルンの社員証を見せびらかしてくるのはコジロウだけでなく全員で、ニャースですら胸を反らしていた。
「Aクラス……。本当に出世したね」
ロケット団とロケット・コンツェルンの階級は、ごく一部の例外を除いて連動している。
Aクラスというのは、色や数字といった専門のコードネームを与えられ、特別任務を与えられるだけの権限を有したエージェントや、幹部が帯びる階級だ。
ムサシ・コジロウのように、バディを組んで動くチーム制の制服組はこれ以上昇進できないから、上り詰めたと言っていい。
余談だが、Aより上はスペシャル・エージェントこと通称『R付き』だけで、ロケット・コンツェルンではRクラス(特別社員)として扱われている。
ただ、上位クラス内でも上下や役職に応じた仕切りが存在している為、社員証を持っていない団員も少ないながら存在している。
その数少ない例外が僕で、Rを与えられた立場にありながら、トレーナーとして旅立つまでは未成年扱いで社員証が渡されず、トレーナーとなってからも悪目立ちを避けるために、敢えて持つことは避けていた。
「おかげで会社系列は、全部フリーパスで無料ですのよ~ホホホっ!」
「この島でもちやほやされ放題!」
「……まー、その分仕事も多いんだけどニャー……」
「それがAクラスだからね」
ロケット・コンツェルンは企業実績もさることながら、手を広げた分野もまた凄まじく広い。
ポケモンセンターで使用される、ポケモン用の最新医療設備。
【わざマシン】、【ふしぎのアメ】といった、【どうぐ】の開発・製造。
果ては人工衛星などの宇宙開発プロジェクトまで立ち上げているのだが、ロケット・コンツェルンの社員証を有したロケット団員の表側の活動は、主に手持ちポケモンと共に要人警護や、各企業への派遣警備を行うことにある。
Aクラス社員ともなれば、ロケット・コンツェルンの顔にも等しい地位で、彼らには先にムサシ達が挙げた『特典』だけでなく、一般社会でも尊敬の念を以って迎えられる。
それこそAクラス社員は、その実力を買われて警察機関と連携して──勿論ロケット団以外の──厄介な犯罪者・犯罪組織を追い詰めることも多い。
休暇中であったとしても、Aクラス社員は社員証の携行を義務付けられ、各地のジュンサー達から協力を要請された場合は、進んで応えるよう通達されていると言えば、どれだけ責任ある立場かは想像に容易いことだろう。
……尤も。言うまでもないが、ロケット・コンツェルンは何処まで行こうとロケット団の表看板に過ぎず、Aクラス社員の大半は、堅気でなく組織の構成員である。
彼らAクラスは警護する要人の弱みを握り、派遣先の会社の企業データを盗み、ロケット団の仕業とは決して気付かせぬよう、ありとあらゆる痕跡を消すプロの中のプロなのだ。
警察機関と協力するのも、その懐に飛び込んで内部情報を洗い出す為のもので、決して善意のボランティアでないことは、説明しなくてはならないだろう。
とはいえ、裏稼業であるにせよ、ムサシ達が入団してから今日までの二年という短期間でAクラス入りを果たしたのは、エリート街道を邁進していると言って差し支えない。
主人公一行のやられ役という『お約束』さえなければこうなるというのは、過去に彼らと何度か仕事をしたことのある僕としても、素直に驚きだった。
「いやはや! コンツェルンの方々ともお知り合いとは、顔が御広いですな。チャンピオン!」
ゴマを擦るように満面の笑みで近づくのは、祭りの衣装を着こんでいないところから察するに、島民でなくバカンスに訪れた富裕層の人間だろう。
上等なリネン生地の夏用スーツの襟には、『ホワイト・スターミー・ライン社』の社章が輝いていた。
“……よりによって、あそこの役員か”
カントーが世界に誇る豪華客船、サント・アンヌ号を保有する大企業も今は昔。
二年前、サント・アンヌ号内に血の雨が降ったことでホワイト・スターミー・ライン社株価が暴落し、倒産寸前になったところをロケット・コンツェルンが買収したことで、社員共々子会社として首の皮一枚繋がった訳だが……。
“元を糺せば、ロケット団の内部抗争が原因だから、あの一件は完全にマッチポンプに等しいんだよなぁ……”
この役員が全ての真相を知っている筈もなし。やや肥満気味の体を揺らしながら、景気よく料理を注文してはムサシ達に奢っていた。
「コンツェルンの皆様方には、本当に感謝しております……あの忌々しいロケット団から多くの命を救って下さったことは、オレンジ諸島の皆が覚えておりますとも」
その忌々しいロケット団が、ロケット・コンツェルンと表裏一体の関係であることを知らないところからして、本当に堅気の人間なのだろう。
探りでも入れに来たか? と警戒するだけ取り越し苦労だった訳だが、この役員が口にした通り、ロケット団とロケット・コンツェルンは、表向きは対立関係にあることになっていた。
ロケット・コンツェルンの誕生はロケット団と同時であったが、最初期のロケット団は地下深く潜っており、表看板であるコンツェルンの方が──犯罪行為による資金繰りもあって──潤沢な社員と設備を備えていた。
そうして表向きは真っ当な企業として成長させてから、そこに付け入る形(という体)でロケット団がようやく表舞台に姿を見せ、ロケット・コンツェルンの名を騙ってのネガティブ・キャンペーンや、時として支社への恫喝を大々的に行うことで、両者は名前が似通っただけで、不倶戴天の関係だということを世間に印象付けたのであるが、それはさておき。
「ありがとうございます……と言っても、二年前の俺達って研修期間中だったから、直接関わってないんですけどね」
『REDは関わってた訳?』
『当事者だよ。二年前はREDじゃなくて、NUMBERSのコードネームで“サンダー作戦”に従事してた』
ムサシと机の下で軽く足を蹴り合うが、これは仲が悪いのでなく、互いにモールス信号と、ロケット団独自の符丁を混ぜての会話である。
『NUMBERSって、トレーナー以外のAクラス・エージェントで構成されてたわよね? あんたなら“COLLARS”じゃないの?』
『二年前にCOLLARSは存在してなかったし、そんな住み分けもされてなかったんだよ』
先に語った通り、現在のロケット団内においては、単独行動を許され、特別任務を担うAクラス以上のエージェントには、ポケモンを用いずに作戦行動を実行するNUMBERSと、ポケモンと共に行動するCOLLARSの二つが存在している。
いずれもロケット団内で最高の実績を誇る
僕のように、ロケット団の象徴たる『R』の文字をコードネームに賜るのがCOLLARS最高戦力の証だが、NUMBERSの最精鋭は、一桁代の数字である
『なんでまた
『
僕とシゲルがお互いを『R付き』どころか、ロケット団に在籍したことさえ知らなかった理由もここだ。
ポケモンを持っていないか、ポケモントレーナーであることが専門でないNUMBERSは離反・造反されても、R付き以外のCOLLARSが複数人動く程度で対応できる。*1
が。リーグ級でも指折りのポケモントレーナーたる『R付き』が纏まって謀反を起こせば、如何にロケット団と言えども手強く厄介だ。
最高戦力の『R付き』は横との繋がりを断ち、ボスの命令にのみ関心を払う。たとえ同じ『R付き』が裏切っても、『R付き』の粛清にはボスが直々に動く。
互いが顔を、経歴を一切知らず、『R付き』同士で連携を取ることや、Rを帯びていない格下のCOLLARSを指揮することさえ許されない。
ボスに比肩し得る危険極まりない戦力を有し、シゲルのように忠誠心でなく、実力一つでRカラーを拝命する人間を許容するのは、こうした保険あってこそ。
どれ程の力を持っていても、『個』は決して『軍団』に勝てないというのは、ミュウツーのそれと同じ理屈だ。
孤高の強者だからこそ、『R付き』はその存在を許されている。
『興味がてら聞くけど、当時の数字は?』
『……。
なんだよ。名前負けしてるって言いたいなら言えよ、と無言のままこちらを見つめるムサシを軽く睨みかけたが……この世界にMI6もジェームズ・ボンドも居なかったなと、考えを改めて表情を直す。
どうやら似合わないから驚いているというより、引き攣っているという方が正しいらしい。
大人法など基本的に存在せず、一〇歳から一人前扱いされる世界と言えど、流石に八歳児が
◇
「……と。失礼、どうやら本社からの呼び出しのようです」
どうかごゆっくりなさって下さい。と、丁寧に頭を下げつつ慌ただしく去っていく役員を見送ってから、僕は周囲に見回して向き直る。
本社からの呼び出しというのは本当だろうが、タイミングが良過ぎる。
どうやら僕達以外の何某か……おそらくはロケット団の工作員が、無駄話をさせない為に本社を動かして切り上げさせたのだろう。
「バカンス中でも、お構いなしか」
「ま。宮仕えの常って奴よね。あたし達だって何時動いても良いようにしてる訳だし」
「で? 天下のチャンピオン様は、いざって時は俺達と協力してくれたりとか?」
「むしろすべきニャ! ニャンたって、今のニャー達は正義の味方なのニャ!」
「成程」
ロケット団としての活動を支援しろと言われれば、流石に断らざるを得なかったが、ニャースの口ぶりから察するに、どうやら犯罪組織か何かを相手にする類の任務らしい。
そして、役員が離れてから、ガチャガチャと大人達のテーブルに置かれるジョッキや皿の中に混じる、規則性のある音を解読することも忘れない。
『
「了解、受けるよ」
ロケット団時代の暗号を懐かしく感じながら、僕は笑顔で首肯した。
ホワイト・スターミー・ライン社の名前の元ネタは、まんまですがタイタニック号やオリンピック号で有名な『ホワイト・スター・ライン社』です。
ブラック・スター・ラインにしようかとも悩みましたが、ポケモン世界を前面に出したかったので、こちらを採用しました。
ちな、オレンジリーグ優勝者の像が飾られるという設定は、漫画『電撃! ピカチュウ』から引っ張ってます。
この漫画お勧めしたいけど、もうプレミアで高いし、単行本未収録のお話もあるのが辛いとです……(電子書籍化キボンヌ)