「行っちゃったね。キスしてあげるって言ってたけど、あれ、本気?」
私はREDの帽子を掴んだまま、彼が去って行った遥か彼方を見つめる
「……サトシ君が誰を好きでも、私の人生の主役は私よ」
都合の良い
「誰が先に出会ってても、私と出会う前に、どんなドラマがあったって関係ない。
サトシ君の傍に居ない、顔も知らないどっかの女に、譲って降りて堪るかっての」
「気に入ったわ──なら、見せ場の一つぐらい作って上げる」
ただ健気な。叶わぬ恋と受け入れながら、後でいい想い出に振り返って浸る小娘ならここまでにするつもりだったけど、これだけ骨のある言葉を聞かされて放っておいちゃ、どんなに妬ましくても女が廃る。
「『こちら009。海の神、ルギアの巫女を確保。REDは
『コンツェルン本部より009へ。Aクラスを動員したヘリ大隊が、間もなくアーシア島空域に到着予定。総指揮は社長自ら執られる。009は追って指示を──』
「『──では、直ちに社長に繋ぎなさい』」
有無を言わさぬ口調であるが、通信士もそこで動じる程素人ではない。最高幹部に匹敵する
『私だ。報告を、009』
「『REDは【火の宝玉】を確保しましたが、敵の介入によって、未だ二つの宝玉を確保しないまま本陣に切り込みました。保険を瑕疵なく発動させるためにも、至急、残る二つの秘宝を確保する必要があります』」
『良かろう』
低く。そして強い声音で無線越しにサカキ様が頷く。
『REDに同行したWHITE HOLEを雷の島に向かわせる。氷の島にはお前が行け……それが望みだろう?』
本来ならば、巫女を確保した時点で安全圏に下がるのが最も賢い。それでも敢えてサカキ様が任務の優先順位でなく、私の、女としての個人的な動機を優先させてくれたのは、サカキ様もまた己の感情に忠実だったからだ。
「『感謝します』」
『礼には及ばん。今日に限っては、私も自由に動くつもりなのでな』
◇
「男女交際、好きだ惚れたでガキンチョが色気づくなー、一〇年早い」
「まぁ、小卒大人法が罷り通るご時世だし、良いんじゃない?」
『小学校卒業皆が大人法』……略して小卒大人法などと称されるように、この世界では一〇で義務教育が終了し、結婚だろうが飲酒だろうが全て本人の責任で、当然だが少年法も一〇歳からは適用されない。
何もかもが自己責任の世界で、行方不明となるトレーナーとて数知れないのが、この世界の在り方だ。
「……にしても。さっきの女の子とのやり取り、あちこちでやってるのニャ?」
「あんな真似は今回が初めてだよ……ああでも言わなきゃ、泣き止まなかったろうし」
正直、ああいうのは本当に似合わない自覚はある。僕自身は二枚目でも何でもないのだから、余程のことがない限りやる気はない。
「それで……堅気が居なくなったから聞くけど、組織の目標はあの飛行宮で良いのかな?」
「そーね。ロケット団に、砲弾やら何やら非合法なブツの取引の依頼が来てたから」
「取引はスマートに行いつつ、組織の邪魔になりそうなら潰す気でマークしてたんだけど」
「まさか……サンダー達を捕獲しようとするぐらいの、大馬鹿とは思わなかったニャー」
伝説のポケモンを捕獲できるような代物を作るのも大概だが、それを売るのも買うのも大概である。とはいえ、ロケット団が売らなければ、力を付けた他所の組織の手に渡りかねない以上、やり口としてはむしろ正しい。
ロケット団は世界征服を目的にしているものの、支配する世界を崩壊させるような手合いと組むことは決してない。
兵器を始めとした諸々の撒き餌で邪魔者を釣り、潰すのはロケット団の常套手段だった。
「しっかし、バカスカ撃ってくれちゃってまぁ!」
一度は逃げられた標的が再度姿を見せたからだろう。カイリューは兎も角として、僕達が受ければ文字通りの意味で粉微塵だが、馬鹿の一つ覚えにも程がある。
「砲弾が無力化されていることに気付いていない? ……いや、違う」
砲弾は僕達に防御を選択させる為のもの。相手の狙いは未だサンダーに有るらしく、僕達が一時的に引いたのをいいことに、そちらの捕獲を優先したらしい。
「……ご丁寧に、カイリューの〈はかいこうせん〉の射線を遮る位置にサンダーを誘導させたか」
「頭良いニャー」
褒めたくはなかったが、ニャースの言う通り敵ながら見事な手際である。とはいえ、こちらのすべきことは変わらないのだが……。
「インカムを押さえているようだけど、どうしたの?」
「……悪いんだけど、ボス直々の指令ニャ」
「これからって時だけど、途中下車かぁ……」
「本陣突入で大立ち回り! 俺達の見せ場だった筈なのになぁ……」
あーあ。とムサシとコジロウは肩を落としたものの、それでもプロである以上、ボスの命令には絶対服従だ。
「そういうことだから、先行ってて!」
「もしかしたら、俺達が戻るまでに終わってるかもだけどな!」
「無理は禁物にゃ! 時間稼ぎして、精鋭部隊の突入を待つのも一つの手ニャ!」
「ありがとう──気を付けて」
「お互い様ニャ」
にっ! と笑顔を作りながら、親指を立てる
「じゃ、行って来るにゃRED! それから、これ渡しとくニャ!」
投げ渡されたインカムを受け取れば、彼らは臆すことなくカイリューの背から飛び降りる。
風に流れていく彼らは、背中に背負ったリュックから小型のハンググライダーを展開し、瞬く間に小さくなってしまっていた。
「……本当。僕には勿体ないぐらい、いい友達だよ」
彼らが何処を目指し、何を目的にしているのかはすぐ分かった。
「さて。これでようやく、やり易くなった」
皮肉な話だが、何処まで行っても僕は
主人公に相応しい
──即ち、敵対する者は蹂躙せよ、だ。
「抉れ」
冷たい、底冷えするような
“できれば轟沈させてやりたかったが、流石に無理か”
〈ひかりのかべ〉を思わせるような、特殊なバリアを全体に張り巡らせているのだろう。そうでなければ、ポケモン城から今日までの間に仕上げ切った僕のカイリューの〈はかいこうせん〉を受けて、この程度で済む筈がない。
カイリュー自身はこの結果に不満気であったようだが、僕が「よくやった」と背中を撫でつつカイリューに非がないことを示せば、カイリューも嬉しそうに尾を振った。
“さて、全てを叩き潰しに行こう”
◇
「あーあ……丸くなったと思ったけど、早速やらかしてるわねぇ……」
空を薙ぎ払う破壊の熱線。バリアを貫通し、見るも無残な姿を晒して半壊する飛行宮の姿は、遠巻きから見る分にさえ近寄り難い。
REDが別格なのは当然としても、R付きという奴は、ロケット団の切り札にして、文字通りの戦略兵器なんだということをつくづく実感できる。
「あれ、サトシ君がやったの?」
「なぁに? カッコいい男の子の怖い所を知って、怖気づいちゃった?」
「まさか。普段大人しい子ほど、怒らせたら怖いのは当たり前じゃない」
「全然知らない癖に、分かってるじゃないの」
偶に居るのだ。こういう男を見る目を本能的に心得ている女という奴が。表面だけでなく、奥底までしっかりと見定めた上で外さない、生まれながらの女という奴が。
“そういう子ほど、ここぞという場面で好機を逃さないから始末が悪いのよねぇ……”
嗚呼、ホント。どうしてこう強敵になりそうな奴に塩を送ってしまったのか。
今更ながら後悔が鎌首をもたげてきたが、吐いた唾を飲むほど狭量でもないつもりだ。
「……あの、それで。今更なんですけど、お姉さんって何者なんですか? なんで、お姉ちゃんの友人に変装を?」
「最初の質問については、ヘリのロゴ見たら分かると思うけど、ロケット・コンツェルンのエージェントよ。一応、貴女の島に来てた三人組と同じ身分」
あの陽気な三人組とは年季も任務内容も完全に別次元だが、素人娘にそこまで語ってやる気はない。ただ、後半に関しては別だ。
「貴女のお姉ちゃんのお友達に化けてたのは……まぁ、なんていうか。半分は私個人の興味ね。二年前から唾つけてた子が、どんな感じに育ってくれたか品定めしたかったの。
結果は予想以上だったわぁ。何しろアーシア島に着くまでに、私の正体を見破ってたもの。伊達にお尻を見てた訳じゃなかったわね」
あの子がここに居たら、「009が背丈を調整する為に履いてた、厚底靴を見てただけだよ……人聞きの悪い」と恨み言の一つぐらいは言ったかもしれないが、それでもちゃんとお尻も見ていたのだから、嘘ではない。
澄ましていようが良い子ぶろうが、何だかんだ年相応かそれ以上に男の子なのだ。
「……お尻」
「あと、お臍とか太腿とか腰も好きね。……おっぱいは……人並みに好きってぐらいかしらね? 多分」
確信という程でもないが、カスミなる小娘の服装と、あの子が女性に向ける性的な視線は大体一致している。
別にそれを悪く言うつもりはないけど……、なんていうか、プロにしちゃ分かり易過ぎたのよね、色々と。
「それより船の運転、しくじるんじゃないわよ?」
「見くびらないで! アーシア島の子は、船が揺り籠なの!」
一家言に相応しい操舵のキレ。そこは私も認めて上げるし、だからこそ任せて上げた。一から十まで私がやってちゃ、子守りと何ら変わらないんだから当然だ。
「良い腕してるわ」
他人は滅多に褒めない私が、太鼓判を押す程度には出来る女だ。その気があるなら、コンツェルンへの入社を口利きしてやっても良いと思えるぐらいには。
「ありがとっ! 謎のお姉さん……! いい加減名前ぐらい教えてくれない!? みっちゃんじゃないんだし!」
「馬鹿言ってんじゃないわよ。チャンピオンにだって教えてないのよ?」
私の名前を最初に伝える相手は決めてる。何だかんだと聞かれても、普通は絶対答えない。それがホントのロケット団だ。
「ちぇ。じゃあ009さん! この先はどう進む気!?」
海は凍って大地となり、吹雪の空を猛る伝説の一羽が羽ばたいている。
フリーザー。特別保護指定されている伝説の鳥ポケモンにして、オレンジ諸島では氷の神と崇められるポケモンが、〈れいとうビーム〉で海を氷の大地に変え続けていた。
「……成程。自分だけじゃ敵わないから、海を地面に変えて、陸系ポケモンを招集したい訳か」
水系ポケモンやひこうタイプのポケモンも、アーシア島を……正確には飛行宮目指してやってきていると報告が来ていたけど……。
“馬鹿な鳥。雑魚をどんだけ集めたって、敵う相手じゃないってのに”
第一、集めきるまでにフリーザーは捕獲される。現に今、敵の自立機動型の拘束具が狙いを定めに来た。
「ちょっと、コンツェルンの人達が来てるんでしょ!? なんで止めないの!?」
「宝玉の回収が優先だから」
フリーザーからしたら、飛行宮の元凶も私達も、等しく世界を壊す『人間』という種族にして敵なのだ。
「何より、ここでフリーザーを捕まえて貰わないと、雲霞の如く移動する野生ポケモンのせいで、作戦行動に支障をきたすわ」
大移動する雑魚共には、フリーザーという司令塔を捕まえることで、一旦引き返して貰わないと私達が困るのだ。
「……ヤな合理性ね」
「軽蔑は受け入れるわ。だけど」
それを承知で進んでこそ、私達はプロなのよ。
◇
「雷の宝玉」
「ゲットだニャ!」
「いやー楽勝楽勝っ!」
ニャー達にかかればこんなもんだニャ! それでムサシ、この後どうするのニャ?
「祭壇まで行くのよ!」
009との合流地点はそこ。ニャーと同じように、人語を解するヤドキングが待ってるらしいニャ。にしても。
「R付きって、やっぱしバケモンだニャー……」
砲弾は弾くし、飛行宮のバリアーは潰すし、遠巻きに見てるだけでも、伝説のポケモンよりずっとおっかないニャぁ……。
「ありゃ特別よ」
「なんてったってボスの腹心だし……いや、それでも怖いけど」
「敵にならずに円満退社してくれたの、ホント助かったニャァ」
カスミって子の為に、ボスと真っ向からぶつかってたら、多分トキワジムごとニャー達は吹っ飛ばされてただろうし……って言ってるうちに着いたニャ! これで任務達成だニャ!
「こっからどうするニャ? 009」
「言い伝えに曰く『火の神、雷の神、氷の神に触れるべからず。されば天地怒り、世界が破滅に向かう』……これがアーシア島の伝説だけど、続きがあるわ」
「この石碑の碑文ね。『海の神。破滅を救わんと現われん。されど、世界の破滅を救うことならず──』」
ちょお……!? 待つニャ! 救われなかったらニャー達も世界もお終いニャあ!?
「『──優れたる操り人現われ、神々の怒り鎮めん限り』……困ったなぁ。操り人が居ない」
「ニャ? ヤドキング、もしかして……ポケモントレーナーもセットじゃないと駄目なのニャ?」
ニャーの質問に、のそのそと歩いてやってきたヤドキングが頷いたニャ。つまり。
「RE……チャンピオンに戻って貰うニャー!!」
「どうやら……そんな時間はなさそうね」
009が、微かに緊張した声で空を見上げてるニャ。そこに居たのは──
「化け物だニャ────────…………………!?」
「なんだかとっても!」
「ヤな感じぃぃぃぃぃっ!?」
なんで、サンダー、ファイアー、フリーザーが合体して、こっちに向かって来てるのニャぁ………………!?
◇
雷の神サンダー、火の神ファイアー、氷の神フリーザー。それらはコレクターとしての私の欲求を、心から満たすものではない。
「私が欲しいのは、海の神──ルギア」
コレクターとして、コレクションに足るポケモンに手を加えるのは少々惜しい。が、一番欲しいものに、全力を出すことが大事なのは分かっている。
「だからこそ。君達にはルギアを超える『戦力』になって貰うとしよう」
そして、もしルギアの捕獲に失敗したなら──
「──その時は、世界を滅ぼすのも一興だ」
世界というコレクションと共に、私自身も消えるとしよう。
◇
「化け物だニャ────────…………………!?」
「見りゃ分かるわよ叫ぶなAクラスでしょうが……!」
とは言え、流石に
「WHITE HOLEは祭壇に宝玉設置! フルーラ! 笛吹いて!」
それぞれの宝玉と笛の音は、三鳥の怒りを鎮める効果を発揮するのは情報で掴んでる!
「駄目ニャ!? 全く笛の音が届かにゃいニャ……!?」
「やっぱり対策してたか!」
外界の音を一切遮断し、主人の命令だけを聞き取る兵器への改造……ロケット団も中堅団員がポケモンを言いなりにするのに何度かやってきたけど、伝説の鳥ポケモンにも効くあたり、相当エグい奴を使ったらしい。だけど……!
「海の神様は、来てくれたわね!」
本当なら、優れたる操り人様がルギアに指示を出して、三鳥を叩き潰すのが王道なんでしょうけれど、生憎ここにREDは居ない。
「だっけどねぇ! 主人公様だけで、世界は回っちゃいないのよ……!!」
大人の組織力を、ロケット団を見縊んな……!!
『009及びWHITE HOLEは、巫女を確保し退避! 現刻を以って、COLLARS増強大隊が任を引き継ぐ!』
後方の上空から、祭壇と化け物に照射されたライト。
ロケット・コンツェルン警備部隊の戦闘服に、
彼ら警備部隊の左腕には、それぞれの『色』を示す無地の腕章が巻かれていた。
「見ものね、これは」
『R付き』を除いた、戦闘特化型の全COLLARSが、私達と巫女を護るべく、伝説の前に立ちはだかった。
『COLLARS増強大隊──四八名、参陣!!』
ロケット団創設以来、最高の布陣が伝説に挑む……!